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取締役の競業取引を承認し損害を立証する実務――取締役会議事録・取引台帳・会社法423条2項(AI作成)

第1 兼任の承認と取引の承認を分ける

取締役が競合会社の代表者を兼ねる場合,会社がその兼任を知っていたという事実だけで,兼任先の具体的な競業取引を承認したとはいえない。会社法356条1項1号は,取締役が自己又は第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき,その取引の重要な事実を開示して承認を受けることを求める。取締役会設置会社の承認機関は取締役会であり,取引後には重要な事実の報告も必要となる(365条)。

実務では,①誰がいつまで取締役であったか,②どの会社のために,誰と,何を取引したか,③承認の対象と範囲,④取引後の報告,⑤当該取引から得た利益を,別々の資料で確認する。本記事は令和8年10月2日時点の裁判所公開資料を中心に,承認の準備と損害賠償請求の立証を扱う。兼任と競業取引の基本的な区別は関連記事で整理した。

第2 承認前に特定する取引

1 会社の現実の事業と兼任先の取引を照合する

定款の事業目的や兼任先への就任だけで結論を出さない。会社が現に扱う商品・役務,顧客,地域,時期と,兼任先が行おうとする取引を対比する。取締役が競合会社を代表して顧客と契約する場合も,兼任先のためにする取引として356条1項1号の対象となり得る。

大阪地裁令和5年4月17日判決25~27頁は,兼任先の請求書データの作成時期,振込先,取引相手の回答等を吟味し,在任中の契約締結も取引の申出も認めなかった。単なる兼任や営業上の接触から売買契約が成立したと推認しない。他方,勧誘の態様により秘密情報の持出し等が別途問題となり得る。同判決があらゆる勧誘を適法としたわけではない。

2 在任期間と取引時期を確定する

登記,選任・辞任に関する議事録,辞任届,会社との合意,報酬の終了日及び顧客別の契約日を1本の時系列に置く。大阪地裁令和7年4月24日判決47~49頁は,勤務と報酬が先に終わっていても,合意された辞任日までは取締役の義務が続くと判断した。同判決56~58頁は,在任中に始まった取引とこれに連続する退任後の取引について,因果関係が及ぶ期間を令和2年6月30日までと認定した。退任後の売上を一律に除外することも,全期間を算入することもできない。

第3 取締役会に提出する資料と議事録

1 重要な事実を具体化する

承認議案には,兼任先の商号・事業,対象の商品・役務,予定する顧客又は顧客群,地域,期間,価格決定の方法,原会社との競合の程度を記載する。取引が継続するなら,取引の類型と上限,条件が大きく変わった際の再審議の方法も示す。抽象的に「兼任を了承する」と記録するだけでは,後に問題となる取引が決議の範囲内か検証しにくい。これらは紛争予防のための記載事項の提案であり,会社法が一律の議事録文言を定めたという意味ではない。

当該取締役が決議について特別の利害関係を有するかを検討し,該当するときは議決に加えない(369条2項)。兼任の事実だけで個々の議案についての結論を決めず,兼任先での地位と当該取引の利益を記録する。取締役会非設置会社では,356条1項の承認機関は株主総会である。

2 議事録の記載例は事実に合わせる

例えば「取締役BはC社の代表取締役として,令和○年○月から○月まで,○地域で○商品を○顧客群へ販売する予定である。Bは予定取引の内容,価格条件及び当社事業との競合について資料○を示した。取締役会は資料○に記載された範囲の取引を承認した」と記録し,実際に提出した資料を特定することが考えられる。決議への参加者,特別利害関係の判断,条件変更時の扱いも個別事情に応じて記録する。これは記載の発想を示す例であり,この文面だけで承認が有効になるとの保証ではない。

取引後は,365条2項に基づき,実際の相手方,契約日,売上・費用及び当初予定からの変更を報告する。承認を得た取引でも,会社への情報提供や善管注意義務が当然に免除されるわけではない。後者は東京地裁民事第8部の訴状記載例の注記にも示されているが,これは判決ではない。

第4 損害賠償請求の組み立て

1 請求原因と423条2項の位置付け

会社は,取締役の在任,会社の現実の事業,対象となる競業取引,必要な承認の欠如,損害を取引ごとに特定する。東京地裁民事第8部の訴状記載例10~13頁も,承認を得ていないことと,取締役又は競業会社がその取引によって得た利益を分けて記載する。

356条1項に違反して同項1号の取引をしたときは,その取引によって取締役又は第三者が得た利益の額が,会社の損害額と推定される(423条2項)。推定の対象は取引から得た「利益」であり,兼任先の総売上そのものではない。取引が認定されない場合や,在任期間外の取引について,同項による計算へ直ちに進むことはできない。

2 顧客別・期間別に利益を計算する

会社側は,契約書,見積り・発注書,請求書,入金記録,納品・役務提供記録,顧客との通信及び兼任先の会計資料を対応付ける。請求書データの作成履歴や取引先の回答も確認する。取締役側は,承認議事録,事後報告,対象外の顧客・期間の売上,取引に対応する費用を区分する。売上減少を主張する場合も,それが当該取引によるかを別途検討する。

大阪地裁令和7年4月24日判決55~58頁は,立証された1顧客との在任中の取引及びそれに連続する退任後の一定期間の取引に範囲を絞り,売上262万9110円と利益率約61.08%を基に利益160万5977円を算定した。別顧客との取引や調査費用はそのまま認めなかった。これは当該事件の証拠に基づく算定であり,他事件で一律に同じ算定期間や利益率を用いる根拠ではない。

第5 相談時の確認順序と別論点

相談時には,まず両社の事業と役員の在任期間を固定し,顧客別の取引台帳を作る。次に,各取引に対応する承認資料・報告資料の有無を確認し,売上と費用から取引別の利益を検討する。その後,営業秘密の利用,顧客引抜きの態様,兼任先の共同不法行為責任など,競業取引とは別の要件を持つ請求を検討する。令和5年判決と令和7年判決は取引の立証と損害額の認定が分かれた例であり,2件から裁判例全体の傾向を推論しない。

原会社が兼任先の債務を保証する場面は,別会社の債務保証と利益相反の記事で扱う。退職した社員の競業避止合意や退職金は退職後の競業避止義務の記事の対象であり,取締役の在任中の法定義務と混同しない。

第6 出典と調査範囲

①会社法(e-Gov法令検索)356条,365条,369条,423条。令和8年10月2日の調査時,e-Govの条文掲載画面は直接表示できなかったため,逐語引用を控えた。
②東京地裁民事第8部「取締役の任務懈怠責任」訴状記載例10~13頁――請求原因を整理するための参考書式であり,個別事件の判決ではない。
③大阪地裁令和5年4月17日判決・令和3年(ワ)第11560号25~27頁――取引の存否,証拠評価。
④大阪地裁令和7年4月24日判決・令和3年(ワ)第10753号47~49頁,55~58頁――在任期間,競業取引,利益額。

判例秘書は今回ログイン状態が失効しており,網羅検索を実施できなかった。後続裁判例の有無と各判断の射程は未確定である。