第1 結論
国際航行に使用されている海峡(国際海峡)を外国船舶がどのように通航できるかは,国連海洋法条約の第3部(34条~45条)が定めている。
同条約が適用される海峡でも,どの通航制度が働くかは海峡の地理によって分かれ,①海峡内に同様に便利な公海又は排他的経済水域の航路があれば第3部は適用されず(36条),②公海又は排他的経済水域の一部分と他の部分との間にある海峡では通過通航(37条・38条),③島と本土から成る海峡で島の海側に同様に便利な航路があるときや,公海等と外国の領海とを結ぶ海峡では,停止されない無害通航(45条)となる。
外国軍艦も,これらの通航権の主体から除かれていない。
国際司法裁判所(ICJ)のコルフ海峡事件判決(1949年4月9日)は,平時において国家は,国際航行に使用される海峡を,沿岸国の事前の許可なく軍艦で無害通航する権利を有し,沿岸国はこれを禁止できないとした。
沿岸国が条約への加入の際に,軍艦の通航には許可を要するとの宣言をしても,その宣言で条約上の通航権を制限することはできない(309条,310条)。
日本は,宗谷海峡,津軽海峡,対馬海峡東水道,対馬海峡西水道及び大隅海峡(特定海域)について,領海の幅を当分の間3海里としている。
政府は,これらの海峡は国際航行に使用されている海峡に当たると考えられるが,海峡内に同様に便利な公海又は排他的経済水域の航路があるため,36条により,通過通航を含めて第3部は適用されないとの立場である。
第2 国際海峡に当たるかの判断
1 第3部の対象と,第3部が適用されない場合
国連海洋法条約の第3部は「国際航行に使用されている海峡」の通航制度を定める。
この制度は,海峡を構成する水域の法的地位や,海峡沿岸国の主権・管轄権の行使に,通航以外の点では影響しない(34条)。
第3部は,海峡内の内水(ただし,直線基線によって新たに内水に取り込まれた水域を除く。),領海の外側の排他的経済水域又は公海の法的地位,及び特定の海峡について長い間存在する国際条約がある場合のその制度には影響しない(35条)。
また,海峡内に,航行上及び水路上の特性において同様に便利な公海又は排他的経済水域の航路が存在する海峡には,第3部は適用されず,その航路では航行及び上空飛行の自由に関する規定が適用される(36条)。
2 国際航行に使用されていること
条約は「国際航行に使用されている」の意味を定義していない。
コルフ海峡事件判決は,この判断の決め手は,交通量の多さや国際航行にとっての重要性ではなく,公海の二つの部分を結ぶという地理的状況と,国際航行に使用されているという事実であるとし,その海峡が必要な航路ではなく代わりの航路にすぎないことも決定的ではないとした。
そのため,海峡の外側に別の航路があっても,諸国の船舶が実際にその海峡を通っていれば,国際航行に使用されている海峡に当たり得る。
第3 通過通航
1 通過通航が認められる海峡
通過通航の節(第3部第2節)は,公海又は排他的経済水域の一部分と,公海又は排他的経済水域の他の部分との間にある国際航行に使用されている海峡に適用される(37条)。
これらの海峡では,全ての船舶及び航空機が通過通航権を有し,この権利は害されない(38条1項)。
通過通航とは,海峡の継続的かつ迅速な通過のためだけに,航行及び上空飛行の自由を行使することをいう(38条2項)。
領海内の無害通航と違い,航空機の上空飛行も含まれる点に特徴がある。
2 船舶・航空機と海峡沿岸国の義務
通過通航中の船舶及び航空機は,遅滞なく通過すること,海峡沿岸国に対する武力による威嚇又は武力の行使を差し控えること,継続的かつ迅速な通過の通常の形態に付随する活動以外の活動を差し控えることなどを守らなければならない(39条1項)。
他方,海峡沿岸国は,通過通航を妨害してはならず,海峡内の航行上の危険で自国が知っているものを適当に公表しなければならない(44条)。
また,通過通航は停止してはならない(同条)。
第4 停止されない無害通航
1 島と本土から成る海峡の例外
37条の海峡に当たっても,海峡が海峡沿岸国の島と本土から構成され,その島の海側に,航行上及び水路上の特性において同様に便利な公海又は排他的経済水域の航路があるときは,通過通航は認められない(38条1項ただし書)。
この場合の海峡には,第2部第3節の無害通航の制度が適用される(45条1項⒜)。
「同様に便利」かどうかは,航程や水深などの航行上・水路上の特性を比べて判断することになる。
島の海側の航路を諸国の船舶が実際に使っていることは,同様に便利であることをうかがわせる事情であるが,航程や水深の差が大きければ結論は変わり得る。
2 公海等と外国の領海とを結ぶ海峡
公海又はある国の排他的経済水域の一部と,他の国の領海との間にある海峡にも,無害通航の制度が適用される(45条1項⒝)。
3 停止の禁止
これらの海峡における無害通航は,停止してはならない(45条2項)。
通常の領海では,沿岸国は,自国の安全の保護のため不可欠な場合に,特定の水域で無害通航を一時的に停止できる(25条3項)。
国際海峡ではこの一時停止もできない点で,通常の領海の無害通航より強く保護されている。
もっとも,無害通航であることに変わりはない。
通航は沿岸国の平和,秩序又は安全を害しない限り無害とされ(19条),潜水船は海面上を航行し旗を掲げなければならず(20条),沿岸国は無害でない通航を防止するため必要な措置をとることができる(25条1項)。
第5 外国軍艦の通航
1 コルフ海峡事件判決
コルフ海峡事件では,英国の軍艦がアルバニアの領海であるコルフ海峡北部を通航したことが,アルバニアの主権侵害に当たるかが争われた。
ICJは,平時において国家は,公海の二つの部分を結ぶ国際航行に使用される海峡を,沿岸国の事前の許可なく軍艦で無害通航する権利を有し,国際条約に別段の定めがない限り,沿岸国は平時においてその通航を禁止できないとした。
判決は,当時の例外的な事情の下でアルバニアが軍艦の通航について規制を設けることは正当化され得たとしつつ,通航を禁止したり特別の許可に服させたりすることはできないとした。
また,英国が軍艦を派遣した目的が,アルバニアの態度を確かめることにもあった点について,判決は,不当に否定された権利を確認するための通航であっても,その態様が国際法の要求に合致している限り適法であるとした。
2 国連海洋法条約の下での軍艦
国連海洋法条約は,領海の無害通航権を「すべての国の船舶」に認め(17条),第2部第3節に軍艦に適用される規則(29条~32条)を置く。
軍艦が沿岸国の法令を守らず,遵守の要請も無視したときは,沿岸国は領海からの直ちの退去を求めることができ(30条),旗国はそれによって沿岸国に生じた損害について国際責任を負う(31条)。
通過通航権も「すべての船舶及び航空機」に認められている(38条1項)。
沿岸国が,条約への加入の際に,外国の軍艦は許可なく海峡を通航できないとの宣言をすることがある。
しかし,名称を問わず,条約の規定の法的効果を自国について排除し又は変更しようとする一方的な声明は留保に当たり(条約法条約2条1項⒟),国連海洋法条約は明示に認められていない留保を禁じ(309条),宣言や声明による法的効果の排除・変更も認めていない(310条)。
したがって,そのような宣言によって,国際海峡における軍艦の通航権を許可制に変えることはできないと考えられる。
第6 海峡の危険の公表と沿岸国の責任
海峡沿岸国は,海峡内の航行上の危険で自国が知っているものを適当に公表しなければならず(44条),領海一般についても同じ義務がある(24条2項)。
コルフ海峡事件判決は,英国の駆逐艦2隻が機雷に触れて多数の死傷者が出た事案で,機雷を敷設したのがアルバニアであるとは認めなかった。
しかし,アルバニアが海峡を厳重に監視していたことなどから,敷設がアルバニアに知られずに行われることはあり得なかったと認定した。
その上で,アルバニアは,機雷原の存在を船舶一般に通報し,接近する英国軍艦に差し迫った危険を警告する義務を負っていたのに何もしなかったとして,アルバニアの国際責任を認めた。
判決は,この義務を,人道の基本的考慮,海上交通の自由の原則,及び自国の領域を他国の権利に反する行為に使わせることを知りながら許さない義務(領域使用の管理責任)から導いた。
判決は,領域を支配している事実だけでは,沿岸国が違法な行為を知っていたとは推定されず,挙証責任も転換されないとした。
他方,排他的な領域支配のために直接の証拠を示せない被害国には,事実上の推論と状況証拠に広く依拠することを認め,連なり合って一つの結論に導く一連の事実に基づく間接証拠には特別の重みがあるとした。
第7 日本の特定海域
1 領海の幅を3海里とする附則
日本の領海は,原則として基線から12海里までである(領海及び接続水域に関する法律1条1項)。
もっとも,同法附則2項は,当分の間,宗谷海峡,津軽海峡,対馬海峡東水道,対馬海峡西水道及び大隅海峡(特定海域)については1条を適用せず,領海を基線から3海里までとしている。
特定海域の範囲と線は,同法施行令3条・4条と別表第2が定めている。
2 政府の見解
平成28年8月8日付けの政府答弁書(内閣衆質191第22号)は,五海峡は国連海洋法条約第3部にいう国際航行に使用されている海峡に該当すると考えられるとした上で,いずれも領海の幅を3海里としており,海峡内に36条の同様に便利な公海又は排他的経済水域の航路が存在するから,通過通航の制度を含め,第3部の規定は適用されないとしている。
同答弁書は,通過通航の制度について,各国の実行の積み重ねが十分でなく不確定な面もあるとも述べている。
平成29年1月31日付けの政府答弁書(内閣衆質193第19号)も,通過通航の制度がどのような場合にいかなる範囲で適用されるのか等を判断する上で,各国の実行の十分な積み重ねが必要であるとしている。
3 仮に12海里とした場合
特定海域の領海を12海里とすれば,海峡の幅が24海里に満たない部分では両岸の領海が重なり,海峡内に公海又は排他的経済水域の航路がなくなり得る。
その場合には36条による適用除外が働かず,その海峡が37条の海峡に当たる限り,通過通航の制度の対象となる(38条1項ただし書や45条が働く場合を除く。)。
特定海域の扱いは,このような第3部の構造と結び付けて理解する必要がある。
もっとも,政府が3海里とした理由についての公式の説明は,国際航行に使用されてきた重要な海峡での自由な航行の確保である(日本の領海は何海里かの第4)。
第8 検討の順序
国際海峡の通航が問題になったときは,次の順に確かめる。
①海峡が国際航行に使用されているか(地理的状況と使用の事実)。
②海峡内に同様に便利な公海又は排他的経済水域の航路があるか(あれば36条により第3部は適用されない。)。
③35条の例外(内水,長い間存在する条約)に当たるか。
④公海又は排他的経済水域の二つの部分を結ぶ海峡か(37条)。
⑤島と本土から成る海峡で,島の海側に同様に便利な航路があるか(38条1項ただし書)。
⑥通過通航か,停止されない無害通航か(38条,44条,45条)。
⑦軍艦の通航を制限する沿岸国の宣言・法令があれば,その効力(309条,310条,コルフ海峡事件判決)。
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第10 出典及び確認範囲
1 条約・法令
①海洋法に関する国際連合条約(外務省・和文と英文)
②United Nations Convention on the Law of the Sea(国際連合)
③Vienna Convention on the Law of Treaties(国際連合)
④領海及び接続水域に関する法律(e-Gov法令検索)
⑤領海及び接続水域に関する法律施行令(e-Gov法令検索)
2 裁判例・政府資料
①国際司法裁判所 コルフ海峡事件(英国対アルバニア)本案判決(1949年4月9日)
②衆議院議員緒方林太郎君提出我が国の領海と国際海峡に関する質問に対する答弁書(平成28年8月8日)
③衆議院議員緒方林太郎君提出通過通航制度のあり方に関する質問に対する答弁書(平成29年1月31日)
3 確認範囲
国連海洋法条約は,国際連合の英文正文と外務省の和文で,17条,19条,20条,24条,25条,29条~32条,34条~39条,44条,45条,309条及び310条を確認した。
条約法条約は2条1項⒟を国際連合の英文で確認した。
領海及び接続水域に関する法律と同法施行令は,e-Gov法令APIで現行の本文(法律は平成8年7月20日施行の版,施行令は平成14年4月1日施行の版)を確認した。
コルフ海峡事件判決は,ICJのウェブサイトのPDFが自動取得の制限で開けなかったため,同PDFの本文を全文で掲載した法令データベース(lagen.nu)の本文で判示を確認し,国際航行に使用される海峡の通航権の判示が判決集28頁にあることを海洋法条約の注釈書(バージニア大学海洋法条約注釈)の引用で確かめた。
政府答弁書は,衆議院のウェブサイトの本文で確認した。
本記事は条約の構造と日本政府の公表見解を整理したもので,各国の国家実行や,個々の海峡の航程・水深などの具体的な事情を調べたものではない。