第1 20条・21条・22条の関係
1 独立,正当な利益及び意思尊重
弁護士は,依頼者の権利及び正当な利益のために,専門家として独立した判断をしながら職務を行う。
法律構成や書面の表現等の手段・方法に裁量があることと,和解をするかどうかやその基本的内容を説明して依頼者の意思を確認することは両立する。
「すべて任せる」という言葉だけで,重要な決定についての確認が一律に不要になるわけではない。
弁護士職務基本規程20条は,受任及び事件処理における自由と独立,21条は依頼者の権利及び正当な利益の実現,22条は委任の趣旨に関する依頼者の意思の尊重と意思確認を定める。
日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説 弁護士職務基本規程』第4版55頁~67頁は,これらの規律を,依頼者との信頼関係,専門的な判断及び自己決定の保障という視点から説明している。
独立を依頼者の意思を無視する権限として理解することも,意思尊重をあらゆる要求への追従として理解することも適切ではない。
2 82条2項と具体的な説明・協議の規律
82条2項は,20条から22条までを行動指針又は努力目標を定めたものとして解釈し適用することを定める。
形式的な違反の指摘だけから,直ちに懲戒の結論を導くことはできない。
他方,依頼者への説明・情報提供や重要な方針の協議が不要となるわけではない。
29条は受任時の見通し,処理方法及び費用の説明等を,36条は事件の経過及び帰趨に影響する事項についての報告・協議を定める。
一般的な意思尊重の規律と,具体的な説明・協議の規律を対応させて,何を確認し,どの情報を伝えたかを検討する必要がある。
規程全体と82条は現行条文・主要論点の総合解説,29条・36条は説明義務・報告義務を参照されたい。
第2 弁護士が専門判断をする範囲
1 法律構成・書面の表現・証拠の選択
『解説』第4版56頁及び64頁は,弁護士の専門的裁量の例として,請求の法律構成,主張の表現及び証拠の取捨選択等を挙げる。
依頼者が自分の言葉をすべて書面に載せたいと希望しても,法律上の争点,裏付け及び相手方・裁判所への伝わり方を踏まえて,弁護士が表現や構成を提案することがある。
これは専門的判断の問題であり,直ちに依頼者の意思を無視した処理となるわけではない。
もっとも,裁量は委任の趣旨の範囲内で行使される。
依頼の目的と異なる解決を目指したり,権利の処分に関する重要な条件を,説明なしに変更したりしてよいという意味ではない。
専門判断によって希望した方法を採れないときは,依頼者が理由と代替案を理解できるように協議することが有用である。
2 委任の目的と範囲を確認する
依頼の初めには,どの紛争について,何を実現するため,どの業務を委任するのかを確認する必要がある。
相談のみ,交渉のみ,訴訟代理及び判決後の回収等では,依頼する業務が異なる。
包括的な表現を用いる場合も,対象事件と業務範囲が分かるようにし,費用の説明と対応させる。
次の表は,専門的な判断,本人による重要な決定及び権限確認を区別するための例である。
具体的な委任内容と手続に応じて判断する必要があり,すべての事件に共通する権限の一覧ではない。
| 問題となる事項 | 基本的な検討 | 確認すること |
|---|---|---|
| 法律構成・書面の表現 | 専門判断による手段・方法の選択 | 委任の目的,事実の正確性,主張の根拠 |
| 和解の可否・基本的内容 | 本人の自己決定と説明・協議 | 解決条件,譲れない点,変更時の意思確認 |
| 特定書証の提出合意 | 裁量と具体的合意の関係 | 合意内容,提出の利益,変更の必要性 |
| 代理人が行える行為 | 委任・代理権と手続上の権限 | 契約と委任状の範囲,必要な授権 |
委任契約の範囲,費用及び清算については,弁護士の委任契約書を参照されたい。
第3 依頼者の判断を求める事項
1 和解の可否と基本的内容
『解説』第4版56頁及び64頁は,和解をするかどうかと,和解の基本的内容について,依頼者の自己決定を尊重する必要があると説明する。
金銭額だけでなく,支払時期,清算の範囲,秘密保持,接触等に関する条件も,依頼者の利益と意思決定に影響することがある。
条件の全体と,合意によって終結する範囲を示して確認することが重要である。
同書は,具体的な同意がない場合でも,推定的な承諾が認められる等の事情によって,直ちに懲戒又は損害賠償責任となるとは限らないことも説明する。
この留保を,事前の説明や意思確認を省く一般的な根拠として使うべきではない。
依頼者が決定できる状況であれば,重要な条件について確認し,その内容を記録することが有用である。
(1) 和解案を事前に示さなかった事例
日弁連綱紀審査会平成20年2月19日議決(平成19年〔コシ〕第82号,第11集160頁~162頁)は,依頼者の立会いなく100万円の和解を成立させた事例で,懲戒審査相当の議決が得られなかったものである。
原弁護士会の議決は,最終的な和解案を事前に示しておらず,依頼者に確認せず成立させるとは予想していなかった面があるとして,慎重な配慮を欠いた点を指摘した。
他方,従前の交渉での了解,請求額と回収の見通し,成立後の清算・金員受領・別件委任等の経過を総合して,概略の了解があったと評価した。
これは,本人不在の和解や,成立後に金銭を受領した和解が一律に許されるという判断ではない。
実務では,金額,別の請求を放棄する範囲,告発等に関する条件を含む最終案を示して確認する必要がある。
事後の清算だけを,事前の意思確認に代わるものとして扱わない。
なお,同議決では原議決中の和解条項の記載を「その余の請求を棄却」から「その余の請求を放棄」へ訂正している。請求放棄と裁判所による棄却も区別する。
(2) 基本条件の説明と判断の射程
前記の事例は,個別の交渉・清算経過から懲戒審査の要否を判断したものであり,和解の効力や損害賠償責任について一般的な結論を示したものではない。
説明と意思確認を行ったか,どの条件について了解があったかを,記録に基づいて確認することが重要である。
2 重要な条件変更と包括的な「お任せ」
依頼者から「専門家に任せる」と言われたときも,どの範囲を委ねるのかを明確にする必要がある。
たとえば,提示する金額の範囲,最低限必要な条件,金銭以外の条項についての希望を確認しておけば,新しい案が出たときに再協議が必要な点を判断しやすい。
確認した範囲を超える条件や,依頼者が重視する条件の変更が出た場合には,その不利益や代替案を説明して意思を確かめる。
本人の意思確認が十分だったかという倫理・委任上の問題と,代理権の範囲,裁判上の和解の効力及びその効力を争う手続は別の問題である。
確認不足という事実だけから,成立した和解が当然に無効になるとはいえない。
効力を争う必要があるときは,委任状,和解調書,事前の協議内容及び手続の経過を確認する必要がある。
(1) 金銭以外の条項を当日追加した事例
日弁連綱紀委員会平成21年1月21日議決(第12集163頁~166頁)は,和解当日に,相手方への不当な架電・居宅訪問等をしない旨の条項を,依頼者に事前確認せず加えた事例で,異議申出を棄却した。
金額や分割条件などの経済的条件については事前の了解があったが,この追加条項については打合せがなかった。
原弁護士会は,裁量事項であるとの弁明を相当とは認めず,慎重さを欠いたとした。日弁連も,訴訟物に直接関係しないから当然に裁量事項となるわけではないとした。
日弁連が非行とは認めなかったのは,条項を正当な理由のない接触や危害の禁止に限定したこと,依頼者が現に危害を加えていたことを前提としないこと,有利な金銭条件,その場で成立させる必要性等を総合したためである。
追加条項が依頼者を一方的に危険人物のように扱う印象を与え得る点や,依頼者が求めていた謝罪との関係について,慎重さを欠いたことも指摘されている。
(2) 金額の了解と条項全体の了解を分ける
この事例からは,金額が有利であることと,金銭以外の義務・名誉に関わる条件について意思を確認することを,分けて検討する必要があるといえる。
裁判所の説得や相手方の当日提案があっても,当然に包括的な「お任せ」の範囲内となるわけではない。
当日に条件が変わったときは,変更部分を具体的に示し,依頼者の利益・不利益と,協議を続ける選択肢を確認することが有用である。
第4 証拠提出の希望と具体的な合意
1 取捨選択の裁量と変更理由の協議
依頼者が提出を希望する資料について,弁護士は争点との関係,証明できる内容,信用性及び不利益となる記載の有無等を検討する。
証拠の数を増やすことと,必要な事実を適切に立証することは同じではない。
希望した資料を採用しない場合には,何を立証するための資料か,別の方法で対応できるかを協議することが有用である。
証拠の真実性や取得方法に問題がある場合は,通常の取捨選択とは別の規律を検討する。
依頼者が提出を希望することだけで,虚偽証拠の提出や違法な収集への関与が許されるわけではない。
詳細は,真実義務と虚偽の証拠及び不当な依頼への対応を参照されたい。
2 特定書証の提出合意と意味のある利益
『解説』第4版64頁は,特定の書類を書証として提出することについて依頼者との合意があり,その提出が依頼者にとって意味のある利益だった事案で,不提出が裁量逸脱として問題となった議決例を紹介している。
単に資料の提出を希望したという事情だけでなく,具体的な合意と,その提出の意味が考慮された例である。
同書の紹介を,あらゆる提出希望がそのまま義務になるという一般則に置き換えない。
合意した提出方針を変更する必要が生じたときは,合意の内容を確かめ,なぜ変更が必要なのか,依頼者の利益をどう確保するかを協議することが重要となる。
期限までに提出する予定の資料が揃わない場合も,連絡の経過,追加調査の必要性及び代替手段を確認する。
記録には「提出しない」だけでなく,対象資料とその理由,説明した内容を残すことが有用である。
(1) 提出合意を認定した根拠と原弁護士会との違い
日弁連綱紀委員会平成26年3月19日議決(平成25年綱第1382号,第17集104頁~110頁)は,離婚訴訟の控訴審で,提出を合意した耐震診断報告書と診療録の写しを提出せず,依頼者にも知らせなかった事例を,懲戒審査相当とした。
原弁護士会は,資料の古さや建物評価への証明力等から,専門家としての裁量を逸脱したとは認めなかった。
これに対し日弁連は,依頼者とのメールによる陳述書の修正,資料の受渡し,弁護士自身が付した書証番号,陳述書での援用を根拠に,両資料を独立の書証として提出する合意を認定した。
議決は,一般論として提出方針を再検討して合意を見直すことまで否定していない。
本件では,両資料を援用する陳述書自体が提出済みであり,それらの不提出は合意に反するだけでなく,陳述書の裏付けを欠かせるものとなっていた。
陳述書と証拠説明書の書証番号・資料名の食い違いも,杜撰な委任事務処理として評価された。
(2) 勝敗への影響だけでは測れない利益
耐震診断報告書には具体的な減損額がなく,それだけで建物評価を減額できるとは判断されていない。
しかし,構造上の問題についての記載から,釈明や追加の準備を経て減損額を立証する可能性があり,提出合意から生まれるその可能性は依頼者にとって意味のある利益とされた。
診療録の写しについては,具体的な有利な可能性を考えにくいとしても,合意した証拠を提出して訴訟活動を尽くすという利益が認められた。
この判断は,依頼者が希望した資料をすべて提出すべきという一般則でも,提出すれば勝訴したという認定でもない。
具体的な合意,依頼者にとっての利益,提出書面と証拠の整合性を併せて評価したものである。
また,ここで確認した結論は懲戒委員会への審査を求める段階の判断であり,最終的な懲戒処分を認定したものとして紹介していない。
実務では,陳述書,証拠説明書,実際に提出する資料を突き合わせ,提出方針を変更するなら理由と依頼者の意思を確認して記録することが重要となる。
第5 指示に従えない場合の説明と対応
1 法的評価の相違と違法・不当な要求
依頼者と弁護士の法的評価が異なることは,それだけで依頼の目的が不当であることを意味しない。
依頼者が主張したい事実,求める解決及び法的な実現可能性を分け,見通しと理由を説明する必要がある。
期待する結果が得られない可能性も示し,採り得る方法を協議する。
一方,虚偽証拠を作る,違法な手段を使う等の要求には,14条・31条等の規律が関係する。
委任した以上はすべての指示に従う義務があると捉えず,要求の内容と許されない理由を具体的に説明する必要がある。
刑事弁護で無罪の主張・立証を行うことを,弁護人の主観的心証だけから不当な要求と評価しない点にも注意を要する。
2 方針協議・追加相談・辞任時の対応
意見の相違があれば,まず依頼の目的と進め方を確認し,変更できる点,できない点及び代替案を協議する。
依頼者が別の弁護士の意見を求めたい場合は,セカンドオピニオンと弁護士の追加依頼の問題も関係する。
説明や協議を通じても事件処理を続けられない場合には,辞任の要件とその後の措置を検討する。
意見が合わないからといって,事件を放置したり,期限や資料の引継ぎを曖昧にしたりしてよいわけではない。
辞任を検討するときは,依頼者に生じる不利益と進行中の手続を確認する必要がある。
詳しくは,辞任と不利益防止を参照されたい。
第6 意思確認の方法と記録
1 理解度に応じた説明と確認記録
『解説』第4版63頁は,自己決定の前提として,依頼者の理解度に応じた情報提供を説明する。
専門用語による説明だけで理解が難しい場合には,書面,図又は選択肢の比較等を用いることが考えられる。
説明したという事実に加え,何を選び,どの範囲を委ねたのかを確かめることが重要である。
| 記録する事項 | 内容の例 | 確認する場面 |
|---|---|---|
| 委任の目的 | 求める解決,対象事件,業務範囲 | 受任時及び目的の変更時 |
| 重要な条件 | 和解額,清算範囲,金銭以外の条件 | 提案時及び条件変更時 |
| 判断を委ねる範囲 | 弁護士が選べる手段と再確認が必要な事項 | 包括的に任せると言われたとき |
| 証拠提出の合意 | 資料名,提出目的,方針変更の理由 | 合意時及び提出方針の変更時 |
| 説明・回答の経過 | 提示資料,日時,連絡方法,依頼者の回答 | 重要な協議の都度 |
この表は法定の様式ではなく,認識のずれを防ぐための記録例である。
記録する個人情報・事件情報は必要な範囲にとどめ,アクセスと保管にも配慮する。
2 意思表明の補助,意思能力及び代理権
22条2項は,疾病その他の事情で意思を十分に表明できない依頼者について,適切な方法で意思確認に努めることを定める。
家族等の同席,説明方法の工夫又は意思疎通の補助を検討する場合も,誰が依頼者であり,誰の意思を確認しているかを明確にする必要がある。
同席する家族の希望を,本人の意思と当然に同一視しない。
『解説』第4版63頁~65頁は,意思を十分に表明できない場合と,意思能力が問題となる場合を区別する。
本人の意思表明を補助すること,法的な意思能力・行為能力の問題,代理権の有無及び秘密を共有できる範囲は,それぞれ別に検討する。
具体的な相談場面は,家族が付き添って弁護士に相談するときを参照されたい。
第7 出典と関連する解説
1 現行規程と第4版の参照頁
① 日本弁護士連合会「弁護士職務基本規程」,20条,21条,22条,29条,36条及び82条等。
② 日本弁護士連合会弁護士倫理委員会編著『解説 弁護士職務基本規程』第4版(令和8年),55頁~67頁及び249頁~250頁。同書は,はしがきで日弁連の公式見解ではないことを明示している。
③ 和解と証拠提出について,第11集160頁~162頁,第12集163頁~166頁,第17集104頁~110頁に収録された日弁連の議決書と原弁護士会の議決書を確認した。第17集の結論は懲戒審査相当であり,最終処分の確認とは区別する。
2 説明・報告,家族同席及び刑事弁護
受任時と受任後の説明は説明義務・報告義務,意思疎通の補助は家族同席と本人の意思確認,違法・不当な要求は不当な依頼への対応を参照されたい。
刑事弁護の防御権と最善の弁護については,刑事弁護人の基本義務で別に扱っている。