第1 治療費打切りの連絡を受けたら何を確認するか
1 支払終了,治療の終了及び症状固定を分ける
交通事故の相手方の任意保険会社から「治療費の支払いを打ち切る」と連絡を受けても,その日付だけで医療上の治療の必要性や症状固定日が確定するわけではない。
まず,保険会社が医療機関へ直接支払う取扱いを終えるという意味なのか,その日以後の治療費は事故による損害と認めないという判断なのか,理由と対象を確認する。
次に,主治医に現在の症状,治療による改善の見込み及び今後の治療計画を確認する。
| 確認する問題 | 誰に何を確認するか | 慰謝料との関係 |
|---|---|---|
| 保険会社の支払終了 | 担当者に終了日,理由及び対象費用を確認する。 | 終了の連絡だけで算定期間が確定するものではない。 |
| 医療上の治療継続 | 主治医に症状の変化,改善の見込み及び計画を確認する。 | 通院期間の必要性・相当性を説明する資料になる。 |
| 症状固定 | 診療経過と主治医の判断を確認する。争いがあれば法的評価も検討する。 | 入通院分と後遺障害分を検討する区切りになる。 |
| 窓口での支払方法 | 医療機関と加入保険者へ相談する。 | 費用の負担方法と損害額の認定は別問題である。 |
日弁連交通事故相談センターの治療費打切りと健康保険の相談事例は,主治医が治療継続を必要としている場面で,医師の意見を伝える交渉と,支払いが継続されない場合の健康保険利用を説明している。
一方で,打切り後の治療の必要性は示談時に争われることもあるとしており,治療を続ければ全額回収できるとの説明ではない。
2 当面の対応を順に整理する
最初に,①支払終了の通知を保存し,②終了日と次回受診予定日を確認し,③主治医の意見と治療計画を確認し,④医療機関と費用の支払方法を相談する。
保険会社との連絡は,日時,担当者名及び説明内容を記録し,重要な点は書面又はメールで確認する。
症状があるのに費用負担だけを理由として受診を中断するかどうかを,金額表だけで決めるべきではない。
治療の継続又は変更は主治医と相談し,費用を負担できる方法と損害賠償上の争点を並行して検討する。
反対に,慰謝料を増やすことを目的として,必要性のない治療を続けるべきでもない。
第2 保険会社と主治医への確認事項
1 保険会社へ確認する項目
保険会社には,①支払終了予定日,②終了する費用の範囲,③判断理由,④医学的資料又は治療経過のどの点を根拠としたか,⑤追加資料を提出した場合の再検討の可否を確認する。
「3か月経過したから」といった説明だけでは,この事故での傷害,治療内容及び改善状況との関係が分からない。
症状固定を理由とするなら,その日付と判断資料も確認する。
問い合わせ文の例は,次のように,結論を決め付けず確認事項を分けるとよい。
「治療費の直接支払を終了する予定日,対象となる費用及び判断理由をお知らせください。症状固定と判断されたのであれば,その日付と根拠資料もお知らせください。主治医に今後の治療計画を確認しますので,追加資料による再検討の可否と提出方法を教えてください。」
これは本記事で作成した確認文の例であり,送付しただけで支払いが延長されるものではない。
2 主治医へ確認する項目
主治医には,①現在の症状と所見,②これまでの治療による変化,③今後行う治療と期待する効果,④受診頻度及び再評価の予定,⑤治療終了又は症状固定をどう考えているかを確認する。
痛みが残っていることと,治療による改善が見込めることを分けて説明できると,争点を具体化しやすい。
治療継続の意見を保険会社へ伝える際は,診断書,診療録又は治療計画等のどの資料で説明するかを確認する。
診断書等の作成費用,回答までの期間及び開示手続も必要となるため,最初から高額な鑑定を依頼するのではなく,既存の診療記録で争点を絞る。
前記センターの相談事例は,治療の終了時期が見込める場合に,その見込みを伝えて一定期間の支払継続を交渉できることも紹介している。
ただし,治療終了予定は医学的な見通しであり,支払いを得るために根拠のない期限を約束するべきではない。
第3 打切り後の治療費をどう支払うか
1 健康保険の利用と第三者行為による傷病届
業務災害又は通勤災害に該当しない交通事故の治療では,健康保険の利用を検討できる。
協会けんぽは,第三者行為による傷病届で,交通事故でも健康保険を利用できること,事故の届出が必要であることを説明している。
加入先が健康保険組合又は国民健康保険等である場合は,その保険者へ必要な手続と書類を確認する。
医療機関には,交通事故による傷害であることと,任意保険会社の直接支払が終了する予定を伝え,保険診療への変更と窓口負担を相談する。
健康保険を利用できることと,その負担分を加害者側へ請求すれば必ず認められることは別問題である。
事故との因果関係や治療の必要性・相当性は,損害賠償の場面で別に検討される。
協会けんぽは,届書をすぐ提出できないときには事故の状況を電話等で知らせ,後日できるだけ早く提出するよう案内している。
また,示談前の報告を求めているため,健康保険の給付を受けている期間の損害を包括して清算する前に,加入保険者へ相談する。
一般的な制度と手続は,交通事故と健康保険でも説明している。
2 仕事中・通勤中の事故は労災保険も確認する
仕事中又は通勤中の事故では,健康保険への切替えを先に決めず,労災保険の対象となるかを確認する。
東京労働局の第三者行為災害の案内は,業務又は通勤による傷病で第三者行為災害に該当する場合の給付と,第三者行為災害届等の手続を説明している。
事実関係と必要な書類は,勤務先及び所轄労働基準監督署へ確認する。
労災保険の給付と加害者側からの賠償には,同じ損害を重複して填補しないための調整がある。
給付名,対象期間及び支払額を保存し,受け取った金額を一律に慰謝料から差し引くのではなく,対応する損害項目を確認する。
3 自己負担分と自賠責請求を整理する
打切り後に自己負担した治療費については,領収書,診療明細書,支払日及び治療内容を保存する。
健康保険が負担した分と本人の窓口負担分を分け,保険会社が既に支払った治療費との重複も確認する。
自賠責保険の被害者請求は,任意保険会社との示談とは別に検討できる手続である。
ただし,対象損害,既払金及び傷害損害全体の120万円の限度額を確認する必要があり,打切り後の治療費が当然に支払われるものではない。
治療中の請求,仮渡金及び支払時期は,交通事故の慰謝料はいつもらえるかを参照されたい。
第4 治療費打切りは慰謝料にどう影響するか
1 打切り日だけで算定期間を切らない
入通院慰謝料では,事故による傷害と相当因果関係のある治療期間,傷害の程度及び治療経過等を検討する。
任意保険会社の直接支払が終了した日と,慰謝料算定上の通院期間の終期が一致するとは限らない。
反対に,支払終了後にも通院したという事実だけで,その全期間が算定に含まれるわけでもない。
赤い本2026年版上巻218頁は,他覚所見のないむち打ち症等について入通院期間を基礎とし,長期通院では症状,治療内容及び通院頻度による調整も示している。
打切り後の期間を主張するなら,医師の指示,症状の改善,実際の治療及び受診間隔を資料で説明する。
算定基準全体は,交通事故の慰謝料の種類と三つの算定基準で確認できる。
2 費用負担のため受診が途切れた場合
費用を負担できず受診が途切れた場合は,支払終了の連絡,医療機関との費用相談,保険者への問合せ及び再受診までの経緯を保存する。
空白期間中の症状と,その後に行った治療が事故による傷害と連続しているかも確認する。
中断の理由が説明できることと,空白期間をすべて慰謝料算定期間へ含めることは同一ではない。
事故との因果関係,相当な治療期間及び中断事情の評価を分けて検討する必要がある。
詳しくは,通院日数が少ない場合の入通院慰謝料と治療中断を参照されたい。
3 症状固定後は後遺障害の検討へ進む
日本損害保険協会の損害保険Q&A・問42は,治療による回復・改善が期待できない状態を症状固定と説明し,固定時期について十分な話合いが重要であるとしている。
症状固定後にも症状が残る場合は,後遺障害の認定及び後遺障害慰謝料・逸失利益を検討する。
痛みが残っていることだけで症状固定を否定するものでも,保険会社が支払終了を通知したことだけで症状固定を認めるものでもない。
むち打ちについての判断要素と医学的な経過は,むち打ち症の症状固定時期を参照されたい。
固定後の治療費の賠償範囲は,症状及び治療の内容に応じた別の検討を要する。
第5 資料の整理と示談前の確認
1 日付順に残す資料
次の情報を,一つの時系列に整理するとよい。
①事故日,初診日及び傷病名
②検査結果,治療内容及び症状の変化
③保険会社が支払終了を伝えた日,予定終了日及び理由
④主治医の治療計画,次回受診又は再評価の予定
⑤打切り後の受診日,支払額及び健康保険・労災保険の利用状況
⑥受診できなかった期間とその理由
⑦治療終了又は症状固定の判断と日付
保険会社の説明と医師の記録が食い違う場合は,どの時点の資料を使った説明なのかを確認する。
追加照会は,「どの期間のどの治療の必要性が不明なのか」を先に特定してから行う方が,費用と時間を抑えやすい。
2 未解決の損害を確認してから示談する
打切りの連絡と同時に示談案が届いても,治療費の争い,残存症状又は後遺障害の検討が終わっているかを確認する。
将来の損害まで清算する条項の意味が不明なまま,総額だけで合意するべきではない。
提示書の確認方法は,保険会社から届いた交通事故の示談案の見方で説明している。
交渉が難しい場合には,法律相談,弁護士への依頼又は日弁連交通事故相談センターの示談あっせん等を検討する。
依頼費用は,弁護士費用特約の利用条件と併せて確認する。
治療や協議が続いているからといって請求期限の管理が不要になるものではなく,事故日,請求先及び損害項目に応じて期限を確認する必要がある。
第6 出典・参考資料
①日弁連交通事故相談センター交通事故の治療費打ち切りと健康保険の利用(令和3年10月1日)。
②協会けんぽ第三者行為による傷病届。
③東京労働局第三者行為災害について。
④日本損害保険協会損害保険Q&A・問42。
⑤日弁連交通事故相談センター東京支部『民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準』2026年版上巻218頁(原本PDF実頁232頁で確認)。
⑥国土交通省限度額と補償内容。
⑦日弁連交通事故相談センター示談あっせん・審査。
本記事は,支払終了後の確認と資料整理の手順を説明するものであり,個別の治療費,慰謝料又は後遺障害が認められることを保証するものではない。
ウェブ資料は令和8年10月4日に確認した。