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第1 鎖骨骨折後に検討する三つの認定経路
1 本記事の対象
交通事故による鎖骨骨折の後遺障害は,骨折という傷病名だけで決まるものではなく,症状固定時に残った障害の内容によって判断される。本記事は,①鎖骨の外見上の変形,②肩関節の機能障害,③痛み・しびれ等の局部の神経症状という三つの経路を区別し,画像,身体所見及び診療経過をどのように対応させるかを扱う。資料の収集及び整理には生成AIを用いたが,法令,行政基準,裁判例及び医学文献は原典で照合した。
肩関節可動域の測定法,参考運動,測定誤差及び代償動作は,肩関節の可動域制限と後遺障害12級6号で詳しく扱っている。本記事ではこれらを反復せず,鎖骨骨折に固有の原因所見と時系列に重点を置く。
2 等級表上の位置付け
自動車損害賠償保障法施行令2条は,後遺障害を「傷害が治つたとき身体に存する障害」と定義する。国土交通省の現行等級表によると,鎖骨骨折後に主として問題となる等級は次のとおりである。
| 障害の経路 | 等級 | 等級表又は認定基準上の内容 | 自賠責保険の限度額 |
|---|---|---|---|
| 肩関節の用廃 | 第8級6号 | 肩関節の主要運動がいずれも全く可動しないか,これに近い状態等 | 819万円 |
| 肩関節の著しい機能障害 | 第10級10号 | 主要運動のいずれか一方が健側の2分の1以下 | 461万円 |
| 鎖骨の著しい変形 | 第12級5号 | 裸体となったときに変形が明らかに分かる程度 | 224万円 |
| 肩関節の機能障害 | 第12級6号 | 主要運動のいずれか一方が健側の4分の3以下 | 224万円 |
| 頑固な局部神経症状 | 第12級13号 | 局部に頑固な神経症状を残すもの | 224万円 |
| 局部神経症状 | 第14級9号 | 局部に神経症状を残すもの | 75万円 |
表中の金額は自賠責保険の支払限度額であり,民事上の損害賠償総額ではない。また,等級表の号数は自賠責と労災で一部異なるため,労災資料の号数を自賠責の書面へそのまま転記してはならない。
第2 鎖骨の著しい変形である第12級5号
1 画像上の変形だけでは足りない
厚生労働省の障害等級認定基準は,鎖骨等の著しい変形を「裸体となったとき,変形(欠損を含む)が明らかにわかる程度」と定め,エックス線写真によって初めて発見できる程度の変形を除外している。転位,短縮又は角状変形を画像で計測できても,それだけでは第12級5号の要件を満たさない。反対に,外見上の隆起又は左右差が明らかであっても,それが一時的な腫脹又は軟部組織の膨隆にすぎない場合には,骨性の変形とは評価できない。
したがって,被害者側では,後遺障害診断書の「体幹骨の変形」欄を確認するとともに,正面,斜位及び必要な側面から,患側と健側を同じ姿勢・距離・照明で比較できる写真を作成するのが実用的である。写真は外見基準を,単純エックス線又はCTは変形の骨性原因を,それぞれ別の角度から示す資料であり,一方を他方で代用するものではない。
2 肩鎖関節脱臼及び遠位端の突出
第12級5号の検討対象は,骨折部の変形癒合に限られない。肩鎖関節脱臼又は鎖骨遠位端骨折に伴って肩鎖靱帯・烏口鎖骨靱帯複合体が損傷し,鎖骨遠位端が上方へ突出した場合にも,裸体時に分かる鎖骨の構造的変形かを確認する必要がある。もっとも,突出の原因,事故直後からの腫脹・圧痛及び画像推移が分からなければ,陳旧性変化又は軟部組織の膨隆との区別はできない。
3 肩関節機能障害及び疼痛との関係
厚生労働省の認定基準は,鎖骨の著しい変形と肩関節の運動障害を異なる系列の障害として明示している。したがって,第12級5号と第12級6号がそれぞれの要件を満たす場合,自賠法施行令2条1項3号ニの併合則により,原則として併合第11級となる。
他方,変形部の圧痛等が第12級5号に通常伴う範囲にある場合,同じ痛みを局部神経症状として重ねて併合する扱いにはならない。変形とは別の神経損傷又は別部位の障害を主張するのであれば,症状の部位,原因及び機能上の影響を分けて示す必要がある。
第3 肩関節の機能障害である第8級6号,第10級10号及び第12級6号
1 可動域の数値基準
肩関節の主要運動は屈曲及び外転・内転であり,いずれか一方が健側の2分の1以下であれば第10級10号,4分の3以下であれば第12級6号となる。双方を合算する基準ではない。主要運動が基準をわずかに上回る場合には,伸展又は外旋・内旋という参考運動を評価できるが,「わずかに」は第12級の判断では原則5度,第10級について肩関節の屈曲又は外転を判断する場面では10度である。
可動域は原則として他動値を用いる。ただし,末梢神経麻痺又は他動測定に耐えられない疼痛等により他動値の採用が適切でないと医学的に判断される場合,自動値を参考にする。測定値を提出するときは,左右,測定日,自動・他動の別,測定肢位,疼痛及び体幹による代償を一体として確認する必要がある。
2 角度を生じさせる原因の立証
認定基準は,原因を無視して機械的に角度を測定しても労働能力低下の資料にはならないと明記する。鎖骨骨折では,①変形癒合又は骨癒合不全,②肩鎖関節の不安定性,③長期固定又は疼痛に伴う外傷性拘縮,④術後瘢痕・癒着,⑤同時に生じた腱板又は関節唇の損傷等が候補となる。骨折線が関節内にないという理由だけで,肩関節機能への影響を否定することはできない。
もっとも,骨癒合が得られた成人の転位性骨幹部骨折に関する前向き研究では,初期治療が手術か保存治療かを問わず,6か月時点で約9割が年齢・性別に応じた正常肩機能へ戻っていた。長期間にわたる高度の制限を主張する場合には,「鎖骨骨折だから残る」という説明では足りず,その症例で回復を妨げた構造的又は神経学的原因が必要である。
3 症状固定までの時系列
症状固定日の一回の測定値だけでは,可動域制限が固定した障害か,一時的な疼痛又は廃用によるものかを区別できない。診療録及びリハビリ記録から,受傷直後,固定解除後,術後及び症状固定時の自動・他動値を時系列化し,一度正常域まで改善した後に悪化した場合には,その理由を画像又は医師所見で説明すべきである。
金属プレート等が機能障害の原因である場合,認定基準は原則として除去後の状態を待つ一方,原因でなければ創面治癒時の評価を認めている。長期固定による廃用性の制限については,将来の軽減も考慮する。抜釘又は授動術が具体的に予定されているときは,実施可能性,期待される改善及び現在の症状固定判断との関係を主治医に確認する必要がある。
第4 痛み・しびれである第12級13号及び第14級9号
1 等級表の文言と疼痛基準
等級表は,第12級13号を「局部に頑固な神経症状を残すもの」,第14級9号を「局部に神経症状を残すもの」と定める。労災の疼痛基準は,通常の労務に服することはできるが,時には強度の疼痛のためある程度差し支えがあるものを第12級とし,受傷部位にほとんど常時疼痛を残すものを第14級とする。ただし,この文言だけで等級が自動的に決まるわけではなく,症状が事故による鎖骨周辺組織の損傷から医学的に説明できるかが前提となる。
第12級13号を検討する場面では,CT上の不完全癒合又は偽関節,骨折部に一致する圧痛,局所の骨萎縮,インプラント位置と症状部位の一致,知覚検査上の左右差等が重要になる。第14級9号についても,症状の一貫性,初診からの訴え,通院経過,手術侵襲及び他原因の有無を確認すべきであり,画像上骨癒合が良好という一事だけで末梢神経又は軟部組織由来の症状まで否定できるわけではない。
2 プレート固定後の知覚異常
鎖骨上神経は鎖骨前面の皮膚知覚に関わるため,プレート固定の手術後には,切開部周囲から前胸部にしびれ,感覚低下又は灼熱感が生じ得る。複数の原著研究では術後知覚変化の頻度に大きな差があり,質問方法,症状の定義及び追跡時点によって結果が変わっている。このため,特定の発生率を一般基準として用いるべきではない。
個別事案では,感覚低下の範囲を図示し,触覚・痛覚の左右差,ティネル様徴候,圧痛点,症状の出現時期及び時間経過を診療録に残す方が有用である。プレートが存在するだけでは神経障害の証明にならず,逆にプレートを抜去した後も症状が続く場合には,症状の推移そのものが鑑別資料となる。
第5 画像と治療経過の読み方
1 単純エックス線,CT及びMRIの役割
単純エックス線は骨折部位,転位,短縮,角状変形,肩鎖関節の配列及び経時的な仮骨形成を確認する基本資料である。CTは骨折面の架橋,部分的不完全癒合,偽関節又は遠位端の骨吸収を立体的に評価する場面で有用であり,MRIは腱板・靱帯等の軟部組織,骨髄浮腫及び肩鎖関節周囲の変化を検討する場面で用いられる。ただし,いずれの画像も,それだけで疼痛の強さ,日常生活上の支障又は法的等級を決めるものではない。
画像は初診時だけでなく,術前,術後,固定解除後,症状固定時及び症状変化時を並べる必要がある。画像所見が現れた時期と,圧痛,しびれ及び可動域制限が現れた時期とが対応しなければ,事故との因果関係を十分に説明できない。
2 骨癒合を追跡する時点
成人の転位性骨幹部骨折200例を追跡した前向き研究では,6週時点のQuickDASHが40点以上,単純エックス線上の仮骨なし及び診察上の骨折部可動性が,6か月時のCTで確認された非癒合を予測した。三つの所見がない群の予測非癒合リスクは3%であり,二つ以上ある群は60%であった。この研究は治療法を一律に決める基準ではないが,初診画像だけでなく,6週前後の症状,診察及び画像を組み合わせて追跡する意味を示している。
また,成人の転位性骨幹部骨折について,手術は保存治療より癒合率及び早期の患者報告成績を改善する一方,長期の患者報告成績と満足度は同等となり得るとの診療ガイドラインがある。手術を受けた事実を重い後遺障害の代用とすることも,保存治療を選択した事実を治療上の問題の証明とすることもできない。
3 外傷後鎖骨遠位端骨融解症
外傷後鎖骨遠位端骨融解症では,外傷後に肩鎖関節部の痛みが続き,遠位端の脱灰,関節面下皮質の消失,骨吸収又は嚢胞状変化が後から明らかになることがある。事故直後の単純エックス線で著明な所見がないことだけで外傷性を否定するのは適切でないが,重量挙げ等の反復負荷,変形性肩鎖関節症,炎症性疾患又は感染等の別原因を検討し,画像の経時変化と症状部位を対応させる必要がある。
第6 裁判例及び行政裁決が示す分岐
1 変形・機能障害と現実の労働能力を分けた裁判例
名古屋地方裁判所平成21年11月25日判決(平成20年(ワ)第40号・判例時報2071号71頁)は,右鎖骨骨折後の右肩関節機能障害を第12級6号,右鎖骨変形を第12級5号とする自賠責認定を前提に,併合第11級とした。判決は,鎖骨部の更衣時・寒冷時痛,家事動作への影響及び手話への支障を個別に検討し,労働能力喪失率を20%と認定した。
この判決から,鎖骨の変形等級が認められれば,標準的な喪失率が当然にそのまま損害額へ反映されるわけではないことが分かる。被害者側は,重量物取扱い,上肢の反復挙上,更衣,運転又はコミュニケーション等,実際の仕事・生活でどの動作がどの程度妨げられるかを示す必要があり,相手方は事故後の稼働状況及び活動記録との不整合を反証として用い得る。
2 外傷後骨融解症の発見が遅れた裁判例
東京地方裁判所令和6年8月26日判決(令和4年(ワ)第22373号ほか・交通事故民事裁判例集57巻4号1074頁)は,外傷後鎖骨遠位端骨融解症と肩関節機能障害が争われた事案である。判決は,骨融解症が外傷後数週から数か月を経て現れ得るという医学的機序を踏まえて診断・画像所見の遅れを評価し,第12級6号の肩関節機能障害を認めた。裁判所ウェブサイトには掲載されておらず,公刊判例集の全文で確認した事例である。
この判決の射程は,肩痛の診断が遅れた全事案に及ぶものではない。後発する病態であっても,事故直後からの主訴,肩鎖関節部に一致する所見,画像の経時変化及び反復負荷等の別原因の検討が必要である。
3 写真を重視した労働保険審査会裁決
労働保険審査会令和元年労第273号裁決は,交通事故の事案ではないが,写真から裸体時に左鎖骨部の変形が明らかに分かるとして,鎖骨変形を第12級5号と判断した。自賠責が原則として労災の障害等級認定基準に準じることに照らし,画像上の変形に加えて外見を示す写真を整える必要性を確認できる行政上の一次資料である。
第7 申請・訴訟に向けた証拠収集の順序
1 低負担で先に確保する資料
被害者側が最初に確保すべきものは,①救急記録及び初診カルテ,②初診から症状固定までの画像データと読影所見,③手術記録及びインプラント情報,④通院ごとの疼痛・しびれ・圧痛・可動域の記録,⑤同じ条件で撮影した患健比較写真,⑥後遺障害診断書である。これらは通常の診療過程で作成される資料であり,まず被害者本人又は代理人が医療機関から取得できる範囲をそろえる。
診療録を時系列表にするときは,骨折部位,転位・短縮・粉砕,固定方法,仮骨・骨癒合,圧痛,感覚障害,自動・他動可動域及び仕事・生活上の支障を同じ日付軸に置く。第12級5号の写真,第12級6号の可動域及び第12級13号・第14級9号の症状記録を一つの主張に混在させず,どの資料がどの認定経路を支えるかを明示する。
2 資料取得後の中間評価
中間評価では,①外見上の骨性変形があるか,②可動域基準を満たすか,③制限を説明する器質的又は神経学的原因があるか,④症状と所見の時系列が整合するかを確認する。変形写真がなくても撮影できることがあり,可動域の記載が不十分でも主治医による再測定又は補足が可能なことがあるため,形式的な欠落と実体的な所見の不存在を区別する。
保険者側から,骨癒合が良好である,過去の可動域は正常である,事故後活動と診断書が矛盾する,又は既往変性が原因であるとの反論が予想される。被害者側では,画像を読影医又は主治医に示し,制限・疼痛を生じさせる機序,事故前所見,抜釘後の経過及び別原因の有無について,診断根拠を補足してもらうことが有用である。
3 高負担の手段へ進む条件と停止基準
追加CT,MRI,専門医意見又は画像鑑定は,通常資料を検討した後に,骨癒合不全,腱板・靱帯損傷又は後発性骨融解等の具体的な争点が残り,その確認によって認定経路又は等級が変わり得る場合に限って検討すべきである。単に等級認定に有利な表現を求めるための検査又は意見書では,費用と負担に見合わない。
裸体時の変形が認められず,肩関節可動域が基準を上回り,制限又は疼痛を説明する所見もなく,診療録に一貫した症状がない場合には,高負担の調査を重ねても結論が変わる可能性は低い。反対に,CT上の不完全癒合,症状部位に一致する圧痛・知覚障害又は進行する遠位端変化があるにもかかわらず,その医学的意味だけが未評価である場合は,専門的な追加確認を行う合理性がある。
本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり,特定の事故についての法的又は医学的判断は,診療録,画像及び事故後の経過を確認して行う必要がある。
第8 出典・参考資料
1 法令・通達・公的資料
② e-Gov法令検索「自動車損害賠償保障法施行令」2条・別表第二
④ 国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」3頁(PDFビューア3頁)
⑤ 厚生労働省・平成16年6月4日基発第0604003号「せき柱及びその他の体幹骨,上肢並びに下肢の障害に関する障害等級認定基準について」
⑥ 厚生労働省労働基準局補償課「令和5年度第1回アフターケアに関する検討会資料」4頁~5頁(PDFビューア4頁~5頁)
2 裁判例・行政裁決
① 名古屋地方裁判所平成21年11月25日判決・平成20年(ワ)第40号・判例時報2071号71頁
② 東京地方裁判所令和6年8月26日判決・令和4年(ワ)第22373号ほか・交通事故民事裁判例集57巻4号1074頁(裁判所HP未掲載。弁護士ドットコムLIBRARY収録の同判例集全文で確認)
③ 労働保険審査会令和2年7月3日裁決・令和元年労第273号
3 日本語文献
① 榎木貴之・小杉晴洋『自賠責・紛争処理事例と判例から読み解く後遺障害等級認定の判断―傾向を踏まえた交通事故事件処理―』新日本法規,令和8年,208頁,218頁,405頁~408頁,412頁,421頁,439頁~442頁,451頁~456頁。
② 加藤義治『医師と損保のためのわかりやすい交通事故外傷ガイドQ&A整形外科編』保険毎日新聞社,令和6年,129頁~133頁。