第1 この記事の対象と結論
1 この記事の対象
本記事は,求人企業がヘッドハンティング会社又は人材スカウト会社に対し,現に他社で就業している人材の探索,転職勧奨,面接設定及び入社までの支援を委託したものの,期待した採用成果が出ない場合を対象とする。
一般の登録型人材紹介と異なり,契約締結時にコンサルティング料又は活動費を支払い,内定,入社又は一定期間の在籍時に別の報酬を支払う契約を念頭に置く。
本記事の法令・行政資料の基準日は令和8年9月15日である。
個別の返金額は,契約書,確認書,申込書,手数料表,候補者ごとの経過及び解約時点によって変わるため,以下の計算例だけで確定することはできない。
2 先に押さえるべき結論
採用成果が出ないことだけで,直ちに人材スカウト会社の債務不履行となるわけではない。
しかし,成果を保証しない契約であっても,合意した探索,候補者への接触,面接後のフォロー,求人企業への報告その他の役務まで免除されるものではない。
検討の順序は,①契約上の成果と役務を分けること,②前払報酬と成功報酬の性質を分けること,③「内定」「内定確定」「採用」「入社」及び「在籍」の定義を確認すること,④候補者の内定辞退と入社後の早期離職を分けること,⑤通常の中途解約と債務不履行解除を分けること,⑥月間報告書と個別連絡から実施済みの役務と未実施の役務を特定することである。
返金条項がある場合には,まずその条項を適用する。
もっとも,契約どおりの返金額に納得できないという事情だけでは増額請求の根拠にならず,より多い返金又は損害賠償を求めるには,条項解釈,未履行部分,債務不履行,説明内容との不一致又は合意による精算のいずれを根拠とするかを明らかにする必要がある。
第2 人材スカウト契約の法的な位置付け
1 スカウト行為も職業紹介に含まれ得る
職業安定法4条1項は,職業紹介を,求人及び求職の申込みを受け,求人者と求職者との間の雇用関係の成立をあっせんすることと定義している。
サービス名が「ヘッドハンティング」「人材スカウト」「採用コンサルティング」であっても,実際に雇用成立へ向けたあっせんを行う場合には,有料職業紹介事業の規制を検討する必要がある。
最高裁平成6年4月22日第二小法廷判決(平成3年(オ)第1943号,民集48巻3号944頁)は,求人者に紹介する人材を探索し,求人者に就職するよう勧奨するスカウト行為も,職業安定法上の職業紹介におけるあっせんに含まれると判断した。
求職の申込みはあっせんに先立つ必要はなく,紹介者の勧奨に応じて求職の申込みがされる場合も含まれるとした点も重要である。
2 契約全体は一つの典型契約とは限らない
人材スカウト契約には,採用方針の助言,人材の探索,候補者への接触,転職意思の形成支援,面接調整,条件交渉及び入社確認など,性質の異なる役務が含まれる。
契約全体を一律に請負又は準委任と決めるのではなく,報酬ごとに,何の対価であり,どの時点で発生し,途中終了時にどのように精算する合意であるかを確認する。
民法656条は,法律行為でない事務の委託に委任の規定を準用している。
準委任に当たる部分については,善管注意義務を定める同法644条,報告義務を定める同法645条,報酬を定める同法648条及び648条の2,解除を定める同法651条等が問題となるが,実際の契約文言による修正も含めて判断する必要がある。
3 成果非保証と役務義務を混同しない
候補者が転職に応じるか,求人企業が内定を出すか,候補者が内定を承諾して入社するかは,契約当事者だけでは支配できない。
そのため,採用人数を保証しない旨の条項には合理性がある。
しかし,成果非保証条項は,契約で具体的に約束した活動を行わなくてよいという条項ではない。
求人要件の聞取り,対象市場の設計,候補者への接触,面接設定,面接後の連絡,求人企業へのフィードバック依頼,進捗報告等が合意された役務であれば,その実施状況を別に検証する。
第3 報酬と採用人数の数え方
1 金銭を四つに分ける
契約上の金銭は,少なくとも,①契約時に支払うコンサルティング料又は活動費,②内定又は入社時に発生する成功報酬,③一定期間の在籍後に発生する報酬,④中途解約時の返金又は違約金に分けて確認する。
名称ではなく,それぞれがどの役務又は成果の対価であるかを見る。
前払金の全額が直ちに実施済み役務の対価になるとは限らない一方,契約締結後に調査,候補者への接触及び報告が相当程度行われていれば,採用に至らなかったというだけで全額返金になるとも限らない。
途中終了時の既履行割合,契約上の精算式及び終了原因を合わせて検討する。
2 内定と入社を区別する
「内定者1名」「採用者1名」という表現は,契約上の定義を確認しなければ意味が確定しない。
内定通知を出した時点,候補者が内定を承諾した時点,雇用契約を締結した時点,初出勤した時点又は一定期間在籍した時点のいずれを数えるかによって,成功報酬と解約返金の計算が変わる。
候補者が内定を承諾した後に入社を辞退した場合,内定確定人数には含めるが採用実績又は入社人数には含めないという契約もあり得る。
反対に,入社時に初めて採用実績へ算入する契約であれば,内定辞退者は未達人数を減らさない。
3 内定辞退と早期離職を区別する
内定辞退は就業開始前の出来事であり,早期離職は就業開始後の出来事である。
紹介手数料が入社時に発生する契約では,内定辞退について成功報酬が発生せず,入社後の早期離職について返戻金制度を適用する構造が一般的に考えられる。
もっとも,内定承諾時に成功報酬が発生する契約では,候補者都合の入社辞退について,返金,再探索又は別候補者への振替を定める必要がある。
早期離職の返戻率を,入社前辞退へ当然に流用することはできない。
4 採用予定人数三名の計算例
採用予定人数が三名で,三名が内定を承諾したものの,二名が入社前に辞退し,一名だけが入社した例を考える。
解約返金式が「前払報酬×未採用人数÷採用予定人数」であり,「採用」を入社と定義しているなら,未採用人数は二名となる。
他方,返金式が「内定確定に至らなかった人数」を基礎とし,内定確定を候補者の承諾時と定義しているなら,三名ともいったん成果へ算入され,二名の辞退は別の辞退条項によって処理される可能性がある。
したがって,「三名のうち一名を採用した」という事実だけでは計算できず,人数の定義,基準時及び辞退時の振替・返金条項を一緒に読む必要がある。
第4 成果が出ない場合の債務不履行の見方
1 担当者の力量不足という評価を事実へ置き換える
「担当者の力量が不足している」「フォローが悪い」という評価だけでは,債務不履行の内容が明確でない。
契約,提案書,打合せ記録又は継続的な運用から合意された具体的行為へ置き換える必要がある。
例えば,①対象職種・地域・年収帯に合う候補者の探索を行ったか,②候補者への接触回数と反応を記録したか,③面接後何営業日以内に候補者と求人企業へ連絡したか,④辞退理由を確認して次の探索条件へ反映したか,⑤求人企業に必要なフィードバックを具体的に求めたか,⑥担当者変更時に候補者情報と採用方針を引き継いだかを確認する。
2 過去の実績は参考資料であって保証ではない
同じ会社との過去の取引で多数の面接又は採用が実現していた場合,現在の活動量又は歩留まりが低下したことを示す比較資料になる。
しかし,採用市場,求人条件,報酬,競合企業及び必要人材が変化するため,過去実績だけで現在の契約違反を証明することはできない。
過去比較は,担当者変更の前後,求人条件の変更前後及び同じ職種・地域・報酬帯をそろえて行う。
候補者への接触数が多くても対象要件に合わない者ばかりであれば十分な履行とは限らず,反対に接触数が少なくても対象市場が狭く,質の高い探索が行われている場合もある。
3 求人企業側の協力義務も確認する
人材スカウト契約では,求人企業による職務要件の説明,面接枠の確保,迅速な評価,労働条件の提示及び候補者への訴求が必要となる。
紹介会社がフィードバックを求めたのに求人企業が回答しなかった場合や,求人条件を頻繁に変更した場合には,成果不振の原因が求人企業側にもあると評価され得る。
月間報告書,面接後のメール及び会議記録から,双方がいつ,何を依頼し,いつ応答したかを時系列にする。
紹介会社の不履行だけを抽出せず,求人企業側の未対応も同じ表に記載する方が,交渉でも訴訟でも説明しやすい。
第5 中途解約,契約解除及び損害賠償
1 通常の中途解約
契約に中途解約条項と返金式がある場合,まず,通知方法,予告期間,自動更新,解約の効力発生日,既に進行中の候補者の扱い及び返金時期を確認する。
採用予定人数を基礎とする返金式では,どの時点の予定人数を使うか,追加又は減員が書面化されているか,契約更新時に未達人数が繰り越されたかも確認する。
準委任に当たる部分については民法651条が各当事者による解除を定めているが,解除の時期,相手方の利益及び契約上の特約によって損害賠償又は精算が問題となる。
したがって,同条だけを根拠に前払報酬の全額返還を当然に請求できるわけではない。
2 債務不履行を理由とする解除
民法541条による催告解除を検討する場合,約束された役務が履行されていないことを特定し,相当の期間を定めて履行又は是正を求める。
期間内に是正されないときに解除するのが基本であり,不履行が契約及び取引上の社会通念に照らして軽微である場合には解除できない。
履行が全部不能である場合,履行拒絶が明確である場合又は一部の履行では契約目的を達成できず残部の履行も見込めない場合等には,同法542条の無催告解除を検討する。
実務上は,成果が乏しいというだけで直ちに無催告解除を選ばず,具体的な未履行を通知し,担当者変更,活動計画の提出及び期限付きの是正機会を設ける方が争点を明確にしやすい。
3 返金と損害賠償は根拠が異なる
契約上の返金は,約定した精算式による請求である。
解除に伴う原状回復は民法545条,債務不履行による損害賠償は同法415条が問題となり,それぞれ要件が異なる。
損害賠償を求める場合には,どの義務に違反したか,帰責事由があるか,違反がなければどのような結果になった蓋然性があるか,どの損害が生じたかを説明する必要がある。
採用の不確実性が高い契約では,採用できなかったことによる利益全体を損害として請求することは容易でなく,未実施役務相当額,代替業者へ支払った追加費用その他の具体的損害を検討する。
4 定型約款又は一方的な規約の確認
利用規約又は確認書が多数の取引に共通して用いられ,相手方が個別交渉をしない前提で組み込まれている場合には,民法548条の2以下の定型約款に関する規律も検討する。
もっとも,事業者間契約であることや返金率が低いことだけで,直ちに条項が無効になるわけではない。
契約締結時にどの版の規約が提示され,返金式,違約金,解除方法及び自動更新がどのように説明されたかを確認する。
営業担当者の具体的説明と書面が矛盾する場合は,説明メール,提案書,議事録及び申込画面を保存する。
第6 返金額を検討する手順
1 契約上の計算式を再現する
返金計算は,①税抜又は税込の基礎額,②採用予定人数,③成果へ算入する人数,④未達人数,⑤返金率,⑥端数処理,⑦消費税の処理を一つずつ書き出す。
契約書に数式がなく文章だけで定められている場合は,候補者ごとの状態を当てはめた計算表を双方で確認する。
内定辞退者を採用実績へ含めるか,入社後の早期離職者をどの時点まで採用実績へ含めるか,代替候補者の探索を受けた場合に重複して数えないかを確認する。
成功報酬の返戻と前払報酬の解約返金を同じ計算欄へ混ぜないことが重要である。
2 約定額を上回る精算を求める方法
約定の中途解約返金が少ない場合でも,直ちに訴訟上より多い返金が認められるとは限らない。
他方,未実施役務が具体的である場合,説明されたサービス水準と実際が大きく異なる場合又は今後の履行が見込めない場合には,契約条項による返金とは別に,未履行部分の精算,減額,代替履行又は合意解約を交渉する余地がある。
交渉案としては,①担当者と責任者の交代,②期限を区切った追加探索,③契約期間の無償延長,④未達人数分の前払報酬の増額返金,⑤将来の成功報酬との相殺又は減額,⑥他職種への振替が考えられる。
どの案を選ぶかは,採用ニーズが残っているか,信頼関係を回復できるか,返金請求の立証可能性と回収費用を比較して決める。
第7 月間報告書と証拠の読み方
1 活動量だけでなく工程を確認する
月間報告書は,紹介会社が活動したことの証拠になる一方,契約上必要な工程がどこで止まっているかを示す資料にもなる。
単なる接触人数だけでなく,①対象者の抽出数,②初回接触数,③応答数,④転職意思を確認した人数,⑤求人企業へ提示した人数,⑥面接人数,⑦内定人数,⑧内定承諾人数,⑨入社人数,⑩辞退理由を継続して記録する。
工程ごとの転換率と滞留日数を月別に比較する。
担当者変更後に特定工程だけが急減している場合には,市場全体の変化,求人条件の変更及び求人企業側の回答速度も併記した上で原因を検討する。
2 面接後のフォローを時系列化する
面接後のフォローは,候補者の意思確認だけでなく,懸念点の把握,求人企業からの評価回収,次回面接又は条件提示の調整及び辞退理由の分析を含み得る。
面接日,求人企業の評価回答日,候補者への連絡日,候補者の回答日及び次の行動を一覧にする。
連絡がなかったという主張は,メール,チャット,電話記録及び報告書を突き合わせて確認する。
口頭連絡が中心であった場合には,今後の協議後に確認メールを送り,合意した担当者,期限及び報告事項を残す。
3 保存すべき資料
基本契約,確認書,申込書,提案書,手数料表,利用規約の締結時版,営業説明,月間報告書,候補者ごとの進捗,面接記録,内定通知,候補者の承諾又は辞退,入社日,早期離職,担当者変更及び苦情対応を保存する。
個人情報を含む候補者資料は,紛争に必要な範囲を超えて共有せず,社内の閲覧権限と保存期間を管理する。
第8 通知と交渉の進め方
1 最初の照会で確認する事項
解約通知を出す前に,紹介会社へ,①契約上の採用予定人数と実績人数の定義,②候補者ごとの現在状態,③実施済み役務,④未実施又は遅延した役務,⑤今後の具体的活動計画,⑥担当者変更の可否,⑦現時点で通常解約した場合の返金計算を文書で照会する。
月間報告書の記載が抽象的である場合は,個人情報に配慮しつつ,対象条件,接触時期,工程及び結果を検証できる形で補足を求める。
2 是正要求と解約協議を分ける
契約継続の余地がある場合は,具体的な未履行又は改善点,担当者,期限及び合格条件を示して是正を求める。
例えば,「フォローを改善すること」ではなく,「面接翌営業日までに双方へ連絡し,候補者の懸念点と求人企業の評価を報告すること」のように書く。
継続が困難である場合は,通常解約による返金額を基準にしつつ,未履行部分,説明との不一致,候補者辞退時の取扱い及び残存採用ニーズを示して合意解約を提案する。
返金,無償延長,担当者変更その他の解決案を優先順位付きで提示すると,金額だけを争うより合意形成しやすい。
3 解約通知に記載する事項
解約又は解除の通知には,対象契約,通知の法的根拠,効力発生日,未決候補者の扱い,今後の接触権限,候補者情報の返還・削除,最終報告,請求書の停止,返金額と計算根拠,振込期限を記載する。
通常解約か債務不履行解除かを曖昧にせず,予備的な主張をする場合も順序を明確にする。
第9 今後の契約条項で定める事項
1 役務仕様と報告
契約書又は別紙には,対象職種,探索地域,候補者要件,探索方法,求人企業への提示条件,面接後の連絡期限,定例会,月間報告項目及び担当者変更時の引継ぎを記載する。
接触人数等のKPIは,活動状況を確認する指標なのか,達成を約束する最低水準なのかを区別する。
2 報酬の発生時点と辞退・離職
前払報酬,内定時成功報酬,入社時成功報酬及び在籍時報酬を分け,内定通知,候補者の承諾,雇用契約締結,入社及び在籍確認の各時点を定義する。
候補者の内定辞退,求人企業による内定取消し,入社後の自己都合退職,解雇,労働条件相違及び経歴詐称を分けて,返金,振替又は再探索の扱いを定める。
3 期間,更新,中途解約及び精算
契約期間,自動更新,未達人数の繰越し,解約予告期間,進行中候補者の扱い,解約後の直接採用,候補者情報の削除及び最終報告を定める。
中途解約返金は,基礎額,既履行割合,採用予定人数,成果算入人数,返金率,消費税及び端数処理を数式で示す。
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第11 出典
①職業安定法(e-Gov法令検索)4条,30条,32条の3,32条の13及び32条の16
②民法(e-Gov法令検索)415条,541条,542条,545条,548条の2,644条,645条,648条,648条の2,651条及び656条
③最高裁平成6年4月22日第二小法廷判決(平成3年(オ)第1943号,民集48巻3号944頁)
④厚生労働省「職業紹介事業の業務運営要領」(令和8年9月14日適用版)
⑤厚生労働省「紹介手数料率の実績の公開と違約金規約の明示が必要になります」
⑥厚生労働省「利用料金・違約金等の支払いを巡るトラブルを未然に防止しましょう」