第1 弾劾裁判の概要
裁判官訴追委員会は令和3年6月16日,岡口基一裁判官を罷免するよう裁判官弾劾裁判所に訴追した。
裁判官弾劾裁判所は,令和6年4月3日,令和3年(訴)第1号事件について罷免判決を言い渡した。
裁判官弾劾裁判所の公式記録によれば,訴追事由は,①刑事事件の被害者遺族に関する10件の発信及び②犬の返還請求訴訟の当事者に関する3件の発信の二つの行為群であった。
第2 分限裁判と弾劾裁判の違い
1 憲法上の根拠
日本国憲法78条は,裁判官は,公の弾劾によらなければ罷免されないと定めている。
裁判官の身分保障を維持しつつ,重大な非行がある場合に国会の弾劾制度によって罷免できる仕組みである。
2 罷免事由
裁判官弾劾法2条は,①職務上の義務に著しく違反し,又は職務を甚だしく怠ったとき,②その他職務の内外を問わず,裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったときを罷免事由とする。
これに対し,分限裁判は,裁判所法49条及び裁判官分限法に基づき,戒告又は1万円以下の過料を科す手続である。
懲戒処分を受けた行為が,直ちに弾劾裁判の罷免事由になるわけではない。
3 手続の特徴
裁判官訴追委員会の制度説明によれば,弾劾裁判は公開の法廷で行われ,裁判員14人のうち9人以上が出席し,罷免判決には出席裁判員の3分の2以上の賛成を要する。
弾劾裁判は一審制であり,判決に対する不服申立ての制度はない。
第3 訴追された二つの行為群
1 刑事事件の被害者遺族に関する発信
第1の行為群は,殺人事件の判決文掲載後,被害者遺族についてSNSその他で行った10件の発信である。
訴追委員会は,これらが遺族を侮辱し,又は遺族の名誉若しくは感情を傷つけるものであり,裁判官としての威信を著しく失うべき非行に当たると主張した。
2 犬の返還請求訴訟の当事者に関する発信
第2の行為群は,犬の返還請求訴訟の原告についてSNSで行った3件の発信である。
この訴訟をめぐる最初のTwitter投稿については,最高裁が平成30年10月17日に戒告決定をしていた。
第4 弾劾裁判所の判断
1 刑事事件に関する10件の発信
裁判官弾劾裁判所の公式判例要旨によれば,10件のうち,「因縁をつけている」という趣旨の文書に関する1件は非行に当たらないとされた。
残る9件は非行に当たるとされたものの,そのうち東京高裁及び訴追委員会を批判した2件は,裁判官としての威信を「著しく」失うべき非行には当たらないとされた。
その結果,残る7件が裁判官弾劾法2条2号の罷免事由に当たると判断された。
2 犬の返還請求訴訟に関する3件の発信
弾劾裁判所は,犬の返還請求訴訟に関する3件の発信をいずれも非行と評価した。
しかし,これらは裁判官としての威信を著しく失うべき非行にまでは当たらないと判断した。
この点は,最高裁の分限裁判で戒告の対象となった行為であっても,弾劾裁判における罷免事由の「著しく」という要件を当然に満たすわけではないことを示している。
3 罷免という結論
弾劾裁判所は,刑事事件の被害者遺族に関する7件の発信が,職務の内外を問わず裁判官としての威信を著しく失うべき非行に当たるとして,罷免を言い渡した。
4 弾劾判決が扱った13件の投稿等と判決理由の対応
判決が①から⑬までの番号を付した訴追対象は,刑事事件の被害者遺族に関係する10件(①②③⑥⑦⑧⑩⑪⑫⑬)及び犬の返還請求訴訟に関係する3件(④⑤⑨)である。
ただし,⑥は司法記者クラブでの記者会見発言,⑧は週刊現代のインタビュー発言であり,厳密には13件すべてがSNS投稿というわけではない。
また,判決は,①訴追委員会が主張した事実を認定できるか,②認定された行為が「非行」に当たるか,③その非行が裁判官弾劾法2条2号の「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に当たるか,という順序で検討した。各件を完全に独立させて判定したのではなく,個別の影響を検討した上で,⑦を除く12件を二つの行為群に分けて最終評価をしている点に注意を要する。
①刑事事件投稿(訴追事由第1の1)
内容:平成29年12月13日頃,担当外の刑事事件の控訴審判決へのリンクとともに,被告人の性癖と17歳の被害者が殺害されたことを強調する文言をTwitterに投稿した。重要な法的論点又は量刑上の問題を紹介する旨は投稿本文に記載しなかった(判決書3頁)。
判決理由・位置付け:性的好奇心に訴えて興味本位の読者を誘引する意図は認定しなかった。しかし,判決宣告から約2週間しか経たず遺族が疲弊していた時期に,事件を瞬時に特定できる刺激的な表現を,被訴追者のプロフィール画像等と並ぶ形で掲載したことから,傷つける意図がなくても,遺族と被害者の尊厳を傷つけた極めて軽率な行為であるとした。罷免事由となる「著しい」非行を基礎付けた7件の一つである(判決書5頁,6頁,43頁及び44頁)。
②刑事事件投稿FB掲載(訴追事由第1の2)
内容:平成29年12月30日頃,「今回問題になったツイート」はFacebookにも掲載しており,削除要請がなかったので残っている旨をTwitterに投稿した(判決書6頁及び7頁)。
判決理由・位置付け:マスコミ報道に対し,Facebook上の法的論点や実際の判決を読者に見てもらい,自分の投稿目的を理解してもらうために誘導したとの説明は排斥しなかった。しかし,遺族の抗議と要望書を読み,遺族が傷ついたことを認識した後に,数日を置いて再び事件判決へ誘導したため,遺族の感情を更に傷つけたとした。「著しい」非行を基礎付けた7件の一つである(判決書7頁,8頁,44頁及び45頁)。
③東京高裁批判投稿(訴追事由第1の3)
内容:平成30年3月15日の厳重注意後,同月29日頃,報道を疑問視する弁護士への返信として,「内規に反して判決文を掲載」したのは自分ではなく東京高裁である旨をTwitterに投稿した(判決書8頁及び9頁)。
判決理由・位置付け:東京高裁又は報道への批判が主眼で,遺族を傷つける意図がなかったとしても,厳重注意の約2週間後の投稿は,関連投稿が終わるとの遺族の期待を裏切り,感情を挑発するものと受け止められる結果を生じたため,非行に当たるとした。他方,司法府内部への批判については,裁判官の表現の自由を尊重すべきであるとして,「著しい」非行の評価から除外した(判決書45頁,55頁及び56頁)。
④犬事件投稿(訴追事由第2の1)
内容:平成30年5月17日,犬を保護して育てていた者に,3か月後に元の飼い主が返還を求めたとの記事を引用し,「この犬を捨てたんでしょ?」「3か月も放置しておきながら」などの文言とともにTwitterへ投稿した。実際の控訴審判決は,原告が所有権を放棄し,又は犬を遺棄したとは認めず,原告を勝訴させていた(判決書20頁)。
判決理由・位置付け:一般読者には元の飼い主の返還請求を非難する言外の意味が読み取れなくもないが,親しみやすい表現で面白そうな裁判を紹介する意図であった可能性を否定できないとした。原告を特定・推知させる投稿でもなく,訴訟提起を一方的に不当と評価し,又は社会的評価を不当に低下させたとまでは認定しなかった。犬事件3件の行為群として非行に当たるが,「著しい」とまでは評価しなかった(判決書49頁,50頁,56頁及び57頁)。
⑤犬事件掲示板URL投稿(訴追事由第2の2)
内容:犬事件投稿について分限裁判を申し立てられた後の平成30年7月29日頃,「白ブリーフ裁判官が犬を捨てた飼い主を冷やかすようなツイートをして……」との見出しがあり,「犬捨てるな」「クソ飼い主」等の書込みを含む掲示板へのリンクを公式ブログに掲載した(判決書21頁)。
判決理由・位置付け:甚だ不適切な投稿へのリンクであり,掲示板の書込みにも社会的意義は認め難いとした。他方,分限裁判をめぐる世間の議論を紹介したかったとの説明を排斥できず,犬事件原告の訴訟提起を一方的に不当と評価し,又は社会的評価を不当に低下させたとまでは認定しなかった。犬事件3件の行為群として非行に当たるが,「著しい」とまでは評価しなかった(判決書21頁,22頁,50頁,56頁及び57頁)。
⑥被訴追者記者会見(訴追事由第1の4)
内容:平成30年9月11日の司法記者クラブで,遺族からTwitterで直接削除を求められたので,その場で投稿を削除した旨を発言した(判決書10頁)。
判決理由・位置付け:故意に事実を歪めて虚偽を述べる意図は認定しなかった。しかし,遺族は東京高裁を通じて何度も抗議し,反省や再投稿しないとの説明を受けていたため,再び真意と異なる説明をされたと受け止めるのは理解でき,結果として感情を更に傷つけたとした。「著しい」非行を基礎付けた7件の一つである(判決書45頁及び46頁)。
⑦因縁投稿(訴追事由第1の5)
内容:平成30年10月5日頃,公式ブログに「遺族には申し訳ないが,これでは単に因縁をつけているだけですよ。」との見出しを掲載した。ブログ自体が削除されており,見出しだけからは誰のどの行為を「因縁」としたか不明であった(判決書10頁及び11頁)。
判決理由・位置付け:関連する民事判決,当時の投稿状況及び第三者弁護士の回答等を総合し,遺族が別の弁護士を批判した投稿について,第三者が「因縁をつけているだけ」と論評した投稿をリンク付きで紹介したにすぎないと認定した。岡口裁判官自身に対する遺族の抗議を「因縁」と評したものとは認定できないため,訴追の前提事実を認めず,刑事事件投稿等行為群から除外した(判決書11頁,12頁及び40頁)。
⑧週刊現代インタビュー(訴追事由第1の6)
内容:平成30年10月下旬,遺族は当初は判決文の公開に抗議し,次に投稿文言,再び判決文の拡散,さらに投稿場所を問題にするなど,「傷ついた理由」を4回変えた旨を発言した(判決書12頁)。
判決理由・位置付け:遺族の真意を当初から正確に理解していたと証明する証拠はなく,被訴追者の認知機能上の特徴も考慮し,意図的に虚偽を述べたとは認定しなかった。しかし,遺族が主張を変遷させる信用できない人物であるかのように受け取られる危険があり,感情を更に傷つけたことは明らかで看過できないとした。「著しい」非行を基礎付けた7件の一つである(判決書13頁,14頁及び46頁)。
⑨犬事件再投稿(訴追事由第2の3)
内容:平成31年1月8日頃,分限裁判ブログに,④と同様の内容が残るFacebook投稿へのリンクを貼り,「本件ツイートが,まだ残っていました」「Facebook上にはまだ残っていたものです」と掲載した(判決書22頁)。
判決理由・位置付け:戒告決定への評価が広がった時期に,ブログ読者に実際の投稿を見てもらい,報道どおりの内容か判断してもらう意図で再提示したとの説明は不合理でないとした。④と同じく,訴訟提起を一方的に不当とする評価又は原告の社会的評価の不当な低下までは認定しなかった。犬事件3件の行為群として非行に当たるが,「著しい」とまでは評価しなかった(判決書23頁,24頁,50頁,56頁及び57頁)。
⑩遺族担ぎ出し投稿(訴追事由第1の7(1))
内容:平成31年3月21日頃,分限裁判ブログに「遺族を担ぎ出した訴追委員会」との見出しを付け,遺族の意思と無関係に「遺族感情」が用いられ,平穏であるべき遺族自身を審理のために担ぎ出した旨を掲載した(判決書15頁)。
判決理由・位置付け:遺族が自ら訴追委員会に申し出て事情聴取を求めた事実を認定した。他方,第三者の投稿を紹介する目的であり,「担ぎ出した」を自発的に「審問をした」と改めたことから,故意に事実を歪曲したとは認定しなかった。しかし見出し等は残り,遺族が事実を歪曲されたと受け止めるのは当然で,感情を傷つけた面を否定できないとした。非行に当たるが,立法府に置かれた訴追委員会への批判として表現の自由を尊重し,「著しい」非行の評価から除外した(判決書15頁,16頁,46頁,47頁,55頁及び56頁)。
⑪洗脳投稿(訴追事由第1の7(2))
内容:令和元年11月12日頃,Facebookに,遺族は東京高裁事務局及び毎日新聞に「洗脳」され,判決書を掲載した東京高裁ではなく,リンクを貼った自分を非難し,訴追申立てをしている旨を掲載した(判決書16頁及び17頁)。
判決理由・位置付け:一般読者の普通の注意と読み方によれば,東京高裁又は毎日新聞への批判だけでなく,遺族による訴追申立てへの批判と読まざるを得ないとした。「洗脳」されたとの表現は,遺族の主体性・判断能力及び従前の行為を否定し,社会的評価を低下させ,名誉を違法に毀損するものと判断した。被害者の命日と知らなかったこと,友達限定投稿を誤って一般公開したこと,侵害の意図がなかったこと及び認知機能上の特徴を最大限考慮しても,責任は極めて重いとした。「著しい」非行を基礎付けた7件の一つである(判決書47頁及び48頁)。
⑫「遺族のみなさまへ」投稿(訴追事由第1の7(3))
内容:令和元年11月15日頃,Facebookに,「洗脳」という表現を撤回して謝罪する一方,遺族がFacebookを毎日読んでいることへの謝意,自分の疑問は残り,再び同じ過ちを犯しかねないこと及び連絡を求めること等を記載した(判決書17頁及び18頁)。
判決理由・位置付け:一般公開に気付き,知人から表現の問題を指摘されてすぐに謝罪しており,揶揄・挑発の意図は認定しなかった。しかし,遺族は好んで投稿を読んでいたのではないため,「毎日読んでくださり,ありがとうございます」「また同じ過ちを犯しかねません」等を見て,気持ちを理解されず,揶揄・挑発された印象を抱くのは自然であり,感情を傷つけたとした。「著しい」非行を基礎付けた7件の一つである(判決書48頁)。
⑬「『洗脳発言』報道について」投稿(訴追事由第1の7(4))
内容:令和元年11月18日頃,分限裁判ブログに,判決書を掲載したのは東京高裁であり,遺族の考えが東京高裁との交渉後に変わったと考えたため「東京高裁による洗脳」と表現した旨など,刑事事件投稿から洗脳投稿に至る自己の認識を長文で説明した(判決書18頁及び19頁)。
判決理由・位置付け:被訴追者の視点からはそれなりに筋の通った説明であり,遺族を傷つける意図がなかったとしても,⑪及び⑫に続いて1週間足らずの間に長文投稿を重ねたため,遺族が心身ともに疲弊し深く傷つくのは当然で,結果として更に深く傷つけたとした。「著しい」非行を基礎付けた7件の一つである(判決書48頁及び49頁)。
5 13件を最終結論に対応させた整理
判決の結論を番号別に展開すると,次のとおりである。
- 訴追の前提事実が認められず,行為群から除外された1件:⑦
- 非行ではあるが,「著しい」非行には当たらない5件:③④⑤⑨⑩
- 罷免事由となる「著しい」非行を基礎付けた7件:①②⑥⑧⑪⑫⑬
判決は,悪意を認定しなかった行為も含め,抗議,厳重注意,戒告又は自制の約束の後にも関連する表現行為を反復し,結果として犯罪被害者遺族の個人の尊厳,尊厳にふさわしい処遇を受ける権利及び名誉感情を侵害し,平穏な生活を妨げたことを重視した。また,SNSの拡散性を熟知していたはずであり,犯罪被害者支援を重視してきた立場にもかかわらず慎重な配慮を欠いたことから,③及び⑩を除く刑事事件投稿等行為群について,表現の自由として裁判官に許容される限度を逸脱し,「国民の信託に背反する」程度に達したと判断した(判決書53頁ないし56頁)。
第5 二つの分限裁判との関係
| 手続 | 決定又は判決 | 主な対象 | 結論 |
|---|---|---|---|
| 第1次分限裁判 | 最高裁平成30年10月17日大法廷決定 | 犬の返還請求訴訟に関するTwitter投稿 | 戒告 |
| 第2次分限裁判 | 最高裁令和2年8月26日大法廷決定 | 令和元年11月12日の犯罪被害者遺族に関するFacebook投稿 | 戒告 |
| 弾劾裁判 | 裁判官弾劾裁判所令和6年4月3日判決 | 遺族に関する10件及び犬の訴訟に関する3件の発信 | 罷免 |
弾劾裁判は,過去の戒告を単に累積して罷免に変更する手続ではない。
弾劾裁判所は,訴追された各行為が非行に当たるか,さらに裁判官としての威信を著しく失うべき非行に当たるかを個別に判断した。
第6 罷免判決の効力と資格回復
1 罷免判決の効力
裁判官訴追委員会の制度説明によれば,罷免判決を受けた裁判官は,判決宣告と同時に裁判官の地位を失う。
また,法令の定めにより,弁護士,検察官その他の法曹資格も失う。
2 資格回復
裁判官弾劾法は,一定の場合に裁判官弾劾裁判所が資格回復の裁判をする制度を設けている。
罷免判決そのものに対する上訴とは異なり,法律所定の期間経過その他の要件の下で,将来に向けて資格を回復する制度である。
第7 関連記事
①岡口基一裁判官の第1次分限裁判―犬の返還訴訟ツイートと最高裁平成30年10月17日戒告決定
②岡口基一裁判官の第2次分限裁判―犯罪被害者遺族に関するFacebook投稿と最高裁令和2年8月26日戒告決定
③裁判官の弾劾制度―訴追から罷免判決・資格回復まで
④岡口基一裁判官の経歴,異動歴等
⑤岡口基一裁判官に関する文書
⑥裁判官訴追委員会が訴追しなかった事例
⑦罷免された裁判官の退職手当
第8 出典
①裁判官弾劾裁判所・過去の事件と判例
②裁判官弾劾裁判所・傍聴のご案内
③裁判官訴追委員会・裁判官弾劾制度
④日本国憲法
⑤裁判官弾劾法
⑥裁判所法
⑦裁判官分限法
⑧裁判官弾劾裁判所令和6年4月3日判決全文(PDF)
本記事は,令和8年9月27日現在の上記一次資料を基に作成した。