相続が開始すると,被相続人名義の預金口座が凍結され,継続的な口座振替が止まることがある。しかし,支払方法が止まることと,通信,放送,保険,地代又は賃貸物件の保守契約が終了することは同じではない。
相続人は,契約ごとに,利用を続ける必要があるか,契約上の地位を誰が承継するか,未払金をどう精算するか,機器の返却・撤去又は原状回復が必要かを確認する必要がある。本記事では,その確認を一つの台帳で進める方法を説明する。
第1 結論―口座振替の停止と契約の終了を分ける
民法896条は,相続人が,相続開始の時から,被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継することを原則とし,被相続人の一身に専属したものを除外している。もっとも,個々の契約について,当然に同じ名義のまま利用を続けられるか,届出,承認又は解約が必要かは,契約の性質,約款及び事業者の手続によって異なる。
したがって,「死亡したから全部解約する」,「口座が凍結されたから契約も終わった」,又は「請求が続いているから相続人が承継した」のいずれも,資料を確認しないままの結論としては危険である。
最初に行うべきことは,継続契約を止めることではなく,生活維持に必要な契約,賃貸物件の運営に必要な契約,補償を維持すべき保険及び解約候補を分け,手続期限と次回請求日を把握することである。
第2 最初に四つの状態を分ける
1 必要性,契約,支払及び権限を別欄にする
継続契約の検討では,少なくとも次の四つを別々に記録する。
- サービスの必要性―空き家管理,共用部の電気,入居者向け通信又は火災保険のように,当面継続すべきものか。
- 契約の状態―死亡により終了するのか,相続人が承継するのか,名義変更又は事業者の承認が必要か。
- 支払の状態―口座振替,カード払い,振込又は管理会社による相殺のどれであり,次回請求を支払えるか。
- 手続権限―相続人の一人,遺言執行者,遺産取得者又は相続人全員のうち,誰が連絡・承継・解約を行うか。
この四つを一つの「解約済み」という欄にまとめると,必要なサービスを誤って止めたり,反対に使っていない契約への請求を放置したりしやすい。
2 口座凍結だけで解約済みと判断しない
全国銀行協会の金融法務研究会報告書は,金融機関が預金者の死亡を知った後,払戻しを停止する実務と,その間に自動引落しや定期的な入金も受け付けられなくなることがあると説明している。これは銀行口座の利用制限に関する説明であり,引落先となっていた各サービス契約の終了を意味するものではない。
個別サービスでも,アカウントやアプリの削除だけでは解約にならず,別の解約手続が必要とされることがある。例えば,NHKは,アカウントやアプリの削除だけでは受信契約の解約にならないこと,解約手続の時期によってはいったん口座振替等が行われた後に精算する場合があることを案内している。
そのため,口座を凍結した日,引落しが止まった日,事業者へ死亡を連絡した日,名義変更日又は解約受理日を別々に記録する必要がある。
第3 継続契約を漏れなく探す
1 郵便物,通帳及び建物設備から探す
請求書が見つかった契約だけを調べても,紙の請求書を発行しない契約や,管理会社が費用を相殺している契約を見落とすことがある。次の資料を相互に照合する。
- 死亡前後の郵便物,請求書,口座振替の案内及び更新通知
- 預金通帳,取引明細,クレジットカード明細及び家計簿
- 電子メール,スマートフォンのアプリ,契約者用ウェブページ及びパスワード管理記録
- 確定申告書,青色申告決算書,総勘定元帳及び管理会社の月次明細
- 分電盤,通信盤,警報設備,給湯器,モデム等の銘板,シール及び貸与品表示
郵便物は契約の存在を示す手掛かりであるが,契約者,対象物件,契約期間及び解約条件の全部を示すとは限らない。約款,申込書,更新書面及び事業者への照会結果まで確認する。
2 契約台帳に記録する事項
契約台帳には,契約名,事業者,契約番号,契約者,対象となる住所・物件・機器,支払方法,月額又は年額,次回請求日,契約期間,自動更新,解約予告期間,違約金,貸与品,連絡先及び確認資料を記録する。
さらに,「当面継続」,「名義変更」,「条件確認後に判断」,「解約」,「契約不存在を確認」等の処理方針,担当者,連絡日,事業者の回答及び未確認事項を残す。電話だけで処理した場合も,日時,担当部署及び案内された提出書類を記録しておくと,後日の請求や相続人間の精算を説明しやすい。
第4 契約を利用目的で分類する
1 被相続人の生活に関する契約
携帯電話,自宅のインターネット,放送,新聞,動画配信,電気,ガス,水道,警備及び見守りサービスは,住居を今後誰が使うかによって処理が変わる。空き家の凍結防止,防犯又は遺品整理のため,一定期間だけ電気や通信を残すこともある。
単に請求を止めるのではなく,連絡先として番号を維持する必要,二段階認証に使われている端末,電子メール又はクラウドデータの保全,レンタル機器の返却及び撤去工事の有無を確認する。
2 賃貸物件の運営に必要な契約
賃貸アパートでは,共用部の電気・水道,集合住宅向けインターネット,テレビ受信設備,消防設備,エレベーター,受水槽,浄化槽,ごみ処理,清掃,警備,管理及び保守の契約が運営に結び付いている場合がある。
これらを相続直後に解約すると,入居者へのサービス停止,法定点検の未実施又は再開工事費が生じるおそれがある。他方,利用していない付加サービスや重複契約を漫然と継続する必要もない。入居者への影響,法令上の点検,建物の安全及び再契約費を確認してから方針を決める。
3 保険,地代及び借入れ
保険では,保険契約者,被保険者,保険の対象及び保険金受取人を分ける。契約者が死亡しても補償対象の建物が残る場合には,保険会社又は代理店へ連絡し,契約者変更,補償の継続,未払保険料及び事故歴を確認する。日本損害保険協会も,契約者が死亡した場合に必要手続をしないと不利益が生じる可能性があるとして,親族から保険会社へ連絡する必要性を案内している。
借地・国有地等の貸付けでは,土地の特定,使用目的,地代,支払期,更新,名義変更,譲渡・建替えの承諾及び原状回復を確認する。借入れでは,残高だけでなく,担保,団体信用生命保険,期限の利益,口座振替の停止及び連帯保証を調べる。これらは,単なる定額支払として通信契約と一括処理しない方がよい。
第5 連絡,承継及び解約の順序
1 死亡連絡と最終手続を分ける
事業者への最初の連絡では,契約の存在,未払額,次回請求,サービス停止の予定,必要書類及び貸与品を確認する。この時点で,権限や相続方針が確定していないのに,すべての契約を解約したり,違約金を伴う変更に同意したりしない。
連絡後は,継続,名義変更,支払方法変更,解約又は契約不存在の確認のどれを行うかを決める。解約を選ぶ場合も,解約日,精算対象期間,返金,違約金,撤去費,返却期限及び返却方法を確認する。
2 手続権限と提出書類を確認する
個別の契約約款には,相続による契約者の地位の承継,事業者の承認,代表相続人の届出又は所定様式が定められていることがある。相続人が複数いる場合は,最初の問合せができることと,契約上の地位の承継・解約・返金受領を単独で決定できることを区別する。
一般に確認を求められ得る資料は,死亡の記載がある戸籍,相続人であることを示す戸籍又は法定相続情報一覧図,本人確認書類,遺言書,遺言執行者の資格証明,遺産分割協議書,委任状及び振込先資料である。ただし,必要書類は事業者と手続内容によって異なるため,提出前に所定様式と有効期限を確認する。
第6 貸与機器,売却及び建替えを確認する
通信,警備,給湯,浄水又は保守の契約では,建物に付いている機器が建物所有者の所有物とは限らない。モデム,増幅器,アンテナ関連機器,警報機器又は計測機器が貸与品であれば,解約時に返却・撤去・復旧費が生じることがある。
集合住宅向け通信契約の公開約款にも,相続による名義変更,契約解除の事前通知,事業者設備の撤去及び復旧費用を定める例がある。これは個別約款の一例であり,他社又は別サービスに同じ条件が当然に適用されるものではないが,契約名義だけでなく設備所有者と撤去条件を調べる必要性を示している。
物件の売却や建替えを予定するときは,買主又は建築会社に渡す契約一覧を作り,承継が必要な契約,解約が必要な契約,工事前に移設・撤去する設備及び入居者への説明を整理する。売買契約や工事請負契約を結ぶ前に,解約予告期間と違約金を確認することが望ましい。
第7 死亡日前後の支出と税務資料を分ける
請求書の発行日,引落日又は支払者だけで,準確定申告の必要経費,相続債務又は相続人の所得計算上の費用のいずれに当たるかを決めることはできない。対象となるサービス期間,債務が確定した時期,契約上の負担者,実際の支払者及び相続後の事業との関係を確認する。
国税庁は,準確定申告について,被相続人の1月1日から死亡日までに確定した所得金額と税額を計算し,相続開始を知った日の翌日から4か月以内に申告・納税するものと説明している。賃貸物件がある場合は,死亡日前後で家賃収入,管理費,保険料,地代,修繕費及び継続契約の費用を区分できるよう,請求対象期間と支払記録を残す。
確定申告書第一表の所得額だけでは費用の内訳が分からないため,青色申告決算書又は収支内訳書,総勘定元帳,減価償却明細,請求書及び管理会社の月次明細を確認する。契約台帳と税務資料を対応させると,未払費用,重複計上及び相続後も続く費用を見分けやすい。
第8 実務チェックリスト
相続直後の確認は,次の順序で行うと整理しやすい。
- 郵便物,通帳,カード明細,メール,申告資料及び設備表示から契約候補を抽出する。
- サービスの必要性,契約の状態,支払の状態及び手続権限を分けて台帳に記録する。
- 次回請求日,サービス停止予定,更新日及び解約予告期限が近い契約を優先する。
- 賃貸物件の運営,防犯,保険及び法定点検に必要な契約は,解約前に代替手段を確認する。
- 死亡連絡の記録と,承継・解約の最終書面を別に保存する。
- 貸与品,撤去,原状回復,返金及び違約金まで完了したことを確認する。
- 死亡日前後のサービス期間と支払を分け,税理士に渡す資料を整える。
契約台帳は,一度作って終わりではない。新たな郵便物や引落しが判明したとき,物件の売却・建替え方針が変わったとき,又は遺産分割で取得者が確定したときに更新する必要がある。
第9 関連記事及び出典
賃貸物件の家賃,管理,敷金,修繕及び税務の全体像は,賃貸アパートの所有者が死亡した直後の相続実務を参照されたい。
収益不動産の査定で継続費用を扱う方法は,相続・遺産分割で収益不動産の査定書を読む,準確定申告の期限と必要書類は,準確定申告-4か月の期限・必要書類・書き方・e-Taxと相続税を参照されたい。
主な出典は,民法896条,全国銀行協会金融法務研究会「民法(相続関係)改正に伴う銀行実務への影響」,NHK「受信契約の解約」,日本損害保険協会「知っておきたい損害保険の基礎知識」,JCOM東京北公開のインターネット接続サービス約款及び国税庁「納税者が死亡したときの確定申告(準確定申告)」である。
事業者の手続及び約款は変更されることがあるため,実際の処理では,対象サービスの現行約款と案内を確認する必要がある。本文の契約台帳と確認順序は,これらの法令・公表資料を踏まえた実務上の整理例である。