第1 AIサービスの商用利用条件と本人の許諾を分けること
1 誰の何を,どの段階で利用するか
広告動画やナレーションの制作に生成AIを利用するときは,サービスの「商用利用可」という条件だけで権利処理が完了するわけではない。サービス提供者との利用条件と,肖像・声の本人から受ける許諾は,確認対象が異なるからである。
最高裁平成24年2月2日判決は,肖像等の顧客吸引力を排他的に利用するパブリシティ権を人格権に由来する権利として認め,専らその顧客吸引力を利用する目的の無断使用を違法とした。営利利用や無断利用という事実だけで,常に侵害となるわけではない。
法務省の令和8年8月の解釈指針は,声も同判決の「氏名,肖像等」に含まれると整理する。ただし,最高裁判決自体がAI合成音声を判断したものではなく,解釈指針も新法又は裁判所を拘束する判例ではない。
以下の契約確認事項は,この解釈指針等を踏まえた実務上の提案である。法令がすべての契約に同じ条項を義務付けているという趣旨ではない。
2 利用工程を一つの「AI利用」にまとめないこと
制作担当者は,素材の収集・入力,モデルの学習・追加学習,生成,納品,広告公開,別媒体への再利用及び第三者への提供を分けて利用計画を作るべきである。
法務省報告書は,生成物の公開,AIサービスの提供及び学習用データセットの販売をそれぞれ検討している。特定人を再現するための学習行為それ自体がパブリシティ権侵害となるかについては,見解が分かれている。学習について一律に適法又は違法と断定せず,契約では,何を許諾し,何を許諾しないかを明らかにする必要がある。
声や肖像についての許諾と,素材となる録音,写真,楽曲等についての著作権・著作隣接権の処理も別である。基本的な権利の区分は,AIによる声・肖像の無断模倣と現行法で整理している。
第2 許諾する人の権限と利用範囲を確認すること
1 本人,所属事務所及び制作会社の権限
所属事務所や代理店と契約する場合は,その者が本人からどの範囲の許諾権限を受けているかを確認する。出演の管理をしていることだけから,学習用音声の提供,合成音声の生成,又は第三者への再許諾まで認められているとは扱わない。
法務省報告書は,利用許諾の内容は基本的に契約で定まる一方,独占的な利用許諾であっても,当事者間で効力を持つものであり,第三者との関係で本人に代わって当然にパブリシティ権者となるものではないと説明する。
確認結果は,契約の当事者,対象本人,許諾権限の根拠資料,対象素材及び再許諾の可否が結び付くように残すべきである。本人に確認すべき事項が未確定であれば,生成・公開のどの工程を保留するかも決める。
2 媒体,期間,地域,発言内容及び再利用
契約では,利用する肖像・声,素材,制作目的,商品・役務,媒体,掲載期間及び地域を具体化する。別の商品広告,別のSNSアカウント,海外向け配信又は次のキャンペーンへ転用する場合の再承認も検討する。
合成音声については,本人が実際には述べていない文章を発話させることを含むのか,どの内容が許諾対象なのかを確認する。政治的主張,性的表現,第三者への評価又は商品推奨など,本人の社会的評価や意思に関わる内容を包括的な「加工可」で済ませないことが重要である。
モデルの追加学習,モデル・音声データの共有,制作会社による他の顧客向け利用及びサービス提供者による学習利用についても,広告掲載の許諾とは別に確認する。許諾があっても,素材の取得経路や第三者の権利を確認する作業は残る。
第3 制作委託と公開前の承認を結び付けること
1 制作会社とAIサービス提供者への確認
制作委託先には,使用サービス,入力素材,学習・保存の取扱い,再委託先及び生成物の納品条件を確認する。制作会社が把握できないサービス内部の処理については,確認できた規約・説明と未確認の実態を分けるべきである。
経済産業省の令和8年4月の手引きは,AI提供者の責任について,侵害の蓋然性・重大性,侵害発生の認識可能性及び合理的な防止措置等を検討する。規約上の注意喚起や特定の技術的措置があることだけで,あらゆる場合の免責が確定するものではない。
契約上の責任分担では,誰が権利処理を行い,どの資料を渡し,申告を受けたときに誰が調査・停止判断をするかを定める。補償条項がある場合も,対象となる第三者請求,通知,防御への協力,費用及び責任制限との関係を確認する。委託先との責任分担は,本人その他の第三者に対する責任の判断を当然に変更するものではない。
2 音声ファイルだけでなく公開画面全体を承認すること
法務省報告書は,本人の声の利用に当たるかについて,音の類似性に加え,タイトル,説明文,映像その他の付加情報を考慮するとの整理を示している。したがって,公開前の確認対象を音声ファイルや人物画像だけに限定すべきではない。
本人名,肩書,キャラクター名,商品名,字幕,サムネイル及び説明文を含む公開予定画面を確認し,最終版と承認記録を対応させる。承認後に文言や利用商品が変わった場合の再確認も決めておくべきである。
「AI生成」と表示することは,許諾の代わりにはならない。その表示が本人名と結び付けば,本人の声であるとの識別を強めることもある。不正競争防止法上の混同が弱まるかという問題と,パブリシティ権等による保護は分けて検討する必要がある。
第4 契約終了と権利侵害申告への対応を設計すること
1 終了後に止められるものと残るもの
契約終了時には,広告掲載の停止,公開済み動画の削除,素材・生成物の保存又は削除,モデルへのアクセス停止及び再利用禁止を区別する。元の入力ファイルを削除することと,既に学習したモデルの影響を除去することは同じではない。
実行可能性を確認しないまま,第三者が管理するモデルを含めて「すべて完全に消去する」と約束すべきではない。委託先・サービス提供者が実行できる措置,必要な期間,対象外となるバックアップ等,完了報告及び確認方法を詰める必要がある。
掲載停止・削除後も,他媒体,転載及び再公開の確認が残る。法務省報告書は,差止請求について,現に行われる侵害又は将来の侵害を防止する必要性を検討している。契約上も,対応したという連絡と,公開状態の確認結果を分けて記録するのが合理的である。
2 本人と許諾先の連携,通知及び証拠保全
パブリシティ権侵害の請求主体は,原則として本人である。独占的な許諾を受けた事務所等には,一定の場合に債権侵害による損害賠償請求が認められ得るが,本人と同じ差止請求権を当然に持つわけではない。法務省報告書の代位行使の検討にも,見解の対立と例外的な場面という限界がある。
契約では,侵害申告の窓口,本人への連絡,資料提供,代理人への依頼及び対応費用を確認する。ただし,協力条項を書けば,許諾先が当然に本人に代わって訴えられると説明してはならない。
申告時には,公開URL,対象の音声・画像,画面全体,確認日時,利用商品・表示及び許諾範囲との不一致を保存する。その上で,相手方ごとに,停止・削除等の対象と求める措置を特定し,通知内容,到達の記録,回答及びその後の公開状態を残すべきである。社内の対応目標と,法律・契約上の期限は分けて管理する。
第5 出典と継続検討事項
1 公開資料と確認範囲
①最高裁第一小法廷平成24年2月2日判決(平成21年(受)第2056号)。パブリシティ権の法的性質,三類型及び金築誠志裁判官の補足意見。
②法務省・肖像,声等の無断利用に関する検討会報告書の公表(令和8年8月7日)及び報告書本文(令和8年8月)。冊子37頁~44頁,93頁~101頁。本人識別,利用許諾,請求主体,差止め,提供・販売・学習行為を参照。
③経済産業省・AI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き第1.0版(令和8年4月)。冊子31頁~36頁。提供者の責任と防止措置を参照。
2 本記事で扱わない事項
本人の肖像・声を追加学習させる場合の個人情報保護法上の取扱い,海外AIサービスとの準拠法・裁判管轄,個別製品での学習済みモデルの削除可能性及び具体的な契約条項の効力は,本記事では個別に検討していない。これらは,契約・サービスの実態に応じて一次資料と技術的説明を確認する必要がある。