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令和7年6月24日、最高裁判所経理局管理課が全職員向けに発出した夏季節電方針(冷房の運転を午前8時30分〜午後5時45分に限定、室温目安を28度とし、窓開け換気を推奨する内容)について、建築物環境衛生管理技術者・建築設備士、労働衛生コンサルタント・産業医、特定社会保険労務士の視点から妥当性を検証した記事である。
建築物理学の観点からは、1974年竣工のSRC造・石張り仕上げの最高裁庁舎は巨大な熱慣性を持ち、日中に蓄熱した石材が夜間も放熱し続けるため、始業直前に空調を稼働させても室内のMRT(平均放射温度)が下がらず「蒸し風呂」状態が続くと指摘する。夏季の窓開け換気は外気の高いエンタルピーを室内に導入して潜熱負荷を激増させ、空調停止後の結露・カビ・火災リスクを招くとされる。また、サーバー室を含むIT機器の排熱は竣工時の設計に想定されておらず、修繕履歴にも空調・サーバー関連工事が頻繁に記録されていることが示される。
労働衛生の観点からは、室温計の示す28度であっても輻射熱によって体感温度は30〜32度相当になる可能性があり、隠れ熱中症・認知機能低下・ヒューマンエラーの誘発が懸念されるとする。法令面では、令和4年12月施行の改正事務所衛生基準規則が定める照度300ルクス以上の基準を、石材主体の内装下での間引き点灯では満たせない可能性が高く、安全配慮義務(労働契約法第5条)違反のリスクもあると論じる。
記事は最終的に、WBGTと照度の実測に基づく設定温度の引き下げ(25〜26度等)、プレクーリングの導入、窓開けの原則禁止、延長申請手続きの簡素化を提言している。
第1 検証の結論
1 令和7年6月24日付文書の読み方
最高裁判所経理局管理課の令和7年6月24日付「最高裁判所庁舎における夏季の節電について」と「最高裁判所庁舎の冷房運転の運用について」は,一体として読む必要がある。
前者は「職員の執務環境等の維持に配慮しつつ」節電に努め,節電効果と執務環境への影響を勘案して取組を行うとしている。後者は,執務室の実際の室温を28度の目安に近づけつつ,部屋ごとの日当たりや間取りに応じた個別調整,管理課への連絡,運転時間の調整及び時間外運転の延長を認めている。
したがって,この方針を,全室について一律に28度で固定し,勤務時間外の冷房を例外なく停止するものと読むことはできない。他方で,文書の上に例外や調整手続が存在することだけから,現実の執務環境が適切であったと判断することもできない。
2 安全性を評価するために不足している情報
公開資料からは,各執務室の気温,相対湿度,気流,平均放射温度,二酸化炭素濃度,照度,WBGT,冷房延長の申請件数,体調不良の発生状況及び苦情対応の結果を確認できない。
そのため,本記事では,令和7年の方針が直ちに危険であるとも,十分に安全であるとも断定しない。文書が設けた調整手段が現場で機能したかを,建物内の測定値と運用記録によって検証することが結論を左右する。
第2 令和7年夏季の節電・冷房運転方針
1 節電方針が対象とした事項
節電方針は,冷房だけを対象とするものではない。通常使用していない電気機器の待機電力を削減し,会議用大型モニター等を不要時に停止し,超過勤務時には必要な照明だけを使用することも求めている。
また,事務北棟西玄関と小法廷棟南玄関のエレベーターを各1台停止するものの,稼働させる必要が生じた場合には管理課に連絡するとしている。節電措置には,業務上の必要に応じた例外が明記されている。
2 28度は設定温度ではなく実際の室温の目安であること
冷房運転方針は,執務室内の温度を28度の目安に近づけるとしつつ,各室のファンコイルの設定を調節して室温を調整するものとしている。空調機は棟・階ごとの中央制御であるが,ファンコイルは部屋ごとのスイッチ等で風量を調整できるため,個別の温度調整が可能であると説明している。
さらに,ファンコイルを調整しても室温が適正にならない場合は,管理課に連絡することとされている。文書上の28度は,空調設備の設定値を一律に28度とする指示ではなく,実際の室温についての目安である。
3 運転期間,通常運転及び例外運転
冷房期間は令和7年7月1日から9月19日までとされ,9月22日以後も気温条件や室内温度等により必要に応じて運転するとされている。通常の執務室では,空調機を開庁日の午前8時30分から午後5時45分まで,ファンコイルを午前8時から午後6時まで運転するのが原則であるが,気象条件や室内温度等により運転時間を調整するものとされている。
法廷,大会議室,特別会議室,大応接室及び講堂は,必要な時間に応じて随時冷房運転を行う。公務上の必要がある執務室については申請により午後8時まで運転を延長でき,申請は一定期間分をまとめて行うこともできる。
個別空調機が設置された部屋は,適切な温度設定を行い,過度な冷房を避けるものとされている。扇風機はサーキュレーターとして使用し,窓や扉は常時開放せず,一定時間ごとに開閉して換気を行うとしている。
4 文書だけでは分からない事項
二つの文書には,温湿度センサーの設置位置,測定間隔,平均放射温度,気流,WBGT,二酸化炭素濃度及び照度の管理方法が記載されていない。冷房延長や管理課への連絡について,利用実績,処理時間及び対応結果を公開する仕組みも確認できない。
したがって,文書の妥当性を評価する際は,目安の数値だけでなく,例外運転と個別調整が実際に利用しやすく,必要な場所で速やかに機能したかを確認する必要がある。
第3 室温28度と職場環境に関する基準
1 「28度」の正確な位置付け
環境省は,クールビズにおける「28度」を冷房の設定温度ではなく室温の目安として説明し,建物の状況,室内にいる人の体調,外気温及び湿度等を考慮して無理のない範囲で冷やし過ぎない室温管理を求めている。
厚生労働省の事務所衛生基準規則では,空気調和設備を設けている場合に,室温が18度以上28度以下になるよう努めることとされ,相対湿度は40%以上70%以下になるよう努めることとされている。一般的な事務作業の作業面については,300ルクス以上の照度基準が示されている。
もっとも,これらの数値は,室内の一点の温度だけで快適性や安全性が決まることを意味しない。同じ気温でも,湿度,気流,窓面や壁面からの放射熱,着衣,代謝量,体調及び暑熱順化によって人体への負担は変わる。
2 裁判所職員に関する法令・規程の構造
労働契約法は,第21条第1項により国家公務員及び地方公務員への適用を除外している。そのため,裁判所職員の執務環境を評価する際に,同法第5条だけを直接の根拠として扱うのは正確でない。
最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決(昭和48年(オ)第383号,民集29巻2号143頁)は,国が,公務遂行のために設置すべき場所,施設又は器具等の設置管理及び公務の管理に当たり,公務員の生命・健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負うとした。同判決は,その具体的内容が職種,地位及び具体的状況等によって異なることも示している。
裁判所職員健康安全管理規程8条は,健康管理者と安全管理者がアンケートや懇談会等により職員の意見を聴くよう努めるものとする。同規程17条は,中高年齢職員,健康障害を有する職員その他特に配慮を要する職員について,配置や業務遂行方法等に留意し,必要な指導又は助言をするものとする。同規程18条は,健康安全管理総括者が職員の健康保持のため勤務環境の整備について必要な措置を講ずるものとしている。
また,人事院規則10―4第15条の運用通知は,勤務環境について,事務所衛生基準規則等の規定の例による措置を講ずるものとしている。令和6年8月8日付人事院通知も,各府省に対し,設定温度にこだわらず,気象状況を考慮して空調を運用し,やむを得ず定時後も超過勤務をする職員がいる場合は空調設備を引き続き使用するよう求めている。この通知は裁判所宛ての直接の指示ではないが,公務部門における比較資料となる。
3 法的評価に必要な事実
室温が28度であったという一事だけで,安全配慮義務違反又は健康安全管理規程違反を判断することはできない。逆に,室温が数値基準の範囲内であったという一事だけで,必要な配慮が尽くされたと判断することもできない。
判断には,外気条件,各室の実測値,滞在時間,業務内容,個別調整の可否,健康上の配慮を要する職員への対応,申出後の措置及び予見可能な危険の程度が必要である。照明についても,節電のため一部を消灯したという事実だけでは足りず,実際の作業面照度を測定する必要がある。
第4 最高裁庁舎の建物特性と冷房運用
1 公開資料から確認できる建物の概要
最高裁庁舎は昭和49年3月に完成した鉄骨鉄筋コンクリート造の地下2階・地上5階建てであり,延べ面積は5万3923平方メートルである。庁舎の沿革資料と中長期保全計画からは,外装に石張り及び擬石吹付けが用いられ,長期間にわたり防水,外装,空調設備,照明及びサーバー室関連設備等の改修が行われてきたことが確認できる。
もっとも,これらの資料から,外壁,屋根及び内部空間の現在の熱貫流率,日射取得,熱容量,断熱性能,漏気量並びに階・方位ごとの温度分布を知ることはできない。修繕履歴が存在することから,現在の結露,漏水又は高湿度を推認することもできない。
2 蓄熱と予冷は建物ごとの検証課題であること
コンクリートや石材等の熱容量は,室温変動を緩和し,空調負荷の発生時刻をずらす方向に働くことがある。他方で,夜間に建物が十分に放熱しない場合や,日射,内部発熱及び外気条件が厳しい場合には,翌日の冷房開始時に除去すべき熱が残ることもある。
したがって,早朝の予冷又は夜間換気は検討に値する運用手法であるが,あらゆる日に有効な唯一の解決策ではない。建物管理システムの運転データ,代表室の温湿度,外気条件及び電力使用量を用いて,通常運転との比較試験又はシミュレーションを行う必要がある。
3 窓開け換気の評価
令和7年の方針は,窓や扉を常時開放せず,一定時間ごとに開閉して換気するものとしている。この方法による室温・湿度への影響は,外気の温度・露点,開口部の位置,風向・風速,機械換気量及び開放時間に左右される。
したがって,窓開け換気が常に室温上昇を抑えるとも,必ず高湿度や結露を生じさせるともいえない。外気条件と室内空気質を測定し,機械換気との役割分担を定めるのが相当である。
第5 温熱環境,健康及び執務能率
1 暑熱と熱中症を区別する必要
熱中症,特に熱射病は,中枢神経障害や多臓器障害を伴い得る生命に関わる病態であり,迅速な認識と冷却が重要である。他方で,室内気温が28度であることは,それだけで熱射病又は不可逆的な脳障害が生じていることを意味しない。
健康リスクを評価するには,室温だけでなく,湿度,気流,放射熱,曝露時間,水分摂取,着衣,基礎疾患,服薬,年齢及び症状を確認する必要がある。重篤な熱中症についての医学的知見を,通常の事務作業における特定の室温へそのまま当てはめることはできない。
2 室温と執務能率に関する研究の限界
室温と認知機能・執務能率の関係を扱う研究では,高温側又は冷房のない環境で反応時間や作業量が悪化したとの結果がある一方,26度から27度の環境で快適性や自己評価上の生産性が高かった小規模な無作為化クロスオーバー試験もある。近年の研究でも,主観的な快適性と客観的な課題成績は一致せず,課題の種類,温度範囲,湿度及び被験者特性によって結果が変わることが示されている。
したがって,「1度上がるごとに執務能率が一定割合で低下する」といった単一の換算式を,最高裁庁舎へそのまま適用することはできない。庁舎内で評価する場合は,職員の健康と快適性に加え,処理件数だけでなく,誤り,手戻り,集中度及び超過勤務時間等を複数の指標で確認する必要がある。
3 姫路市の25度設定試行から分かること
姫路市は令和元年7月16日から8月末まで,市役所本庁舎の執務室をおおむね25度に設定する試行を行った。市の報告では,「ちょうどよかった」が79%,疲労感が軽減したとの回答が83%,業務効率が向上したとの回答が85%,就業意欲が高まったとの回答が83%であり,光熱費は約7万円増加したとされる。
また,前年と比べた時間外勤務が1万7000時間を超えて減少し,市長は人件費換算で4000万円以上の節減になるとの見方を示した。他方で,市の会見では,前年の豪雨・台風対応,年ごとの気温・湿度,1年間だけの比較及び気候変動による偏りが限界として指摘され,複数年の検証が必要であることも認められている。
この試行は,室温変更をアンケート,エネルギー使用量及び超過勤務時間と併せて評価した点で参考になる。しかし,対照群を置いた実験ではなく,建物,業務,外気条件及び人員構成も最高裁庁舎とは異なるため,25度設定の因果効果を最高裁庁舎へ直接移すことはできない。
第6 検証可能な冷房運用にするための提案
1 代表地点の継続測定
少なくとも,方位,階,窓面からの距離及び在室密度が異なる代表地点で,気温,相対湿度,気流,平均放射温度,二酸化炭素濃度,照度及び必要に応じてWBGTを継続測定することが望ましい。時刻,外気条件,空調の運転状態及び在室人数と結び付ければ,室温上昇の原因と対策を分けて検討できる。
職員アンケートは,単なる満足度だけでなく,暑さ・寒さ,眠気,頭痛,集中困難,発汗,冷房延長又は個別調整の申出及び対応結果を,個人が特定されない形で記録するのが有用である。健康上の配慮を要する職員については,一律運用とは別に,迅速な個別対応の経路を確保する必要がある。
2 運転方法の比較試験
現行文書が認める個別調整,運転時間の延長,扇風機の利用及びブラインド調整について,利用件数と効果を記録することが出発点となる。その上で,早朝予冷,気象予報に応じた運転開始,階・方位ごとの運転変更及び窓開け換気の条件設定を,小規模な比較試験として実施することが考えられる。
比較では,電力使用量だけでなく,最大需要電力,室内環境,体調申告及び執務指標を同時に見る必要がある。気象条件を補正せずに前年同時期と比べるだけでは,運転変更の効果を分離しにくい。
3 評価結果の公表
節電方針が「執務環境への影響」を勘案するとしている以上,その影響をどの指標で測り,どの条件で運用を変更したかを示すことには意味がある。個人情報と庁舎管理上の機微情報を除いた集計値として,温湿度の分布,例外運転の利用状況,エネルギー削減量及び改善措置を公表すれば,方針の検証可能性が高まる。
令和7年の文書は,28度という一つの数値だけで完結する方針ではなく,個別調整と例外運転を組み込んでいる。今後の評価では,これらの仕組みが実際に機能したことを測定記録で示せるかが重要である。
第7 出典・参考資料
1 最高裁判所庁舎・令和7年方針関係
① 最高裁判所庁舎における夏季の節電について(令和7年6月24日付最高裁判所経理局管理課文書)
② 最高裁判所庁舎の冷房運転の運用について(令和7年6月24日付)
2 法令・裁判例・公的基準
① 労働契約法
② 最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決(昭和48年(オ)第383号)
④ 人事院規則10―4(職員の保健及び安全保持)の運用について
⑤ 快適で安全な執務環境の確保について(令和6年8月8日付人事院事務総局職員福祉局長通知)
3 建築環境・運用資料
① Passive Design Techniques(米国エネルギー省)
② Precooling and EnergyPlus Case Study(米国エネルギー省)
③ 姫路市長定例記者会見(令和元年7月1日,国立国会図書館WARP保存)
④ 姫路市長定例記者会見(令和元年10月7日,国立国会図書館WARP保存)