第1 特定枠を理解するための二つの段階
参議院比例代表の特定枠は,政党その他の政治団体が,優先的に当選人となる候補者と,その候補者間の当選順位をあらかじめ名簿に記載する制度である。特定枠の候補者は,同じ名簿の特定枠以外の候補者より上位に置かれる。
仕組みを理解するには,政党等に何議席が配分されるかという段階と,その議席に誰が当選するかという段階を分ける必要がある。個人名で多くの票を得た一般候補者より特定枠の候補者が先に当選する場合があるのは,この順位の定め方による。
最高裁第二小法廷令和8年10月26日判決(令和8年(行ツ)第63号)は,令和7年7月20日の参議院比例代表選挙について,特定枠制度を定める公職選挙法の規定は憲法43条1項等に違反しないとした。本記事は,この判決と従来の判例,令和8年10月27日に取得した公職選挙法の原文を基に整理する。
第2 政党の獲得議席数と候補者の当選順位
1 政党等に配分する議席を決める
公職選挙法95条の3第1項・第2項は,各政党等の得票数に基づいて当選人の数を決める。候補者個人への票も,その候補者に係る政党等の得票数に含まれる。議席配分には,得票数を1,2,3と順に整数で割って得られる商を比較する,いわゆるドント方式が用いられる。
この段階で決まるのは,その政党等の名簿から何人が当選するかである。特定枠を設けたことだけで,その政党等に追加の議席が与えられるわけではない。
2 配分された議席に誰が当選するかを決める
同法86条の3第1項後段により,政党等は候補者のうちの一部を特定枠として,他の候補者と区分して名簿に記載できる。特定枠の候補者については,その間の当選順位も記載する。
同法95条の3第4項・第5項により,特定枠の候補者を先順位とし,その後に,特定枠以外の候補者を個人名の得票数が多い順に並べ,その政党等に配分された議席数まで当選人を決める。
したがって,特定枠は優先順位の制度である。政党等の獲得議席数が特定枠の人数に届かない場合には,特定枠の候補者でも当選しないことがある。
第3 具体例で見る当選人の決まり方
以下は,特定枠の候補者がA,Bの順で2人おり,特定枠以外の候補者はC,Dの順に個人名票が多いと仮定した例である。実際の選挙結果や特定の政党を示すものではない。
| 政党等の獲得議席数 | 当選する候補者 | 順位の説明 |
|---|---|---|
| 1議席 | A | 特定枠の第1順位まで当選する。第2順位のBも当選しない。 |
| 3議席 | A,B,C | 特定枠2人の後,特定枠以外の候補者で個人名票が最も多いCが当選する。 |
| 4議席 | A,B,C,D | 特定枠2人の後,特定枠以外の候補者の得票順で2人が当選する。 |
一般候補者の得票数だけを見ても,政党等の獲得議席数と特定枠の人数が分からなければ,当落の仕組みを十分に説明できない。
第4 個人名で書いた票はどう扱われるか
1 特定枠候補者名を書いた場合
公職選挙法68条の3は,特定枠候補者に対する有効投票を,その候補者に係る政党等の有効投票とみなすと定めている。同条には按分等に関する例外があるため,以下は特定枠候補者への有効投票と判定された票の基本的な扱いである。
特定枠候補者名を書いた票は,その政党等の議席配分に関係する。一方,特定枠の候補者間の当選順位は名簿で定められているため,その票数によって特定枠内の順位が入れ替わる仕組みではない。
2 特定枠以外の候補者名を書いた場合
特定枠以外の候補者への個人名票は,政党等の議席配分に含まれるとともに,特定枠以外の候補者間の順位を決める意味を持つ。特定枠がある場合には,その優先順位を前提に,残る議席について個人名票の順で当選人が決まる。
個人名票の意味を考えるときは,政党等の議席数への反映と,候補者間の順位への反映を分けて読む必要がある。
第5 最高裁が特定枠を合憲とした判断
1 令和2年判決と令和5年判決
最高裁第二小法廷令和2年10月23日判決(令和2年(行ツ)第79号)は,令和元年参院選の比例代表選挙について,特定枠を含む選挙制度を検討した。法廷意見は,選挙人が候補者又は政党等を選択して投票し,各政党等の得票数で当選人数を決め,名簿の特定枠順位と各候補者の得票数に応じて当選人を決めることから,選挙人の総意によって当選人が決まるとした。
同判決は,特定枠制度を定める規定の憲法43条1項等への違反を否定した。最高裁第一小法廷令和5年10月12日判決(令和5年(行ツ)第55号)も,令和4年参院選の比例代表選挙について,同様に違憲主張を退けている。
2 草野耕一裁判官の意見
令和2年判決には草野耕一裁判官の意見がある。草野裁判官は合憲の結論には賛同しつつ,拘束名簿式では候補者とその順位の決定が政党に委ねられ,有権者が候補者個人を直接選択する方式とは異なる点を指摘した。
そのうえで,選挙制度の具体的決定に関する国会の裁量,政党の役割,特定枠にできるのは名簿登載者の一部であることなどを踏まえ,特定枠の導入が立法裁量の範囲に属さないとはいえないとした。この意見は,違憲・無効を主張する反対意見ではない。
制度が憲法上許されるかという判断と,候補者や順位の決め方を政策としてどう評価するかは,分けて検討する必要がある。
3 令和8年10月26日判決
最高裁第二小法廷令和8年10月26日判決(令和8年(行ツ)第63号)は,特定枠制度について,従来の大法廷判決の判示又は趣旨に照らして憲法43条1項等に違反しないとし,令和2年・令和5年の各判決も参照して,上告を棄却した。裁判官全員一致の判断である。
今回の判決は,特定枠について初めて合憲判断を示したものではない。過去の判断との関係を踏まえて読む必要がある。
第6 選挙区の一票の格差訴訟との違い
令和8年10月26日判決は,比例代表選挙の無効を求める訴訟において,同日に行われた選挙区選挙の仕組みの憲法適合性を問題にすることはできないとも判断した。
同じ参議院議員通常選挙でも,比例代表の特定枠制度を争う事件と,選挙区間の投票価値の較差を争う事件では対象が異なる。特定枠について合憲判断があったことを,選挙区の定数配分についての判断として扱うことはできない。
一票の格差の基本概念は一票の格差とは何かで,選挙無効訴訟の原告・期限・無効要件は選挙無効訴訟とはで整理している。制度改正の経緯は一票の格差是正に関する公職選挙法等の改正一覧も参照されたい。
第7 主な出典
公職選挙法68条の3,86条の3第1項,95条の3。制度の説明は令和8年10月27日に取得したe-Gov法令APIの原文による。
最高裁第二小法廷令和8年10月26日判決(令和8年(行ツ)第63号),1~2頁。対象選挙,合憲判断,争う対象の区別及び主文を確認した。
最高裁第二小法廷令和2年10月23日判決(令和2年(行ツ)第79号),1~3頁の法廷意見,3~5頁の草野耕一裁判官の意見。
最高裁第一小法廷令和5年10月12日判決(令和5年(行ツ)第55号),1~2頁。