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弁護士費用特約の保険金と源泉徴収――所得税法204条の解釈が分かれる理由(AI作成)

本稿は,自動車保険等の弁護士費用特約に基づき,保険会社が被保険者の依頼した弁護士へ弁護士報酬及び実費を保険金として支払う場面について,所得税法204条の源泉徴収義務の要否を扱う。
弁護士費用特約の内容,利用できる者及び利用できる手続の一般的な説明は,別稿「弁護士費用特約」(弁護士山中理司の交通事故相談HP)に譲る。

本稿が扱うのは,同特約に基づく保険金の支払実務のうち,保険会社が弁護士へ直接支払う場合の源泉徴収の要否について,保険会社間で対応が分かれている点に限られる。

第1 自動車保険の弁護士費用特約と源泉徴収の分岐

1 弁護士費用特約とは

弁護士費用特約は,自動車保険等の特約であり,被保険者が交通事故の加害者に対する損害賠償請求を弁護士に委任する場合の法律相談費用,弁護士報酬及び実費を,保険会社が保険金として負担するものである。
弁護士費用特約を利用する場合,保険会社が被保険者の依頼した弁護士へ直接,弁護士報酬相当額を支払う運用(以下「代理払い」という。)が広く行われている。

2 保険会社によって源泉徴収の有無が分かれていること

代理払いに際して,保険会社が所得税及び復興特別所得税を源泉徴収した上で支払う場合と,源泉徴収をせずに全額を支払う場合とがある。
高松総合法律事務所のブログ記事「弁護士費用補償特約による支払いと源泉徴収」(2018年5月16日公開)は,当時の認識として,東京海上日動火災保険株式会社は源泉徴収をしておらず,その他の保険会社は源泉徴収をしている(源泉徴収を前提とした請求書の作成を求められる)ことを紹介している。
同記事の公開から本稿執筆時点(令和8年8月28日)までに8年余りが経過しており,この記述は各社の現在の取扱いを保証するものではないから,具体的な事案では,当該保険会社に個別に確認する必要がある。
もっとも,この対応の分かれ自体は,所得税法204条の解釈上の一点に起因するものであるから,以下ではその解釈上の問題を整理する。

第2 源泉徴収義務の根拠となる規定

1 所得税法6条及び204条1項2号

源泉徴収義務の一般的な根拠規定は所得税法6条であり,同条は「給与等の支払をする者その他第四編第一章から第六章まで(源泉徴収)に規定する支払をする者は,この法律により,その支払に係る金額につき源泉徴収をする義務がある」と定める。
この「第四編第一章から第六章まで」に含まれる規定の一つが同法204条であり,同条1項柱書は「居住者に対し国内において次に掲げる報酬若しくは料金,契約金又は賞金の支払をする者は,その支払の際,その報酬若しくは料金,契約金又は賞金について所得税を徴収し,その徴収の日の属する月の翌月十日までに,これを国に納付しなければならない」と定めた上で,同項2号に「弁護士(外国法事務弁護士を含む。)……の業務に関する報酬又は料金」を掲げている。
条文の文言上,源泉徴収義務者は「支払をする者」とされているのみであり,弁護士との間の委任契約その他の契約関係は要件とされていない。

2 個人が支払う場合の適用除外と保険会社への不適用

204条2項2号は,同条1項各号の報酬・料金のうち,給与等につき所得税を徴収して納付すべき個人以外の個人から支払われるものを,源泉徴収の対象から除外している。
所得税基本通達204-5は,この「給与等につき所得税を徴収して納付すべき個人」について,実際に徴収して納付する税額がない者も含まれるとした上で,支払をする者が当該個人に該当するかどうかは,報酬等を支払うべき日の現況により判定するとしている。
この適用除外は,あくまで支払者が「個人」である場合を対象とするものであり,株式会社である損害保険会社には適用されない。

第3 実費・立替金の取扱い

1 名目ではなく実質で判断される原則

所得税基本通達204-2は,204条1項各号に掲げる報酬・料金の性質を有するものについては,謝礼,賞金,研究費,取材費,材料費,車賃,記念品代,酒こう料等,どのような名義で支払われるものであっても,同項の規定が適用されることに留意すると定める。
弁護士費用特約に基づく支払における「諸経費」「立替金」等の名目も,この通達の適用対象となり得る。

2 交通費・宿泊費の直接払いによる除外

所得税基本通達204-4は,報酬又は料金の支払をする者が,役務を提供する者の旅行・宿泊等の費用を負担する場合において,その費用が役務提供者に交付されるものではなく,支払をする者から交通機関,ホテル,旅館等に直接支払われ,かつ,通常必要と認められる範囲内のものであるときは,源泉徴収をしなくて差し支えないとする。
この除外が働くのは,あくまで支払者が交通機関等へ直接支払う場合に限られ,弁護士が立て替えた交通費を後日まとめて弁護士へ支払うという通常の処理には,この除外は適用されない。

3 登録免許税・手数料等による除外

所得税基本通達204-11は,弁護士等への支払者が,委嘱事項に関連して支払う金銭であっても,国又は地方公共団体に対し登記,申請等をするため本来納付すべきものとされている登録免許税,手数料等に充てるものとして支払われたことが明らかなものについては,204条の規定は適用しないとする。
弁護士費用特約に基づく支払でこの除外に当たり得るのは,訴訟提起の際に収入印紙により納付される印紙代など,性質上,登録免許税・手数料等に相当する部分に限られる。

第4 保険会社は「支払をする者」に当たるか

1 委任契約の不存在を理由とする不要説

前記の高松総合法律事務所のブログ記事は,弁護士費用特約に基づき保険会社が弁護士へ直接支払う場合について,弁護士と保険会社との間には委任契約や雇用契約がなく,依頼者に対する関係の弁護士報酬等が便宜上保険会社から直接支払われるにすぎないから,支払われる金銭の内実は「保険金」にすぎず,所得税法204条の適用はないという見解を示している。
同記事は,これに対して,保険会社の顧問弁護士又は協力弁護士が保険会社自身から事案処理の依頼を受け,保険会社から報酬等を受け取る場合には,保険会社との間の委任契約に基づく報酬であるから,源泉徴収が必要であるとして区別している。

2 支払の実質に着目する必要説

これに対しては,204条1項の文言が「支払をする者」を委任契約の当事者に限定しておらず,所得税基本通達204-2が名目ではなく実質に着目して判断するとしていることから,弁護士との委任契約の有無にかかわらず,現実に弁護士へ金銭を交付する保険会社が「支払をする者」に当たるという理解も成り立ち得る。
204条2項2号の個人払いに関する適用除外は,前記のとおり株式会社である保険会社には及ばないから,仮に「支払をする者」を保険会社と捉えるならば,この適用除外による不徴収の余地はない。
本稿では,条文の文言及び204-2の趣旨に照らせば,この理解の方が整合的であると考える。
もっとも,この論点を正面から扱った国税庁の公表資料,裁判例及び国税不服審判所の公表裁決例は,本稿執筆時点では見当たらない。

3 類似の場面における通達の考え方

204条1項2号に関連して,所得税基本通達204-16及び204-17は,自動車等損害鑑定人(アジャスター)の業務に関する報酬又は料金について,損害保険会社が支払う場合は源泉徴収を要し,それ以外の者が支払う場合は源泉徴収をしなくて差し支えないとしている。
この通達は,保険会社が支払者となる場合に源泉徴収義務を認める枠組みを国税庁自身が採用している例ではあるが,同通達が想定するのは,損害保険会社が損害鑑定人を自ら業務委嘱し,鑑定人にとって保険会社自身が依頼者となる場面である。
弁護士費用特約の場合,弁護士の依頼者はあくまで被保険者であって保険会社ではないから,この通達をそのまま弁護士費用特約の場面に及ぼせるかどうかについては留保が必要である。

第5 弁護士法人として受任する場合

所得税法204条による源泉徴収は,居住者である個人の弁護士に対する支払を対象とするものであり,弁護士法人(内国法人)への支払は対象とならない。
国税庁のタックスアンサーNo.2798のQ&Aは,弁護士法人に支払う弁護士報酬について,源泉徴収の対象となる弁護士報酬は個人の弁護士に支払われるものに限られるため,内国法人に該当する弁護士法人に支払われるものは源泉徴収を要しないとしている。
弁護士費用特約に基づく事件を弁護士法人の名義で受任し,保険会社からの支払を法人名義の口座で受ける場合には,本稿で扱う論点自体が生じない。

第6 源泉徴収された場合に弁護士に生じる効果

1 確定申告における税額控除

仮に保険会社が源泉徴収をして支払った場合であっても,その源泉徴収税額が弁護士にとって確定的な負担増になるわけではない。
所得税法120条1項4号は,居住者が確定申告をする場合において,各種所得の計算の基礎となった所得につき源泉徴収をされた又はされるべき所得税額があるときは,算出した所得税の額からその源泉徴収税額を控除するものと定めている。
したがって,弁護士費用特約に基づく保険金から源泉徴収された所得税及び復興特別所得税は,弁護士自身のその年分の確定申告において,事業所得等に係る算出税額から控除され,控除しきれない場合は還付を受けることができる。

2 実務上の対応

源泉徴収の有無は保険会社の請求書の記載方法によって左右されるため,弁護士費用特約に基づく事件を受任する際には,当該保険会社が源泉徴収を前提とした請求書の作成を求めているかどうかを確認しておくことが実務上有用である。
源泉徴収がされた場合には,その年分の確定申告において控除又は還付の対象となる金額であるから,事務所内の会計処理においても,源泉徴収税額を損失としてではなく前払税額として整理する必要がある。

第7 残された不確実な点

本稿執筆時点では,本稿で扱う論点,すなわち保険会社が弁護士費用特約に基づき弁護士へ直接支払う金銭についての所得税法204条の適用の有無を正面から扱った国税庁の公表資料,裁判例及び国税不服審判所の公表裁決例は確認できていない。
また,前記の東京海上日動火災保険株式会社の取扱いに関する情報は2018年時点のものであり,同社を含む各保険会社の現在の取扱いは,本稿の執筆時点では確認できていない。
したがって,具体的な事案において源泉徴収の要否又は当否が問題となる場合には,当該保険会社の現在の取扱いを個別に確認するとともに,必要に応じて課税庁への確認を検討すべきである。

出典

1 法令

①所得税法(昭和40年法律第33号)6条,120条1項,204条1項2号・2項2号(e-Gov法令検索)

2 法令解釈通達

①所得税基本通達204-2,204-4,204-5,204-11,204-16,204-17(国税庁)

3 所管行政機関の解説・Q&A

①国税庁タックスアンサーNo.2798「弁護士や税理士等に支払う報酬・料金等」Q&A(令和7年4月1日現在)

4 文献等

高松総合法律事務所「弁護士費用補償特約による支払いと源泉徴収」(2018年5月16日,同事務所ブログ)