第1 金属盗対策法の概要
1 成立と施行の時期
盗難特定金属製物品の処分の防止等に関する法律(令和7年法律第75号。以下「金属盗対策法」という。)は,令和7年6月20日に公布された。
指定金属切断工具の隠匿携帯の禁止等は令和7年9月1日から,特定金属くず買受業に関する規制は令和8年6月1日から施行されている。
本記事は,令和8年10月18日にe-Gov法令検索で確認した同法,同法施行令及び同法施行規則と,警察庁の公表資料に基づいて,同法の内容を説明する。
2 法律ができた背景
警察庁の「金属盗対策に関する検討会」の報告書(令和7年1月)によれば,金属盗の認知件数は統計を取り始めた令和2年以降増加傾向にあり,令和5年の被害総額は約132億8700万円で,同年の窃盗犯全体の被害額の約2割に相当する。
同報告書は,令和5年の金属盗の被害額のうち銅の被害が約7割を占めることも示している。
同報告書は,古物に当たらない金属くずの売却について,いわゆる金属くず条例を制定している17道府県を除き規制がなく,盗品の処分(売却)が容易な状況にあると指摘していた。
その上で,被害実態からまずは少なくとも銅を規制すべきであり,1万円未満の買取りについて本人確認義務等を免除することは抜け穴となるおそれがあるため適当ではない,との方向性を示した。
3 法律の目的と三つの柱
金属盗対策法は,特定金属くず買受業について買受けの相手方の氏名等の確認を義務付ける等の措置を講ずるとともに,指定金属切断工具を隠して携帯する行為を禁止すること等により,特定金属製物品の窃取の防止に資することを目的とする(同法1条)。
内容は,①特定金属くず買受業の規制(同法第2章),②指定金属切断工具の隠匿携帯の禁止(同法15条),③盗難の防止に資する情報の周知(同法16条)の三つに分けられる。
第2 規制の対象となる「特定金属くず」
1 特定金属は現時点では銅である
同法2条1号は,特定金属を「銅その他犯罪の状況、当該金属の経済的価値その他の事情に鑑み、当該金属を使用して製造された物品の窃取を防止する必要性が高い金属として政令で定めるもの」と定めている。
令和8年10月18日に確認した同法施行令には銅以外の金属を定める規定はなく,警察庁も,特定金属くずを「現時点では主として銅により構成されている金属くず」と説明している。
銅以外の金属は,政令で追加されるまでは同法の対象とならない。
2 製造過程で生ずるくずと古物は除かれる
特定金属くずは,主として特定金属により構成されている金属くずであるが,物品を製造する過程において生ずるもの及び古物営業法2条1項に規定する古物に該当するものを除く(同法2条3号)。
特定金属くず買受業は,特定金属くずの買受けを行う営業をいい,買受けの対価として金銭以外の財産上の利益を提供する場合も含む(同条4号)。
3 古物との境界
警察庁の「古物営業法等の解釈運用基準について」(令和8年5月14日)は,主として特定金属により構成されている物品について,本来の用法に従って使用することができるものは古物,使用できないものは特定金属くずに該当するとしている。
同基準は,古物に該当する場合は古物営業法に基づく相手方の確認義務等が,特定金属くずに該当する場合は金属盗対策法に基づく本人確認義務及び取引記録の作成義務が生じることに留意するよう求めている。
例えば,本来の用法に従って使用することができない状態となった室外機に係るくずは,古物ではなく特定金属くずに当たる可能性がある。
第3 特定金属くず買受業を営む者の義務
1 営業所ごとの届出と表示
特定金属くず買受業を営もうとする者は,営業所ごとに,氏名又は名称,住所,営業所の所在地等を,営業所の所在地を管轄する都道府県公安委員会に届け出なければならない(同法3条1項)。
届出書は,営業所の所在地を管轄する警察署長を経由して,特定金属くず買受業を開始しようとする日の前日までに提出する(同法施行規則1条2項)。
届出には,営業所及び特定金属くずの保管場所の平面図とそれらの周囲の略図のほか,個人は住民票の写し,法人は定款,登記事項証明書及び代表者の住民票の写しを添付する(同条5項)。
廃止したとき又は届出事項に変更があったときも,届出が必要である(同法3条2項)。
公安委員会は,届出をした者に届出番号等を通知し(同法4条),届出をした者は,営業所ごとに,公衆の見やすい場所に氏名等を表示しなければならない(同法5条1項)。
ウェブサイトでの公表も求められるが,常時使用する従業者の数が5人以下である場合や,管理するウェブサイトを有していない場合は除かれる(同条2項,同法施行規則3条2項)。
自己の名義で他人に特定金属くず買受業を営ませる名義貸しは,禁止されている(同法6条)。
同法の施行の際に既に特定金属くず買受業を営んでいた者は,施行の日から起算して3月を経過する日までの間は引き続き営業することができ,その間に届出をすることとされていた(同法附則2条)。
2 買受けの相手方の本人確認
特定金属くず買受業を営む者は,特定金属くずの買受けを行おうとするときは,国家公安委員会規則で定める方法により,買受けの相手方の本人特定事項を確認しなければならない(同法7条1項)。
本人特定事項は,自然人であれば氏名,住居及び生年月日,法人であれば名称及び本店又は主たる事務所の所在地である(同項)。
会社の代表者が会社のために取引を行うときのように,現に取引の任に当たっている自然人が相手方と異なるときは,その自然人についても本人確認を行わなければならない(同条2項)。
古物営業法と異なり,対価の額が少ないことを理由とする本人確認の免除はない。
本人確認が不要となるのは,過去に買受けの相手方となったことがある者からの買受けで代金をその者の預金又は貯金の口座への振込みにより支払う場合と,特定金属くずを自ら輸入する場合である(同法7条1項ただし書,同法施行規則6条1項)。
前者の場合も,相手方が本人確認記録に記録されている者と同一であることを確認し,口座番号等を記録して,買受けの日から3年間保存する(同法施行規則6条2項)。
3 本人確認記録と取引記録の3年間の保存
本人確認を行った場合は,直ちに本人確認記録を作成し,買受けの日から3年間保存しなければならない(同法8条)。
また,特定金属くずの買受けを行った場合は,直ちに取引記録を作成し,買受けの日から3年間保存しなければならない(同法9条)。
取引記録には,相手方の氏名又は名称,買受けの日付及び時刻,買い受けた特定金属くずの量・特徴・価額,代金の支払方法等を記録する(同法施行規則10条)。
4 盗品の疑いがあるときの申告
特定金属くず買受業を営む者は,取引の態様その他の事実に照らして,買受けに係る特定金属くずが盗難特定金属製物品に由来するものである疑いがあると認めたときは,直ちに,警察官にその旨を申告しなければならない(同法10条)。
公安委員会は,届出をした者に対し,盗難特定金属製物品に関する情報を電子メールの送信等の方法により提供するよう努めることとされている(同法14条)。
第4 公安委員会の監督と罰則
1 指示・営業停止命令・立入検査
公安委員会は,特定金属くず買受業を営む者又はその従業者等が同法その他の法令に違反したと認める場合において,盗難特定金属製物品の処分を防止するため必要があると認めるときは,本人確認の確実な実施を図るための措置その他の必要な措置をとるべきことを指示することができる(同法11条)。
特に必要があると認めるとき,又は指示に違反したときは,6月を超えない範囲内で期間を定めて,営業の全部又は一部の停止を命ずることができる(同法12条)。
また,報告・資料の提出を求め,警察職員に営業所や特定金属くずの保管場所へ立ち入らせて検査等をさせることができるが,この権限は犯罪捜査のために認められたものと解してはならない(同法13条)。
2 罰則
罰則は,次のとおりである。
| 違反行為 | 罰則 | 条文 |
|---|---|---|
| 営業停止命令に違反したとき | 1年以下の拘禁刑若しくは100万円以下の罰金又はその併科 | 21条 |
| 業務その他正当な理由なく指定金属切断工具を隠して携帯したとき | 1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金 | 22条 |
| 届出をしないで営業したとき,名義貸しをしたとき | 6月以下の拘禁刑若しくは100万円以下の罰金又はその併科 | 23条 |
| 虚偽の届出,廃止・変更の届出をしないこと,報告・検査の拒否等 | 30万円以下の罰金 | 24条 |
法人の代表者又は法人若しくは人の代理人等が,その業務に関し,21条,23条又は24条の違反行為をしたときは,行為者を罰するほか,その法人又は人にも各本条の罰金刑が科される(同法25条)。
本人確認,記録の作成・保存及び申告の義務(同法7条~10条)の違反には直接の罰則は置かれておらず,指示や営業停止命令によって是正を図り,命令に違反した場合に罰則を科す構造となっている。
第5 指定金属切断工具の隠匿携帯の禁止と情報の周知
何人も,業務その他正当な理由による場合を除いては,指定金属切断工具を隠して携帯してはならない(同法15条)。
指定金属切断工具は,ケーブルカッター,ボルトクリッパーその他の特定金属を切断することができる工具であって,一般消費者が通常生活の用に供することが少なく,特定金属製物品の窃取の用に供されるおそれが大きいものとして政令で定めるものであり(同法2条5号),同法施行令1条が一定のケーブルカッターとボルトクリッパーを定めている。
警察庁は,一定の長さ又は機構を有するケーブルカッター及びボルトクリッパーを,業務その他正当な理由なく隠して携帯することが禁止されると説明している。
また,警察本部長等は,太陽光発電設備を設置する者その他の盗難に遭うおそれが大きい者に,特定金属製物品の盗難の防止に資する情報を周知するよう努めることとされている(同法16条)。
第6 古物営業法・条例との関係と対象外の物
1 古物営業法との違い
古物に当たる金属製品の買取りは,引き続き古物営業法の規制を受ける。
古物商は,古物を買い受けるときに相手方の住所,氏名,職業及び年齢を確認し(古物営業法15条1項),取引の内容を帳簿等に記載して,最終の記載をした日から3年間保存しなければならない(同法16条,18条1項)。
古物営業法では,対価の総額が1万円未満の取引について確認・記載が原則として免除されるが(同法15条2項1号,16条ただし書),令和7年10月1日からは,エアコンディショナーの室外ユニット・電気温水機器のヒートポンプ,電線及び金属製のグレーチングも,1万円未満でも確認等が必要な古物に加えられた(古物営業法施行規則16条2項)。
これに対し,金属盗対策法には少額の取引を理由とする本人確認の免除がなく,確認する事項は氏名,住居及び生年月日(法人は名称及び所在地)である。
古物営業法20条のような盗品の無償回復の特則は,金属盗対策法には置かれていない。
2 条例との関係
金属盗対策法の規定は,地方公共団体が,同法に規定するもののほか,金属くずの買受けに関し条例で必要な規制を定めることを妨げるものではない(同法20条)。
金属くず条例を設けている地域で営業する場合は,条例上の義務も併せて確認する必要がある。
3 同法の対象とならない物
金属盗対策法の対象は,主として特定金属により構成されている金属くずに限られる。
銅以外の金属や,めっきに用いる金の化合物のような化学薬品は,現時点では同法の対象とならないと考えられる。
こうした物の買取りに古物営業法や犯罪収益移転防止法が適用されるかは,古物営業法の「古物」の範囲―未使用品・原材料・工業用貴金属と犯罪収益移転防止法の「貴金属等」の違い(AI作成)で説明している。
社員が会社の物品を買取業者に売却した場合の取戻しは社員が会社の物品を買取業者に売ったときの取戻し―民法193条・194条と古物営業法20条,窃盗と業務上横領の区別(AI作成)で,買取業者の民事責任は古物商の継続買取りと後続の窃盗―民法719条1項前段・後段及び2項の責任要件(AI作成)で扱っている。
第7 関係する事業者が確認しておきたい事項
1 金属くずの買取業者
①銅を主とする金属くずの買受けを行う営業所ごとに届出をしたか(同法3条1項)
②本人確認の方法と,口座振込みによる2回目以降の免除を用いる場合の同一性確認の手順を定めたか(同法7条,同法施行規則4条・6条)
③本人確認記録と取引記録を,買受けの日から3年間保存できる仕組みがあるか(同法8条・9条)
④盗品の疑いがあると認めたときに,直ちに警察官に申告する手順を定めたか(同法10条)
⑤古物に当たる物と特定金属くずを区別して受け付けているか
2 盗難の被害に遭った事業者
太陽光発電設備や工事現場等で銅線等の盗難に遭った事業者は,被害届の際に,被害品の種類,量,形状その他の特徴を具体的に伝えることが重要である。
買受業者には本人確認記録と取引記録を3年間保存する義務があるため,盗品が買受業者に持ち込まれていれば,これらの記録が被害品の流れを確かめる手掛かりになり得る。
被害品の回復や買受業者への請求は,民法193条・194条等の一般の規定と,買受業者の注意義務の有無を個別に検討することになる。
第8 出典
1 法令
①e-Gov法令検索「盗難特定金属製物品の処分の防止等に関する法律」1条~25条並びに附則1条及び2条
②e-Gov法令検索「盗難特定金属製物品の処分の防止等に関する法律施行令」1条及び附則
③e-Gov法令検索「盗難特定金属製物品の処分の防止等に関する法律施行規則」1条,3条,4条,6条及び10条
④e-Gov法令検索「古物営業法」2条,15条,16条,18条及び20条
⑤e-Gov法令検索「古物営業法施行規則」16条
法令は令和8年10月18日に確認した。
2 警察庁の資料
①警察庁「金属盗対策」
②警察庁「金属盗対策に関する検討会報告書」(令和7年1月)2頁,6頁,14頁,15頁及び19頁
③警察庁生活安全局長「古物営業法等の解釈運用基準について」(令和8年5月14日,警察庁丙生企発第51号)26頁・27頁
④警察庁生活安全局長「古物営業法施行規則の一部を改正する規則の施行について」(令和7年8月20日,警察庁丙生企発第62号)
資料は令和8年10月18日に確認した。