第1 若手弁護士の年収中央値を知る前に
1 日弁連調査で確認できる数値
日弁連の2023年弁護士実勢調査では,経験5年未満として整理された司法修習71期から74期の回答者について,前年分の収入の中央値は550万円,所得の中央値は300万円であった。
これは2022年分の調査結果であり,現在の新人採用の給与額や,弁護士1年目だけの中央値を示すものではない。
本記事は,『弁護士白書2023年版』145頁~147頁に基づき,若手の数値の対象と読み方を令和8年10月31日時点で整理する。
年収という言葉だけでは給与,収入,所得の区別がつかないため,表では原資料の項目名を用いる。
| 対象 | 収入の中央値 | 所得の中央値 |
|---|---|---|
| 71期から74期の回答者 | 550万円 | 300万円 |
| 調査全体の回答者 | 1500万円 | 800万円 |
若手の収入の回答者数は277人,所得の回答者数は258人である。
調査全体では収入が1954人,所得が1839人であり,各欄の回答者数は同じではない。
2 全体の中央値との役割分担
全年代を含む所得の水準や長期の変化,国税庁の統計との違いは,弁護士の所得の平均値と中央値の推移で整理している。
本記事では,若手の進路検討で混同しやすい対象年,経験年数,年齢及び給与条件に焦点を当てる。
第2 「収入550万円」と「所得300万円」の違い
1 二つの中央値の差は経費の中央値ではない
白書は収入と所得を別の項目として集計している。
2023年調査の回答は確定申告書や給与所得の源泉徴収票を基礎としており,確定申告書による回答には,弁護士活動以外の事業や不動産による収入等が含まれている可能性がある。
収入の中央値550万円から所得の中央値300万円を引いても,若手弁護士の経費の中央値が250万円であるとは計算できない。
二つの中央値が同じ人の収入と所得を示すとは限らず,回答者数も異なるためである。
2 所得と手取りを区別する
所得の中央値300万円を,税金や社会保険料等を差し引いた後の手取り額の中央値に読み替えることもできない。
手取りを検討する場合は,給与と個人で受任した事件の報酬の有無,自己負担する費用,控除される金額など,本人の条件を別に確認する必要がある。
第3 調査年,所得の年,経験年数の数え方
1 2023年調査が尋ねたのは前年分である
白書の表の年は調査を実施した年であり,収入と所得はその前年のものである。
「2023年の年収」とだけ紹介すると,対象となる年が分かりにくくなるため,「2023年調査・2022年分」と併記するのが適切である。
この白書の数値だけから,2026年の若手弁護士の実収入や所得の中央値を確定することはできない。
過去の調査結果を現在の就職条件と比較する場合は,対象年が異なることを前提にする必要がある。
2 修習期から推定した経験区分である
白書の注記によれば,2023年調査では弁護士経験年数を直接尋ねず,司法修習期を基に経験年数を推定している。
「司法修習期が無い」と回答した会員の収入・所得は,修習期別の表に含まれていない。
また,75期は弁護士業務への従事が1年に満たないため,収入・所得の分析から除かれている。
この除外条件からも,71期から74期の数値を「入所直後の新人の年収」として使うことはできない。
第4 弁護士1年目や20歳代の中央値と同じか
1 「5年未満」は1年目だけの集計ではない
71期から74期の欄は,複数の修習期の回答をまとめたものである。
初年度の給与を知りたい場合には,対象が入所1年目か,暦年の実績か,通年勤務を前提とする提示額かを確認する必要がある。
例えば,年の途中で登録した人のその年の実収入と,12か月働くことを前提とした募集年収は,対象期間が異なる。
勤務開始時点や賞与の条件を確かめず,両者を直接比較しないようにしたい。
2 修習期と年齢は異なる区分である
同じ修習期でも,司法試験合格前の経歴や年齢は一様ではない。
したがって,修習期別の中央値を,そのまま20歳代又は30歳代の中央値として表示することはできない。
白書146頁には年齢別の収入・所得の分布もあるが,これは修習期別の表とは別の集計である。
年齢別の分布の階級から厳密な中央値の金額を確定したり,最も人数の多い階級を中央値と呼んだりしないことも必要である。
第5 経験区分ごとの中央値をどう比較するか
白書147頁の2023年調査の欄から,比較のために三つの区分を取り出すと,次のようになる。
経験区分はいずれも修習期を基にした原資料の整理であり,対象となる収入・所得は2022年分である。
| 原資料の経験区分 | 修習期 | 収入の中央値 | 所得の中央値 |
|---|---|---|---|
| 5年未満 | 71期から74期 | 550万円 | 300万円 |
| 5年以上10年未満 | 66期から70期 | 1027万円 | 650万円 |
| 10年以上15年未満 | 61期から65期 | 1800万円 | 860万円 |
この表は異なる回答者の集団を同じ調査で比べたものであり,同じ弁護士を継続して追跡した結果ではない。
現在の若手が5年後又は10年後にこの金額へ達することや,経験年数だけで差が生じたことを示すものではない。
第6 進路や就職条件と比較する際の確認点
就職先や働き方を検討する際は,統計の中央値に加えて,実際に提示される条件を同じ単位にそろえる必要がある。
次の表は,統計の数値を個別の条件へ機械的に当てはめないための確認項目である。
| 確認する項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 金額の範囲 | 給与,報酬,個人事件の収入,賞与等のどれを含むか |
| 対象期間 | 入所初年度の実績か,12か月勤務を前提とする提示額か |
| 自己負担する費用 | 弁護士会費,業務用の費用などを誰が負担するか |
| 変動する部分 | 個人事件の受任,業績,賞与等により変わる部分があるか |
| 働き方 | 勤務形態,業務内容,勤務時間等が自分の希望に合うか |
求人の募集年収は募集条件についての情報であり,白書の回答者が前年に得た収入・所得とは性質が異なる。
また,個々の法律事務所の公表例だけで,若手弁護士全体の中央値を決めることはできない。
第7 よくある疑問
1 若手弁護士の年収中央値は550万円か300万円か
日弁連2023年調査の71期から74期の回答者については,前年分の収入の中央値が550万円,所得の中央値が300万円である。
どちらの項目を示すか,調査年と対象年を付けて説明する必要がある。
2 弁護士1年目の年収中央値も550万円か
この調査結果からは判断できない。
複数の修習期をまとめた集計であり,業務への従事が1年に満たない75期も分析から除かれているためである。
3 所得中央値300万円は手取りか
手取りの中央値を示す数値ではない。
本人の給与・報酬の受取り方,負担する費用や控除等を別に確認する必要がある。
4 若手の数値を現在の弁護士全体の年収として紹介できるか
若手の特定の回答者集団についての過去の調査結果であるため,そのように一般化することはできない。
全体の数値を知りたい場合も,対象者,所得の範囲,調査年及び平均値の算出方法を確認する必要がある。
第8 関連記事と出典
1 関連記事
2 主な出典
日本弁護士連合会『弁護士白書2023年版』145頁~147頁「弁護士の収入・所得」「経年変化比較」。
原資料PDF
145頁は調査全体の数値・回答者数及び75期の除外,146頁は年齢別の分布,147頁は修習期別の数値・対象年・調査方法に関する注記の参照箇所である。