第1 裁判官の法服の根拠と呼称
1 現行規則
裁判官の法服の根拠は,裁判官の制服に関する規則(昭和24年4月1日最高裁判所規則第5号)である。同規則は,裁判官が法廷で制服を着用すること及び制服について必要な事項を最高裁判所が別に定めることを定めている。
同規則は,平成4年7月29日最高裁判所規則第9号により改正されており,その後の改正は国立国会図書館の日本法令索引では確認できない。最高裁判所規則はe-Gov法令検索の収録対象ではないため,本記事では,制定時の官報及び日本法令索引によって規則の本文及び改正経過を確認した。
2 「法服」と「制服」
日常的には「法服」と呼ばれるが,現行の規則及び通達が用いる法令上の名称は「制服」である。したがって,「法服」は一般的な呼称であり,「裁判官制服」は規則・通達・調達資料で用いられる正式な呼称である。本記事では,読者になじみのある「法服」を基本にしつつ,規則,通達又は契約書の内容を説明するときは「制服」と表記する。
第2 現行法服の制式と素材
1 平成4年通達と平成14年改正
法服の色及び形は,「裁判官の制服について」(平成4年7月29日総一第166号事務総長依命通達)によって具体化されている。同通達は,制服を黒色とし,男性用を別紙第1,女性用を別紙第2のとおりとする。
公開されている通達には,平成14年10月31日総一第368号による改正の表示がある。もっとも,今回確認できた公開資料には改正前後対照表又は改正通達の本文が含まれていないため,平成14年改正の具体的内容までは確認できない。
2 男性用と女性用
高部眞規子裁判官は,「法服あれこれ」において,昭和56年に裁判官になった当時は男性用しかなく,女性裁判官も男性用の小さいサイズを着用していたと述べている。
平成4年の通達では女性用法服が設けられ,男性用とは前合わせが逆になり,女性を基準としたサイズ,縦型のポケット及び白いスカーフが採用されたと説明されている。これは着用経験に基づく説明であり,スカーフの使用状況等は個々の裁判官によって異なり得る。
3 現在確認できる素材
平成28年11月4日付け契約書及び仕様書によれば,裁判官制服の表地は,経糸がポリエステル100%,緯糸が再生ポリエステル100%であり,制電性を持たせるため導電性繊維が一定の間隔で配置されている。裏地もポリエステル100%である。
したがって,少なくとも同契約の仕様については,「ナイロン製」ではなく,ポリエステルを基本とし,再生ポリエステル及び導電性繊維を用いた生地である。前記「法服あれこれ」も,現在の生地を化繊のポリエステルとし,以前の法服は羽二重の絹であったと説明している。
4 支給後の取扱い
法服の支給後の取扱いについては,最高裁判所経理局用度課管理係が作成した新任判事補向け文書も公開している。
裁判官制服について(最高裁判所経理局用度課管理係の文書)→73期新任判事補向けの文書 を添付しています。 pic.twitter.com/dhs5kIxX1r
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) November 14, 2021
第3 法服を着る場面
1 公開法廷と非公開期日
裁判官の制服に関する規則は,裁判官が法廷で制服を着用するものとしている。横浜地方裁判所の「教えて!裁判官」8頁も,法服は法廷へ行くときだけ着用し,執務室では着用しないと説明している。
前記「法服あれこれ」によれば,公開法廷では法服を着用する一方,非公開の和解期日及び弁論準備手続期日では着用しないという実務である。
2 ラウンドテーブル法廷
ラウンドテーブル法廷は,裁判官と当事者が円形又は楕円形のテーブルを囲み,話合いをしやすくすることを意図した法廷である。裁判所公刊の「コートに吹く風は」7頁は,簡易裁判所のラウンドテーブル法廷で,当事者が話しやすい雰囲気を作るため,裁判官が法服を着用しない運用を紹介している。
札幌地方裁判所委員会の第26回議事概要5頁も,通常は法服を着用するのが原則である一方,ラウンドテーブル法廷では法服を着用しない裁判官が多いと説明している。
規則の文言は「法廷」における着用を定めているが,今回確認した公開資料からは,この運用との法的関係を説明する規則,通達又は裁判官会議議事録を確認できなかった。したがって,規則上の着用義務と,裁判所自身が公表しているラウンドテーブル法廷の運用とは,区別して理解する必要がある。
3 夏季の服装
「夏季における法廷の服装について」(昭和26年7月30日総一第121号)は,検察官,弁護士及び裁判所書記官等の服装に具体的な定めがないことを前提に,夏季の開襟シャツ等について,法廷の品位を失わず裁判所の威信を損なわない限度で差し支えないと回答している。
また,「裁判所書記官の職服に関する規程の運用について」(昭和30年7月18日総総第386号)は,酷暑の時期,裁判長又は一人の裁判官が,法廷の品位を害しないよう配慮した上で,裁判所書記官等の職服の着用を適宜取り扱って差し支えないとしている。
第4 裁判所書記官と裁判員の服装
1 裁判所書記官の職服
裁判官の法服と裁判所書記官の職服は,外見が似ていても別の制度である。裁判所書記官の現行職服は,「裁判所書記官の職服に関する規程」(昭和27年4月24日最高裁判所規程第9号)を根拠とし,「裁判所書記官の職服について」(平成4年7月29日総一第167号事務総長依命通達)により制式が具体化されている。
前記平成28年仕様書では,裁判所書記官職服も,裁判官制服と同様に,ポリエステルを基本とする表地及び裏地を用いるものとされている。
2 裁判員の服装
裁判員には法服が支給されず,服装について具体的な定めもないため,裁判所の裁判員制度Q&Aは普段着でよいとしている。
平成30年5月9日の衆議院法務委員会で,最高裁判所総務局長は,裁判員制度が国民に国民として参加してもらう制度であるため,服装を自由とし,法服を着用させていない旨を答弁した。裁判官と裁判員は一つの合議体を構成するが,制服の有無は,それぞれの責任の軽重を示すものではなく,職業裁判官と市民参加という制度上の立場の違いによるものと説明されている。
第5 法服の意味と黒色の説明
昭和59年4月7日の参議院法務委員会における最高裁判所総務局長答弁は,法服着用の実質的な理由として,法廷の厳粛性及び秩序を保つこと,裁判官の公正さと職責の厳しさを外観に表すこと並びに裁判官自身に職責を自覚させることを挙げている。平成30年5月9日の衆議院法務委員会答弁も,同じ趣旨を説明している。
前記「コートに吹く風は」11頁では,裁判官が,法服を着て法廷に入るときに,生身の個人から国民が期待する裁判官に変わり,私心を去って公正な訴訟指揮と客観的・合理的な判断をする気構えを整えるという職業経験を語っている。
他方,黒色について,平成30年の答弁は,黒はほかの色に染まらないため公正さを象徴するとの説明が一般にされることが多いと紹介するにとどまる。そのため,「黒色に決めた公式の制定理由」が確認されたものではなく,現在広く用いられている象徴的な説明として位置付けるのが正確である。
第6 法服の購入契約
1 平成28年契約から分かること
平成28年11月4日付け契約では,裁判官制服130着の税抜単価は1万4250円,税抜金額は185万2500円であり,裁判所書記官職服270着の税抜単価は1万円,税抜金額は270万円であった。契約全体の税抜金額は896万5940円,消費税額は71万7275円,税込総額は968万3215円である。
もっとも,これらは平成28年契約における数量,単価及び仕様であり,現在の支給数量又は単価を示すものではない。また,同契約の支出が特定の予算科目にどのように対応するかは,公開された契約書だけからは確認できない。
2 令和7年契約と契約監視
最高裁判所は,令和7年9月24日,株式会社ブコウとの間で「裁判官制服等の購入」を1823万9540円で契約した。契約公表資料によれば,契約方式は一般競争入札であり,予定価格と契約金額は同額,落札率は100%であった。
令和8年1月21日の最高裁判所契約監視委員会議事概要は,供給物審査に合格した2社の参考見積りと過去の実績を比較して予定価格を定めたこと,布の材質等の仕様が固定化されているため例年の落札額の変動が小さいこと及び入札参加者が2社に固定化する傾向があることを説明している。同議事概要には,新規事業者への声掛けを進める旨も記載されている。
契約金額は「裁判官制服等」一式に係る契約全体の金額であり,この公表資料だけでは裁判官制服1着当たりの最新単価までは分からない。
第7 明治期から現行法服までの沿革
1 明治23年の法服
裁判所構成法114条は,公開法廷で,判事,検事及び裁判所書記が一定の制服を着用し,審問に参与する弁護士も一定の職服を着用することを定めていた。明治23年10月22日勅令第260号は,判事,検事,裁判所書記及び執達吏の服制を具体化した。
法服は黒地を基本とし,判事は深紫,検事は深緋,裁判所書記は深緑の装飾を用いた。判事の桐花の数は,大審院が7個,控訴院が5個,地方裁判所及び区裁判所が3個とされ,所属する裁判所の等級も外観に表された。
国学者で東京美術学校教授であった黒川真頼が,司法大臣山田顕義の依頼を受け,古代の官服を想起させる意匠と西洋のガウンを折衷して考案したとされる。当時の法服には法冠も伴い,現在の単純な黒いガウンとは大きく異なっていた。
2 戦後の切替え
戦前の服制は昭和22年まで用いられ,裁判所法の施行に伴って法的根拠を失った。昭和24年4月1日,裁判官の制服に関する規則により,裁判官について黒色羽二重のガウン型法服が制度化された。
七戸克彦「現行民法典を創った人びと(27)・外伝22 Jバッジ」59頁~61頁は,この法服の考案者を東京美術学校教授の高田正二郎とする。
その後,裁判所書記官の職服は昭和27年4月24日最高裁判所規程第9号,廷吏の職服は昭和29年4月24日最高裁判所規程第2号により,それぞれ制度化された。したがって,裁判官と裁判所書記官の現在のガウン型服制がいずれも昭和24年に同時に始まったわけではない。
第8 弁護士の法服と現在の服装
1 戦前の弁護士職服
明治26年司法省令第4号は,弁護士が法廷で着用する職服及び法冠を定めていた。弁護士の刺繍は白色であり,判事及び検事の法服と異なり,桐花は付されなかった。
大阪弁護士会友新会の公開史料によれば,戦前の大阪弁護士会の控室には法服箱があり,各弁護士は自分の法服を着て法廷へ出ていた。
2 戦後の復活論と現在
牧野剛「戦後に起こった弁護士の『法服復活』論」『弁護士ドットコムタイムズ』58号44頁~45頁によれば,戦後に弁護士の法服及び法冠の法的着用義務がなくなった後,昭和26年頃から法服復活論が唱えられ,東京弁護士会の決議を経て日弁連に建議され,「法服着用制度復活建議調査委員会」が設けられた。同稿は,昭和32年当時,法服復活に賛成する弁護士会が過半数であったと紹介している。
賛成論は法廷の厳粛性,裁判の威信及び法曹の職責を外観により示すことを重視し,反対論は新憲法下の法廷の自由な雰囲気,権威主義又は神秘主義を強める危険及び裁判官・検察官・弁護士の外観上の序列化を問題とした。もっとも,同稿が出典として掲げる当時の『自由と正義』及び日弁連委員会の原資料は,公開資料からは確認できなかったため,以上は同稿による紹介である。
現在,弁護士の法廷での服装を具体的に定める法令はない。高野隆・河津博史『刑事法廷弁護技術〔第2版〕』(日本評論社,2024年)8頁も,服装は法的には自由であるとした上で,依頼者との関係及び専門職として与える印象を考えて選択すべきであると指摘している。
出典・参考資料
1 規則・通達
① 裁判官の制服に関する規則(昭和24年4月1日最高裁判所規則第5号)・日本法令索引
② 昭和24年4月1日付け官報
③ 裁判官の制服について(平成4年7月29日総一第166号,平成14年10月31日改正)
④ 裁判所書記官の職服について(平成4年7月29日総一第167号)
⑤ 夏季における法廷の服装について(昭和26年7月30日総一第121号)
⑥ 裁判所書記官の職服に関する規程の運用について(昭和30年7月18日総総第386号)
2 公的資料・国会会議録
① 横浜地方裁判所「教えて!裁判官」8頁
② 札幌地方裁判所委員会第26回議事概要5頁
③ 裁判所「コートに吹く風は」7頁・11頁
④ 裁判員制度Q&A
⑤ 参議院法務委員会昭和59年4月7日会議録
⑥ 衆議院法務委員会平成30年5月9日会議録
⑦ 平成28年11月4日付け裁判官制服等購入契約書及び仕様書
⑧ 最高裁判所令和7年9月契約公表資料
⑨ 最高裁判所契約監視委員会令和8年1月21日議事概要
3 歴史資料
① 裁判所構成法・日本法令索引
② 裁判所構成法・国立公文書館御署名原本
③ 判事検事裁判所書記及執達吏制服・国立公文書館デジタルアーカイブ
④ 広島高等裁判所「明治時代の法服(復元)」
⑤ 法務省「日本の陪審法廷(当時)の様子」
⑥ 大阪弁護士会友新会「戦前の法廷・法服」
4 文献
① 高部眞規子「法服あれこれ」
② 岡本真希子「植民地台湾における官服と法服」『社会科学』51巻2号17頁~18頁・27頁
③ 七戸克彦「現行民法典を創った人びと(27)・外伝22 Jバッジ」『法学セミナー』56巻7号59頁~61頁
④ 牧野剛「戦後に起こった弁護士の『法服復活』論」『弁護士ドットコムタイムズ』58号44頁~45頁
⑤ 高野隆・河津博史『刑事法廷弁護技術〔第2版〕』(日本評論社,2024年)8頁