第1 公益信託に財産を拠出するときの出発点
公益目的のために財産を託す場合でも,公益信託の認可,受託者が取得する財産の相続税・贈与税,財産を拠出する個人の所得税は,それぞれ確認する必要がある。
特に,不動産や株式を現物で拠出するときは,代金を受け取らなくても,拠出者側のみなし譲渡所得税が問題となる。
公益信託の認可を受けたことだけで,この所得税の非課税承認まで得たことにはならない。
本記事は,令和8年10月20日に確認した現行法令と国税庁・内閣府の資料に基づき,日本の新公益信託への寄附・遺贈を検討する個人と,その支援をする弁護士・税理士の確認事項を説明する。
国外財産,非居住者又は外国法人が関係する場合は,国内の一般的な説明から結論を出さず,課税範囲と特例の対象を個別に確認する。
第2 家族のための信託と公益信託を区別する
1 公益事務だけを目的とする受益者の定めのない信託
公益信託に関する法律(https://laws.e-gov.go.jp/law/506AC0000000030)2条1項は,公益信託を,受益者の定めがなく,公益事務を行うことのみを目的とする信託と定義する。
同条の公益事務は,不特定かつ多数の者の利益の増進を目的とする事務である。
特定の子や配偶者へ生活費を給付するための民事信託とは,目的と法律上の構造が異なる。
同法4条は,信託契約又は遺言による設定を認め,信託管理人となるべき者と,委託者を除く帰属権利者となるべき者の指定等を必要とする。
同法6条は「公益信託は、行政庁の認可を受けなければ、その効力を生じない。」と定める。
遺言に公益目的と受託者を書くだけで,全ての手続が完了するわけではない。
2 財産を公益目的のために継続管理する仕組み
認可の基準には,受託者の経理的基礎と技術的能力,信託管理人の監督能力,関係者への特別の利益の禁止,不当に高額とならない報酬の支払基準及び残余財産の帰属先等が含まれる(同法8条)。
財産の拠出後も,家族が所有者と同様に自由に取り戻し,使用し,又は分配先を決められる仕組みと考えるべきではない。
家族への給付を目的とする場合は,通常の遺言や民事信託と比較し,目的に合う方法を選ぶ必要がある。
第3 相続税・贈与税と拠出者の所得税は別に判断する
1 受託者が信託財産として取得する場合の非課税
相続税法(https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000073)12条1項4号は,公益信託の受託者が遺贈により取得した財産のうち,その信託財産として取得したものを相続税の非課税財産とする。
同法21条の3第1項4号も,公益信託の受託者が贈与により取得した財産について「その信託財産として取得したものに限る。」と定め,贈与税の非課税財産としている。
受託者個人が私生活のために財産を受け取る場合まで,この規定で非課税となるわけではない。
2 不動産・株式等を拠出する個人側のみなし譲渡
所得税法(https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033)59条1項は,所定の資産移転について,移転時の価額により譲渡があったものとみなす。
現行の同項1号は,法人への贈与・遺贈だけでなく,公益信託の受託者である個人への贈与・遺贈のうち,その信託財産とするためのものも対象に含めている。
受託者が個人であるという理由だけで,みなし譲渡の検討が不要になるわけではない。
例えば,取得後に値上がりした土地を無償で拠出する場合,拠出者には売却代金が入らない一方,含み益を清算する所得税が生じ得る。
対象となる資産,居住者区分,取得費,移転時の時価及び適用できる特例を確認し,納税資金も試算する必要がある。
この所得税と,受託者側の相続税・贈与税の非課税を一つの判断にまとめない。
第4 みなし譲渡所得税の非課税承認
1 公益信託の認可とは別の承認である
租税特別措置法(https://laws.e-gov.go.jp/law/332AC0000000026)40条1項後段は,所定の要件を満たすものとして国税庁長官の承認を受けた公益法人等への贈与・遺贈について,みなし譲渡課税に関する特例を定める。
同項は,対象となる公益法人等に公益信託の受託者を含めている。
この承認は,公益信託としての効力を生じさせる行政庁の認可と,申請先も判断対象も異なる。
2 一般特例と承認特例
国税庁の令和8年7月の案内(https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0025012-037.pdf)は,非課税承認を一般特例と承認特例に分けている。
一般特例では,公益の増進への寄与,原則として寄附日から2年以内の公益信託事務への直接供用又はその見込み,寄附者や親族等の税負担を不当に減少させないこと等を確認する。
承認特例では,寄附者と受託者・信託管理人等との関係,所轄庁の証明を受けた基金による財産管理,受入れ等の決定・同意など,別の要件を確認する。
承認特例には,申請後の一定期間内に承認又は不承認の決定がない場合の,みなし承認の仕組みがある。
しかし,公益信託の認可だけで自動的にみなし譲渡課税が免除される制度ではなく,所定の承認申請と適用要件の検討が必要である。
資産や受託者の種類により取扱いが異なるため,申請前に該当する区分を確定する。
3 申請者・提出先・期限
同案内3頁によれば,承認申請者は原則として寄附をした人であり,遺贈の場合は遺贈者の相続人及び包括受遺者である。
提出先は,寄附者の所得税の納税地を所轄する税務署である。
申請期限は,原則として寄附の日から4か月以内であり,その期間を経過する前に寄附した年分の所得税の確定申告書の提出期限が来る場合は,その提出期限までとなる。
遺言の作成時には,受託者候補への相談と併せ,誰が資料を取りそろえ,申請を行うかを具体的に決めておくことが望ましい。
遺言執行者の指定だけで,全ての税務申請をその者が行えると考えず,法令上の申請者と税理士への依頼範囲を確認する。
第5 承認後の管理と取消しも予定する
非課税承認を得た後も,寄附財産の使途や必要書類の提出を管理する必要がある。
国税庁の前記案内6頁は,承認特例について,基金による管理を確認できる基金明細書の写しを所定の期限までに提出することを求め,期限内に提出しない場合の承認取消しを説明する。
同案内7頁は,公益信託事務の用に直接供されなくなった場合等の取消しと,事由に応じて寄附者又は受託者に所得税が課されることを説明している。
内閣府の証明申請等の手引き(https://www.koeki-info.go.jp/trust/documents/pcnz7wpzdf.pdf)も,基金の設置・証明,寄附者と受託者の手続及び非課税承認の取消しを扱っている。
財産を売却し,又は別の資産へ組み替えるときは,非課税承認を維持できる特例が適用されるかを,実行前に確認する必要がある。
認可・承認の取得時だけでなく,事務年度ごとの提出期限,資産の利用状況及び変更時の相談先を管理する仕組みが必要となる。
第6 現物拠出と,換価後の金銭拠出を比較する
不動産や株式をそのまま拠出する方法では,現物資産の受入れが可能か,評価・権利移転と所得税の非課税承認をどう進めるかが問題となる。
一方,先に不動産や株式を売却し,その金銭を拠出する方法では,売却により実現した譲渡所得の帰属と申告を検討する。
後で売却代金を公益信託へ拠出したという理由だけで,先行する売却の譲渡所得が当然になくなるわけではない。
国税庁の旧制度の質疑応答事例(https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/sozoku/03/11.htm)には,遺言に基づいて遺産を換価し,残金で特定公益信託を設定する事例がある。
同事例は令和7年8月1日現在の法令等を前提としており,新制度の認可・税務を一括して説明するものではない。
また,換価による譲渡所得の申告者を法定相続人とした同事例の結論を,文言や取得構造が異なる全ての遺言へ当てはめるべきではない。
遺言で換価と信託への拠出を命じる場合は,公益信託の受託者へ渡す金額だけでなく,売却費用,債務,税金及び遺言執行費用をどの順序で留保するかを具体化する。
信託へ財産を受け入れられない場合の代替取得者,残余財産の帰属及び遺留分への対応も,遺言全体と整合させる必要がある。
第7 弁護士と税理士が共有したい資料
実務では,公益目的と給付先の範囲,信託契約案又は遺言案,受託者・信託管理人の候補,認可の見込み及び拠出資産の一覧を先に共有することが望ましい。
資産ごとに,取得日・取得費の資料,時価の根拠,担保・借地権・譲渡制限の有無,現物拠出と換価のどちらを予定するかを対応させる。
弁護士は,遺言の文言,認可と財産移転の手順,遺留分,受入れ不能時の代替処理及び相続人・受託者の役割を整理する。
税理士は,納税義務者,譲渡所得の試算,非課税承認の区分・期限・添付資料及び承認後の提出物を確認する。
これは役割分担の一例であり,個別の委任契約と各専門職の業務範囲に合わせて調整する。
財産拠出の実行前に,認可,非課税承認,登記・名義変更,所得税申告及び承認後の管理を一つの工程表にすると,手続の取り違えを防ぎやすい。
第8 関連記事と出典
遺言信託(AI作成)(https://yamanaka-bengoshi.jp/2026/07/23/igon-shintaku/)
清算型遺言の清算金から信託を設定する場合―遺言執行者・受託者・受益者の役割,受託者への引渡し,代替条項及び課税(AI作成)(https://yamanaka-bengoshi.jp/2026/09/25/seisangata-igon-seisankin-shintaku-settei/)
主な根拠は,公益信託に関する法律2条・4条・6条・8条,相続税法12条1項4号・21条の3第1項4号,所得税法59条1項,租税特別措置法40条及び同法施行令25条の17である。
税務手続は,国税庁「公益信託に財産を拠出した場合における譲渡所得等の非課税の特例のあらまし」(令和8年7月,1頁~7頁)及び内閣府「公益信託に対する個人からの現物資産拠出のみなし譲渡所得税非課税承認~証明申請等の手引き~」(令和8年6月15日現在,本文1頁~3頁,9頁~11頁)による。
法令の要件,行政庁・国税庁の説明及び本記事で提案する資料共有・工程管理は,それぞれの性質を区別している。