第1 この記事の対象と権限の枠組み
1 この記事の対象
本記事は,相続人のあることが明らかでない場合に選任される相続財産清算人(民法952条)が,相続財産を管理・換価する際に家庭裁判所の許可(権限外行為許可)を要するかどうかを,行為の類型ごとに整理するものである。
令和8年9月19日時点の民法,家事事件手続法,裁判所の公開資料(熊本家庭裁判所後見センター「相続財産の清算人の職務について」,大阪家庭裁判所の郵便料一覧),全国銀行協会の金融法務研究会の報告書等を確認して作成した。
許可の要否や運用は家庭裁判所によって異なる部分があるため,実際の事件では選任した家庭裁判所に確認する必要がある。
清算手続全体の流れは「相続人がいない場合の相続財産清算人」で整理している。
2 保存・利用・改良行為と処分行為
相続財産清算人には,不在者財産管理人に関する民法27条から29条までが準用される(民法953条)。
清算人は,民法103条に規定する権限を超える行為を必要とするときは,家庭裁判所の許可を得て,その行為をすることができる(同法28条)。
民法103条が定めるのは,①保存行為と,②代理の目的である物又は権利の性質を変えない範囲内で,その利用又は改良を目的とする行為である。
全国銀行協会の金融法務研究会の報告書は,一般的な理解として,保存行為とは財産の現状を維持するために必要な行為,利用行為とは収益を図る行為,改良行為とは財産の使用価値又は交換価値を増加させる行為をいうと整理している。
同報告書によれば,腐敗しやすい物を売却して金銭に換えること,未登記不動産の登記,時効の完成猶予の措置,弁済期が到来した債務の弁済は保存行為の例とされ,金銭を銀行に預け入れることは利用行為の例とされる。
他方,預金を株式に換えるなど,物又は権利の性質を変える行為は,利用・改良の目的であっても清算人の権限を超えるとされている。
3 清算人に固有の清算権限
相続財産清算人は,民法28条の枠組みとは別に,清算のための権限を持つ。
請求申出の期間が満了した後の相続債権者及び受遺者への弁済(民法957条2項,929条~931条)や,弁済のために必要な場合の相続財産の競売(同法957条2項,932条本文)は,法律が定める清算の職務であり,これらについて権限外行為許可は問題とならない。
ただし,弁済の順序や按分を誤れば清算人が損害賠償責任を負うことがある(同法957条2項,934条)。
4 許可を得ずにした行為の効力
権限を超える行為を家庭裁判所の許可なしにした場合は,無権代理行為となる(民法113条)。
前記の報告書は,旧法下の相続財産管理人について,取引の相手方は許可の有無を審判書の提示を求めることで容易に確認できるため,表見代理(民法110条)の「正当な理由」が認められるのは審判書が偽造された場合など特別な場合に限られるとの指摘を紹介している。
清算人と取引をする相手方は,許可を要する行為であれば,許可審判書の写しで許可の内容を確認しておくべきである。
第2 許可が要らないと解されている行為
1 預金の照会・解約・払戻し
被相続人名義の預金の残高照会は,財産目録の作成(民法953条,27条1項)のための調査であり,清算人の権限に含まれる。
預金の解約・払戻しについても,前記の報告書は,実務上,清算人の権限内の行為であり家庭裁判所の許可は不要と解されてきたと整理し,預貯金を金銭にすること自体は財産の現状を増減させない現状維持的な行為として,許可不要と解してよいとしている。
熊本家庭裁判所の資料も,相続財産の預貯金は清算人名義に変更するよう案内している。
これに対し,外貨預金や投資信託のように価格が変動する資産に振り替えたり,投資信託等を購入したりする行為は,権利の性質を変えるものとして権限外になるとされている。
2 貸金庫の開扉・点検・解約
前記の報告書によれば,貸金庫の開扉と内容物の点検は,相続財産の状況の調査の一環として権限内の行為と解されてきた。
解約についても,契約を維持する必要がなく,解約によって使用料等の負担を免れる場合には,相続財産全体の維持保全の観点から権限内と評価できるとの見解が紹介されている。
内容物は金融機関も把握していないため,開扉に当たっては適切な第三者の立会いが望ましいとされる。
3 管理費用の支払・税金の納付・継続的契約の解約
同報告書は,代金支払債務の履行,事務管理費用の支払,税金の納付等を権限内の行為の例として紹介している。
被相続人が生前に利用していた電気,ガス,新聞等の継続的な供給契約を速やかに解約することも,相続財産全体の維持保全の観点から同様に考えられている。
財産目録の作成費用,名義変更の費用,官報公告費用等の必要な経費は,相続財産から支弁できる(民法27条1項,家事事件手続法208条,125条3項)。
4 価値のない家財道具の廃棄
熊本家庭裁判所の資料は,動産の廃棄を原則として許可が必要な行為に挙げつつ,価値のない家財道具などの廃棄については清算人の判断で行うこともできるとしている。
もっとも,被相続人の日記,手紙,写真等は,特別縁故者への分与の審理で資料となることがあるため,一見価値がなくても安易に廃棄しない方がよい。
5 判断に迷う場合と金融機関から許可を求められた場合
権限内の行為かどうかの判別は容易でないことも多い。
前記の報告書は,実務上,家庭裁判所が清算人の管理方針を認めるという趣旨で,本来は許可不要の行為についてあえて許可をする場合があること,金融機関などの相手方が許可を求める例があり,その場合に家庭裁判所から許可が不要である旨を説明する運用や,許可の審判をする取扱いもみられることを紹介している。
許可の申立てには1件800円の手数料がかかるため(民事訴訟費用等に関する法律別表第一の15の項),まず家庭裁判所に相談して要否を確認するのが合理的である。
第3 許可が要る行為の類型と留意点
熊本家庭裁判所の資料は,主な権限外行為として,①不動産の処分(建物の取壊しを含む。),②動産の売却,譲渡,贈与,廃棄(自動車の売却や廃車手続を含む。),③ゴルフ会員権,株券などの売却,④永代供養料の支払,墓地などの購入費用,⑤出資金持分譲渡契約,⑥訴訟の提起,訴えの取下げ,訴訟上の和解,調停,⑦立替金の支払や被相続人が生存していたならば当然謝礼をしたと思われる人への謝金の支払を挙げている。
以下,類型ごとに留意点を整理する。
1 不動産の売却
不動産の売却は典型的な権限外行為である。
熊本家庭裁判所の資料は,不動産を売買するときは,売買契約書,当該不動産の評価証明や不動産業者の査定資料を提出し,買主が法人の場合は登記事項証明書等を添付するよう案内している。
売却の相当性を示すため,複数の査定や買受希望者の比較によって価格の相当性を説明できるようにしておくことが望ましい。
買主の側で確認すべき契約条項(許可を効力発生の条件とすること,担保責任を負わない旨の特約とその限界等)は,「相続人がいない場合の相続財産清算人」の第4の3で整理している。
清算人の側から見た競売との比較,担保権・差押えの処理及び売買契約の条項は,「相続財産清算人による不動産の任意売却」で詳しく整理している。
2 建物の取壊し
建物の取壊しも,不動産の処分として許可が必要とされている。
不動産を国に引き継ぐ場合,財務局は,引継ぎに先立って境界確定,測量,動産の撤去等を求めることがあり(財務省理財局長通達「国庫に帰属する不動産等の取扱いについて」(令和2年12月14日財理第3992号)),取壊しの要否はこの協議を踏まえて判断することになる。
詳細は「国庫帰属した不動産のその後」で整理している。
3 動産・自動車の売却,譲渡,廃棄
財産的価値のある動産の売却,譲渡,贈与,廃棄は,許可が必要とされている。
自動車の売却や廃車手続も同様である。
自動車は,保有を続けると税金や駐車場代の負担,事故の危険が生じるため,早期に処分の方針を立てる必要がある。
4 株式・投資信託の売却
株式の売却は権限外行為の典型例とされ,前記の報告書は,許可の主文の例として「相続財産清算人である申立人が,被相続人○○の相続財産である別紙財産目録記載の株式を,時価にて売却処分することを許可する。」を紹介している。
投資信託等についても,価格変動の可能性から預貯金ほど現金に近いとはいえないため,許可が必要と考えられている。
株式のようにあらかじめ適正価額を特定しにくい財産は,時価で売却すべき旨の許可を受ける方法がとられる。
売却されずに残余財産として国庫に帰属する有価証券は,区分,銘柄,数量,価格等を記載した引継書を作成して財務局等に引き継ぐことになる。
5 ゴルフ会員権
ゴルフ会員権の売却も許可が必要とされている。
会員権によっては年会費等の負担が続くことがあるため,未払の有無を確認し,売却できるか,預託金の返還を求めるか,退会するかを早期に検討する。
6 出資金
信用金庫の会員が死亡した場合は,死亡が法定の脱退事由とされ(信用金庫法17条1項2号),脱退した会員は定款の定めるところにより持分の払戻しを請求することができる(同法18条1項)。
このように,出資先の根拠法と定款によっては,出資金は払戻請求権として取り立てる対象になる。
これに対し,出資の持分を第三者に譲渡して処理する場合は,熊本家庭裁判所の資料が挙げるとおり,出資金持分譲渡契約として許可が必要となる。
まず出資先の根拠法と定款を確認し,払戻しによるか譲渡によるかを決める必要がある。
7 永代供養料・墓地の購入費用
系譜,祭具及び墳墓の所有権は,相続財産とは別に,祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する(民法897条1項)。
被相続人の遺骨の永代供養料や墓地の購入費用を相続財産から支出することは,熊本家庭裁判所の資料が許可を要する行為として挙げている。
大阪家庭裁判所の手引きは,被相続人の死亡後に祭祀法事を行ったこと(死後縁故)だけでは特別縁故者とはいえないとしているため,祭祀を行った者の費用の負担をどう扱うかは,特別縁故者への分与とは別に,この許可の問題として検討することになる。
申立ての際は,支払先,金額,被相続人と祭祀を行う者との関係,見積書や領収書等を示して,支出の必要性と金額の相当性を説明する。
8 立替金・謝金の支払
熊本家庭裁判所の資料は,立替金の支払や,被相続人が生存していたならば当然謝礼をしたと思われる人への謝金の支払も,許可を要する行為として挙げている。
これらは相続債権者への弁済の順序とは別の支出になるため,相続財産の状況(債務超過か否か)と他の債権者への影響を説明できるようにしておく必要がある。
9 賃貸借契約の締結・解除
処分の権限を有しない者が賃貸借をする場合,土地の賃貸借は5年,建物の賃貸借は3年を超えることができない(民法602条)。
清算人がこれを超える期間の賃貸借(借地借家法の適用がある長期の賃貸借等)を締結するには,許可が必要と考えられる。
長期の賃貸借は相続財産の換価や国への引継ぎを難しくすることがあるため,必要性を慎重に検討する。
契約の解除については,前記の報告書が,権限外行為許可の申立ての一類型として「契約解除」を挙げる実務書と,賃貸している物の賃貸借契約の解除は管理行為として権限内とする見解があることを紹介している。
共有物を目的とする貸借契約の解除について,最高裁昭和39年2月25日第三小法廷判決(昭和36年(オ)第397号・民集18巻2号329頁)は,保存行為には当たらず,(平成29年改正前の)民法252条本文にいう共有物の管理に関する事項に当たるとしている。
解除によって相続財産に不利益が生じないかを個別に検討し,迷う場合は家庭裁判所に相談する。
10 訴訟行為
熊本家庭裁判所の資料は,訴訟の提起,訴えの取下げ,訴訟上の和解,調停を許可が必要な行為に挙げ,申立ての際に訴状の写しや和解案等の写しを疎明資料として提出するよう案内している。
訴えの取下げや和解は,相続財産に関する権利を確定させずに手放し,又は処分する結果となり得るためである。
名古屋高裁昭和35年8月10日判決(昭和31年(ネ)第301号・下民集11巻8号1698頁・家月13巻10号96頁。裁判所HP未掲載)は,民法951条以下により選任された相続財産の管理人(現在の相続財産清算人に当たる。)が家庭裁判所の許可を得ずにした控訴の取下げについて,控訴の取下げは民法103条の権限を超える行為であり,同法953条・28条によりあらかじめ家庭裁判所の許可を得る必要があるとして,無効とした。
相手方が取下げに同意していた事案であり,許可のない取下げは,相手方の同意があっても効力を生じないことになる。
これに対し,相続財産に関して提起された訴えに応訴することは,保存行為として許可を要しないと解されている。
最高裁昭和47年7月6日第一小法廷判決(昭和46年(オ)第773号・民集26巻6号1133頁)は,旧家事審判規則106条1項により選任された相続財産管理人について,民法28条を類推適用し,相続財産に関して提起された訴えには保存行為として家庭裁判所の許可なく応訴できるとした。
また,最高裁昭和47年9月1日第二小法廷判決(昭和46年(オ)第474号・民集26巻7号1289頁)は,不在者財産管理人が,不在者を被告とする建物収去土地明渡請求を認容した判決に対し,家庭裁判所の許可なく上訴を提起できるとし,判決理由の中で,上訴の提起とそのための訴訟代理人の選任を保存行為と説示している。
いずれも相続財産清算人についての判断ではないが,同じ民法28条・103条の枠組みによるものである。
11 債権の放棄
回収できない債権を放棄することも,権利の放棄として処分行為に当たる。
前記の報告書は,許可・不許可の判断では,①その財産の経済的価値に比べて保管・管理のコストがどれだけかかるか,②処分の費用がどれだけかかり,現実に処分が可能か,③相続財産全体の管理費用に照らして処分の必要がどの程度あるか(管理を続けるとかえって不利益が拡大しないか)といった事情が総合考慮されるとの指摘を紹介している。
債権の放棄も,証拠の有無,債務者の資力や所在,回収費用との釣り合い等を示して申し立てることになる。
第4 申立ての方法と許可後の報告
1 申立先と費用
権限外行為許可は,家事事件手続法別表第一の99の項(相続人の不存在の場合における相続財産の清算に関する処分)の審判事件であり,相続が開始した地を管轄する家庭裁判所に申し立てる(同法203条1号。通常は清算人を選任した家庭裁判所である。)。
申立手数料は収入印紙800円である(民事訴訟費用等に関する法律別表第一の15の項)。
大阪家庭裁判所本庁では,郵便切手110円を納める(令和8年8月3日からの郵便料一覧)。
2 申立書の書き方
申立書には,許可を求める行為の内容(相手方,対象財産,代金等)を特定し,その行為が必要な理由と相当である理由を具体的に記載する。
結論だけでなく,相続財産の状況,他の選択肢との比較,債権者や特別縁故者を主張する者への影響を示し,売買契約書案,査定書,見積書等の疎明資料を添付する。
3 審判と不服申立て
権限外行為許可の申立てについての審判に対しては,即時抗告を認める規定がないため,許可の審判に対しても,申立てを却下する審判に対しても,不服申立てはできないと解されている(家事事件手続法85条1項)。
4 許可後の報告
許可を得た行為をした後は,その結果を家庭裁判所に報告する。
熊本家庭裁判所の資料は,権限外行為の許可審判後の状況を,許可審判月の2か月後の末日までに報告するよう求めている。
報告の時期と方法は家庭裁判所ごとに定められているため,選任時に交付される案内を確認する。
第5 出典
1 法令
① e-Gov法令検索・民法(27条~29条,103条,110条,113条,602条,897条,929条~934条,952条,953条,957条)
② e-Gov法令検索・家事事件手続法(85条,125条,203条,208条,別表第一の99の項)
③ e-Gov法令検索・民事訴訟費用等に関する法律(別表第一の15の項)
④ e-Gov法令検索・信用金庫法(17条,18条)
2 裁判例
① 最高裁昭和39年2月25日第三小法廷判決・昭和36年(オ)第397号・民集18巻2号329頁
② 最高裁昭和47年7月6日第一小法廷判決・昭和46年(オ)第773号・民集26巻6号1133頁
③ 最高裁昭和47年9月1日第二小法廷判決・昭和46年(オ)第474号・民集26巻7号1289頁
④ 名古屋高裁昭和35年8月10日判決・昭和31年(ネ)第301号・下民集11巻8号1698頁・家月13巻10号96頁・判例時報241号28頁(裁判所HP未掲載)
3 公的資料・報告書
① 熊本家庭裁判所後見センター財産管理係「相続財産の清算人の職務について」
② 大阪家庭裁判所「郵便切手及び予納金一覧」(令和8年8月3日~)
③ 大阪家庭裁判所「相続財産清算人選任申立ての手引き」(令和8年1月5日版)
④ 全国銀行協会・金融法務研究会(第2分科会)報告書「本人又は被相続人の財産を管理する者との金融取引に関する法的問題」第6章(垣内秀介「相続財産管理人,相続財産清算人の権限について――銀行窓口取引に関連する事項を中心として」)
⑤ 財務省理財局長通達「国庫に帰属する不動産等の取扱いについて」(令和2年12月14日財理第3992号)