第1 この記事の対象と結論
平成27年司法試験刑事系第1問(刑法)は,書類の持出し,鞄の取戻し,持出しの依頼及び逮捕されるための持去りを素材に,財産犯の占有・故意・共犯と錯誤の処理を問う問題である。
本記事は,法務省の出題の趣旨及び採点実感の第1問を読み,32の評価項目と模範解答を独自に整理したものである。
重みは法務省の配点・採点基準の再現ではなく,記事独自の学習上の重要度である。
条文は試験当時のものにより,裁判例は第7の3に示す範囲で原文を確認した。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 平成27年司法試験・刑事系第1問(刑法) |
| 公式問題文 | 平成27年司法試験論文式試験問題・刑事系科目(PDF2頁~3頁) |
| 答案の基準時 | 平成27年の試験実施時。現在の拘禁刑の表記を当時の答案に持ち込まない。 |
| 読んだ資料 | 問題(PDF2頁~3頁),出題の趣旨(PDF12頁~15頁の第1問),採点実感(PDF1頁~6頁の第1問) |
| 評価項目 | 32項目。うち重み5は5項目。表示上の重みの合計121 |
| 中心事項 | 保護法益と242条,認識の区別,誤想防衛の故意責任,乙の錯誤,丙の利用処分意思 |
| 答案分量 | 4185字(答案本文の見出し・空白・末尾「以上」を含み,改行を除く)。上限5000字 |
| 主要判例 | 最高裁昭和45年12月22日決定(ひったくり),最高裁平成元年7月7日決定(242条),最高裁平成16年11月30日決定(不法領得の意思)等。確認の範囲は第7の3による |
| 試験後の改正 | 現行刑法の拘禁刑の表記は当時の懲役と異なる。答案は当時の刑名による |
| 確認日 | 令和8年10月31日 |
答案例は,甲の書類窃盗と建造物侵入,Cに関する誤想防衛による故意責任否定と過失傷害,乙の教唆,丙の不法領得意思及び器物損壊の否定を採る。
これは本記事の構成であり,公式資料が唯一の結論として指定したものではない。
第4で評価項目,第5で答案例と評価項目の対応を示す。
条件付きの項目は,採用しなかった構成を同時に要求するものではない。
第2 評価項目の示し方と重み付けの基準
1 評価項目の示し方
一行を一つの判定対象に分け,規範,理由,事実評価,効果,誤りの回避を区別した。
資料欄の頁は法務省の公式PDFの頁を示す。
「間接」は関連する記述から本記事が抽出した項目,「対象範囲に対応記載なし」は第1問の範囲を読んで対応する記述がなかった項目である。
適用条件は項目文の先頭に明示する。
別解の条件を満たさない行は,その答案の必須要件でも自動的な失点でもない。
注意項目を他の同一内容に重ねて二重に加点・減点しない。
2 5段階の重み付けの基準
| 重み | 基準 | 件数 |
|---|---|---|
| 5 | 設問の結論を大きく分ける核心 | 5 |
| 4 | 結論を理由付きで支える主要な論証・当てはめ | 16 |
| 3 | 通常押さえる法的処理・事情の評価 | 10 |
| 2 | 補強説明・個別事情・誤りの注意 | 1 |
| 1 | 補充的記述 | 0 |
重みは資料への登場回数だけで決めず,本問での役割を基準にした。
両資料に記載があることを重み4の必須条件とはしない。
各段階に件数を割り当てておらず,重み1は0件である。
第3 本問の概要
1 問題文と事実関係
公式問題文は平成27年司法試験論文式試験問題・刑事系科目の第1問である。
甲はA社の新薬開発部の部長だったが,乙から300万円と地位の提供を受ける約束で製造方法の書類を渡すと承諾した。
その後,甲は財務部経理課へ異動し,後任の部長に引継ぎをして金庫の暗証番号を伝えた。
甲は,部内会議で無人になった部屋から書類10枚を持ち出した。
乙は持出し後に異動を知った。
甲は駅の待合室のベンチに書類入りの鞄を置いて切符を買いに行った。
丙は逮捕・留置により寒さをしのごうと考え,約1分後に鞄を持ち去り,直ちに近くの交番へ行って警察官に渡した。
券売機と待合室の出入口は直線20メートルで,券売機に向かって立つと待合室は見えない。
甲は同じブランド・色・大きさの鞄を持つCを見掛け,待合室のベンチから自分の鞄が無くなっていたことから,Cが盗んだと思い込んだ。
甲は呼掛けに応じないCから鞄を引っ張って取り上げ,Cは引っ張られた弾みで通路に手を付き,手の平を擦りむき,加療1週間の傷害を負った。
Cの鞄はC自身の物だった。
2 設問が求めること
| 設問 | 立場・対象 | 指定・仮定・除外 | 到達点 |
|---|---|---|---|
| 第1問 | 甲・乙・丙の罪責 | 特別法違反を除く。Cの鞄はC自身の物という与件を維持する。 | 各行為の成立要件,錯誤・正当化,関与形態,成立罪と罪数を一貫して論じる。 |
第4 評価項目と重み
1 甲の書類持出し
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 独立した部署の部屋への立入りについて,侵入の意義と事実を示し,建造物侵入罪の成否を簡潔に論じる。 | 3 | 12頁 | 3頁 |
| 2 | 書類の占有主体を後任部長と特定し,異動・引継ぎと暗証番号の知識を区別して甲の占有の帰属を判断する。 | 4 | 12頁 | 3頁 |
| 3 | 【誤りの回避】【適用条件:書類の窃盗を認める答案】横領を否定したことだけで窃盗を肯定せず,書類に係る窃盗の客観的・主観的構成要件を積極的に検討する。 | 3 | 間接:12頁 | 3頁 |
| 4 | 【適用条件:甲の書類占有が異動後も残るとする構成】甲の占有が残ると考える場合も,後任部長の共同占有を踏まえ,他の占有者を排除する持出しの意味を検討する。 | 4 | 12頁 | 3頁 |
| 5 | 【誤りの回避】【適用条件:12月1日の横領既遂の可能性を扱う答案】12月1日の将来の持出しの承諾だけを,横領罪の実行行為として扱わない。 | 3 | 対象範囲に対応記載なし | 3頁 |
2 甲によるCの鞄の取戻し等
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 6 | ひったくりの態様について,暴行が意思の抑圧に向けられたかとその程度を検討し,強盗と窃盗を区別する。 | 4 | 12頁 | 3頁・4頁 |
| 7 | 窃盗・強盗の保護法益について自説を示し,242条の他人占有の自己物の範囲をその自説と整合させる。 | 5 | 13頁 | 4頁 |
| 8 | Cの鞄を自己の鞄と信じた点を,構成要件該当事実の認識の問題として処理し,侵害の存在を誤信した問題と区別する。 | 5 | 13頁 | 4頁 |
| 9 | 【適用条件:傷害罪を検討する構成】鞄を引く行為の人への有形力と暴行の認識,傷害結果との因果関係から,傷害の構成要件該当性を検討する。 | 3 | 13頁 | 3頁 |
| 10 | 現実のCの適法な所持と,甲が認識した盗取・奪還の事態を区別して,現実の正当防衛と誤想の問題を整理する。 | 3 | 間接:13頁 | 間接:4頁 |
| 11 | 窃盗の既遂時期と侵害の急迫性の終了は一致するとは限らないことを踏まえ,認識上の急迫性と検討する正当化事由を判断する。 | 4 | 13頁 | 4頁 |
| 12 | 認識した事情を基礎に,取り返そうとした権利と防衛又は自救の意思を具体的に示す。 | 3 | 13頁 | 間接:4頁 |
| 13 | 防衛又は自救の必要性の意味を示し,返還要求への不応や持去りの状況等を要件に即して評価する。 | 4 | 13頁 | 4頁 |
| 14 | 【誤りの回避】傷害が生じた結果だけで過剰とせず,認識上の侵害に対する手段・力の程度等から相当性を具体的に判断する。 | 4 | 13頁 | 4頁 |
| 15 | 故意責任の根拠を踏まえ,認識した事実が正当化事由の要件を満たす場合に,事実の錯誤が故意責任へ与える効果を説明する。 | 5 | 13頁 | 4頁 |
| 16 | 【適用条件:認識した事情を前提としても過剰とする構成】認識した事情によっても行為が過剰である場合は,故意を直ちに否定せず,傷害等の成立と過剰による減免を区別する。 | 4 | 13頁 | 4頁 |
| 17 | 【適用条件:急迫性を否定し,誤想自救行為として処理する構成】自救行為を採る場合は,正当防衛より厳格な要件を踏まえて認識事実を当てはめ,不成立から故意を自動的に肯定しない。 | 4 | 13頁 | 4頁 |
| 18 | 【適用条件:誤想防衛又は誤想自救行為により故意責任を否定する構成】故意責任を否定した場合は,侵害についての誤信に過失があるかを別に検討し,過失傷害の成否まで示す。 | 4 | 13頁 | 4頁 |
| 19 | 甲に成立するとした各罪の罪数関係を,採用した構成と整合する形で示す。 | 3 | 13頁 | 対象範囲に対応記載なし |
3 乙の罪責
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 20 | 実行行為をしない乙について,共謀共同正犯の肯否を成立根拠・要件に触れて簡潔に論じる。 | 3 | 14頁 | 1頁・2頁 |
| 21 | 共同正犯と教唆の区別基準を示し,乙の利益,働き掛け,役割,甲の実行への関与等を評価して関与形態を決める。 | 4 | 14頁 | 4頁 |
| 22 | 甲の異動後の持出しが,乙との共謀又は乙の教唆行為によるものか,働き掛けと実行の因果性を簡潔に説明する。 | 3 | 14頁 | 2頁 |
| 23 | 業務上横領の認識と窃盗の実行のずれを,異なる構成要件にまたがる事実の錯誤として位置付ける。 | 4 | 14頁 | 2頁 |
| 24 | 故意責任を踏まえた自己の判断基準で両罪の実質的な重なりを検討し,保護法益や行為態様と事実を理由付けて結論する。 | 5 | 14頁 | 5頁 |
| 25 | 【適用条件:構成要件の重なりを肯定する構成】重なりを肯定する場合は,業務上横領と窃盗又は身分処理後の単純横領と窃盗の重軽を,比較順序と選択刑に整合する形で判断する。 | 4 | 14頁 | 対象範囲に対応記載なし |
| 26 | 【適用条件:身分処理を先に行い,単純横領との重なりを基準にする構成】非占有者・非業務者である乙について65条の成立と科刑を区別し,単純横領の通常刑を基準とする構成を一貫させる。 | 4 | 14頁 | 対象範囲に対応記載なし |
4 丙の罪責
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 27 | 占有の事実と意思を踏まえ,距離,時間,離席目的,視認関係,施設の開放性等を支配の要件へ結び付ける。 | 4 | 14頁 | 5頁 |
| 28 | 甲の占有を肯定するか否定するかに応じて,窃盗又は占有離脱物横領の客観的構成要件を検討する。 | 3 | 14頁 | 間接:2頁 |
| 29 | 不法領得の意思を必要とする理由と,その排除意思・利用処分意思の内容を,毀棄行為との区別を意識して説明する。 | 4 | 14頁・15頁 | 5頁 |
| 30 | 物の本来の用途と何らかの用途による利用処分の範囲を考え,刑務所志願の目的,直ちに交番へ渡す行動を自説と整合させて評価する。 | 5 | 14頁・15頁 | 5頁 |
| 31 | 【誤りの回避】【適用条件:丙の不法領得意思を否定する構成】不法領得意思を否定した場合も直ちに無罪とせず,器物損壊の効用侵害と故意を具体的に検討して結論する。 | 4 | 15頁 | 5頁 |
| 32 | 【適用条件:丙に窃盗又は器物損壊が成立するとする構成】丙に窃盗又は器物損壊が成立するとする場合は,直ちに警察官へ申告した事実に即して自首の成否を検討する。 | 2 | 15頁 | 対象範囲に対応記載なし |
5 重みの分布
重み5は5個,4は16個,3は10個,2は1個,1は0個である。
総項目数N=32,表示上の重み合計W=121となる。
重み5は,番号7の保護法益と242条,8の構成要件と正当化事情に係る認識の区別,15の故意責任阻却の理由,24の乙の実質的重なり,30の丙の利用処分意思である。
条件付きの別構成を含む表示行全体の合計を,そのまま答案得点の分母にしない。
第5 模範解答
1 答案の前提と表記
以下は本記事の独自の答案例であり,公式答案ではない。
試験当時の刑法を前提とし,特別法違反を除く。
甲の占有喪失,Cの鞄についての占有説,認識上相当な防衛,乙の教唆と身分処理先行,丙の利用処分意思及び損壊否定へ構成を統一した。
異なる立場に固有の検討は解説で分ける。
答案本文は4185字で,改行を除き,見出し・空白・末尾「以上」を含む。
答案の大区分は第1~第3,各区分を1・(1)等に分ける。
判例は解説及び第7の3で示し,答案本文には判例名を付していない。
2 答案
第1 甲の罪責
1 新薬の書類の持出し
(1) 甲の入室には建造物侵入罪(刑法130条前段。以下,法名を省略する。)が成立する。
「侵入」は管理権者の意思に反する立入りをいう。
新薬開発部の部屋は他部署から独立し,業務と情報が管理されている。
既に他部署へ異動した甲が,有給休暇の手続後,部内会議で無人になった隙を選び,書類を盗むために入ることは,管理権者の意思に反する。
社員に通常認められる入館と,独立部署への窃盗目的の立入りは区別すべきである。
(2) 書類の持出しには窃盗罪(235条)が成立する。
製造方法という情報そのものとは異なり,情報が記載された10枚の紙はA社所有の有体物で,利用価値のある「他人の財物」である。
「窃取」は,他人の占有を意思に反して排除し,自己又は第三者の占有へ移すことをいう。
甲は当初,部長として書類を業務上占有していたが,異動時に後任部長へ書類の管理と金庫の暗証番号を引き継いだ。
その結果,占有の主体は後任部長となり,甲はその占有を失った。
暗証番号を知っていて開錠できることと,書類に対する管理・支配が委ねられていることとは異なる。
A社が所有者であることと,後任部長が占有者であることも区別する。
甲は,後任部長に無断で書類を金庫から取り出し,持参した鞄へ収納して部屋から持ち去り,その占有を自己へ移した。
競合会社に渡して報酬と転職の利益を得る目的で,権利者を排除して書類の効用を自己のために利用する意思もある。
よって窃盗は既遂であり,自己占有を前提とする業務上横領罪(253条)ではない。
12月1日の将来の持出しの承諾だけで,横領の実行行為を認めることもできない。
2 Cに対する行為
(1) まず財産犯の構成要件を検討する。
現実のCの鞄は他人所有・他人占有の財物であり,甲はこれをCの意思に反して取り上げた。
鞄を引いた行為については,強盗罪(236条)の暴行といえるかが問題となる。
同罪の暴行は意思の抑圧に向けられ,反抗を抑圧するに足りるものを要する。
本件は鞄自体を奪うため持ち手を引いたもので,Cを殴る等してその意思を抑圧する態様ではなく,Cが手をついて擦過傷を負った結果も直ちに反抗抑圧程度の暴行を意味しない。
体格や行為の態様を考慮しても,その程度に至らず,強盗致傷罪ではなく窃盗と傷害を検討する。
次に,自己の鞄と思った甲に,財産犯の故意があるか。
窃盗罪の保護法益は,占有の平穏を維持するため,財物に対する事実上の占有それ自体と解する。
権原の真否を行為者の実力判断に委ねないため,違法な占有も構成要件上は保護する。
この立場から242条の他人占有の自己物も客体となる範囲を捉えると,認識上のCが窃盗犯でも,その占有下の自己物を取り上げる行為は,構成要件上,窃盗となり得る。
甲はCの所持を認識し,その支配を排除して自己のために鞄等を確保する意思で行動している。
実物と認識した物の違いは,この立場では同一構成要件内の客体の錯誤にとどまり,財産犯の構成要件的故意を否定しない。
自己物かどうかの認識と,後記の正当化事情の誤信とは別問題である。
(2) また,Cが持つ鞄を引くことは,これを介してCの身体に力を加える暴行である。
その弾みでCが手をついて負傷したから,暴行の故意及び傷害結果との因果関係があり,傷害罪(204条)の構成要件にも該当する。
(3) しかし,甲には誤想防衛の問題がある。
現実のCは自己の鞄を持つ適法な所持者で,急迫不正の侵害はなく,現実の正当防衛(36条1項)は成立しない。
他方,故意責任の非難は,違法な事実を認識して反対動機を形成できるのに行為した点にある。
認識した事実が真実なら正当化される場合には,その基礎となる事実認識を欠くため故意責任を否定すべきである。
甲は,同一ブランド・色・大きさの鞄を持つCを見た後,ベンチに自分の鞄がないことを確認して,Cが持ち去ったと信じ,直ちに追跡した。
認識どおりならCの窃盗は既遂でも,既遂時期と侵害の急迫性の終了時期は必ずしも一致しない。
直後に駅構内で鞄を持ち去られつつある段階では,その侵害はなお継続している。
したがって,本件では急迫性を認め,誤想自救行為ではなく誤想防衛として検討する。
甲には自己の鞄等を取り返す防衛の意思もある。
必要性は侵害を排除するための手段を取る必要があること,相当性は手段が認識上の侵害に比べて過大でないことをいう。
甲は呼び止め,返還を求めたが,Cは取り合わずホームへ進もうとした。
そこで鞄の持ち手を引いて取り上げたのであり,回復に直接必要な手段である。
武器や殴打を用いず,鞄を取り上げる行為にとどまり,年齢・体格を踏まえても過大ではない。
結果が1週間の傷害であることだけで過剰とはできない。
認識した事態においては必要かつ相当で,誤想過剰防衛ではないから,窃盗と傷害の故意責任は阻却される。
(4) ただし,過失傷害罪(209条1項)は成立する。
甲は持去りの現場を見ておらず,外観の一致と鞄の不在からCを盗人と判断した。
同型の鞄を持つ別人の可能性があり,Cの不応だけで同一性が確定するわけではない。
実力行使に先立って鞄の特徴を確かめ,駅員等の助力を求めるなどの注意義務があるのに,確認せずに引っ張った。
誤認を避けて実力行使を控えることは可能で,人が持つ鞄を引けば転倒して負傷することも予見できた。
注意義務違反と傷害結果の関係が認められる。
誤信に過失があることだけで故意犯が復活するわけではない。
3 罪数
建造物侵入と書類の窃盗は通常の手段・目的の関係にある牽連犯(54条1項後段)であり,これと別の場所・対象に対する過失傷害とは併合罪(45条前段)となる。
第2 乙の罪責
1 実行を担当しない者も,共謀に基づき互いの行為を利用・補充して自己の犯罪を共同実現する場合は,共謀共同正犯となる。
その成立根拠は共同実行による相互の因果的寄与にあり,共同実行の意思と,それを基礎付ける役割を要する。
これに対し,他人の独立した犯罪の決意を生じさせる関与にとどまる場合は教唆である。
乙には新薬を自社で活用して将来経営陣に加わる大きな利益があり,自己資金から300万円と転職先の地位を提示して計画を持ち掛けた点は,正犯性を支える。
他方,約束の中心は書類の受領と対価で,持出しの日時・方法は決めず,甲が独自に選んで実行している。
利益の大きさと窃取自体を一体的に遂行する意思とは区別すべきであり,本件では実行を共同して担当する合意・役割より,独立した甲の犯罪を誘発した関与として教唆と評価する。
乙の提示によって甲は報酬・転職を望み承諾し,異動後もその約束を実現するために持ち出した。
管理状況と実行方法の変化によって,乙の働き掛けと甲の実行の因果性が失われるわけではなく,61条1項の因果関係がある。
2 乙は甲が業務上保管する書類の横領を認識していたのに,実際の甲は後任部長の占有を侵害しており,構成要件を異にする抽象的事実の錯誤がある。
故意責任には,行為を思いとどまる基礎となる犯罪事実の認識を要するが,認識した罪と実行罪の構成要件が実質的に重なる限度では,その基礎がある。
重なりは,保護法益と行為の実質を比較して判断する。
横領は自己占有物,窃盗は他人占有物の領得で,占有侵害が共通するわけではない。
しかし,他人の財物について権利者を排除して所有権を侵害する領得行為という実質は共通し,本件は同一のA社書類の不法領得を依頼して実現させている。
その重なる範囲で教唆の故意を認める。
本答案は,乙の身分処理を先に行って軽重を比較する。
認識どおり甲が業務上横領をした場合,非占有者の乙も65条1項で共犯となるが,業務者の身分はないため同条2項により単純横領の通常刑による。
乙に予定される5年以下の懲役と,窃盗の10年以下の懲役又は50万円以下の罰金を比較すれば,長期の重い窃盗の刑を無限定には科せない。
よって,重い窃盗罪の教唆犯の故意を欠き同罪は成立せず(38条2項),両罪が実質的に重なる限度で,軽い単純横領罪の教唆犯が成立する。
乙が異動を知ったのは持出し後で,その後の了承を先の故意へ遡らせない。
第3 丙の罪責
1 占有は占有の事実と意思を要し,支配の有無は社会通念による。
甲にはベンチに置いた鞄の所在認識と戻って確保する意思がある。
甲は切符購入のため離席している。
一般開放の待合室で券売機から見えない点は支配を弱めるが,券売機と待合室の出入口は直線20メートルであり,甲の離席から約1分後に持ち去られたにすぎない。
時間・場所の近接と離席目的から,事実的支配も継続する。
したがって,丙の持去りは甲の占有を意思に反して排除し,窃盗の客観的要件を満たす。
2 しかし,窃盗には故意のほか,不法領得の意思を要する。
これによって領得行為を,単なる毀棄・隠匿等と区別する。
その内容は,権利者を排除し,他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い利用又は処分する意思であり,物の本来の用途だけに限るべきではない。
丙は逮捕・留置を通じて寒さをしのぎたいのであり,鞄を使用・売却したり,何らかの用途に供して保持したりするのではなく,直ちに50メートル先の交番へ行って警察に渡している。
鞄を犯罪申告の契機にしたことと,物自体の効用を自己のために利用処分したことは区別すべきである。
本件では後者の意思を欠くと解し,不法領得の意思を否定する。
よって窃盗は成立せず,同じ意思を要する占有離脱物横領へ移行することもない。
3 なお,領得意思の否定だけで全ての犯罪が否定されるわけではなく,器物損壊罪(261条)を検討する。
損壊は物の効用を害する行為をいい,物理的破壊に限られず,回復を困難にする隠匿等も含む。
ただし,一時的に所持を奪ったことだけから当然に効用侵害があるとはいえない。
本件の行為は鞄を抱えて至近の交番へ運び,所在を警察に明らかにして渡すものにとどまる。
これによって権利者の回復・利用を困難にする程度の効用侵害が生じたと認める事情は十分でなく,損壊行為の成立を否定する。
丙の目的が逮捕されることだから損壊の故意もないとするのではなく,客観的な効用侵害を積極的に認められないため,同罪は成立しないと結論する。
以上
3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説
(1) 答案と評価項目の対応
答案第1の1は番号1~5,第1の2・3は番号6~19,第2は番号20~26,第3は番号27~32に対応する。
各範囲には非採用の分岐も含むため,全項目を答案本文で満たしたという意味ではない。
重み5の番号7・8は第1の2(1)及び(3),15は第1の2(3),24は第2の2,30は第3の2で扱う。
通常の重み3以下の番号1・10・12・19・20・22・28も,対応する成立要件・理由・罪数の箇所で処理する。
第4の重み5・4の項目及び条件付きの項目について,模範解答との対応を次の表に示す。
| 番号 | 重み | 評価項目 | 答案の該当箇所・留保 |
|---|---|---|---|
| 2 | 4 | 書類の占有主体を後任部長と特定し,異動・引継ぎと暗証番号の知識を区別して甲の占有の帰属を判断する。 | 第1・1(2):後任部長への引継ぎと占有喪失。 |
| 3 | 3 | 【誤りの回避】【適用条件:書類の窃盗を認める答案】横領を否定したことだけで窃盗を肯定せず,書類に係る窃盗の客観的・主観的構成要件を積極的に検討する。 | 第1・1(2):財物,窃取,領得意思を積極的に検討。 |
| 4 | 4 | 【適用条件:甲の書類占有が異動後も残るとする構成】甲の占有が残ると考える場合も,後任部長の共同占有を踏まえ,他の占有者を排除する持出しの意味を検討する。 | 未採用。甲の占有喪失を採る。占有残存説では共同占有排除を別途論じる。 |
| 5 | 3 | 【誤りの回避】【適用条件:12月1日の横領既遂の可能性を扱う答案】12月1日の将来の持出しの承諾だけを,横領罪の実行行為として扱わない。 | 第1・1(2)末尾:将来の承諾は処分行為ではない。 |
| 6 | 4 | ひったくりの態様について,暴行が意思の抑圧に向けられたかとその程度を検討し,強盗と窃盗を区別する。 | 第1・2(1):反抗抑圧への指向と力の態様。 |
| 7 | 5 | 窃盗・強盗の保護法益について自説を示し,242条の他人占有の自己物の範囲をその自説と整合させる。 | 第1・2(1):占有説を採り242条の範囲へ接続。 |
| 8 | 5 | Cの鞄を自己の鞄と信じた点を,構成要件該当事実の認識の問題として処理し,侵害の存在を誤信した問題と区別する。 | 第1・2(1)及び(3):自己物の認識と侵害の誤信を区別。 |
| 9 | 3 | 【適用条件:傷害罪を検討する構成】鞄を引く行為の人への有形力と暴行の認識,傷害結果との因果関係から,傷害の構成要件該当性を検討する。 | 第1・2(2):鞄を引く力,手をついた結果と擦過傷。 |
| 11 | 4 | 窃盗の既遂時期と侵害の急迫性の終了は一致するとは限らないことを踏まえ,認識上の急迫性と検討する正当化事由を判断する。 | 第1・2(3):既遂と侵害終了を分けた急迫性。 |
| 13 | 4 | 防衛又は自救の必要性の意味を示し,返還要求への不応や持去りの状況等を要件に即して評価する。 | 第1・2(3):返還要求に応じない相手から即時回復する必要。 |
| 14 | 4 | 【誤りの回避】傷害が生じた結果だけで過剰とせず,認識上の侵害に対する手段・力の程度等から相当性を具体的に判断する。 | 第1・2(3):体格,力,手段の相当性。 |
| 15 | 5 | 故意責任の根拠を踏まえ,認識した事実が正当化事由の要件を満たす場合に,事実の錯誤が故意責任へ与える効果を説明する。 | 第1・2(3):認識事実と故意責任の根拠。 |
| 16 | 4 | 【適用条件:認識した事情を前提としても過剰とする構成】認識した事情によっても行為が過剰である場合は,故意を直ちに否定せず,傷害等の成立と過剰による減免を区別する。 | 未採用。認識上相当とする。過剰説では故意犯の成立と減免を区別。 |
| 17 | 4 | 【適用条件:急迫性を否定し,誤想自救行為として処理する構成】自救行為を採る場合は,正当防衛より厳格な要件を踏まえて認識事実を当てはめ,不成立から故意を自動的に肯定しない。 | 未採用。認識上の急迫性を肯定。誤想自救ではより厳格な要件と錯誤を検討。 |
| 18 | 4 | 【適用条件:誤想防衛又は誤想自救行為により故意責任を否定する構成】故意責任を否定した場合は,侵害についての誤信に過失があるかを別に検討し,過失傷害の成否まで示す。 | 第1・2(4):同種の鞄だけでは特定不十分とし過失傷害を検討。 |
| 21 | 4 | 共同正犯と教唆の区別基準を示し,乙の利益,働き掛け,役割,甲の実行への関与等を評価して関与形態を決める。 | 第2・1:多額の利益提供と甲の独立実行を比較し教唆。 |
| 23 | 4 | 業務上横領の認識と窃盗の実行のずれを,異なる構成要件にまたがる事実の錯誤として位置付ける。 | 第2・2:業務上横領の認識と窃盗実行の抽象的事実の錯誤。 |
| 24 | 5 | 故意責任を踏まえた自己の判断基準で両罪の実質的な重なりを検討し,保護法益や行為態様と事実を理由付けて結論する。 | 第2・2:占有侵害の共通性によらず所有権侵害と領得実質を比較。 |
| 25 | 4 | 【適用条件:構成要件の重なりを肯定する構成】重なりを肯定する場合は,業務上横領と窃盗又は身分処理後の単純横領と窃盗の重軽を,比較順序と選択刑に整合する形で判断する。 | 第2・2:身分処理先行の比較順序に統一。 |
| 26 | 4 | 【適用条件:身分処理を先に行い,単純横領との重なりを基準にする構成】非占有者・非業務者である乙について65条の成立と科刑を区別し,単純横領の通常刑を基準とする構成を一貫させる。 | 第2・2:65条の成立と科刑を分け単純横領の通常刑を基準。 |
| 27 | 4 | 占有の事実と意思を踏まえ,距離,時間,離席目的,視認関係,施設の開放性等を支配の要件へ結び付ける。 | 第3・1:時間・距離・離席目的と視認・開放性を比較。 |
| 29 | 4 | 不法領得の意思を必要とする理由と,その排除意思・利用処分意思の内容を,毀棄行為との区別を意識して説明する。 | 第3・2:毀棄等との区別,排除意思と利用処分意思。 |
| 30 | 5 | 物の本来の用途と何らかの用途による利用処分の範囲を考え,刑務所志願の目的,直ちに交番へ渡す行動を自説と整合させて評価する。 | 第3・2:逮捕される動機と物の効用を利用する意思を区別。 |
| 31 | 4 | 【誤りの回避】【適用条件:丙の不法領得意思を否定する構成】不法領得意思を否定した場合も直ちに無罪とせず,器物損壊の効用侵害と故意を具体的に検討して結論する。 | 第3・3:物理的破壊以外の効用侵害を検討し,不成立の独自評価を採用。 |
| 32 | 2 | 【適用条件:丙に窃盗又は器物損壊が成立するとする構成】丙に窃盗又は器物損壊が成立するとする場合は,直ちに警察官へ申告した事実に即して自首の成否を検討する。 | 未採用。丙に成立罪を認めない。成立説では交番への申告につき42条1項を検討。 |
(2) 甲の罪責
出題の趣旨12頁と採点実感3頁は,異動と引継ぎを踏まえた占有判断を求める。
答案は所有者A社と占有者後任部長を区別し,暗証番号を知ることと管理を委ねられることを分け,財物・窃取・領得意思も積極的に示した(番号1~3)。
甲の占有が残る立場でも,後任との共同占有を排除する行為を検討する必要がある(番号4)。
12月1日の将来の持出しの約束だけを横領既遂としない(番号5)。
公式資料に記載のない補足であるが,答案の「侵入」の定義は,最高裁昭和58年4月8日第二小法廷判決(昭和55年(あ)第906号,刑集37巻3号215頁)の「管理権者の意思に反して立ち入ること」という判示と同じである。
出題の趣旨12頁~13頁と採点実感3頁~4頁は,ひったくりの力,財産犯の保護法益と242条,自己物との誤信と侵害の誤信を分ける検討を求める。
答案は,力が相手の意思を抑圧するために向けられたかを検討して強盗を否定し,占有説を採って自己物と思っても他人の占有を奪う点を認識しているとした(番号6~10)。
採点実感3頁が挙げる最高裁昭和45年12月22日第三小法廷決定(昭和45年(あ)第1404号,刑集24巻13号1882頁)は,強盗致傷罪の成立を認めた原判断を正当とした。
その事案は,裁判所HPの裁判要旨によれば,ハンドバッグのさげ紐をつかんだまま自動車を進行させ,被害者を引きずって路上に転倒させるなどして傷害を負わせたというものである。
決定の本文は一般的な規範を述べておらず,本問は持ち手を手で引っ張った事案である点で態様も異なる。
公式資料に記載のない補足であるが,最高裁平成元年7月7日第三小法廷決定(昭和59年(あ)第1168号,刑集43巻7号607頁)は,借主の事実上の支配内にある自動車を貸主が引き揚げた事案で,かりに貸主に所有権があったとしても,「刑法二四二条にいう他人の占有に属する物を窃取したもの」として窃盗罪を構成するとした。
同決定は,その行為が社会通念上借主に受忍を求める限度を超えた違法なものであることにも触れている。
同決定は窃盗犯人の占有に対する被害者の取戻しを判断したものではなく,不法な占有を242条に含める点は本記事の採る解釈である。
正当化については,窃盗が既遂でも侵害が続く場合があるため,甲の認識した持去り直後の状況から急迫性を肯定した。
返還要求への不応,回復の必要,力の程度を判断し,傷害の結果だけで過剰とはしなかった(番号11~14)。
認識上適法な防衛として故意責任を否定する理由を示した後,誤信についての過失から過失傷害を検討した(番号15・18)。
成立罪の罪数は答案第1の3で別に示した(番号19)。
公式資料に記載のない補足であるが,東京高裁昭和59年11月22日判決(昭和59年(う)第445号,高刑集37巻3号414頁)は,急迫不正の侵害があると誤認して防衛行為を行い,その防衛行為が相当であったときは,誤想防衛として事実の錯誤により故意が阻却されるとした。
同判決は,防衛行為が相当性を欠き,相当性を基礎付ける事実に錯誤がない場合には故意の阻却を認めず,36条2項に準拠して刑の減軽又は免除をなし得るとした。
その上告審の最高裁昭和62年3月26日第一小法廷決定(昭和59年(あ)第1699号,刑集41巻2号182頁)は,誤想過剰防衛に当たるとして36条2項により刑を減軽した原判断を正当とした。
認識上も過剰とする場合は故意を自動的に否定せず,故意犯と減免を区別する(番号16)。
急迫性を否定する立場では誤想自救行為のより厳格な要件と錯誤の効果を検討する(番号17)。
本答案はこの二つを採用しない。
(3) 乙の罪責
出題の趣旨14頁及び採点実感は,非実行者の共謀共同正犯を根拠・要件に触れて扱い,乙の役割・利益・甲の実行を評価することを求める。
答案は,多額の自己資金と地位提供という正犯方向の事情も検討し,甲の独立した実行との関係から教唆を採った。
異動後の実行についても,当初の働き掛けとの因果性を示した(番号20~22)。
異動を知らない乙の業務上横領の認識と窃盗の実行を,抽象的事実の錯誤として処理する。
両罪で占有侵害が共通するとはせず,保護法益と領得行為の実質を比較して重なりを肯定した(番号23・24)。
採点実感2頁は,業務上横領罪と窃盗罪の重なり合いについて判断した判例はないとしており,これは答案の採用する判断である。
本答案は65条の身分処理を先に行い,乙に予定される単純横領の通常刑と窃盗を比較する(番号25・26)。
これと,業務上横領と窃盗の比較を先にする順序を混ぜない。
出題の趣旨14頁も,業務上横領罪と窃盗罪の比較ではなく,単純横領罪と窃盗罪を比較する考え方もあり得るとしている。
比較に用いる法定刑・選択刑は,第7の2で示す当時の条文による。
公式資料に記載のない補足であるが,最高裁昭和61年6月9日第一小法廷決定(昭和61年(あ)第172号,刑集40巻4号269頁)は,構成要件が実質的に重なり合う限度で軽い罪の故意が成立し同罪が成立するとした。
最高裁昭和54年4月13日第一小法廷決定(昭和52年(あ)第2113号,刑集33巻3号179頁)は,重い罪の共同正犯の成立を認めて刑のみを軽い罪によるとすれば誤りであるとした。
(4) 丙の罪責
出題の趣旨14頁~15頁と採点実感5頁は,問題文の事実を占有の事実及び占有の意思の要件に即して整理し,不法領得の意思の必要性と内容を示すことを求める。
答案は約1分という短さと切符購入のため戻る予定を,室内が見えず一般に開放されている不利な事情と比較して甲の占有を肯定した(番号27・28)。
20メートルは券売機と待合室の出入口の距離であり,ベンチとの正確な距離へ置き換えていない。
不法領得意思は毀棄・隠匿との区別を意識して定義し,本来の用途に限らないとした上で,逮捕の契機にする動機と物の効用を自己のために使う意思を区別して否定した(番号29・30)。
定義は,最高裁昭和30年9月27日第三小法廷判決(昭和28年(あ)第3784号,集刑108号619頁)の「権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」と同じ趣旨である。
出題の趣旨14頁及び採点実感5頁が挙げる大審院大正4年5月21日判決(刑録21輯663頁)の原文は確認できていない。
出題の趣旨15頁及び採点実感5頁が挙げる最高裁平成16年11月30日第二小法廷決定(平成16年(あ)第761号,刑集58巻8号1005頁)は,詐欺罪の事案で,支払督促正本等を「廃棄するだけで外に何らかの用途に利用,処分する意思がなかった場合」には不法領得の意思を認めることはできないとした。
いわゆる刑務所志願の事案について,出題の趣旨15頁は下級審の裁判例でも結論が分かれているとし,いずれの結論でも自らの概念を踏まえた当てはめを求めている。
寒さをしのぐ目的だけで一律の正解は決まらず,利用処分意思を肯定する答案もあり得る。
不法領得意思を否定しても直ちに全犯罪を否定せず,器物損壊の効用侵害を検討した。
答案は近くの交番への直ちの提出という具体的行為から客観的効用侵害を積極的に認められないと評価している(番号31)。
これは本記事の当てはめであり,動機が逮捕だから損壊の故意もないとする短絡とは区別した。
成立罪を認める立場では警察への申告につき自首も検討する(番号32)。
(5) 答案の弱点と扱わなかった事項
Cの不法な占有まで242条で保護する範囲,乙の共同正犯と教唆の境界,丙の鞄の効用侵害は争いの余地がある。
特に丙は,一時的な利用妨害をどこまで損壊と評価するかについて,否定の理由をさらに精密にする余地がある。
5000字以内の一つの答案として,甲の占有残存,認識上も過剰である場合,誤想自救,乙の別の軽重比較順序及び丙の成立罪を認める場合の自首は,本文に累積させず解説へ分けた。
特別法違反は設問の除外に従い扱わない。
第4の項目と重みは学習用の整理であり,公式の採点表,配点又は合格点ではない。
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④の令和元年の記事も窃盗と防衛の検討を含むが,対象事案・基準時が異なるため,結論や評価項目数を本問へ転用するものではない。
第7 出典及び確認状態
1 公式資料
| 資料 | 確認した範囲 |
|---|---|
| 平成27年司法試験論文式試験問題・刑事系科目 | PDF2頁~3頁の第1問。第2問は対象にしていない。 |
| 平成27年司法試験論文式試験問題出題趣旨 | 刑事系第1問はPDF12頁から15頁の第2問見出しの直前まで。 |
| 平成27年司法試験の採点実感等に関する意見(刑事系科目第1問) | PDF1頁~6頁の第1問。第2問は利用していない。 |
2 法令
刑法の現行法文はe-Gov法令検索で確認した。
答案では当時の刑名である懲役を用い,現在の拘禁刑の表記とは区別した。
e-Govの改正履歴で取得できる最も古い版は平成28年6月23日施行の版である。
そこで,同版の本則を読み,国立国会図書館の日本法令索引の刑法の沿革と照合した。
あわせて,平成25年法律第49号第1条,同年法律第86号附則第2条及び平成28年法律第54号第3条の刑法改正の対象を確認した。
これらの改正は,本問で用いる10条,35条,36条,38条,42条,45条,54条,61条,65条,130条,204条,209条,235条,236条,242条,252条,253条,254条及び261条を改めていない。
したがって,これらの条文の平成27年の試験時の文言・刑名・法定刑は同版と同じと判断した。
これは関係条文についての確認であり,試験当日の刑法全体を取得したという意味ではない。
3 裁判例
| 裁判例 | 確認した範囲 | 本記事での扱い |
|---|---|---|
| 最高裁昭和30年9月27日第三小法廷判決(昭和28年(あ)第3784号,集刑108号619頁) | 判決全文 | 不法領得の意思の定義 |
| 最高裁昭和45年12月22日第三小法廷決定(昭和45年(あ)第1404号,刑集24巻13号1882頁) | 決定全文及び裁判要旨 | ひったくりと強盗致傷。事案は裁判要旨による |
| 最高裁昭和58年4月8日第二小法廷判決(昭和55年(あ)第906号,刑集37巻3号215頁) | 判決全文 | 「侵入」の意義 |
| 東京高裁昭和59年11月22日判決(昭和59年(う)第445号,高刑集37巻3号414頁) | 誤想防衛の判断の段落 | 誤想防衛と故意の阻却 |
| 最高裁昭和54年4月13日第一小法廷決定(昭和52年(あ)第2113号,刑集33巻3号179頁) | 決定全文 | 抽象的事実の錯誤と成立する罪 |
| 最高裁昭和61年6月9日第一小法廷決定(昭和61年(あ)第172号,刑集40巻4号269頁) | 決定全文 | 軽い罪の故意と同罪の成立 |
| 最高裁昭和62年3月26日第一小法廷決定(昭和59年(あ)第1699号,刑集41巻2号182頁) | 決定全文 | 誤想過剰防衛と36条2項 |
| 最高裁平成元年7月7日第三小法廷決定(昭和59年(あ)第1168号,刑集43巻7号607頁) | 決定全文 | 242条と事実上の支配。窃盗犯人の占有の事案ではない |
| 最高裁平成16年11月30日第二小法廷決定(平成16年(あ)第761号,刑集58巻8号1005頁) | 決定全文 | 不法領得の意思。詐欺罪の事案である |
大審院大正4年5月21日判決(刑録21輯663頁)は,出題の趣旨及び採点実感の引用によるものであり,原文は確認できていない。
出題の趣旨が述べる刑務所志願の事案の下級審裁判例は,個別に特定していない。
答案の共謀共同正犯,占有の要件,器物損壊の損壊の定義は,公式資料の記述と本記事の整理によるものであり,特定の判例の確認済みの判示として示すものではない。
4 確認状態
公式資料の内容,記事独自の項目分割・重み,答案の採用する解釈・当てはめは区別して記載した。
公式資料を読んだことだけで,本記事の法的結論が確定するものではない。
法令は本問の当時法の検討のために参照したものであり,現在の犯罪に適用される刑罰や手続を解説する記事ではない。
確認日は令和8年10月31日である。