検察官の人事評価は,能力評価と業績評価を「検察官調査表」に記録する仕組みです。検察庁勤務者については,事件の筋と証拠構造,捜査・公判方針,取調べ,起訴・不起訴,求刑,上訴,報告・決裁及び弁護人への対応等が着眼点とされます。検察庁以外の国の機関に勤務する検察官については,法令立案,政策企画,調査分析,交渉,国会・報道対応等を中心とする別の枠組みがあります。本記事では,評価期間,評点・評語,評価手続,記入例,保存期間,異動時の引継ぎ及び刑事弁護での読み方を,一次資料とその限界を区別して整理します。
最終更新 令和8年9月16日
第1 本記事の結論と資料上の限界
検察官調査表は,検察官の能力及び業績を組織内で評価し,人材育成や任用等に用いる人事評価資料です。検察官の捜査・公判活動のどこを組織が評価対象としているかを知る手掛かりにはなりますが,刑事訴訟法上の違法性,証拠能力,国家賠償責任,懲戒事由又は個別事件における検察官の動機を直接定める法規範ではありません。
本記事が主として参照した4文書は,平成21年9月28日付の二つの法務事務次官依命通達と二つの人事課長通知です。山中弁護士ブログに掲載した写しについて,発出名義,文書番号及び本文を確認しました。また,令和4年に同名の制度文書が改正されたことは法務省の「令和4年主要通達等一覧」で確認しました。
ブログ掲載の4文書は法務省公式サイトから取得した同一PDFではなく,令和4年9月29日又は同年10月4日を最終改正日とする写しです。令和8年9月16日現在まで無改正であることを,法務省の現行原本によって最終確認したものではありません。個別事件や情報公開請求で用いる場合は,最新の通達原本及び改廃状況を別途確認する必要があります。
第2 検察官調査表の法的位置付け
国家公務員の人事評価は,能力評価及び業績評価によって行われます(国家公務員法,人事評価の基準、方法等に関する政令及び同内閣官房令)。法務省は,これらを踏まえて人事評価実施規程を定め,検察官については職務の特殊性に応じた検察官調査表の様式,評価項目及び作成手続を定めています。
したがって,検察官調査表は単なる自由形式の勤務評定ではありません。他方,そこに記載された内部評価項目と,刑事手続における適法・違法の判断基準とは役割が異なります。例えば,「弁護人への適切な対応」が評価項目であることから,直ちに特定の回答義務や違法性の範囲が決まるわけではありません。
第3 評価期間と作成手続
1 能力評価と業績評価の期間
- ① 能力評価は,毎年10月1日から翌年9月30日までの1年間です。
- ② 前期の業績評価は,10月1日から翌年3月31日までです。
- ③ 後期の業績評価は,4月1日から9月30日までです。
能力評価は,職務遂行の過程で発揮された能力を評価します。業績評価は,評価期間に果たすべき役割を期首に明確にした上で,その達成度等を評価します。異動がある場合は,評価期間の途中で評価資料や参考情報をどの様式に引き継ぐかが問題になります。
2 自己申告から期末面談まで
能力評価は,おおむね,自己申告,評価者による評価,調整者による調整,実施権者による確認,期末面談という順序で進みます。業績評価には,これに加えて期首面談があり,被評価者が評価期間に果たすべき役割をあらかじめ明確にします。
期末面談では,評価結果とその根拠となる事実を踏まえた指導・助言が行われます。評価結果の開示を希望しなかった者についても,「良好」を下回る場合などには評語を開示する取扱いがあります。
3 評価者・調整者・実施権者
評価者は,全国的な視野に立ち,おおむね同程度の経験年数を有する者に必要とされる能力水準を基準として評価します。調整者は,評価者間の甘辛や不均衡を審査し,必要に応じて別の評語を付し,又は再評価を求めることができます。実施権者は,調整後の結果を確認します。
再評価又は再調整が行われる場合,当初の評語・所見を削除して書き換えるのではなく,変更後の評語・所見を追記する仕組みです。この点は,検察官の行動を「担当者個人の判断」か「組織的判断」かに分けて検討するとき,担当検察官,決裁官,評価補助者,評価者,調整者及び実施権者を区別する必要があることを示します。ただし,評価手続があることだけから,個別事件で上司の具体的指示があったと推定することはできません。
第4 評点と全体評語
1 1点から10点までの評点
各評価項目は,1点から10点までの整数で評価されます。資料が示すおおよその対応は次のとおりです。
| 評点 | 資料上の水準 |
|---|---|
| 9~10点 | 望ましい行動を上回る行動が常に確実にとられ,又は大きく上回る。 |
| 8点 | 望ましい行動を上回る行動が頻繁にとられる。 |
| 7点 | 基本的に望ましい行動がとられ,しばしばそれを上回る。 |
| 5~6点 | 基本的に望ましい行動がとられる。 |
| 3~4点 | 望ましい行動がとられないことがやや多い。 |
| 1~2点 | 望ましい行動がとられていない。 |
2 評点平均と全体評語
| 評点平均 | 全体評語 |
|---|---|
| 9.0以上 | 卓越して優秀 |
| 8.0以上9.0未満 | 非常に優秀 |
| 7.0以上8.0未満 | 優良 |
| 5.0以上7.0未満 | 良好 |
| 3.0以上5.0未満 | やや不十分 |
| 3.0未満 | 不十分 |
集計様式では,これらをS,A+,A-,B,C,C下,D等の記号に読み替える部分があります。個別検察官の評点・評語を確認していない場合,外形的な事件処理だけからその人事評価を推定してはいけません。
3 公正性と管理職評価の特則
「責任感,公正性」が4点以下の場合,評点平均が高くても,全体評語を「優良」以上にすることはできません。制度設計上,公正性は他の高得点で容易に相殺できる周辺的な項目ではありません。
また,管理・監督者については,部下への指揮・育成・評価,実務判断・指揮,組織運営の企画・実行等の重要なマネジメント項目について,最低点が平均点より低いときに,その最低点を全体評価に反映させる仕組みがあります。したがって,管理職の評価では,個人の事件処理能力だけでなく,指揮監督上の弱点が独立した意味を持ち得ます。
第5 検察庁勤務者の評価項目
1 捜査・事件処理
検察庁勤務者について,資料が示す主な着眼点は次のとおりです。
- ① 事件の筋及び証拠構造を把握し,適正な捜査方針,組立て及び手順を定めること。
- ② 第一次捜査機関を適切に指揮し,共同捜査における役割を果たすこと。
- ③ 被疑者及び参考人等から事案の真相を明らかにし,適切な供述調書を作成すること。
- ④ 公訴事実,求刑及び不起訴理由を適正に判断すること。
- ⑤ 被害者,告訴人及び告発人等に適切に対応すること。
ここでいう「真相を明らかにする」能力は,人事評価上の表現です。取調べの任意性,供述の信用性及び供述調書の証拠能力は,刑事訴訟法,録音録画,供述経過,客観証拠との整合性及び裁判例により別個に検討する必要があります。
2 公判・上訴・文書起案
- ① 証拠を正しく分析・評価し,適正な立証方針を定めること。
- ② 公判前整理手続に対応し,適切な証人尋問,補充捜査及び補充立証を行うこと。
- ③ 裁判結果を分析・評価し,上訴の要否を適切に判断すること。
- ④ 起訴状,不起訴裁定書,捜査報告書,令状関係文書,冒頭陳述,論告,証拠請求及び上訴関係書面等を的確に起案すること。
3 弁護人対応,報告・決裁及び執務姿勢
捜査及び公判の双方で,弁護人への適切な対応が着眼点として明記されています。また,適時適切に上司へ報告し,必要な決裁を受けること,正確・迅速・効率的に執務すること,責任感・公正性,積極性・向上心・問題意識を備えることも評価項目です。
弁護人からの申入れは,日時,宛先,事件,提示資料,求めた措置,回答及びその後の経過を記録しておくと,検察官がどの情報を把握し,決裁過程で何が検討されたかを後から整理しやすくなります。ただし,弁護人対応が人事評価項目であること自体は,個別の回答義務又は違法性を直接基礎付けるものではありません。
第6 記入例から分かることと分からないこと
留意事項には,調査表の所見欄の記入例があります。消極的な例としては,情状立証が不十分で求刑を大きく下回る量刑となったこと,否認のまま起訴するケースがやや多かったこと,違法求刑,期日失念及び上司への必要な報告を怠ったこと等が挙げられています。
積極的な例としては,多数事件を的確に処理したこと,組織犯罪の全容を解明したこと,帳簿分析により所得隠匿を解明したこと,若手を緻密に指導したこと及び検務事務を改善したこと等が挙げられています。
これらは調査表の書き方を示すための例であり,実在の事件又は検察官についての認定ではありません。また,検察組織全体で当該事象がどの程度発生しているか,実際にどのような処遇へ結び付いたかを示す統計でもありません。「記入例にある」ことを「一般的な傾向が立証された」ことに置き換えてはいけません。
第7 検察庁以外の国の機関に勤務する検察官
検察庁以外の国の機関に勤務する検察官については,捜査・公判を中心とする評価ではなく,行政実務に即した評価が行われます。主な着眼点は,法令の立案・解釈,政策の企画・実行,調査・分析,資料作成,交渉・会議,国会対応,報道対応,組織運営及び部下の指導等です。
法務省以外の国の機関に勤務する場合,その機関で当該官職に用いられる人事評価記録書の様式により調査表を作成することができます。その場合でも,勤務先機関の仮記入内容を参考に,検察官側の個別評語,全体評語及び所見へ接続する仕組みがあります。
したがって,裁判官から検事に転官して行政機関等へ出向した者を検討するときも,勤務先の役職名だけから検察実務能力又は裁判官としての能力を推定すべきではありません。勤務先の評価記録と検察官調査表との接続資料,出向先から得た執務状況等の資料及び裁判官への復帰手続を区別して確認する必要があります。
第8 人物・健康・家族・任地に関する記載
後期評価の際には,能力・業績の評点だけでなく,人物,健康・身体障害,家族関係,育児休業等の人事管理上考慮すべき事項,本人の任地希望及び評価者の中長期的人材育成意見が記載され得ます。病気休暇又は育児休業中の期間は評価対象外とされ,精神状態等に配慮が必要な場合には,自己申告,面談及び評価結果の開示を含む手続を本人の状態に配慮して扱うものとされています。
健康,家族及び人物に関する情報は高度にセンシティブな個人情報です。文書の種類を特定するための制度知識と,個別人の情報を収集・推測・公表することとは別問題です。調査表に記載欄があることは,個別情報が開示されることを意味しません。
第9 保存期間と異動時の引継ぎ
自己申告書は,確認日の翌日から起算して5年間,所属側の人事担当課で保管されます。検察官調査表は,能力評価及び後期業績評価の確認日の翌日から起算して5年間,法務省大臣官房人事課長が保管するものとされています。法務省等の公開する標準文書保存期間基準にも,検察官調査表を5年保存する文書分類があります。
ただし,5年保存という一般的な保存期間だけから,特定の調査表が現在も存在する,又は情報公開請求で開示されると結論付けることはできません。確認日,保管起算日,移管,廃棄,個人情報及び不開示情報の該当性を別に確認する必要があります。
異動時の取扱いは一様ではありません。検察庁から法務省以外の国の機関へ異動する場合,求めに応じて評価の参考事項を引き継ぐ一方,検察官調査表そのものは引き継がない場面があります。反対に,法務省外の国の機関から検察庁へ戻る場合には,異動元の人事評価記録書が引き継がれ,検察側様式による評価の参考とされる場面があります。前期業績評価の結果を異動後の様式へ内容を変更せず転記する場合もあります。
情報公開請求その他の文書探索では,少なくとも,対象者,当時の所属・本務官職・併任官職,能力評価又は前期・後期業績評価の別,評価期間,確認日,異動日,保管起算日,検察官調査表・自己申告書・人事評価記録書・評価参考情報・送付記録・引継ぎ記録の別を特定する必要があります。
第10 人事評価に関する苦情手続
被評価者である検察官には,人事評価に関する「苦情相談」と「苦情処理」の手続があります。相談は口頭,電話又は電子メール等で行い,処理の申出は所定の方法によります。開示された評価結果に関する苦情は,原則として各評価期間につき1回で,開示日の翌日から起算して5日以内(閉庁日を除きます。)等の期限があります。
審査の結果,評価が不適当と判断された場合は,再評価又は再調整が行われ得ます。苦情申出を理由とする不利益取扱いは禁止され,関係職員は秘密保持に留意するものとされています。
この苦情手続は,被評価者である検察官が自分の人事評価について利用する内部手続です。被疑者,被告人,被害者又は弁護人が検察官の取調べ・事件処理について苦情を申し入れる制度ではありません。弁護人等による取調べ関係の申入れは,別の通達・手続により扱われます。
第11 刑事弁護での使い方
検察官調査表は,個別事件で検察官の行為を違法と結論付ける証拠ではありません。しかし,組織内でどのような行動が評価対象となるかを知り,申入れ・意見書・証拠探索の論点を細分化する資料として利用できます。
| 整理欄 | 記録する内容 |
|---|---|
| 観察事実 | 日時,発言,処分,連絡,提出書面,録音録画,供述変遷等 |
| 対応する内部着眼点 | 証拠構造,捜査方針,弁護人対応,報告・決裁,公正性,起訴・不起訴,立証,上訴等 |
| 法的争点 | 任意性,信用性,証拠能力,手続違反,裁量逸脱,国家賠償等。内部評価項目とは別欄にする。 |
| 意思決定主体 | 担当検察官,決裁官,評価補助者,評価者,調整者,実施権者 |
| 一次資料 | 事件記録,録音録画,供述調書,決裁・報告文書,法令,通達の現行原本,裁判例全文 |
| 反対仮説 | 単なる事務過誤,情報不足,合理的な別判断,組織方針,個人判断等 |
| 未確認事項 | 決裁経路,報告内容,評価への反映,処分・指導,文書の現存等 |
例えば,弁護人意見書では「結論が不当である」とだけ述べるのではなく,検察官が把握すべき証拠構造,反対仮説,提示資料,決裁前に報告すべき事情,被害者・関係者情報,起訴・不起訴又は上訴判断に及ぼす具体的影響を分けて記載すると,検討事項が明確になります。
第12 この資料からしてはいけない推論
- 求刑を下回る判決だったことだけから,担当検察官が低い人事評価を受けたと推定しない。
- 否認事件を起訴したことだけから,人事評価又は有罪獲得競争が起訴の動機だったと断定しない。
- 取調べで真相を明らかにする能力が評価対象であることだけから,供述強要が制度上容認されていると解釈しない。
- 上司への報告・決裁が評価対象であることだけから,個別処分が上司の具体的指示によるものと推定しない。
- 弁護人への対応が評価対象であることだけから,特定の回答義務又は不回答の違法性を導かない。
- 5年保存の定めだけから,個別文書が現在も存在する,又は開示されると断定しない。
- 留意事項の記入例を,実在事件,発生頻度又は実際の人事処遇の証拠として扱わない。
- ブログ掲載の写しを,法務省公式公開の現行原本であると表示しない。
第13 一次資料,判例秘書の確認状況及び関連記事
1 法令・公式資料
- ① e-Gov法令検索「人事評価の基準、方法等に関する政令」
- ② e-Gov法令検索「人事評価の基準、方法等に関する内閣官房令」
- ③ 人事院「人事評価と評価結果の活用」
- ④ 法務省「令和4年主要通達等一覧」
- ⑤ 法務省大臣官房人事課「標準文書保存期間基準」
2 検察官調査表関係文書
- ① 検察庁に勤務する検察官に係る検察官調査表の作成等について(平成21年9月28日付法務事務次官依命通達。ブログ掲載版は令和4年9月29日最終改正)
- ② 検察庁に勤務する検察官に係る検察官調査表の作成に当たっての留意事項について(平成21年9月28日付人事課長通知。ブログ掲載版は令和4年10月4日最終改正)
- ③ 検察庁以外の国の機関に勤務する検察官に係る検察官調査表の作成等について(平成21年9月28日付法務事務次官依命通達。ブログ掲載版は令和4年9月29日最終改正)
- ④ 検察庁以外の国の機関に勤務する検察官に係る検察官調査表の作成に当たっての留意事項について(平成21年9月28日付人事課長通知。ブログ掲載版は令和4年9月29日最終改正)
3 判例秘書の確認状況
上記4文書には,特定判決の事件番号又は判示命題の記載はありません。本記事の作成に当たり,認証を要する判例秘書の個別検索は行っていません。したがって,「検察官調査表」に直接言及する裁判例が存在しないと確認したものではありません。個別事件で,調査表の開示・不開示,検察官の任用・人事評価,内部通達違反の法的効果,違法な取調べ・起訴・求刑又は国家賠償責任を論じる場合は,判例秘書及び裁判所公開全文を改めて検索する必要があります。