第1 ニューメキシコ州地裁が命じた内容
令和8年10月21日,米国ニューメキシコ州第1司法地区裁判所は,State of New Mexico ex rel. Raúl Torrez v. Meta Platforms, Inc.(事件番号D-101-CV-2021-00132)について,Facebookを運営するMeta Platforms, Inc.に対し,250億ドルの民事制裁金を命じた。
ただし,陪審が認定した4389万9725件は,個人情報が漏えいした人数でも,被害者の人数でもない。
Metaが公表した26個の表示ごとに,その表示を受けることが予想された州内の利用者数又は人口を積み上げた州消費者保護法上の違反件数である。
判決は,支払済みとなるまで年15%の利息を付すとしている。
州が求めている差止めその他の非金銭的救済については,追加の書面提出と審理に留保された。
本件は,利用者の個人情報を直接流出させたことだけに対する損害賠償請求ではない。
ニューメキシコ州が,同州のUnfair Practices Actに基づき,Facebookが利用者に向けて行った表示が不公正又は欺瞞的であったと主張した州法上の執行事件である。
本記事では,ニューメキシコ州裁判所が公開した判決及び陪審評決票に基づき,報道だけでは分かりにくい違反件数の数え方,ケンブリッジ・アナリティカ事件との関係,250億ドルの位置付け及び日本の個人情報漏えい慰謝料との違いを整理する。
これは第一審の判断であり,Metaは控訴する方針を示している。
第2 4389万9725件の内訳
陪審は,次の5分野について,合計26個の表示を不公正又は欺瞞的な取引行為と認定した。
| 分野 | 認定された表示の数 | 違反件数 |
|---|---|---|
| 利用者によるデータ管理及び「データを売らない」との表示 | 6件 | 1045万9944件 |
| 誤情報対策についての表示 | 2件 | 348万6648件 |
| ヘイトスピーチ対策についての表示 | 5件 | 764万6592件 |
| 政治家・著名人等にも同じ基準を適用するとの表示 | 3件 | 415万9944件 |
| 第三者アプリの調査及び利用者への通知についての表示 | 10件 | 1814万6592件 |
| 不公正又は欺瞞的な表示の合計 | 26件 | 4389万9720件 |
陪審は,これとは別に,上記5分野の各1件について非良心的取引行為を認定した。
そのため,評決上の総数は4389万9725件である。
第3 違反件数はどのように計算されたか
判決によれば,Facebookのニューメキシコ州における令和2年6月30日時点の月間利用者数は138万6648人であり,同州の人口は約210万人であった。
陪審は,各表示について,表示の方法及び想定された対象に応じて,138万6648人又は約210万人を違反件数として計上した。
例えば,令和2年のFacebook投稿について138万6648件,連邦議会で広く報道された発言等について約210万件という形である。
同じ利用者が複数の表示を見た可能性があり,同一人物が複数回計上されている。
また,実際に全員が各表示を閲覧したことを個別に立証した人数でもない。
したがって,4389万9725件を「漏えいした人数」又は「被害者数」と書き換えることはできない。
第4 陪審と裁判所が問題とした5分野
1 利用者によるデータ管理及び「データを売らない」との表示
陪審は,Facebookが,利用者は自己のデータを管理できる,個人データを販売しない,広告主に利用者を識別する情報を渡さないなどと説明した6個の表示を問題とした。
ここでは,「データを販売しない」という言葉と,利用者の行動等を自社内で分析し,広告主が特定の属性又は関心を持つ利用者へ広告を表示できるようにする仕組みとを区別する必要がある。
情報を商品として広告主へ引き渡すことと,プラットフォームが情報を保持したまま広告配信に利用することは,同じではない。
2 第三者アプリの調査及び利用者への通知
平成30年3月以降,Metaは,大量のデータへアクセスしたアプリを調査し,疑わしいアプリについて監査を行い,データを不正利用した事業者を排除し,影響を受けた利用者へ通知すると公表した。
判決は,このApp Developer Investigationが約3年間実施されたものの,記録,人的資源,技術的調査及び開発者による自己申告への依存に問題があったと認定した。
判決によれば,数千の疑わしいアプリが存在したのに,フォレンジックなデータ監査が行われたのは14件にとどまり,利用者への通知が行われたのも2個のアプリについてであった。
州側専門家は,通知対象となるべきアプリを2000個以上抽出し,そのうち1585個がニューメキシコ州の利用者と結び付いており,少なくとも114万6225人の州内利用者に影響したと分析した。
裁判所は,Meta内部でも,令和元年9月時点で公表した調査方針を履行したといえる状態ではないと評価されていたことを認定している。
3 誤情報及びヘイトスピーチへの対応
陪審は,Facebookが誤情報又はヘイトスピーチによって利益を得る動機を持たず,有害な情報を削除しているなどと述べた表示の一部を不公正又は欺瞞的と認定した。
ただし,州が問題とした表示がすべて認められたわけではない。
令和3年の危険を生じさせるコンテンツの削除に関する表示等,3個の表示については,陪審が州側の主張を退けている。
4 政治家・著名人等に対する異なる取扱い
陪審は,政治家等にも同じコミュニティ基準を適用し,例外を設けていないとの表示を問題とした。
判決は,CrossCheck又はXCheckと呼ばれる仕組みにより,著名人,政治家,事業上重要な利用者等について通常と異なる再審査が行われ,規約に違反するコンテンツが長期間残る場合があったと認定した。
米国内のCrossCheck対象について,最終判断までの平均が約12日であったとの認定もある。
第5 ケンブリッジ・アナリティカ事件との関係
ケンブリッジ・アナリティカは,Facebook上のアプリを通じて最大8700万人分のデータを取得し,平成28年の米国大統領選挙に関連する政治広告等に利用したとされている。
本件判決でも,同事件は,第三者アプリによるデータ取得と,その後にMetaが公表した調査・監査・通知方針を検討する重要な背景である。
しかし,本件の対象はケンブリッジ・アナリティカだけではない。
対象となった表示は平成22年から令和3年までに及び,個人データ,第三者アプリ,誤情報,ヘイトスピーチ及び著名人等への規約適用を含んでいる。
したがって,本件を「平成28年大統領選挙のデータ漏えいだけに対する判決」と説明すると,判決の対象を狭く捉え過ぎることになる。
第6 上限約2195億ドルから250億ドルになった理由
ニューメキシコ州のUnfair Practices Actは,故意の違反について1件当たり5000ドル以下の民事制裁金を定めている。
裁判所は,4389万9720件に5000ドルを掛けた2194億9860万ドルを法定上限として示した。
そのうえで,違反の性質,Metaの事業規模,比例性及び憲法上の論点等を検討し,制裁金を250億ドルとした。
250億ドルは,被害者へ分配する慰謝料の総額ではない。
また,報道にある「Metaの年間純利益の約4割」という比較は報道機関による計算であり,判決原文の算定式ではない。
判決が参照した企業規模の数値は,Metaの令和7年の売上高約2009億6600万ドル及び株主資本約2172億4300万ドルである。
第7 日本の個人情報漏えい慰謝料と単純比較できない理由
日本の個人情報漏えい訴訟で被害者個人に認められる慰謝料と,本件の250億ドルを単純に比較することはできない。
日本の漏えい訴訟では,被害者がプライバシー侵害による損害の賠償を求める。
これに対し,本件では,州が,事業者による表示を州消費者保護法違反として執行し,違反件数に応じた民事制裁金を求めている。
請求主体,保護する利益,違反件数の数え方及び金銭の帰属が異なる。
日本の裁判例における認容額については,個人情報漏えいの慰謝料はいくらか―ベネッセ事件最高裁判決と裁判例の認容額で整理している。
第8 第一審判決であり,控訴と差止めの審理が残っている
本件はニューメキシコ州の第一審裁判所の判決である。
Metaは,州ごとに異なる規制となり表現活動にも影響するなどと反論し,控訴する方針を示している。
控訴審で,違反の認定,違反件数の算定又は制裁金額が変更される可能性がある。
また,差止めその他の非金銭的救済については判決時点で留保されている。
本件は確定しておらず,控訴の提起,執行停止の有無及び差止命令の内容によって,Metaが最終的に負う義務は変わり得る。
第9 子どもの安全を巡る別事件との区別
ニューメキシコ州では,Metaの子ども向けサービスの安全性を巡る別事件(事件番号D-101-CV-2023-02838)も審理された。
同事件では,第1段階の民事制裁金3億7500万ドルと,第2段階で命じられた5億6700万ドルを合わせ,州側発表上の金銭的負担は9億4200万ドルとされている。
青少年のメンタルヘルス,性的搾取,年齢確認及びサービス設計等を扱う事件であり,本記事の250億ドル判決とは事件番号も争点も異なる。
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第11 出典及び確認範囲
①New Mexico Courts「High Profile Cases」
②First Judicial District Court, Findings of Fact, Conclusions of Law and Judgment, filed October 21, 2026(D-101-CV-2021-00132)
③Jury Verdict Form, filed September 25, 2026
④New Mexico Department of Justice「The New Mexico Department of Justice Secures Another Landmark Victory Against Big Tech, with Historic $25 Billion Penalty Against Facebook」
⑤子どもの安全を巡る別事件(D-101-CV-2023-02838)の判決
①から③までは裁判所の一次資料である。
④は勝訴当事者である州司法省の発表であり,裁判所の認定とは区別した。
Metaの控訴方針及び反論は当事者の表明であって,裁判所の認定ではない。
本記事は,日本の損害賠償額を新たに評価するものではなく,日本の裁判例については既存の裁判例整理記事への案内にとどめている。