第1 会社法の手続と税務を一緒に確認する
相続した非上場株式を発行会社へ売却するときは,株式をいくらで売るかに加え,会社が取得できる手続と,相続人の税務上の取扱いを確認する必要がある。
会社法上の売渡請求の期限に対応していても,所得税の特例に必要な届出まで済んでいるとは限らない。
本記事は,令和8年10月25日時点の法令と国税庁資料に基づき,通常の相続で個人が取得した非上場株式を,発行会社へ金銭を対価として譲渡する場面を扱う。
会社法174条以下の売渡請求と,合意による任意の自己株式取得は,会社法上の手続が同じではない。
以下の1年・20日の期限は,174条以下の制度についての説明である。
現物を対価とする取引や限定承認などは,別途の検討を要する。
第2 売渡請求の2つの期限
1 会社が一般承継を知ってから1年
会社法174条は,相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対する売渡請求を,定款で定められるとしている。
会社は,その定めを前提に,請求の都度,株式数と対象者を株主総会で決定し(175条1項),その決議に基づいて請求する。
会社が一般承継を知った日から1年を経過したときは,この請求はできない(176条1項ただし書)。
2 売渡請求の日から20日
価格は会社と対象者との協議で定めるが,会社又は対象者は,売渡請求の日から20日以内に,裁判所へ価格決定を申し立てることができる。
裁判所は,請求時の会社の資産状態その他一切の事情を考慮する。
期間内に申立てがなく,協議も成立しなかったときは,売渡請求は効力を失う(177条)。
この20日は,会社が相続を知った日からの1年とは別の期限である。
会社から請求を受けた相続人は,価格資料が十分にそろっていない段階でも,申立期限への対応を検討する必要がある。
手続の詳細は,相続した譲渡制限株式を会社が買い取る方法―会社法174条から177条,定款,株主総会,価格決定及び期限を参照されたい。
第3 会社へ売るときのみなし配当と特例
1 取得費との差額がそのままみなし配当になるわけではない
個人が非上場株式を発行会社に譲渡する場合,通常は,受取対価のうち,譲渡した株式に対応する資本金等の額を超える部分がみなし配当となる。
会社全体の資本金等の額と比較するのでも,相続人の取得費との差額をそのままみなし配当とするのでもない。
国税庁のNo.1477は,この原則と相続時の特例を説明している。
2 相続した非上場株式の特例
租税特別措置法9条の7は,相続又は遺贈について納付すべき相続税額がある個人が,相続税の課税価格に算入された非上場株式を,その発行会社へ所定の期間内に譲渡する場合の特例を設けている。
適用されると,みなし配当課税を行わず,受取対価の全額を非上場株式の譲渡所得の収入金額として扱う。
非課税になる制度ではない。
期間は,相続開始日の翌日から,相続税申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までである。
通常の相続では「3年10か月」が目安になるが,実際の申告期限と適用条文を確認し,死亡日から一律に計算しない。
3 届出は譲渡する時までに会社へ
適用を受ける個人は,所定の届出書を,株式を譲渡する時までに発行会社を経由して税務署長へ提出する。
発行会社に受理された時に,税務署長への提出があったものとみなされる(租税特別措置法施行令5条の2第2項・第5項)。
相続人側は,会社がいつ受理したか分かる控えを残しておくことが望ましい。
会社が税務署へ提出する期限は,譲り受けた日の属する年の翌年1月31日であり,相続人側の期限とは別である。
売却後に確定申告をすれば,譲渡時までの届出を省略できると考えてはならない。
様式と手順は,国税庁の届出手続案内で確認できる。
第4 取得費加算と相続税評価額の違い
1 取得費加算は別の特例である
租税特別措置法39条は,相続財産を一定期間内に譲渡した場合に,その財産に対応する一定の相続税額を取得費へ加算する制度を設けている。
9条の7との併用は可能だが,適用要件と申告手続は別に確認する。
国税庁のNo.3267は,取得費加算は譲渡所得の特例であり,株式の譲渡による事業所得や雑所得には適用できないことを説明している。
原則として,確定申告書への所定の記載と計算明細書等の添付が必要になる。
9条の7の届出を会社に出したことだけで,取得費加算まで完了したことにはならない。
また,両制度の相続税額の要件を一括して判断せず,39条6項の相続税額の計算上の調整等も含めて確認する。
2 3つの金額を分けて整理する
①会社法上の売買価格は,売渡請求に基づく協議又は価格決定手続で定める金額である。
②相続税評価額は,相続税の課税価格を計算するための評価額である。
③譲渡所得の取得費は,通常の相続では原則として被相続人の取得費を引き継ぐものであり,相続税評価額がそのまま取得費になるものではない。
取得費の取扱いは国税庁のNo.1464,相続税評価はNo.4638を参照されたい。
会社法上の価格と税務上の評価額が異なることだけで,直ちにどちらかが誤りであるとはいえない。
ただし,会社法の協議又は裁判で価格が決まれば,低額譲渡等の税務上の問題が全てなくなるという意味でもない。
税務上の取扱いは,取引当事者,対価及び取引内容に応じて別に検討する。
第5 手続を並行して進めるための資料
弁護士と税理士が同じ工程表を使う場合は,少なくとも次の資料を対応させると検討しやすい。
以下は実務上の整理案であり,全ての案件で一律に必要となる法定添付書類の一覧ではない。
①定款,株主名簿,相続関係資料,株主総会議事録及び売渡請求書
②会社が一般承継を知った日と,売渡請求の到達を確認できる記録
③価格の算定資料,決算書,会社の資金計画及び分配可能額の検討資料
④相続税申告書,対象株式が課税価格に算入されたことを確認できる明細,相続税額又はその見積り
⑤被相続人の株式取得費を確認できる資料と,相続人の従前保有株式の資料
⑥特例の届出書と会社の受理記録,会社の税務署提出予定,所得税申告の計算明細書
最初に,会社法上の請求期限,価格決定の申立期限,税務特例の譲渡期限,譲渡時までの届出を,別々の欄に記入する。
一つの期限への対応を終えたことを,他の手続も済んだことの確認に代えない。
第6 価格が未確定のときの注意点
売渡請求,価格協議,裁判所の価格決定,代金の支払が別の日になることがある。
その場合,税務上の譲渡日を,代金を受け取った日や価格決定の日と機械的に同一視しない。
法的な権利移転の時点と所得税上の収入計上時期を確認し,届出の準備が後手に回らないよう,請求を受けた段階で専門家間の検討を始める。
本記事は,個別の売渡請求について税務上の譲渡日を一律に確定するものではない。
適用期限に近い案件,価格が係争中の案件,相続前から同じ会社の株式を保有している案件では,対象株式と時点を特定して検討する必要がある。
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①相続した譲渡制限株式を会社が買い取る方法―会社法174条から177条,定款,株主総会,価格決定及び期限
②遺産相続における非上場株式の評価方法
③少数株主が会社の業務と財産を調べる方法―会計帳簿の閲覧,業務検査役,2項調査者,総会検査役と改正案
第8 出典
①会社法174~177条
②租税特別措置法9条の7・39条
③租税特別措置法施行令5条の2
④国税庁No.1477,No.3267,No.1464,No.4638及び届出手続案内(各節のリンク先)