本人確認書類を加工して融資を申し込み,ローンカードを得て現金を引き出した場合,書類の作成・提示,カードの交付,ATMでの引出しを分けて検討する必要がある。本記事は,確認できた裁判例の射程と,実務上確保したい資料を整理する。個別事件の罪名は,原本・写し・画像のどれが作られ,誰がカード交付を判断したかによって変わる。
第1 最初に確認する事実
1 書類と行為の時系列
①真正な本人確認書類の有無,②加工した対象が原本・紙の写し・画像データのどれか,③申込書に表示された名義と署名者,④書類を誰にどの方法で示したか,⑤融資担当者の審査とカード交付,⑥カードの機能とATM引出しの順序を確認する。一つの「なりすまし」としてまとめると,文書犯罪と財産犯の各行為が見えなくなる。
2 法改正と判例の時点
以下の平成8年及び平成14年の裁判例は,それぞれ当時の事実関係と法令に基づく。現行法については刑法(e-Gov法令検索)を確認する。画像データ自体に関する構成要件を検討する際には,その作成・行使時点で施行されていた条文を別に確かめる必要がある。
第2 加工した本人確認書類の扱い
1 原本の加工
運転免許証などの真正な原本の氏名・写真・住所等を変えたなら,誰が作成したと見える書類か,変更部分が同一性にどう影響するかを調べ,公文書の偽造・変造と行使の各要件を検討する。単に「一部を直したから変造」と決めず,現物,交付記録,加工前後の画像を突き合わせる。
2 紙の写しとファクス
広島高裁平成8年5月22日判決(裁判所掲載PDF)は,改変されたはがきのファクス受信文書について,原本の正確な写しであるかのような外観を備え,原本に相当する社会的機能・信用性を持つと評価して,公文書偽造を認めた事案である。写しなら常に処罰対象となるという判示ではない。印影・体裁・提示先での使われ方を具体的に検討する。
3 画像データのみの場合
同判決はファクスで受信した紙を扱い,スマートフォンの画像やオンライン提出データそれ自体の法的評価を直接決めていない。画像の作成時期,保存形式,印刷の有無,表示画面と提出経路を特定し,当時適用される電磁的記録に関する規定を確認する。紙の写しの判例を画像データにそのまま当てはめることは避ける。
第3 借入申込書の作成名義
1 実名で内容だけが虚偽の場合
借入希望者が自分の氏名で申込書を作り,収入や勤務先などの内容を偽っただけなら,そのことだけで私文書偽造とはいえない。融資の判断を誤らせたかという詐欺の問題は別に残る。内容の虚偽と作成名義の偽りを混同しない。
2 別人の人格を表示した場合
他人の氏名や架空人名を用いた申込みでは,その文書が誰の意思によって作成されたように見えるかを,文書の性質と取引の場面から判断する。最高裁昭和59年2月17日決定(裁判所掲載PDF)は,外国人登録証明書の再交付申請という本人の法的同一性が重要な場面で,通称として用いていた他人名義の署名につき私文書偽造等を認めた。これを全ての通称使用やローン申込みに機械的に広げることはできない。作成名義人に関する別記事も参照されたい。
第4 カード交付とATM引出し
1 担当者が交付を判断した場面
最高裁平成14年2月8日決定(裁判所掲載PDF)は,他人の運転免許証を無人契約機で示して消費者金融会社の担当者を欺き,ローンカードを交付させた後,そのカードでATMから現金を引き出した事案である。カード取得の詐欺罪と現金引出しの窃盗罪の成立を認めた。カード交付に人の判断が介在し,カード取得と現金取得が別の行為だった点を押さえる。
2 カードの価値と現金の取得
同決定では,ローンカード自体を交付させた行為が詐欺罪の対象となる。後の引出しを,担当者がその時点で現金を処分したことと同一視しない。カードの利用限度額,利用可能な機械,暗証番号の設定,交付時と引出時の時刻を確認する。被疑事実と被害額を整理する際も,カード交付と現金取得を分ける。
3 別の仕組みのカード・完全自動審査
上記決定から,あらゆるキャッシュカードや,担当者による交付判断のない完全自動審査について同じ結論が直ちに出るわけではない。処分行為をした人の有無,交付された物・権限,ATMの管理者と作動を個別に調べる。事案に応じ,電子計算機使用詐欺等の要件も検討対象になるが,本記事はその成立を一律には断定しない。
第5 弁護士実務で確保する資料
1 文書とデータ
原本,真正な交付記録,加工前後の写し,送信画像の元ファイル・送信履歴,申込画面,印刷物,入力・署名の経緯を保存する。原本を実見した人と,画像だけを受領した人を区別し,加工の時点と提出された状態を特定する。個人情報を含むため,取得・複製・保管は事件処理に必要な範囲で行う。
2 交付と引出し
審査担当者の関与を示す通信・操作ログ,カード交付記録,カードの約款・機能,ATMの取引ログ,防犯映像,入出金明細を時刻順に照合する。映像やログは保存期間が限られ得るため,早期に保全先と保存期限を確認する。弁護士による本人確認の記事も参照されたい。
第6 結論と資料の限界
1 判断の順序
書類の原本・写し・画像を分け,作成名義と内容の虚偽を分け,人の判断によるカード交付とATM引出しを分ける。この順序なら,それぞれの罪の成立範囲と証拠の不足を示しやすい。
2 確認できた一次資料の射程
本記事の判例部分は,上記の裁判所掲載の3件の判決・決定本文で確認した。判例秘書の同種下級審裁判例を網羅的に検索した結果ではない。特にデジタル画像のみを提出した事案と完全自動審査の罪責は,具体的なシステムと行為時の法令を確定したうえで別途調査を要する。