第1 本記事の対象と結論
1 結論の要旨
(1) 成年後見人だった弁護士
成年後見人だった弁護士が,本人(被後見人)の死亡後に一部の相続人の代理人になることは,それだけで直ちに弁護士としての非行に当たるわけではない。
日弁連懲戒委員会平成25年2月12日議決(弁護士懲戒事件議決例集第16集3頁)は,遺言執行者と成年後見人とは法的に異なる立場にあるとして,元後見人が一部の相続人の代理人になった事案で京都弁護士会がした戒告処分を取り消した。
ただし,同議決には非行に当たるとする反対意見があり,同議決自身も,後見中の不正を隠す目的で受任する場合と,後見人でなければ知り得なかった事実を依頼者のために利用する場合を,非行が問題となる場合として挙げている。
同じ事案で,それ以前に日弁連綱紀委員会は懲戒審査相当と議決しており,議決例の判断は一様ではない。
(2) 後見監督人だった弁護士と遺言執行者との比較
後見監督人だった弁護士については,日弁連綱紀委員会平成26年5月21日議決(同第17集111頁)が,後見人と後見監督人は職務の公正さがより強く求められる関係にあるとして,後見人だった相続人の代理人になることは原則として相当でないとした。
もっとも,同議決は事案の具体的な事情から非行があったとまではいえないとし,日弁連綱紀審査会平成27年1月20日議決(同第18集147頁)もこの結論を維持したが,同審査会の議決には非行に当たるとする反対意見が付されている。
これに対し,遺言執行者が一部の相続人の代理人になることは,遺言執行の終了の前後を問わず,特段の事情のない限り差し控えるべきであるとするのが,解説「弁護士職務基本規程」第4版の立場である。
2 対象,基準日及び資料
本記事は,弁護士が家庭裁判所から成年後見人又は成年後見監督人に選任されて職務を行い,本人が死亡した後に,一部の相続人から遺産分割等の依頼を受ける場面を扱う。
記載は令和8年9月25日を基準日とし,民法及び弁護士法は同日時点でe-Gov法令検索に掲載されている現行の条文を確認した。
主要文献は,解説「弁護士職務基本規程」第4版(日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著,2026年9月)であり,同書の凡例によれば法令等の基準日は2026年3月1日である。
同書は,はしがきで,同書に述べられた見解は日弁連の公式見解ではないと断っている。
懲戒の議決例は,日本弁護士連合会が発行する弁護士懲戒事件議決例集の原本で,機関,議決日,事案及び判断を確認した。
議決例は裁判例ではなく,弁護士会の懲戒手続における綱紀委員会,懲戒委員会又は綱紀審査会の判断である。
なお,令和8年6月24日に公布された民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)により,成年後見は補助に一本化される予定である。
本記事の議決例はいずれも改正前の成年後見の事案であり,改正との関係は第7の6で扱う。
第2 遺言執行者と後見人・後見監督人の違い
1 遺言執行者に求められる中立性
(1) 民法1012条・1015条と平成30年改正
民法1012条1項は,遺言執行者が遺言の内容を実現するため遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有すると定め,同条3項は受任者の善管注意義務を定める民法644条等を準用している。
民法1015条は,遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は,「相続人に対して直接にその効力を生ずる」と定める。
同条は,平成30年法律第72号による改正前は遺言執行者を相続人の代理人とみなす旨を定めており,後記の議決例も改正前の同条を前提にしている。
解説「弁護士職務基本規程」第4版115頁は,この改正によって,遺言執行者は相続人の代理人ではなく,遺言者の意思をその死後に実現することを職務とすることが明確にされたと説明する。
(2) 東京高裁平成15年4月24日判決と日弁連の議決例
東京高裁平成15年4月24日判決(平成13年(行ケ)第532号,判例時報1932号80頁)は,遺言執行者は,相続人の代理人とする見解に立つか否かを問わず善管注意義務を負い,中立的な立場で任務を遂行すべきであるとした。
その上で,遺言執行者としての職務の終了前に,遺産の全部を相続するとされた相続人の代理人として遺留分減殺の調停を受任した弁護士について,旧弁護士倫理26条2号違反を理由とする戒告処分の取消請求を棄却した。
後記第3の1の議決が引用する日弁連懲戒委員会平成18年1月10日議決も,遺言執行者は中立的な立場で任務を遂行することが期待されているとし,相続人間に深刻な争いがある場合には,遺言執行の終了の前後を問わず,特定の相続人の代理人として訴訟活動をすることは慎まなければならないとした。
(3) 解説「弁護士職務基本規程」第4版の指針
同書115頁~116頁は,これまでの議決例に照らし,遺言執行者については,一部の相続人の代理人との同時兼任だけでなく,代理人を辞任した後に遺言執行者に就職することも,遺言執行の終了後に代理人になることも,特段の事情のない限り差し控えるべきであるとする。
非行となるかは,相続人間の紛争の内容,遺言執行者の裁量の余地の有無,遺言執行の内容,相続人の代理人としての活動内容及び兼任に至った経緯等を考慮して実質的に判断されるとしている。
擬律については,平成30年改正もあり,現在では弁護士職務基本規程5条・6条の問題とする見解にほぼ収れんしたとしつつ,一般条項である行動指針規定によることへの批判があることも紹介している(同書115頁)。
遺言執行者と相続人の代理人の関係の懲戒例は,遺言執行者が特定の相続人の代理人をしたことに関する,弁護士会の懲戒例で詳しく扱っている。
2 後見人と後見監督人の法的地位
(1) 後見人は本人のために財産を管理する
民法859条1項は,後見人が被後見人の財産を管理し,その財産に関する法律行為について被後見人を代表すると定め,民法869条は,受任者の善管注意義務を定める民法644条を後見に準用している。
後見人が善管注意義務を負う相手は本人であり,推定相続人ではない。
解説「弁護士職務基本規程」第4版116頁も,後見人は本人の法定代理人として本人のために財産管理を行うから,推定相続人との関係で中立性が求められるわけではないとする。
他方で,同頁は,後見人が日頃やり取りする相手が一部の親族に限られていると,相続が始まった後に,やり取りのなかった相続人からその親族と通じていたと受け取られ,争いに巻き込まれるおそれがあるという実務上の問題も挙げている。
(2) 後見監督人の職務
民法851条は,後見監督人の職務として,後見人の事務を監督すること(1号),後見人が欠けた場合に遅滞なくその選任を家庭裁判所に請求すること(2号),急迫の事情がある場合に必要な処分をすること(3号),後見人又はその代表する者と被後見人との利益が相反する行為について被後見人を代表すること(4号)を定める。
民法852条は民法644条を後見監督人に準用している。
第5の日弁連綱紀委員会議決は,この職務の定めから,後見人と後見監督人は後見人と相続人の関係よりも癒着を想起させてはならない関係にあるとしている。
(3) 本人の死亡後に残る権限と事務
後見人の任務は本人の死亡によって終了するが(解説「弁護士職務基本規程」第4版118頁),民法873条の2は,成年後見人は,本人が死亡した場合において必要があるときは,相続人の意思に反することが明らかなときを除き,相続人が相続財産を管理することができるに至るまで,相続財産に属する特定の財産の保存に必要な行為等をすることができると定めている。
民法870条は,後見人の任務が終了したときは,後見人は2か月以内に管理の計算をしなければならないと定め,この期間は家庭裁判所が伸長することができる。
そのため,本人の死亡後も,後見の計算と相続財産の引継ぎが終わるまでは,元後見人には後始末の事務が残る。
死亡後の権限は成年被後見人が死亡した後に元後見人ができること,家庭裁判所への報告は本人死亡後に成年後見人が家庭裁判所へ出す報告書類で扱っている。
第3 日弁連の議決例の流れ
1 京都の事案の日弁連綱紀委員会議決(懲戒審査相当)
(1) 事案の概要
日弁連綱紀委員会平成22年9月22日議決(弁護士懲戒事件議決例集第13集191頁~197頁)の事案では,弁護士が平成15年に家庭裁判所から高齢の女性の成年後見人に選任され,財産管理を担当した。
本人の長女と次女も,身上監護の事務を分掌する成年後見人に選任されていた。
本人は後見開始の前年に,全財産を長女に相続させる公正証書遺言と,それと抵触する内容の自筆証書遺言3通を作成していた。
後見中から,本人の金融資産を巡って長女と次女の間に争いがあり,長女は弁護士からの照会に回答せず,後見事務にも協力しなかった。
本人は平成20年に死亡し,弁護士は後見の計算書を作成して報酬付与の決定を受けたが,遺言が複数あることを理由に残余財産の引渡しを留保していた。
弁護士は平成21年に次女から他の相続人に対する遺産分割事件を受任し,次女の代理人として,長女に対し,公正証書遺言に基づく登記の抹消を求める書面を送った。
京都弁護士会綱紀委員会は,後見人は相続人との関係で中立的な立場を要求されていないとして,懲戒委員会の審査を求めないことを相当とした。
(2) 日弁連綱紀委員会の判断
日弁連綱紀委員会は,成年後見人と遺言執行者の共通点として,財産管理について包括的な権限を持つこと,弁護士が選任される場合は中立性・公正性への高度の信頼が前提になっていること,現実の報告・協議は推定相続人である親族との間で行われること,後見中に得た情報が特別受益や寄与分の主張立証に使われると元後見人の活動として疑義が生じやすいことなどを挙げた。
その上で,遺言執行者に関する前記の考え方は,成年後見人にも「大筋で妥当するというべきである」とした。
本件では,後見中から対立が顕在化していたこと,遺言の内容から対立が明らかであったこと,後見中に追及を保留した金融資産が特別受益の争点になると予想されたこと,預かり財産の引渡しが未了であったことを総合し,懲戒審査相当とした。
2 同じ事案の日弁連懲戒委員会議決(戒告の取消し)
(1) 多数意見
京都弁護士会は平成23年10月13日に弁護士を戒告の処分に付したが,日弁連懲戒委員会平成25年2月12日議決(弁護士懲戒事件議決例集第16集3頁~11頁)は,この処分を取り消し,懲戒しないことを相当とした。
同議決は,遺言執行者は相続人の代理人とみなされていた(当時の民法1015条)のに対し,成年後見人は成年被後見人に対して善管注意義務を負う立場であり,元後見人が相続人の代理人になる段階では本人は死亡して存在しないから,形式的にみて関係者間の利益相反に当たるとはいえず,それだけで直ちに中立性・公正さが害されるわけではないとした。
そして,遺言執行者と成年後見人とは「利益相反の問題において法的には異なった立場であり」,元後見人が一部の相続人の代理人に就任したというだけでは,弁護士職務基本規程5条(信義誠実)・6条(名誉と信用)に違反したとは認められないとした。
同議決は,後見人としての職務は報酬決定を受けて預り金を清算した頃に終了しており,残っていたのは預かっている財産を適正な管理者に引き継ぐ付随的な職務だけであったと認定している。
また,弁護士が京都弁護士会綱紀委員会の判断が出るまで次女からの受任事務を進めず,日弁連綱紀委員会の議決の後は次女の代理人を辞任するなど,後見人としての職務の公正さを確保するための一定の配慮をしたことも考慮した。
(2) 反対意見
同議決には,弁護士の行為は品位を失うべき非行に当たるとする反対意見があった。
反対意見は,長女と次女が当初から対立し,弁護士は専ら次女と協力して後見業務を行っていたこと,長女から事情を聞いていたこと,後見終了時の財産目録に長女ら名義の株券を本人の財産として記載していたことを挙げた。
その上で,次女の代理人として遺産の範囲や特別受益を問題とする遺産分割事件を担当することは,後見中に次女に加担していたのではないかとの疑念を抱かせ,後見人として知った長女の事情を活用していると疑われて当然であるとした。
3 大阪の事案の日弁連懲戒委員会議決(異議棄却)
(1) 事案と日弁連綱紀委員会の判断
日弁連懲戒委員会平成26年1月14日議決(弁護士懲戒事件議決例集第17集3頁~12頁)の事案では,本人の生前から5人の子が二つのグループに分かれて相続を争っており,弁護士は家庭裁判所から成年後見人に選任された。
弁護士は後見人として五男らに対する横領金返還等請求訴訟を提起し,本人の死亡後は三男らの代理人として五男らを相手方とする遺産分割調停を申し立て,遺言確認等請求訴訟を提起した。
また,弁護士は,本人の死亡後に管理していた預金を解約し,解約金の全額を三男に交付していた。
大阪弁護士会綱紀委員会は懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当としたが,日弁連綱紀委員会は,相続財産を巡る紛争が本人の生前から顕在化していた場合には,後見業務の終了前に対立する一方の相続人の代理人となって訴訟活動をすることは,特段の事情が認められない限り原則として慎むべきであるなどとして,審査を求めることを相当とした。
(2) 日弁連懲戒委員会の判断
大阪弁護士会は懲戒委員会の議決に基づいて弁護士を懲戒しないこととし,日弁連懲戒委員会は,大阪弁護士会懲戒委員会の議決書の認定と判断に誤りはないとして,懲戒請求者の異議の申出を棄却した(以下,この2つの議決を併せて「平成26年1月の議決」という)。
大阪弁護士会懲戒委員会の議決は,後見人については遺言執行者の場合の民法1015条のような定めはなく,本人の死亡によって後見人の実質的な職務は終了するから,後見人と一部の相続人の代理人を兼ねるという地位の兼任はあり得ないとして,「後見人であった者が一部の相続人の代理人になることは,原則として,非行にあたると考えるべきではない」とした。
他方で,後見人の職務の公正に対する信頼を損なう行動や,後見人の職務の公正性を害する行為は慎むべきであるとし,本件では受任した訴訟が後見人として提起した訴訟と同じ争点であり,違法状態の解消を目指すものであったことなどから,軽率であったとのそしりは免れないが非行とまではいえないとした。
預金の全額を三男に交付した点について,平成26年1月の議決は,預金は相続人に当然に分割して帰属するから特段の事情がない限り違法で善管注意義務に違反するとしつつ,葬儀費用の補てんの趣旨であったことなどから非行とまではいえないとした。
ただし,共同相続された普通預金債権等は相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく遺産分割の対象となるとした最高裁大法廷平成28年12月19日決定(平成27年(許)第11号,民集70巻8号2121頁)の後は,預金が当然に分割されるという前提自体が現在の判例と異なる。
4 議決例の到達点と根拠規定
(1) 解説「弁護士職務基本規程」第4版の整理
解説「弁護士職務基本規程」第4版118頁~119頁は,議決例の大勢は,後見人は本人のために職務を行うこと,民法1015条のような規定がないこと,後見人の任務は本人の死亡によって終了することを理由に,元後見人が一部の相続人の代理人になったというだけで直ちに非行と解すべきでないとしていると整理する。
ただし,後見人の職務の公正に対する信頼を損なう行為や職務の公正さを害する行為があったかを具体的な事案で検討すべきであり,事案によっては非行に当たることもあるとして注意を促している。
(2) 弁護士職務基本規程5条・6条と弁護士法56条1項
弁護士職務基本規程5条は,弁護士は「真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行うものとする」と定め,同規程6条は,弁護士は「名誉を重んじ、信用を維持するとともに、廉潔を保持し、常に品位を高めるように努める」と定める。
同規程82条2項は,第1章(1条~8条)の規定等を,弁護士の職務の行動指針又は努力目標を定めたものとして解釈し適用しなければならないとしている。
懲戒の根拠は弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」であり,上記の議決例も,同規程5条・6条に照らして同項の非行に当たるかを判断している。
第4 非行となり得る2つの場合
日弁連懲戒委員会平成25年2月12日議決は,元後見人が一部の相続人の代理人として活動した場合に非行に当たるかが問題となる場合として,次の2つを挙げた。
①「成年後見中の行為について,善管注意義務違反や後見報告書の内容の不正不備が存し,一部相続人からの受任が,それを隠匿する等の目的である場合」
②「相続人間で争いとなった内容について,成年後見人でなければ知り得なかった事実を,依頼相続人のために利用するような場合」
1 後見中の不正を隠す目的での受任
①は,後見中の財産管理の当否(使途不明金,財産目録の記載,後見の計算等)が相続人間の争点になる事案で問題になる。
そのような事案では,元後見人が一方の相続人の代理人になると,依頼者のための主張と自分の後見事務を守るための主張とが区別しにくくなる。
本記事では,後見事務の当否が争点になり得る事案では,元後見人は一部の相続人の代理人を引き受けないことを基本形とする。
2 後見人でなければ知り得なかった事実の利用
②について,平成25年の議決は,相続財産の範囲に争いがあることや遺言書が複数あることは,元後見人でなくても,相続開始後に一部の相続人の代理人に就任した弁護士であれば容易に把握できる事実であるから,それを不当に利用したと認めることは困難であるとした。
これに対し,前記第3の1の日弁連綱紀委員会議決は,後見中に追及を保留した金融資産が特別受益の争点になることを重視しており,同じ事実関係でも評価が分かれている。
後見中に家庭裁判所への報告や本人の財産調査のために照会や面談で得た情報のうち,相続開始後に代理人として通常の方法では得られないものを依頼者のために使うと,②に当たるおそれがあると考えられる。
後見事件の記録を相続人が閲覧・謄写できるかは,成年後見事件の記録の閲覧・謄写で扱っている。
第5 後見監督人に求められるより強い公正性
1 日弁連綱紀委員会平成26年5月21日議決
(1) 事案の概要
日弁連綱紀委員会平成26年5月21日議決(弁護士懲戒事件議決例集第17集111頁~115頁)の事案では,本人の甥が後見開始を申し立て,家庭裁判所は平成21年12月にその甥を後見人に,弁護士を後見監督人に選任した。
本人は平成22年8月に死亡し,甥は相続人の地位も取得した。
弁護士は,相続人らが遺産の不動産の管理を甥に任せたいとの相談を甥から受け,委任状の文面を作成して甥に交付した。
その後,他の相続人である懲戒請求者が家賃の清算を求めて甥に対する支払督促を申し立て,弁護士は甥から受任してその代理人となった。
釧路弁護士会綱紀委員会は,後見監督人でなければ知り得なかった事実を利用する場合等の限定的な場合に当たらないとして,懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当とした。
(2) 日弁連綱紀委員会の判断
日弁連綱紀委員会は,民法851条が定める後見監督人の職務からすれば,後見人と後見監督人は,後見人と相続人の関係よりも癒着を想起させてはならない関係にあるとし,「職務の公正さがより強く要求されるべき関係と考えられるから,本件のような受任関係は限定的な場合のみが問題とされるものではなく,原則としてこのような受任関係に立つことは相当でないと言うべきである」とした。
もっとも,後見監督人として指導した範囲に入る家賃清算の案件で弁護士が加わることに一応の合理性があったこと,支払督促は印紙が納められず却下で終わり実質的に何も行われなかったこと,可分な金銭債権で相続人間の事情が関係する余地がなかったことから,非行があったとまではいえないとして異議の申出を棄却した。
2 日弁連綱紀審査会平成27年1月20日議決と反対意見
懲戒請求者は綱紀審査を申し出たが,日弁連綱紀審査会平成27年1月20日議決(弁護士懲戒事件議決例集第18集147頁~148頁)は,懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当とする議決が得られなかったとした。
綱紀審査会の懲戒審査相当の議決には,出席した委員の3分の2以上の多数が必要である(弁護士法64条の4第1項)。
同議決には,後見監督人だった弁護士が相続人の一部の代理人となり事実上遺産分割に関連した紛争に関与することは,後見監督人としての職務の公正さを疑わせるとし,民法851条の定めからすれば後見人と後見監督人は「癒着を想起させてはならない関係」にあり,本件のような受任関係に立つことは相当でないから非行に当たるとする反対意見が付されている。
後見監督人が監督していた後見人の側に立つと,後見中の監督が適正だったかという疑念を相続人から向けられやすいから,本記事では,後見監督人だった弁護士は後見人だった相続人の代理人を引き受けないことを基本形とする。
専門職の後見監督人が親族後見人を支援する運用については,大阪家裁の総合支援型後見監督人で扱っている。
第6 元後見人が相続人全員の依頼で遺産分割を調整する場合
1 調整役を引き受けるときの考慮要素
解説「弁護士職務基本規程」第4版119頁は,元後見人が相続人全員の依頼で遺産分割を調整する場合について調整型の職務の解説を参照させており,同書112頁~113頁は,いずれの当事者の代理人にもならずに複数の当事者の利害を調整する職務は,双方代理や弁護士職務基本規程27条1号・2号の利益相反には当たらないが,全ての当事者に対して公平かつ公正でなければならないとする。
同書が引受けの際に考慮すべきとする事情を本記事なりにまとめると,話合いでまとまる見込みが残る程度の対立にとどまっていること,弁護士と各相続人との関係や費用の分担を全員が了解していること,調整役は誰の代理人でもなく,決裂すれば手を引いて以後どの相続人の側にも付かないことを全員が承知していること,そして各相続人が調整の結論を受け入れない自由を持っていることである。
同書は,受任の際には不利益事項の説明(弁護士職務基本規程32条)が必要になり,利害対立後は同規程42条が適用されるとし,調整が失敗した場合はいずれの当事者の代理人にもならず各自で代理人を委任する必要があることを十分に説明しておくべきであるとしている。
元後見人が調整役を務める場合,後見中から推定相続人間に対立がある事案では,話合いでまとまる見込みという前提そのものを欠きやすい。
2 調整の失敗後に一部の相続人の代理人になった議決例
日弁連綱紀審査会平成26年10月14日議決(弁護士懲戒事件議決例集第17集201頁~202頁)は,共同相続人全員から相談を受けて遺産分割協議書を作成した弁護士が,その後に一部の相続人の代理人として他の相続人を相手方とする遺産分割調停を申し立てた事案である。
同議決は,調停事件は協議書の内容となった三者間の協議が事実上完全な合意に至らずに再燃したものであるとして,弁護士職務基本規程28条3号に違反するとし,懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当とした。
この事案は元後見人の事案ではないが,解説「弁護士職務基本規程」第4版113頁は,協議書の作成と遺産分割調停は同一事件であると考えられるから,同規程27条1号違反と考える余地もあるとしている。
元後見人が相続人全員のための調整を試みて失敗した場合には,調整役としての制約と後見人だった経緯の双方が加わるから,いずれの相続人の代理人にもならないことが前提になると考えられる。
第7 実務上の注意
1 後見中から推定相続人との連絡の偏りを避ける
後見人の義務は本人に対するものであるが,平成25年の議決の反対意見は,後見中に弁護士が専ら一方の推定相続人と協力していたことを,相続開始後の受任を非行とする理由の一つとしている。
平成26年1月の議決の事案でも,懲戒請求者は,後見人が専ら一方の相続人とのみ連絡を取っていたことを懲戒事由の一つとして主張していた(大阪弁護士会綱紀委員会は,この主張を含む懲戒事由について,懲戒請求者が占有する預金通帳等の返還を求めたのは成年後見人として当然の職務遂行であるなどとして,懲戒事由と認めなかった)。
本記事では,本人の財産の範囲や使途について推定相続人間に争いがあるときは,特定の推定相続人の意向だけで動かず,照会や回答の経過を記録に残すことを基本形とする。
2 後見の計算と引継ぎを先に終える
(1) 後見の計算と引継ぎの完了
議決例は,受任の時点で預かり財産の引渡しが未了であったことを後見人の職務が終わっていなかった事情として重視したものと,付随的な職務が残るだけとして重視しなかったものに分かれている。
本記事では,後見の計算(民法870条)と相続人への引継ぎを終えるまでは,一部の相続人からの依頼を受けないことを基本形とする。
相続人の対立で引継ぎが進まないときの対応は,相続人が遺産を受け取らないときで扱っている。
(2) 一部の相続人だけに財産を渡さない
平成26年1月の議決は,管理していた預金の解約金全額を一方の相続人に交付した行為について,非行とまではいえないとしながら,特段の事情がない限り違法で善管注意義務に違反するとした。
現在の判例では預貯金債権も遺産分割の対象となるから,一部の相続人から立替金の精算等を求められても,家庭裁判所に相談した上で,相続人全員が関与する方法で引き継ぐことが考えられる。
3 受任するかどうかの判断項目
議決例が考慮した事情から,元後見人又は元後見監督人が一部の相続人から依頼を受けたときは,次の項目を確認することが考えられる。
①後見中から推定相続人間の対立が顕在化していたか
②後見事務の当否(財産目録,使途不明金,後見の計算等)が相続人間の争点になり得るか
③依頼者側の主張立証に,後見中に照会や面談等で得た情報を使うことになるか
④後見の計算と相続財産の引継ぎが完了しているか
⑤後見監督人であった者が,後見人であった相続人から依頼を受けるものか
⑥相続人全員のための調整役を務めた経緯があるか
⑦受任する紛争が,後見人として提起した訴訟と同じ争点で,後見人の立場と矛盾しないものか
①から⑥までのいずれかに当たる場合は,議決例で非行と判断された事情や反対意見が重視した事情と重なるから,受任を控えることが考えられる。
⑦に当たることは,平成26年1月の議決が公正を疑わせないとした事情であるが,同じ事案で日弁連綱紀委員会は審査相当としており,それだけで受任が正当化されるわけではない。
4 受任時の依頼者への説明
弁護士職務基本規程29条1項は,弁護士は事件を受任するに当たり,依頼者から得た情報に基づき,事件の見通し,処理の方法並びに弁護士報酬及び費用について適切な説明をしなければならないと定める。
元後見人が受任する場合には,相手方の相続人から公正さについて異議や懲戒請求が出る可能性があること,その結果によっては途中で辞任し,依頼者が新たに代理人を選ぶ必要が生じ得ることを説明しておくことが考えられる。
平成25年の議決の事案では,弁護士は日弁連綱紀委員会の議決の後に依頼者の代理人を辞任している。
あわせて,後見中に得た情報を依頼者のために使わないことを受任の前提として説明しておくことも考えられる。
5 相続人の側から見た対応
元後見人の弁護士が他の相続人の代理人になったことに疑問を持つ相続人は,弁護士法58条1項により,その弁護士の所属弁護士会に懲戒を求めることができる。
懲戒の事由があったときから3年を経過すると懲戒の手続を開始することができず(弁護士法63条),弁護士会が懲戒しない旨の決定をしたときの日弁連への異議の申出は,その通知を受けた日の翌日から起算して3か月以内にしなければならない(同法64条1項・2項)。
ただし,平成25年の議決と平成26年1月の議決に照らせば,代理人になったことだけでは非行とされないことがあり,後見中の偏りや後見人として知った事実の利用といった具体的な事情が問題になる。
なお,本記事の調査の範囲では,元後見人の訴訟行為の排除の可否を判断した裁判例は確認できなかった。
弁護士法25条各号は元後見人を掲げておらず,最高裁令和4年6月27日決定(令和4年(許)第3号,集民268号323頁)は,取締役責任調査委員会の委員だった弁護士について,同条をみだりに拡張又は類推して解釈すべきでないとして同条2号・4号の類推適用を否定している。
6 令和8年改正法との関係
民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)は令和8年6月24日に公布され,改正後の民法は,後見を未成年後見に限り,成年後見と保佐を補助に一本化する構成を採っている。
同法の主要部分の施行日は公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日とされ,e-Gov法令検索は改正後の民法の施行予定日を令和10年12月23日と表示している(この日付は期限の末日であり,施行日を定める政令が出れば変わり得る)。
同法附則2条1項は,施行日前に後見開始の審判がされた成年被後見人並びにその成年後見人及び成年後見監督人に関する民法の規定の適用については,同附則に特別の定めがある場合を除き,なお従前の例によるとしている。
改正後の民法876条の9は補助監督人の職務として補助人の事務の監督等を定め,同法876条の26は本人の死亡後の補助人の権限を定めている。
本人のために財産管理等を行う者と,本人の死亡後の相続人間の紛争との関係という構図は改正後も変わらないから,本記事の議決例の考え方は,改正後の補助人・補助監督人についても参考になると考えられる。
改正の全体像は令和8年成年後見制度改正で弁護士の後見業務は採算が悪化するかで扱っている。
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解説「弁護士職務基本規程」第3版と第4版の比較-規程改正,解釈の変更,新設項目及び削除された記述
第9 出典
1 法令・会規
民法(明治29年法律第89号)644条・851条・852条・859条・869条・870条・873条の2・1012条・1015条(e-Gov法令検索で令和8年9月25日現在の条文を確認)
民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)による改正後の民法876条の9・876条の26及び同法附則1条・2条(e-Gov法令検索の未施行の改正後の条文で確認)
弁護士法(昭和24年法律第205号)25条・56条・58条・63条・64条・64条の4
弁護士職務基本規程(平成16年会規第70号)5条・6条・27条・28条・29条・32条・42条・82条(日本弁護士連合会「日弁連関係法規集(令和7年9月1日現在)」)
2 裁判例
東京高裁平成15年4月24日判決(平成13年(行ケ)第532号,判例時報1932号80頁,裁判所HP未掲載,判例秘書で確認)
最高裁大法廷平成28年12月19日決定(平成27年(許)第11号,民集70巻8号2121頁)
最高裁第一小法廷令和4年6月27日決定(令和4年(許)第3号,集民268号323頁)
3 弁護士懲戒の議決例
日弁連綱紀委員会平成22年9月22日議決(平成22年綱第31号,弁護士懲戒事件議決例集第13集191頁~197頁)
日弁連懲戒委員会平成25年2月12日議決(平成23年懲(審)第29号,弁護士懲戒事件議決例集第16集3頁~11頁)
日弁連懲戒委員会平成26年1月14日議決(平成24年懲(異)第27号,弁護士懲戒事件議決例集第17集3頁~12頁)
日弁連綱紀委員会平成26年5月21日議決(平成26年綱第20号,弁護士懲戒事件議決例集第17集111頁~115頁)
日弁連綱紀審査会平成26年10月14日議決(平成26年(コシ)第183号,弁護士懲戒事件議決例集第17集201頁~202頁)
日弁連綱紀審査会平成27年1月20日議決(平成26年(コシ)第218号,弁護士懲戒事件議決例集第18集147頁~148頁)
4 文献
日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説「弁護士職務基本規程」第4版』(日本弁護士連合会,2026年9月)はしがき,凡例,112頁~113頁(調整型の職務),114頁~116頁(遺言執行者),116頁~119頁(後見人)