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第1 この記事の対象と結論
1 この記事が扱う範囲
この記事は,交通事故による上腕骨顆上骨折,上腕骨外側顆骨折,上腕骨内側顆骨折その他の上腕骨遠位端骨折について,自賠責保険の後遺障害等級を判断する際の医学的・法的な確認事項を整理するものである。小児と成人では典型的な骨折型及び合併症が異なるため,両者を区別して説明する。
肘関節の一般的な可動域基準,測定方法,代償動作及び肘骨折一般の裁判例は,肘関節の可動域制限と後遺障害12級6号で詳しく説明している。この記事では重複を避け,顆上骨折・顆部骨折に固有の骨折型,合併症,画像及び立証の順序に重点を置く。
この記事は令和8年8月1日現在の一般的な情報であり,個別事案の等級を保証するものではない。骨折の正確な部位,受傷時年齢,治療経過,画像所見,症状固定時の診察所見及び既往歴により結論は変わる。
2 骨折名だけでは等級は決まらない
結論を先に述べると,「上腕骨顆上骨折」又は「上腕骨顆部骨折」という診断名だけで等級は決まらない。事故外力,骨折型及び軟部組織損傷,整復・固定・手術,骨癒合後の変形又は神経血管合併症,リハビリテーション,症状固定時の機能という因果の鎖を,時系列の画像及び診療記録でつなぐ必要がある。
この骨折で中心となるのは肘関節の屈曲・伸展制限であるが,前腕の回内・回外制限,神経障害,長管骨の変形又は偽関節,動揺性及び疼痛も別の評価枝となり得る。したがって,可動域の数値だけを見る方法も,骨折画像だけを見る方法も不十分である。
第2 骨折型と残り得る障害
1 名称を画像と手術記録で確定する
上腕骨顆上骨折は肘関節の直上で生じる骨折をいうことが多く,小児では典型的な関節外骨折である。これに対し,上腕骨外側顆骨折及び内側顆骨折は関節面又は成長軟骨に及び得る骨折であり,成人の低位顆上骨折,通顆骨折,顆間骨折等は「上腕骨遠位端骨折」と一括して記載されることがある。
傷病名の表記は医療機関ごとに揺れ得るため,名称から関節内骨折か否かを推測してはならない。初診時単純X線,CT,術前診断,手術記録,術後画像及び抜釘時の記録を照合し,骨折線,転位,粉砕,関節面の段差,骨欠損及び固定材料の位置を確定する必要がある。
| 骨折群 | 主に確認する形態 | 後遺障害との接点 |
|---|---|---|
| 小児の顆上骨折 | 転位,回旋,血管・神経所見,内反又は外反変形 | 肘拘縮,内反肘,遅発性神経障害,阻血性拘縮 |
| 小児の外側顆・内側顆骨折 | 関節面,成長軟骨,転位,骨癒合 | 偽関節,外反肘,動揺性,遅発性尺骨神経障害 |
| 成人の遠位端骨折 | 関節内粉砕,顆間部,骨質,固定性 | 関節面不整,外傷後関節症,異所性骨化,拘縮,尺骨神経障害 |
2 小児の上腕骨顆上骨折
小児の転位した顆上骨折では,受傷直後から末梢循環及び神経機能の評価が重要である。橈骨動脈の拍動だけでなく,手の色調,温度,毛細血管再充満,疼痛,腫脹,感覚及び手指運動を連続して記録する必要があり,正中神経,前骨間神経,橈骨神経及び尺骨神経の障害が問題となり得る。
重い阻血又はコンパートメント症候群からVolkmann拘縮に至ると,肘だけでなく前腕及び手指に重大な機能障害が残ることがある。他方で,血管合併症がなくても,変形治癒による内反肘,肘関節可動域制限,後外側回旋不安定性又は遅発性尺骨神経障害が後に明らかとなることがある。
内反肘が外見上確認できる場合でも,それだけで肘の機能障害等級が決まるわけではない。左右の肘角,可動域,動揺性,神経所見,日常生活及び画像上の変形を分けて評価する必要がある。
3 小児の外側顆骨折・内側顆骨折
小児の外側顆骨折は関節内骨折であり,骨化していない軟骨部分が単純X線に十分写らないことがある。初期の転位が小さく見えても不安定な骨折が含まれるため,撮影方向,経時画像及び必要に応じた追加画像を確認し,単一の正面像だけで軽症と判断しないことが重要である。
外側顆骨折では,遷延癒合又は偽関節,外反肘,肘の不安定性及び遅発性尺骨神経障害が問題となり得る。内側顆骨折でも関節面及び成長軟骨への影響を確認し,内側上顆の裂離骨折等と混同しないようにする。
小児では受傷時の画像だけでなく,成長に伴う変形の推移が重要である。症状固定時期を検討する際は,骨端線,変形の進行可能性及び将来の神経障害について,小児整形外科医の見解を確認する必要がある。
4 成人の上腕骨遠位端骨折
成人の上腕骨遠位端骨折では,関節内粉砕,関節面の段差,骨質,骨欠損及び軟部組織損傷が予後に影響する。観血的整復固定術後は固定性と早期運動の両立が課題となるが,粉砕の程度,創部,感染,神経症状等により運動開始時期は異なる。
可動域制限の原因は,関節面不整又は変形治癒のような骨性因子だけではない。関節包の線維化,筋腱の癒着,異所性骨化,感染,偽関節,尺骨神経障害及び外傷後変形性関節症が単独又は複合して肘拘縮を形成することがある。
したがって,「早期に動かさなかったから拘縮した」又は「画像上は骨癒合したから障害はない」と直ちに結論付けることはできない。骨折の複雑性,固定性,安静が必要であった理由,リハビリテーションの内容及びその後の画像変化を一体として検討すべきである。
第3 後遺障害等級の評価枝
1 肘関節の屈曲・伸展制限
自動車損害賠償保障法施行令別表第二は,上肢の3大関節中の1関節について,用を廃したものを第8級6号,機能に著しい障害を残すものを第10級10号,機能に障害を残すものを第12級6号としている。自賠責保険の支払基準によれば,等級認定は原則として労災保険の障害等級認定基準に準じて行われる。
肘関節の主要運動は屈曲及び伸展であり,患側の運動可能領域を原則として健側と比較する。実務上,第10級10号は主要運動が健側の2分の1以下,第12級6号は4分の3以下の場合が中心となり,第8級6号は完全強直又はこれに近い状態等が問題となる。
| 評価 | 肘関節で中心となる状態 |
|---|---|
| 第8級6号 | 完全強直又はこれに近い状態等 |
| 第10級10号 | 屈曲・伸展の運動可能領域が原則として健側の2分の1以下 |
| 第12級6号 | 屈曲・伸展の運動可能領域が原則として健側の4分の3以下 |
もっとも,角度基準に達するだけで足りるわけではない。顆上骨折・顆部骨折後の変形治癒,関節面不整,異所性骨化,瘢痕拘縮その他の器質的変化が,その制限を医学的に説明するかが重要である。
2 「110度以下」を固定的な基準にしない
参考可動域は屈曲145度,伸展5度であるため,健側の運動可能領域が150度であれば,その4分の3は112.5度となる。測定値は5度単位で表示されるため,この前提では110度が実測上の境界となるが,これは健側が150度の場合の計算結果にすぎない。
例えば,健側が屈曲145度・伸展5度で合計150度,患側が屈曲115度・伸展マイナス5度で運動可能領域110度なら,患側は健側の約73.3%となる。これに対し,患側125度,健側145度で伸展が双方0度なら,患側は健側の約86.2%であり,数値だけでは4分の3基準を満たさない。
伸展をマイナス値で記録する場合にも注意が必要である。屈曲115度・伸展マイナス55度の運動可能領域は60度であり,115度と55度を加えた170度ではない。
3 前腕の回内・回外制限
前腕の回内及び回外は肘関節の参考運動ではなく,独立した「前腕」の主要運動として扱われる。厚生労働省平成16年6月4日基発第0604003号による認定基準では,回内・回外の合計が健側の2分の1以下なら第12級相当,4分の1以下なら第10級相当が問題となる。
顆上骨折だけでなく,橈骨頭骨折,前腕骨骨折又は遠位橈尺関節損傷を合併していると,回内・回外制限の原因が複数となり得る。そのため,屈曲・伸展とは別に左右の回内・回外を測定し,画像上の原因部位を特定する必要がある。
同一原因による肘の屈曲・伸展制限と前腕の回内・回外制限が通常派生する関係にある場合,常に二つの障害を機械的に併合できるわけではない。どの障害を上位として評価するか,別個の原因があるかを個別に確認すべきである。
4 神経障害・変形・偽関節・動揺性
正中神経,尺骨神経又は橈骨神経の障害が残る場合は,肘の可動域とは別に,感覚障害,筋力低下,筋萎縮及び電気生理学的検査を確認する。症状の分布と神経支配が一致し,画像又は手術記録上の損傷部位と整合するかが重要である。
上腕骨の変形治癒又は偽関節が残る場合は,長管骨の変形等としての評価が問題となり得る。ただし,外観上の内反肘又は外反肘があること,可動域が制限されていること及び長管骨の変形等級に該当することは,それぞれ別の要件である。
動揺性を主張する場合は,徒手検査だけでなく,左右比較を含む画像による客観化を検討する。動揺関節の立証手段としてのストレスレントゲン撮影で説明したとおり,検査の適応及び撮影方向を主治医と相談し,漫然と撮影枚数だけを増やさないことが重要である。
第4 可動域制限を医学的に裏付ける方法
1 原則として他動値を用いる
労災の認定基準では,関節機能障害の評価は原則として他動運動による可動域を用いる。末梢神経麻痺等により自動運動値と他動運動値が大きく異なる場合又は疼痛のため他動運動が医学的に適切でない場合等には,自動運動値を参考に判断する。
したがって,後遺障害診断書には,自動・他動の別,左右,屈曲,伸展,回内及び回外を明示する必要がある。同じ日の同じ条件で左右を測定し,測定者,体位,疼痛又は神経症状のため測定を中止した事情も診療録に残すことが望ましい。
測定法は,日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会「関節可動域表示ならびに測定法」に従い,基本軸,移動軸及び測定肢位を確認する。肩関節又は体幹による代償を除外しなければ,肘の角度を正しく比較できない。
2 画像所見と制限方向を対応させる
可動域制限の立証では,単に「骨折後である」と記載するのではなく,どの器質的変化がどの運動を妨げるかを説明する必要がある。前方又は後方の骨性衝突,関節面不整,異所性骨化,関節包拘縮,筋腱癒着,偽関節及び神経障害を区別し,屈曲制限,伸展制限又は回内・回外制限との対応を示す。
単純X線は骨癒合,変形及び異所性骨化の時系列確認に適している一方,関節面の段差,回旋変形,骨欠損及び複雑な粉砕の評価にはCTが有用となり得る。画像診断報告書だけでなく,撮影された全シリーズのDICOMデータを取得し,受傷時,整復後,手術後,骨癒合時及び症状固定時を同じ順序で比較することが重要である。
小児では骨化していない軟骨部分が単純X線に写りにくいため,成人と同じ見方だけでは足りない。撮影方向,fat pad sign,上腕骨前方皮質線,橈骨軸線,Baumann角及び健側比較等について,画像を読影する医師の説明を求めるべきである。
3 拘縮と神経麻痺を分ける
他動運動も制限される場合は,骨性又は軟部組織性の拘縮が中心となりやすい。これに対し,他動では動くが自動では十分に動かせない場合は,筋力低下,腱障害又は末梢神経障害の検討が必要となる。
拘縮と可動域制限の違いで説明したとおり,可動域制限は測定された現象であり,拘縮はその原因となる病態の一つである。診断名と測定値を混同せず,画像,触診,終末感,筋力,感覚及び電気生理学的所見から原因を特定する必要がある。
神経障害が疑われる場合は,感覚分布,徒手筋力,筋萎縮,Tinel徴候等の診察所見に加え,必要に応じて神経伝導検査及び針筋電図を検討する。検査結果の異常だけでなく,障害部位と臨床症状の解剖学的整合性を示すことが重要である。
4 症状固定は骨癒合だけで決めない
骨癒合は重要な節目であるが,骨癒合と症状固定は同義ではない。抜釘,関節授動術,神経剥離術等の追加治療の適応,リハビリテーションによる改善の余地,異所性骨化の成熟及び外傷後関節症の推移を踏まえ,これ以上の改善が見込みにくい時点を医学的に判断する必要がある。
診療録上,可動域が改善中であるのに一度だけ悪い値を測定して症状固定とした場合は,数値の再現性又は固定時期が争われやすい。他方で,リハビリテーション中断,癒着,異所性骨化,骨融解,筋萎縮又は神経障害により悪化した場合は,その医学的理由を時系列で説明できれば,単純な数値変動とは異なる評価が可能である。
小児では成長によって変形又は遅発性神経障害が顕在化することがあるため,成人の経過だけを当てはめない。成長終了まで待つという一律の結論でもなく,受傷時年齢,骨端線損傷,変形推移及び将来予測を小児整形外科医に確認して決めるべきである。
第5 因果関係をつなぐ証拠
1 時系列表を先に作る
最も有効な整理方法は,事故日から症状固定日までの一枚の時系列表を作り,各時点の画像,診断,処置,可動域,神経血管所見及び生活支障を対応させることである。文章を先に作るのではなく,事実の空白又は矛盾を表で発見することが重要である。
因果の鎖は,「事故外力→骨折型・軟部組織損傷→整復・固定・手術→骨癒合・変形・神経血管合併症→リハビリテーション→症状固定時の自他動可動域・神経所見→具体的な職業・生活支障」となる。相手方の反論は,既往変性,別原因,画像との不整合,測定誤り,改善可能性又は実活動との矛盾により,この鎖のいずれかを切る形で現れる。
2 最低限取得する資料
①事故状況について,交通事故証明書,実況見分関係資料,事故状況図,車両写真及び映像を取得し,直接打撲,手をついた転倒又は高エネルギー外傷等の受傷機転を確認する。
②医療記録について,初診救急記録,紹介状,入退院サマリー,手術記録,麻酔記録,リハビリテーション実施計画書,理学療法記録及び後遺障害診断書を取得する。
③画像について,初診時から症状固定時までのDICOMデータ及び画像診断報告書を取得する。手術を受けた場合は,術前,整復・固定直後,骨癒合過程,抜釘前後及び症状固定時の対応関係を確認する。
④機能について,自動・他動,左右,屈曲・伸展及び回内・回外を同日に測定した表を作る。神経障害があれば,感覚図,筋力,筋萎縮,神経伝導検査及び針筋電図も取得する。
⑤損害について,利き腕,事故前の職務,具体的作業,休業,配置転換,家事・育児及び日常生活動作を,事故前後で比較できる資料にする。等級の数値と労働能力喪失の程度は同じ問題ではないため,職業上の支障を別に立証する必要がある。
3 肯定方向と否定方向の事情
等級を肯定する方向では,事故直後に同一部位の骨折が確認されていること,骨折型と外力が整合すること,変形治癒,関節面不整,偽関節,異所性骨化,瘢痕又は神経損傷が残ること,治療中から症状固定まで制限が継続することが重要である。さらに,自動・他動値,疼痛,筋力,神経所見,画像及び生活上の動作が相互に整合し,必要な治療後も改善が頭打ちであれば,因果の鎖は強くなる。
反対に,骨折部が関節面から離れ,制限を説明する形態異常がない場合,可動域が改善中である場合,測定値が大きく変動して自他動の別又は測定条件が不明である場合は争われやすい。画像,神経学的所見及び訴えの分布が一致しない場合,健側にも既往障害がある場合又は実際の運転・重量物作業・スポーツ等が主張と明らかに矛盾する場合も同様である。
日常生活がある程度可能であることだけで,4分の3以下という可動域基準が否定されるわけではない。他方で,強い生活支障の訴えだけで,基準に達しない角度を機能障害等級に置き換えることもできないため,等級判断と損害判断を分ける必要がある。
第6 代表裁判例から分かること
1 交通事故で肘機能障害が評価された例
名古屋地裁平成25年8月7日判決・平成23年(ワ)第3024号は,正面衝突事故による右上腕骨顆上骨折及び右前腕骨骨折等の事案である。右肩の機能障害が第10級10号,右肘の機能障害も第10級10号とされ,右上肢について第9級相当,他の障害を含めて併合第5級,労働能力喪失率79%を前提に損害を算定した。
この判決は,上腕骨顆上骨折後の肘機能障害を交通事故損害賠償で扱った直接関連例であるが,主たる争点は高次脳機能障害であり,肘の角度又は器質的原因を詳細に示した判決ではない。したがって,「顆上骨折なら第10級」という一般化はできず,障害の併合関係及び労働能力喪失を区別する資料として読むべきである。裁判所HP未掲載であり,判例秘書プラスの判決全文を確認した。
2 変形があっても機能障害が否定された例
大阪地裁昭和57年11月1日判決・昭和56年(ワ)第821号・判例時報1081号100頁は,2歳児の顆上骨折後に内反肘が残った医療訴訟である。右肘角は10度内反,左は2度外反であったが,屈曲・伸展・回内・回外に左右差がなく,神経障害及び日常生活上の支障もないとして,右上肢の機能障害を否定した。
原告は第12級該当を主張したが,裁判所は等級を独立に認定したものではない。この判決からは,外観上の変形,関節機能及び長管骨の変形評価を分け,左右可動域及び具体的支障を確認すべきことが分かる。裁判所HP未掲載であり,判例秘書プラスの判決全文を確認した。
3 阻血性拘縮が重大障害となった例
仙台地裁平成13年4月26日判決・平成8年(ワ)第1378号・判例時報1773号113頁・判例タイムズ1181号307頁は,小児顆上骨折手術後のVolkmann拘縮が問題となった医療訴訟である。術翌日夜の激痛,腫脹及び知覚異常等から阻血を認識できたとして,看視,説明,検査及び結果回避に関する義務違反を認め,右手五指の用を廃した第7級7号及び労働能力喪失率56%を前提とした。
これは交通事故の等級認定例ではないが,顆上骨折の神経血管合併症が肘だけでなく前腕及び手指に重大な障害を残し得ることを示す。受傷直後の血流,疼痛,腫脹,感覚及び手指運動の連続記録が,後日の因果関係判断に重要であることも分かる。裁判所HP未掲載であり,判例秘書プラスの判決全文を確認した。
4 外側顆骨折の事故責任が判断された例
名古屋地裁平成21年12月25日判決・平成20年(ワ)第5921号・判例時報2090号81頁・判例タイムズ1333号141頁は,小学校の組体操中に転落した児童の左上腕骨外顆骨折について,学校側の安全配慮上の過失を認めた事案である。裁判所HPの判決全文を確認できる。
この判決では後遺障害等級が中心争点ではないため,外側顆骨折の等級例として引用することはできない。他方で,事故態様,初期診断及びその後の治療を具体的に追う資料であり,外側顆骨折では事故責任と後遺障害評価を別の論点として組み立てる必要があることを示す。
5 裁判例検索の限界
裁判所の裁判例検索には全判決が掲載されていない。本記事で「裁判所HP未掲載」とした判決も,商用データベース又は判例雑誌では確認できるため,裁判所HPで検索結果が出ないことを判決の不存在と同一視してはならない。
裁判例は,骨折名が同じかだけでなく,関節内外,転位,合併骨折,手術,症状固定時期,測定方法及び残存画像所見が近いかを確認して用いる必要がある。事実関係が異なる判決の等級だけを抜き出しても,個別事案の予測精度は上がらない。
第7 資料取得と専門家意見の優先順位
1 最初に行う低負担の確認
最初に,すでに存在する診療録,画像DICOM,画像診断報告書,手術記録,リハビリテーション記録及び後遺障害診断書を取得し,事故日から症状固定日まで並べる。この段階で,骨折名の不一致,画像の欠落,可動域の測定条件不明,神経所見の空白及び症状固定日の不整合を洗い出す。
次に,左右の自動・他動の屈曲・伸展及び回内・回外を同日に再確認し,器質的原因と制限方向を対応させる。既存資料だけで因果の鎖が通り,等級基準との距離も明確であれば,直ちに高額な私的鑑定へ進む必要はない。
2 不足を埋める中間的な確認
既存画像で関節面又は骨癒合状態を判断できない場合は,主治医又は画像診断医に,CT等の追加検査が診療上必要かを確認する。神経症状がある場合は,部位診断のための神経伝導検査又は針筋電図の必要性を確認し,動揺性がある場合はストレス撮影の適応を確認する。
この段階では,結論だけの意見書を求めるより,①骨折の正確な分類,②残存する器質的変化,③その変化と可動域又は神経症状との対応,④今後の改善可能性という四つの質問に分ける方が有効である。主治医の回答が診療録及び画像と整合するかも確認する。
3 高負担の専門家意見に進む条件と停止基準
専門医の画像鑑定又は意見書は,既存資料の読影に専門的対立があり,その結論が等級又は因果関係を実質的に変え得る場合に検討する。必要な画像又は診療録が欠けたまま専門家へ依頼しても,前提事実が不明との意見にとどまりやすいため,先に資料の穴を埋めるべきである。
調査をいったん止める目安は,①同一条件の反復測定で等級境界から十分離れた値が安定している,②可動域制限を説明する器質的又は神経学的所見が確認できず追加検査の医学的適応もない,③重要画像又は受傷直後記録が回復不能で専門家意見でも事実の穴を埋められない,④追加費用が想定される争点額に見合わない場合である。
もっとも,一つの評価枝が弱くても,神経障害,変形,偽関節,動揺性又は疼痛という別の評価枝が残ることがある。停止判断の前に,肘の屈曲・伸展だけで全ての後遺障害を評価していないかを確認する必要がある。
第8 出典
1 法令・行政資料
②自賠責保険・共済の支払基準(金融庁・国土交通省告示第1号)
④日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会「関節可動域表示ならびに測定法」令和3年改訂
2 裁判例
①名古屋地裁平成25年8月7日判決・平成23年(ワ)第3024号(裁判所HP未掲載,判例秘書プラスで全文確認)
②大阪地裁昭和57年11月1日判決・昭和56年(ワ)第821号・判例時報1081号100頁(裁判所HP未掲載,判例秘書プラスで全文確認)
③仙台地裁平成13年4月26日判決・平成8年(ワ)第1378号・判例時報1773号113頁・判例タイムズ1181号307頁(裁判所HP未掲載,判例秘書プラスで全文確認)
④名古屋地裁平成21年12月25日判決・平成20年(ワ)第5921号・判例時報2090号81頁・判例タイムズ1333号141頁
3 医学文献・書籍
①土屋弘行・紺野愼一・田中康仁・田中栄・岩崎倫政・松田秀一編『今日の整形外科治療指針 第8版』(医学書院,令和3年)430頁~433頁
②井樋栄二・吉川秀樹・津村弘編『標準整形外科学 第13版』(医学書院,平成29年)454頁,840頁~841頁,947頁~948頁
③仲田和正『整形画像読影道場』(医学書院,令和元年)43頁,51頁~57頁