第1 令和8年改正の成立と施行状況
1 改正法の正式名称と日付
令和8年の産業競争力強化法改正は,「経済社会情勢の変化を踏まえた企業の事業活動の持続的な発展を図るための産業競争力強化法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第29号)によるものである。
同法案は令和8年3月6日に第221回国会へ提出され,同年5月29日に成立し,同年6月5日に公布された。
令和8年10月15日現在,産業競争力強化法には同年6月5日施行及び同年7月31日施行の改正部分が反映されている一方,公布日から6か月以内の政令指定日に施行される部分が残っている。
したがって,令和8年改正の施行日は一日だけではなく,利用する条項と支援措置に応じて確認する必要がある。
産業競争力強化法の目的と主要制度の全体像は,産業競争力強化法とはで整理している。
2 改正の背景
経済産業省は,物価及び事業費の上昇,国際経済事情の急激な変化,国内投資の伸び悩み,人口減少並びに少子高齢化による地域の生活基盤の弱体化などを改正の背景としている。
改正法は,大規模な国内成長投資を促す制度,経済環境の変化に対応する事業適応計画の新類型,地域の生活維持に必要な事業の転換を支援する制度を整備した。
改正は産業競争力強化法だけでなく,地域経済牽引事業促進法,貿易保険法,租税特別措置法その他の関係法令にも及ぶ。
第2 特定生産性向上設備等と国内成長投資
1 特定生産性向上設備等とは
改正法は,産業競争力強化法上の生産性向上設備等のうち,事業の将来における高い生産性の確保に特に資するものとして経済産業大臣の確認を受けたものを「特定生産性向上設備等」と定義した。
これは単に新しい設備を購入すれば該当するという制度ではなく,設備を用いる事業計画,投資効果,投資規模,取得及び使用の時期その他の法令上の要件を満たし,所定の確認を受けることを前提とする。
建物だけの取得,貸付けを目的とする設備その他の除外対象が定められるため,投資総額だけで判断することはできない。
2 法案説明に示された基準
経済産業省の令和8年3月6日付け法案説明では,特定生産性向上設備等について,投資利益率15%以上,投資規模35億円以上,中小企業等については5億円以上などの要件を満たす投資を対象とする制度として説明されている。
これらの数値は制度の中心的な目安であるが,最終的な適用は,施行後の省令,告示,確認手続及び租税特別措置法上の要件によって判定される。
設備の種類,事業年度,取得時期及び供用時期によって扱いが異なり得るため,公表資料の概要だけで投資判断や税務処理を確定すべきではない。
3 税制上の支援との関係
経済産業省は,令和8年度税制改正における「大胆な投資促進税制」として,原則全業種を対象に即時償却又は税額控除7%等を措置する制度と説明している。
ただし,産業競争力強化法上の確認又は計画認定は,税額控除等を受けるための一つの前提であり,それだけで税務上の適用が確定するものではない。
租税特別措置法,対象設備の取得価額,供用時期,控除限度額,繰越しその他の税務要件を別に確認する必要がある。
第3 国際経済事情激変事業適応
1 対象となる変化
国際経済事情激変事業適応は,予見し難い国際経済事情の急激な変化に対応して行う事業適応である。
典型的には,関税その他の通商措置,地政学的な変化又は国際的な供給網の急変に対応するため,国内における生産能力や供給体制を再構築する投資が問題となる。
通常の景気変動や当初から予測されていたコスト変化まで当然に含まれるわけではなく,実施指針,事業分野別実施指針及び個別計画との適合が審査される。
2 計画認定と支援
事業者は,対象となる事業変更,設備投資,実施時期,実施場所,生産性向上又は需要開拓の見込み及び資金調達などを記載した事業適応計画を作成し,主務大臣の認定を申請する。
認定計画に従って行う設備投資について,日本政策金融公庫のツーステップローンその他の金融支援が用意されている。
また,特定生産性向上設備等と結び付く計画では,税額控除の繰越しに関する制度との関係も問題となる。
第4 事業費上昇事業適応
1 制度の対象
事業費上昇事業適応は,事業に要する費用の上昇による事業環境の変化に対応して行う事業適応である。
原材料費,エネルギー費,労務費,物流費その他の費用が上昇したという事情だけで直ちに認定されるのではなく,その変化に対応するために生産性向上又は新たな需要開拓を目指す具体的な事業変更が必要となる。
単なる資金繰り支援ではなく,設備投資や事業構造の変更を通じた持続的な対応を計画する制度として位置付けられている。
2 認定計画に記載する事項
事業費上昇事業適応計画には,目標,内容,実施時期,実施場所及び経営方針の決議又は決定の過程などを記載する。
地域経済牽引事業用工場等に相当する工場又は事業場や情報処理施設に関する特例を利用するときは,その要件及び関係法令も確認する必要がある。
認定後も,計画変更,実施状況の報告及び認定取消しに関する規定の対象となり得る。
第5 生活維持物品役務需要減等事業適応
1 地域の生活基盤を支える制度
生活維持物品役務需要減等事業適応は,人口減少や少子高齢化に伴い,地域住民の生活維持に必要な物品又は役務の需要が減少することなどに対応して行う事業変更を対象とする。
小売,交通,生活関連サービスその他の事業において,従来と同じ供給方法を維持するだけでは持続が難しい地域で,事業の共同化,設備の効率化又は提供方法の変更などを行う場合が想定される。
対象となる物品又は役務,地域,事業者及び事業変更の内容は,法令及び実施指針に基づいて個別に判断される。
2 支援措置
認定計画に従って実施する事業について,中小企業信用保険法の特例による保証その他の支援措置が設けられた。
この制度は,国際経済事情激変事業適応及び事業費上昇事業適応と背景,対象及び支援手段が異なるため,同じ申請様式又は同じ認定基準であると考えてはならない。
地域の需要減少という事情と,対象事業が地域住民の生活維持に果たす役割を具体的に示す必要がある。
第6 申請前の実務上の確認事項
1 利用目的から制度を選ぶ
設備投資に関する税制を利用したいのか,国際的な供給網の変化に対応する資金調達を行いたいのか,費用上昇に対応して事業を転換したいのか,又は地域の生活維持事業を再構築したいのかを最初に分ける必要がある。
制度名が似ていても,計画の認定主体,基準,必要書類及び支援措置は異なる。
2 基準日と施行状態を確認する
申請又は設備取得を予定する日を基準として,産業競争力強化法,施行令,関係省令,告示,実施指針及び租税特別措置法の施行状態を確認する。
e-Gov法令検索で「未施行あり」と表示される場合には,現在施行されている条文と将来施行される条文を取り違えないよう,時点指定又は改正履歴を確認する必要がある。
3 事前相談と社内決定を進める
正式申請の前に,計画を所管する省庁又は地方支分部局へ相談し,自社の事業と希望する支援措置に適合する計画類型を確認することが有用である。
同時に,投資採算,実施場所,資金調達,税務上の適用,取締役会等の意思決定及び認定後の報告体制を社内で整理する必要がある。
申請書の作成だけでなく,認定後に計画どおり実施し,変更が生じたときに所定の手続を行える管理体制が重要である。
第7 よくある質問
1 令和8年改正はいつから施行されたか
公布日は令和8年6月5日であり,一部は公布日に施行され,主要な別の部分は同年7月31日に施行された。
さらに公布日から6か月以内の政令指定日に施行される部分があるため,対象条項ごとの確認が必要である。
2 35億円以上を投資すれば必ず税制を利用できるか
必ず利用できるわけではない。
投資規模だけでなく,投資利益率,設備の内容,取得及び供用の時期,確認及び計画認定並びに税法上の要件を満たす必要がある。
3 中小企業も対象となるか
特定生産性向上設備等に関する経済産業省の説明では,中小企業等について投資規模の基準を5億円以上とする枠組みが示されている。
また,事業費上昇又は生活維持物品役務需要減等への対応では,中小企業基盤整備機構による債務保証や信用保険の特例など,中小企業に関係する支援が含まれる。
個別制度における中小企業等の定義と対象要件を確認する必要がある。
第8 出典
2 日本法令索引「経済社会情勢の変化を踏まえた企業の事業活動の持続的な発展を図るための産業競争力強化法等の一部を改正する法律」
4 経済産業省「経済社会情勢の変化を踏まえた企業の事業活動の持続的な発展を図るための産業競争力強化法等の一部を改正する法律案が閣議決定されました」
5 e-Govパブリック・コメント「産業競争力強化法施行規則の一部を改正する省令(案)等に対する意見募集の結果について」