第1 胸腰椎圧迫骨折の逸失利益で先に確認すること
1 この記事の対象と結論
本記事は,交通事故による胸椎又は腰椎の圧迫骨折について,「脊柱に変形を残すもの」として後遺障害等級第11級7号が認定された後の逸失利益を扱うものである。
法令,行政資料及び裁判例の調査基準日は令和8年9月13日である。
医学文献については,令和8年9月14日の追加調査に基づき,研究対象と限界を明示して補充した。
資料収集と整理には生成AIを用いたが,法令,行政基準及び後記3件の裁判例は原典で照合した。
第11級の労働能力喪失率表は20%であるが,民事上の逸失利益が常に20%,就労可能期間全部で認められるわけではない。
他方,変形障害であることや現実の減収がないことだけから,逸失利益を直ちに否定することもできない。
画像上の変形,痛み等の原因と経過,具体的な仕事への支障,将来の改善可能性及び収入維持の理由を対応させて評価する必要がある。
2 等級認定と逸失利益は判断対象が異なる
後遺障害等級は,症状固定時に残った身体障害を自動車損害賠償保障法施行令別表第二へ当てはめるものである。
これに対し,後遺障害逸失利益は,後遺障害によって将来の収入獲得能力又は家事労働能力にどの程度の経済的不利益が生じるかを評価する損害項目である。
したがって,第11級7号の認定は重要な出発点であるが,20%という率と喪失期間を個別事情から切り離して固定する根拠にはならない。
争点は,変形そのものの存在だけでなく,それに伴う痛み,姿勢保持の限界,運搬・前屈・長時間運転等の制限が,実際の仕事にどう影響するかにある。
第2 第11級7号と20%の位置付け
1 第11級7号は画像上確認できる脊柱変形を対象とする
自動車損害賠償保障法施行令別表第二第11級7号は,「脊柱に変形を残すもの」と定め,保険金額を331万円としている。
この331万円は自賠責保険における後遺障害損害の限度額であり,逸失利益だけの金額でも,民事訴訟で認められる賠償額の上限でもない。
自賠責の支払基準は,等級認定を原則として労災保険の障害等級認定基準に準じて行うとしている。
厚生労働省の認定基準は,「脊柱に変形を残すもの」について,①脊椎圧迫骨折等が残り,エックス線写真等で確認できるもの,②脊椎固定術が行われたもの,③3個以上の脊椎について椎弓切除術等の椎弓形成術を受けたもののいずれかとしている。
2 20%は率表の基準値である
厚生労働省の労働能力喪失率表では,第11級の喪失率は100分の20,第12級は100分の14,第14級は100分の5である。
自賠責の支払基準も,年間収入額に該当等級の喪失率と就労可能年数に対応するライプニッツ係数を乗じる計算方法を採っている。
この表は等級ごとの標準的な計算を可能にするが,胸腰椎圧迫骨折を負った個人の職務能力を測定した結果ではない。
民事上の評価では,20%を出発点としつつ,より低い率,期間を区切った率又は段階的に低下する率が採用されることがある。
3 基本式を四つの要素に分ける
後遺障害逸失利益の基本式は,基礎収入の年額×労働能力喪失率×喪失期間に対応するライプニッツ係数である。
ただし,期間の途中で喪失率又は基礎収入が変わると認定する場合は,期間を区切って計算する。
計算では,①事故がなければ得られたと考えられる基礎収入,②胸腰椎の障害が仕事等へ及ぼす喪失率,③その支障が続く喪失期間,④中間利息を控除するライプニッツ係数を分ける必要がある。
基礎収入,家事従事者,自営業者及びライプニッツ係数の一般的な確認方法は,交通事故の後遺障害逸失利益-減収のない会社員・家事従事者・自営業者の立証と計算で扱っている。
第3 喪失率と喪失期間を左右する事情
1 変形の程度と機能的な支障を分けて確認する
第11級7号の等級認定に必要な画像所見と,仕事上の制限の大きさは同じ問題ではない。
圧壊の部位・程度,後弯等の配列変化,固定術の範囲,神経学的所見及び可動域制限を確認した上で,痛みや疲労との医学的な対応を検討する。
胸腰椎は体幹を支えるため,中腰,前屈,重量物の運搬,立位・座位の持続,振動を伴う運転等で支障が表れ得る。
もっとも,同じ画像所見がある全員に同じ作業制限が生じるとは限らず,事故前後の実際の作業を比較する必要がある。
2 現在の減収だけで判断しない
給与又は売上げが維持されていても,本人の特別な努力,同僚の代替,残業の削減,配置上の配慮,昇進・転職機会への影響があれば,将来の経済的不利益を基礎付ける事情となり得る。
反対に,事故前と同じ作業を同じ時間・能率で続け,医学的にも将来の支障が具体化しない場合は,率又は期間を限定する方向に働く。
事故後の減収があっても,その全てが圧迫骨折によるものとは限らない。
景気,退職,事業利益,既往症その他の原因を分け,障害による労働能力低下との因果関係を示す必要がある。
3 将来の改善可能性は期間又は逓減の問題となる
骨性変形が残ることと,痛みや職務上の支障が同じ強さで続くことも同一ではない。
治療経過,症状固定後の推移,筋力・柔軟性,医師の予後意見及び仕事内容を基に,支障が長期に続くか,時間の経過とともに軽減するかを検討する。
長期転帰には幅があり,医学的知見に照らしても,集団の復職率から個人の労働能力喪失率又は喪失期間を決めることはできない。
復職には軽作業への変更,勤務時間短縮又は職場の配慮を伴う場合があり,復職の有無だけで経済的不利益の有無を判断することもできない。
骨折型,神経障害,治療方法,追跡期間及び復職の定義を区別した研究の読み方は,第5の4で述べる。
第4 裁判所公開判決にみる認定の分かれ方
以下の3件は,いずれも裁判所ウェブサイトで判決本文を確認でき,第11級7号を前提としながら,喪失率又は喪失期間の認定が分かれた事例である。
各判決は個別事件の証拠関係に基づくものであり,結論だけでなく,症状,職務上の支障,減収又は減収回避の事情及び医学的な予後を一体として読む必要がある。
1 広島地裁平成18年5月29日判決-20%から14%,5%へ逓減
(1) 障害及び残存症状
広島地方裁判所平成18年5月29日判決(平成17年(ワ)第150号)は,第10・第11・第12胸椎圧迫骨折後の脊柱変形と背腰部痛について,第11級7号の認定を受けた事案である。
判決は,起床時,前屈時,長時間の座位及び振動を受けたときに背腰部痛が生じることを認定した。
(2) 就労状況及び医学的な改善見通し
被害者は,事故後も研究成果を上げ,将来,米国で医師として就労するための努力を続けていた。
判決は,その努力によって現実の収入減少が表面化しにくい事情と,後遺障害による労働能力の低下が存在することとは両立し得るものとして扱った。
他方,提出された医師意見には,遺残した変形は軽微であり,当初の強い痛みも数年で軽減して最終的にはほとんど感じなくなることが期待されること,体幹筋力及び骨折部周囲軟部組織の柔軟性の回復等により症状固定後も軽減することが示されていた。
判決は,被害者が比較的若く,米国で適切な治療を受けることも期待できること等を,将来の率を下げる事情として考慮した。
(3) 喪失率,期間及び計算結果
判決は,第11級7号を出発点とし,労働能力喪失率を①平成19年から平成29年までの10年間は20%,②平成29年から平成39年までの10年間は14%,③平成39年から67歳となる平成55年までの期間は5%とした。
基礎収入は最初の期間を年額500万円,その後の期間を年額1000万円として区分計算し,後遺障害逸失利益を合計1416万7550円と認定した。
(4) 判決の意味と射程
この判決は,現在の就労努力又は研究成果だけを理由として逸失利益を否定せず,他方で,将来の疼痛軽減の医学的見通しを喪失率の段階的な逓減に反映した例である。
もっとも,比較的若年で,外国で医師として就労する予定と将来の治療可能性が検討された事案であるため,20%・14%・5%という区分を他の被害者へそのまま当てはめることはできない。
2 福井地裁平成27年4月13日判決-14%を67歳まで
(1) 障害,症状及び画像所見
福井地方裁判所平成27年4月13日判決(平成25年(ワ)第51号・第310号)は,第3腰椎圧迫骨折による第11級7号の脊柱変形と疼痛を扱った。
判決は,事故直後から腰及び背中の痛みを訴え,入院中及び通院中も腰背部痛を繰り返し訴えていた経過を認定した。
症状固定後も,①首から臀部にかけて日常的な張りがあること,②30分ないし1時間の座位で腰背部の鈍痛が生じること,③1時間を超える運転で右足がしびれたような症状が生じること,④腰椎前弯が消失して局所的に後弯し,変形が元どおりに治癒することはないことが認定された。
(2) 裁判所が率を14%とした理由
判決は,第11級7号の脊柱変形及びこれに伴う疼痛の残存を認めた一方,脊柱変形による明らかな運動障害は認めなかった。
労働への支障は脊柱変形それ自体から直接生じるというより,主として変形に伴う疼痛を原因とするものと評価した。
また,骨性変形が元の状態には戻らないとの所見と,症状固定時の画像では変形に改善が見られたとの所見の双方を考慮した。
その上で,等級表上の20%ではなく,労働能力喪失率を14%と認定した。
(3) 喪失期間及び計算結果
判決は,喪失率を14%に下げながらも,喪失期間を就労可能年限である67歳までの22年間とした。
事故前年の年収720万円を基礎収入とし,22年のライプニッツ係数13.1630を用いて,後遺障害逸失利益を1326万8304円と算定した。
(4) 判決の意味と射程
この判決は,喪失率と喪失期間が別個の判断対象であることを具体的に示している。
明らかな運動障害がなく,画像上の改善を認めたことは率を20%から14%へ下げる方向に働いたが,疼痛の原因となる変形が残ることは,67歳までの長期の喪失期間を認める方向に働いたものと整理できる。
3 神戸地裁平成29年2月8日判決-14%を10年間
(1) 年齢,職業及び具体的支障
神戸地方裁判所平成29年2月8日判決(平成27年(ワ)第1235号)は,症状固定時63歳のマッサージ施術師について,第11胸椎圧迫骨折による第11級7号の障害を認めた事案である。
判決は,長時間の施術を行うことができないなど,マッサージ施術師としての労働に一定程度の支障が生じていることを認定した。
(2) 支障の性質と喪失率・期間
裁判所は,職務上の支障が脊柱変形それ自体ではなく,主として脊柱変形に伴う疼痛によって生じており,症状の実質は頑固な神経症状に近いと評価した。
その結果,労働能力喪失率を14%,労働能力喪失期間を症状固定時から10年間と認定した。
(3) 基礎収入,減収及び被告の反論
判決は,事故前年である平成24年の年収59万6680円を基礎収入とし,14%と10年のライプニッツ係数7.722を用いて,後遺障害逸失利益を64万5058円と算定した。
被告は,後遺障害による実損が生じておらず,現実の労働能力も減少していないと主張した。
しかし,平成27年の年収は50万円程度で,事故前年から約16.2%減少しており,この減少率は採用された14%を上回っていた。
裁判所は,この収入減少と長時間の施術が困難であるという具体的支障を踏まえ,14%の労働能力喪失を認めた。
(4) 判決の意味と射程
この判決は,収入の減少が大幅ではないとの主張があっても,収入の推移と具体的な職務制限を検討し,逸失利益を認めた例である。
もっとも,症状固定時63歳という年齢,マッサージ施術師という職業,事故前年の実収入及び疼痛を中心とする支障を前提とするため,14%又は10年間という結論だけを他の事案へ一般化することはできない。
4 3件から読み取れる範囲と限界
(1) 3件の比較
前記3件はいずれも第11級7号を前提とするが,採用された喪失率,喪失期間及び将来の改善可能性の反映方法は同一ではない。各判決が認定した主な職務上の支障と結論を比較すると,次のとおりである。
| 裁判例 | 主な支障 | 喪失率 | 喪失期間 |
|---|---|---|---|
| 広島地裁平成18年5月29日判決 | 起床,前屈,長時間の座位及び振動による背腰部痛 | 20%→14%→5% | 最初の10年,次の10年,その後67歳まで |
| 福井地裁平成27年4月13日判決 | 30分ないし1時間の座位による鈍痛及び1時間を超える運転による右足のしびれ | 14% | 22年間・67歳まで |
| 神戸地裁平成29年2月8日判決 | 長時間のマッサージ施術が困難 | 14% | 10年間 |
(2) 判断要素について読み取れる6点
この比較からは,少なくとも次のことを読み取ることができる。
① 第11級7号の認定だけで20%の喪失が当然に立証されたことにはならない。
② 画像上の変形と,変形に伴う疼痛,しびれ又は姿勢保持の制限による労働への影響は分けて評価される。
③ 職業名だけでなく,座位,前屈,運転,施術その他の具体的な動作及び継続時間との関係が重視される。
④ 喪失率と喪失期間は別に判断され,同じ14%でも67歳まで認めた例と10年間に限った例がある。
⑤ 現実の減収がない,又は減収が小さいという事情だけで逸失利益が否定されるわけではなく,本人の努力,勤務先の配慮及び具体的な職務上の支障を確認する必要がある。
⑥ 将来の症状軽減又は支障の継続については,治療経過,画像の変化及び医師の予後意見等の医学的根拠が必要であり,率の逓減又は期間の限定に反映され得る。
(3) 64件研究との関係
平成26年から令和2年3月までの交通事故裁判例64件を対象とした研究では,自賠責で脊柱変形11級と認定された33件のうち,同研究の集計上20%以上の群は13件であり,そのうち2件は後の期間に率を逓減していた。
他方,20%未満とされたものは20件であり,このうち14%とされたものが12件であった。
この集計は,第11級7号について20%以上の認定と20%未満の認定の双方が存在することを示しており,前記3件で確認したような具体的な就労上の制限及び経済的不利益の検討が重要であることと整合する。
(4) 一般化の限界
もっとも,前記3件だけから,胸腰椎圧迫骨折では14%が原則であるとか,10年に限るという一般則を導くことはできない。
各判決の結論は,年齢,職業,骨折部位,症状,医師意見,収入,減収回避の事情及び証拠関係を前提とする個別判断である。
また,64件の集計は,二つの判例データベースから抽出され,逸失利益が争われていない裁判例を除外した訴訟事案の分析である。
そのため,交通事故被害者全体の認定割合を示すものではなく,集計上の比率だけから個別事件の喪失率又は喪失期間を決めることもできない。
第5 医学文献から分かることと分からないこと
以下では,令和8年9月14日の医学文献追加調査に基づき,外傷性胸腰椎骨折を中心とする知見とその限界を整理する。
医学文献が示すのは診断,機能制限及び予後等の一般的知見であり,日本の後遺障害等級に対応する喪失率や個別事件の喪失期間を直接算出するものではない。
1 骨折型・安定性・神経障害を区別する
「胸腰椎圧迫骨折」という病名だけでは,重症度及び長期予後を評価できない。
AO Spine胸腰椎分類では,A型は圧迫損傷,B型は前方又は後方の張力帯(脊柱を前後から支える構造)の損傷,C型は転位・回旋損傷である。
A1は単一終板の楔状圧迫で後壁損傷を伴わず,A3は一つの終板と後壁,A4は両終板と後壁を含む破裂骨折であり,同じ「圧迫骨折」と呼ばれても病態は異なる。
個別事件では,①受傷機転,②骨折椎体とAO分類,③椎体後壁・脊柱管内骨片,④後方靱帯複合体(PLC),⑤神経根・脊髄円錐・馬尾を含む神経学的所見,⑥骨粗鬆症,びまん性特発性骨増殖症・強直性脊椎炎,腫瘍又は感染等の骨質・病的骨折要因,⑦多発外傷を区別する必要がある。
神経障害のないA1骨折の研究結果を,A3・A4,B・C型又は神経障害例へそのまま当てはめることはできない。
2 エックス線・CT・MRIの役割と限界
単純エックス線は椎体高,局所後弯及び全体配列の把握に用い,CTは骨折線,終板,後壁,脊柱管内への骨片突出,椎弓根・椎弓・関節突起及びPLC損傷を示唆する間接所見の評価に優れる。
MRIは骨髄浮腫,椎間板,PLC,脊髄・神経根及び軟部組織を評価する。
受傷時期不明の圧迫変形では,T1低信号かつT2・STIR高信号の骨髄浮腫は急性・亜急性を支持し,浮腫がなく脂肪髄信号を示す所見は陳旧性を支持するが,単独所見で受傷日や症状原因を確定できない(急性脊椎外傷におけるMRIのレビュー)。
PLC画像診断の系統的レビューでは,CTの診断精度は研究により68~90%で,複数のCT所見を組み合わせて判定する方法が検討されている。
他方,MRIも高信号だけを損傷とすると過大診断が生じ得て,棘上靱帯や黄色靱帯の低信号帯の断裂の方が特異的とされる。
読影者間一致にも幅があるため,CT又はMRIの一所見だけで安定性,疼痛原因又は予後を断定してはならない。
これらの精度は研究対象と判定基準に左右され,手術所見を基準とする研究は重症例へ偏りやすいため,個別患者に同じ確率を当てはめることはできない。
また,無症候者3110人の画像所見を調べた系統的レビューでは,椎間板変性は20歳で37%,80歳で96%,椎間板膨隆は20歳で30%,80歳で84%に認められた。
既往変性が画像にあることだけで事故後症状を既往症へ帰属させることも,事故によるものとすることもできず,事故前画像,症状発現時期,部位の整合性及び経過を照合する必要がある。
保存療法と画像評価に関する医学的知見を踏まえると,経時画像を比較するときは椎体高や後弯角の測定法と体位をそろえる必要がある。
立位エックス線と仰臥位CTの差や測定誤差を考慮し,画像上の改善と疼痛・機能の改善を区別する。
3 画像上の変形と痛み・機能は一対一ではない
2024年の系統的レビューは,1616件から採用した6研究について,受傷時のCobb角等の脊柱配列指標と最終的な疼痛,障害,生活の質又は就労との有意な相関を確認できなかった。
ただし,主たる研究課題へ直接答えた研究は1件にとどまり,研究数が少なく異質性も大きい。
したがって,「変形が大きいほど必ず職務制限が大きい」とも,「変形は機能と無関係である」とも断定できない。
他方,臨床・画像上の予後因子を整理した医学的提言は,追跡時の後弯矯正損失と強い背部痛・術後機能障害との関連にも言及している。
受傷時の角度と最終転帰の関係,術後の矯正損失と症状の関係は同じ問いではなく,重度変形,靱帯損傷及び神経障害を伴う個別例での影響を否定することはできない。
神経障害のないA型骨折の5年追跡研究では,年齢・性別で補正した動的挙上能力が正常下限未満であった者は37%,運動負荷能力が正常下限未満であった者は40.9%であった。
他方,質問票の平均値は比較的良好であり,受傷前に就労していた21人のうち,10%が就労を中止し,24%が仕事の種類・強度・時間を変更し,14%が背部症状を理由に転職していた。
一般的な生活の質又は「復職した」という事実だけで,重量物運搬等の個別の作業制限を否定できない。
ただし,参加者は選定された81人中33人(回答率41%)と少なく,個人の能力は別に確認する必要がある。
胸腰椎骨折の後方固定術後には体幹筋の収縮機能低下が残り得るが,超音波で体幹筋を評価した前向き研究では,筋の収縮機能と患者が回答する疼痛・機能尺度との明確な相関は確認されなかった。
筋力,画像及び可動域はいずれも重要な資料であるが,単独で疼痛又は就労能力を決める指標ではない。
前方固定術後の長期調査でも,座位,前屈,挙上,立位,歩行等の活動別の制限が報告されている。
ただし,回答者63人の手術後集団の知見であり,すべての圧迫骨折や特定術式の優越性を説明するものではない。
職業運転者の研究では長時間座位や全身振動と腰痛等との関連が示されるが,胸腰椎骨折後に限定した研究ではない。
運転・振動は個別に確認する症状誘発動作の例であり,骨折後の職務制限の大きさをこの研究から計算することはできない。
4 長期予後と復職研究の読み方
2026年の復職に関するスコーピングレビューは,脊髄損傷を伴わない外傷性胸腰椎骨折31研究を対象とし,追跡期間は3~226か月,復職率は手術群25~100%,非手術群38~100%,治療法を区別しない平均は追跡1年未満の研究で84%,1年以上の研究で76%と推定された。
しかし,骨折型,治療選択,社会保障制度及び復職の定義が大きく異なり,胸腰椎骨折に特有の復職遅延・不能の予測因子を報告した採用研究はなかった。
復職には,受傷前と同一の仕事,同一業種の軽作業,勤務時間短縮又は部分復職を含む研究がある。
したがって,集団の復職率を個人の労働能力喪失率へ置き換えることはできない。
個別事件では,仕事へ戻ったかだけでなく,勤務時間,作業強度,休憩,欠勤,配置転換,同僚の代替及び本人の特別な努力を確認する必要がある。
神経障害のないA型骨折を非手術治療した50例の長期追跡研究では,約4年から約10年まで集団平均は概ね安定し,明らかに悪化した者は6%であった。
他方,A3・A4骨折の2026年研究では,回答者97例,追跡中央値4.5年で,年齢・性別に対応する一般人口の基準値の95%信頼区間下限に達しない割合が,筋骨格系の機能評価尺度の各領域で63~76%,健康関連の生活の質の尺度で47%であった。
これは研究独自の基準を満たさなかった割合であり,骨折患者全体の未治癒率でも,日本の労働能力喪失率でもない。
後者には神経障害例が含まれ,質問票の回答率は37%であり,治療選択の偏りもあるため,両研究の数値差は骨折型,対象,評価尺度等の違いを踏まえて解釈すべきである。
5 手術・装具・リハビリ・薬物療法
神経障害のない破裂骨折を対象とした2012年のメタ解析及び2013年の系統的レビューでは,手術は後弯を矯正する可能性があるものの,長期の疼痛,機能又は復職で一貫した優位性は示されず,合併症,再手術及び費用が増える傾向にあった。
採用研究は少数でバイアスリスクがあり,「手術したから重い後遺障害が残る」又は「画像が整復されたから機能障害がない」という推論はいずれも適切でない。
2023年のA3・A4前向き観察研究でも,保存療法群と手術群はいずれも改善し,疼痛,機能,生活の質又は復職に有意差を認めなかったが,無作為化試験ではない。
装具療法の系統的レビューでは,二つの無作為化比較試験,計119人について,装具による後弯進行又は疼痛の明確な改善は示されなかった。
これは一部の神経障害のない破裂骨折に関する小規模証拠であり,すべての圧迫骨折について装具が不要であることを意味しない。
外傷性胸腰椎骨折の保存療法に関する2018年の系統的レビューは,早期離床・機能的治療の重要性を示す一方,鎮痛薬を直接比較した採用可能研究を見いだせず,同レビューの比較研究に基づく特定薬の推奨はできないとした。
処方歴は症状経過及び治療負荷を示す一資料であるが,薬剤の種類又は服用期間だけで疼痛の強さ,事故との因果関係又は労働能力喪失率を証明しない。
2024年のネットワークメタ解析では,カルシトニン及び非ステロイド性抗炎症薬に急性骨粗鬆症性椎体圧迫骨折の活動時痛を軽減する可能性が示されたが,大部分の結果は,証拠の確実性が低い又は非常に低いと評価されている。
骨粗鬆症性脆弱性骨折の薬物研究を,若年者の高エネルギー外傷性骨折,慢性期又は症状固定後へ直接外挿してはならない。
処方歴を確認するときは,処方された事実と実際の服用,鎮痛効果及び副作用を分ける。
中断は改善だけでなく副作用や通院中断でも起こり得るため,処方中断だけで症状の消失を断定しない。
運転等への影響が問題となる場合も,薬剤名から一律に決めず,診療録等で眠気・めまいの実際の発現と職務への影響を確認する。
6 医学意見書で明らかにすべき事項
医学意見書では,少なくとも,①事故前の症状・画像,②受傷機転と骨折型,③急性期画像及び神経所見,④治療と画像の推移,⑤症状固定時の骨性変形と変化し得る疼痛の区別,⑥職務動作ごとの制限,⑦休息・代償動作・周囲の配慮,⑧予後を支持又は否定する医学的根拠,⑨既往変性・併存損傷等の代替原因,⑩判断できない事項を明示する必要がある。
結論は,「画像上変形があるから20%が続く」「可動域が正常だから支障がない」「復職したから逸失利益がない」「骨性変形が戻らないから疼痛も生涯同じである」という推論を避けるべきである。
画像,症状,客観的機能検査,職務内容及び経過がどの程度整合するかを示し,医学的な機能制限と,裁判上の喪失率・喪失期間の評価を分けて記載することが重要である。
整形外科の意見では診断,機能制限,治療経過及び予後を,放射線科の意見では画像の急性度,骨折形態,靱帯・神経所見及び経時変化を明確にすると,職務資料との対応を検討しやすい。
読影報告書に加えて画像本体(DICOM),撮影日・体位・撮像条件,手術・固定範囲,リハビリで達成した可動域・挙上能力・持久力をそろえ,確認済みの事実,医学的推論及び資料不足で判断できない点を分けて記載する。
第6 被害者側が準備する資料
1 医学資料は変形・症状・予後を対応させる
(1) 画像と診断書
まず,事故直後から症状固定までのエックス線,CT又はMRIの画像と読影結果を時系列でそろえる。
骨折椎体,圧壊の程度,後弯等の配列変化,固定術の有無,神経学的所見及び既往変性を区別し,後遺障害診断書の記載と対応させる。
(2) 症状の経過と予後
診療録,リハビリテーション記録及び処方歴から,痛みが出る姿勢・時間・動作,休息による回復,症状の改善又は悪化を確認する。
将来の改善可能性が争点になる場合は,医師に結論だけを求めるのではなく,骨性変形,疼痛の機序,治療可能性及び職務制限との関係を確認する。
2 仕事の資料は作業単位で整理する
(1) 事故前後の職務比較
職名だけでなく,①重量物の重さと回数,②前屈・中腰・ひねり動作の時間,③連続して立つ又は座る時間,④運転時間と振動,⑤休憩の追加,⑥同僚に代わってもらった作業を事故前後で比較する。
勤務表,業務日報,電子メール,チャット,手帳及び写真等のうち,通常の業務で既に作成されている資料から始める。
(2) 減収がない理由と将来の不利益
給与が維持されている場合は,賃金台帳だけで終わらせず,本人の努力,勤務先の配慮,作業免除,残業減少,昇進・配置・転職への影響を具体化する。
勤務先資料は本人が当然に取得できるとは限らないため,まず必要な期間と事実を絞って説明又は証明を求め,得られなければ本人の手元にある資料と診療記録を対応させる。
3 追加調査は結論を変える争点に絞る
(1) 低負担の初期確認
初期段階では,後遺障害等級認定票,後遺障害診断書,画像・読影結果,症状固定前後の診療録,事故前後の収入資料及び職務内容の記録を照合する。
この段階で,喪失率,喪失期間又は基礎収入のどこが争われているのかを特定する。
(2) 専門家意見へ進む条件と停止基準
主治医への照会又は専門家意見は,画像と症状の因果関係,予後又は職務制限について資料だけでは解けない具体的な争点が残り,回答によって率又は期間が変わり得る場合に検討する。
既存画像と診療録で必要な事実が確認でき,追加意見が同じ説明を繰り返すだけである場合,又は結論を左右しない場合は,高負担の調査を広げない。
第7 示談案を確認する順序
1 保険会社側の主張を分解する
(1) 変形だけで機能障害がないとの主張
変形障害は外形上の認定にすぎず,明らかな運動障害がないという主張に対しては,等級と逸失利益の判断対象を区別した上で,変形に伴う疼痛や姿勢保持の限界が具体的な仕事へ及ぼす影響を示す。
ただし,可動域が正常であることや画像上の改善所見も評価資料となるが,可動域,疼痛,持久力及び職務負荷は異なる指標である。
これらの所見だけで喪失率又は期間を当然に限定せず,不利な所見を含む全資料を総合する。
(2) 減収がない又は症状が軽減するとの主張
減収がないとの主張に対しては,収入が維持された理由と,代替作業・配慮・特別な努力の有無を示す。
将来軽減するとの主張に対しては,固定した骨性変形と変化し得る疼痛を分け,治療経過と医学的根拠に基づいて期間又は逓減の当否を検討する。
2 提示額より採用された前提を確認する
示談案では総額だけでなく,①基礎収入,②喪失率,③喪失期間,④ライプニッツ係数,⑤既払金,⑥過失相殺の各前提を確認する。
第11級7号なのに20%未満であっても直ちに誤りとはいえず,反対に20%を用いていても期間又は基礎収入が不当に限定されていれば逸失利益は低くなる。
身体を害する不法行為による損害賠償請求権には消滅時効があり,事故時期による適用法及び起算点の確認を要する。
資料収集や後遺障害認定に時間を要する場合も,時効の管理は別に行う必要がある。
第8 出典・参考資料
1 法令・告示
①e-Gov法令検索「民法」417条の2,709条,722条,724条及び724条の2(令和8年9月13日現在施行中の条文を確認)。
②e-Gov法令検索「自動車損害賠償保障法施行令」2条及び別表第二第11級7号。
③金融庁・国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)第3。
2 所管行政機関の認定基準・運用資料
①厚生労働省「脊柱及びその他の体幹骨,上肢並びに下肢の障害に関する障害等級認定基準について」(平成16年6月4日基発第0604003号)第1の1(2)オ。
②厚生労働省「民事損害賠償が行われた際の労災保険給付の支給調整に関する基準について」(昭和56年6月12日発基第60号)別表第2。
③国土交通省「限度額と補償内容」。
3 裁判例
①広島地方裁判所平成18年5月29日判決(平成17年(ワ)第150号,裁判所ウェブサイト。PDF9頁~11頁)。
②福井地方裁判所平成27年4月13日判決(平成25年(ワ)第51号・第310号,裁判所ウェブサイト。PDF28頁~30頁)。
③神戸地方裁判所平成29年2月8日判決(平成27年(ワ)第1235号,裁判所ウェブサイト。PDF32頁~33頁)。
4 その他の文献
①堺正仁「交通外傷における脊椎圧迫骨折の逸失利益算定に関する考察」損害保険研究84巻1号(2022年)167頁~190頁。
②胸椎・腰椎骨折の長期機能予後に関する2018年の医学研究(PubMed抄録を参照。追加調査ではPMC全文を確認できず,中核根拠から区別した。)。
③胸椎・腰椎骨折後の就労に関する2025年の長期追跡研究(従前記事の参考文献。今回のPMC19文献の対象外。)。
以下は,追加調査で参照したPMC収録の医学文献である。
外傷性骨折を対象とする研究と,骨粗鬆症性骨折又は職業運転者一般を対象とする補助資料とを区別して読む必要がある。
①外傷性胸腰椎骨折後の復職に関するscoping review(2026年,PMCID PMC12908126)。
②脊柱配列と機能障害の関係に関するsystematic review(2024年,PMC11365384)。
③非手術A型骨折の中長期機能予後(2009年,PMC2898974)。
④非手術A型骨折の5年機能予後(2006年,PMC3489326)。
⑤外傷性A3・A4骨折の長期機能・QOL(2026年,PMC12982316)。
⑥神経障害のないburst fractureの手術・非手術meta-analysis(2012年,PMC3254755)。
⑦同骨折の手術・非手術Cochrane review(2013年,PMC12091996)。
⑧A3・A4骨折の手術・保存療法前向き観察研究(2023年,PMC10038708)。
⑨外傷性胸腰椎骨折の保存療法systematic review(2018年,PMC6280041)。
⑩装具療法のsystematic review(2014年,PMC4085907)。
⑪PLC損傷のCT・MRI画像診断systematic review(2023年,PMC10240601)。
⑫急性脊椎外傷におけるMRIのレビュー(2016年,PMC4957861)。
⑬無症候者の脊椎変性画像所見systematic review(2015年,PMC4464797)。
⑭胸腰椎骨折転帰に関するWFNS recommendations(2021年,PMC8752690)。
⑮胸腰椎骨折前方固定後の長期患者報告アウトカム(2026年,PMC13117920)。
⑯後方固定後の体幹筋と臨床転帰の前向き研究(2018年,PMC5968479)。
⑰急性有痛性骨粗鬆症性椎体圧迫骨折の保存療法network meta-analysis(2024年,PMC11380106)。
⑱AO胸腰椎分類の解説(2020年,PMC7438146)。
⑲職業運転と筋骨格系障害のsystematic review(2022年,PMC9180502。胸腰椎骨折後に限定した研究ではない)。