iDeCo(個人型確定拠出年金)の加入者が死亡した場合,その残高は「死亡一時金」として遺族に支給される。この給付は,民法上は相続財産に属さない受取人固有の権利という性質を持つ一方,相続税法上はみなし相続財産として課税され得る。
本記事は,この二面性と,支給が確定した時期による課税区分を,関係法令及び裁判例に即して整理し,弁護士が相続案件で確認すべき事項を検討する。
第1 iDeCo死亡一時金の基本構造
1 死亡一時金が支給される仕組み
iDeCoの加入者又は加入者であった者(個人別管理資産がある者)が死亡したときは,その個人別管理資産は「死亡一時金」として遺族に支給される。
確定拠出年金法40条は,企業型年金について死亡一時金の支給を定める。
iDeCoについては,同法73条が給付に関する規定(同法第4章第5節)を個人型年金に準用しており,死亡一時金の支給及び後述する遺族の範囲・順位の定めは,iDeCoにも及ぶ。
同法41条4項が「死亡した者の個人別管理資産額に相当する金銭」と規定していることから,支給額は個人別管理資産に相当する金額であり,運用商品は現金化された上で支給される。
給付は一時金に限られ,遺族が年金の形で受け取ることはできない。企業型確定拠出年金(企業型DC)についても,受給権者の範囲・順位及び後述する課税の枠組みはiDeCoと共通である。
2 受給権者の範囲及び順位
死亡一時金を受け取ることができる遺族の範囲及び順位は,確定拠出年金法41条が,民法の相続順位とは別に定めている。その構造は2段階である。
ア 生前指定が最優先すること
同条1項ただし書は,加入者が死亡前に「配偶者(届出をしていないが,死亡の当時事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む。),子,父母,孫,祖父母又は兄弟姉妹のうちから」受取人を指定し,これを運営管理機関等に表示したときは,その指定に従うと定める。
指定できる相手が,この列挙された親族に限られる点は,受取人を広く自由に定め得る生命保険契約と大きく異なる。第三者を受取人に指定することはできない。
イ 指定がない場合の法定順位
指定がない場合の順位は,同条1項各号及び2項により,第1に配偶者(生計維持の要件なし),第2に主としてその収入によって生計を維持していた子・父母・孫・祖父母・兄弟姉妹,第3に主としてその収入によって生計を維持していたその他の親族,第4に生計を維持していなかった子・父母・孫・祖父母・兄弟姉妹の順となる。
同順位者が複数あるときは,死亡一時金はその人数によって等分して支給される(同条3項)。
3 請求期限と相続財産への転化
死亡一時金を受けることができる者による裁定の請求が死亡後5年間ないときは,確定拠出年金法41条5項により,遺族はないものとみなされる。
そして,遺族がないとき(同条4項)は,個人別管理資産額に相当する金銭が「死亡した者の相続財産とみなす」と規定されている。
すなわち,5年の経過は,単なる請求権の消滅にとどまらず,本来は相続財産に属さない死亡一時金相当額を相続財産へ転化させる。この転化は,後述するとおり民法上の処理(遺産分割の要否)と税法上の処理(非課税枠の可否)の双方を左右するため,実務上は死亡日と請求日の管理が重要となる。
第2 民法上の取扱い
1 受取人固有の権利という性質
確定拠出年金法41条は,受給権者の範囲及び順位を,法律自体が民法の相続の原則とは異なる形で定めている。この構造は,規程が受給権者の範囲・順位を独自に定める死亡退職金と共通する。
死亡退職金について,最高裁判所昭和55年11月27日第一小法廷判決・民集34巻6号815頁は,「受給権者の範囲,順位につき民法の規定する相続人の順位決定の原則とは異なる定め方がされている場合には,右死亡退職金の受給権は,相続財産に属さず,受給権者である遺族固有の権利である」と判示した。
この判断は,法律である確定拠出年金法41条が受給権者の範囲・順位を相続の原則と異なる形で定めるiDeCo死亡一時金にも,その趣旨が及ぶものと考えられる。したがって,遺族が定まる通常の場合,死亡一時金は受取人である遺族が固有の権利として取得し,被相続人の相続財産には属さないと解される。
2 遺贈及び遺産分割との関係
受取人固有の権利であることは,被相続人が遺言によって死亡一時金を処分できないことを意味する。
最高裁判所昭和58年10月14日第二小法廷判決・集民140号115頁は,死亡退職金の受給権について,受給権者である遺族固有の権利であり「当該職員の遺贈の対象とはならない」と判示した。
この理は,死亡一時金の受取人が確定拠出年金法41条の定める方法(生前の指定又は法定順位)によって決まることと整合する。
遺言で「iDeCoの残高を特定の者に遺贈する」と記載しても,同法41条の指定手続を経ていない限り,その記載により受取人を変更する効力は生じないものと考えられる。死亡一時金は遺産分割協議の対象にもならない。
もっとも,前記のとおり同条4項・5項により相続財産とみなされる場合(遺族がないとき,又は5年間請求がないとき)は,通常の相続財産として遺産分割の対象となる。
3 遺留分及び特別受益との関係
死亡一時金が受取人固有の権利で相続財産に属さない以上,民法903条1項の特別受益(「遺贈」又は「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与」)にも,民法1043条1項が定める遺留分算定の基礎財産(「被相続人が相続開始の時において有した財産」)にも,原則として含まれない。
この点に関し,生命保険金について最高裁判所平成16年10月29日第二小法廷決定・民集58巻7号1979頁は,死亡保険金請求権は「民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらない」としつつ,「保険金の額,この額の遺産の総額に対する比率,保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係,各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して」,共同相続人間の不公平が「到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には,同条の類推適用により,特別受益に準じて持戻しの対象となる」と判示した。
この決定は生命保険金に関するものであり,iDeCo死亡一時金について特段の事情による持戻しを認めた最高裁判例は見当たらない。
もっとも,死亡一時金も受取人固有の権利という点で死亡保険金と共通の構造を持つことから,残高が高額で,かつ受取人と他の相続人との間に著しい不公平が生じる事案では,同決定の枠組みが類推される余地があると考えられる。この点は確立した準則には至っておらず,個別事案での主張・反論の対象となり得る。
4 相続放棄との関係
死亡一時金は受取人固有の権利であるから,受取人が相続放棄をしても,これを受給することができると解される。相続の放棄をした者は「初めから相続人とならなかったものとみなす」(民法939条)が,これは相続財産の承継を否定するものであり,相続によらずに取得する固有の権利には及ばないためである。
ただし,確定拠出年金法41条4項・5項により死亡一時金相当額が相続財産とみなされる場合(遺族がないとき,又は5年間請求がないとき)は,相続財産としての承継の問題となるため,相続放棄をした者はこれを取得できない。
相続放棄の熟慮期間は,自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月であり,家庭裁判所に対する請求により伸長し得る(民法915条1項)。放棄を検討する依頼者に対しては,死亡一時金の請求と相続放棄が両立し得ること,及び後述する課税上の差異を説明する必要がある。
第3 税法上の取扱い
1 支給が確定した時期による3区分
iDeCo死亡一時金の課税は,民法上の相続財産性とは別に,支給が確定した時期によって3つに分かれる。
区分の基準は「支払時期」ではなく「支給額が確定した時期」である。相続税法基本通達3-30は,相続税法3条1項2号にいう「被相続人の死亡後3年以内に支給が確定したもの」とは「退職手当金等の額が被相続人の死亡後3年以内に確定したもの」をいい,実際の支給時期が3年以内かどうかを問わないとする。
(1) 死亡後3年以内に確定した場合
死亡後3年以内に支給額が確定した死亡一時金は,「退職手当金,功労金その他これらに準ずる給与(政令で定める給付を含む。)」として,相続又は遺贈により取得したものとみなされる(相続税法3条1項2号)。
ここでいう「政令で定める給付」には,相続税法施行令1条の3第7号が「確定拠出年金法…第56条第3項(個人型年金規約)に規定する個人型年金規約…に基づいて支給を受ける一時金」を掲げており,同号は企業型年金規約に基づく一時金も並列して掲げている。したがって,iDeCo及び企業型DCの死亡一時金が退職手当金等に含まれることは,条文上明示されている。
この場合,死亡一時金はみなし相続財産として相続税の課税対象となり,後述する退職手当金等の非課税枠の適用を受ける。
(2) 死亡後3年を経過して確定した場合
死亡後3年を経過して支給額が確定した場合は,相続税法3条1項2号の要件(3年以内の確定)を満たさないため,みなし相続財産とはならない。
この場合は,これを受け取った遺族の一時所得として所得税の課税対象となる。所得税基本通達34-2は,死亡した者に係る退職手当等で,その死亡後に支給期の到来するもののうち,相続税の課税価格に算入されるものとして所得税を課さないもの(同通達9-17)以外のものは,その支払を受ける遺族の一時所得に該当するとする。
一時所得の金額は,総収入金額から特別控除額(最高50万円)を控除して算出し,その2分の1が総所得金額に算入される(所得税法34条・22条2項2号)。退職手当金等の非課税枠は適用されない。
(3) 5年の経過により相続財産となった場合
死亡後5年間請求がなく,確定拠出年金法41条5項・4項により相続財産とみなされた場合は,退職手当金等ではなく本来の相続財産として相続税の課税対象となる。
この場合は遺産分割の対象となる一方で,退職手当金等としての非課税枠は適用されない。受取人にとって最も不利な帰結であり,5年の期間管理が実務上重要となる理由の一つである。
2 退職手当金等の非課税枠
相続人が取得した退職手当金等については,「500万円に…相続人の数を乗じて算出した金額」を非課税限度額とする(相続税法12条1項7号)。
この退職手当金等の非課税枠は,同項6号が定める生命保険金の非課税枠(同じく500万円に相続人の数を乗じた金額)とは別枠であり,両者は合算されない。iDeCo死亡一時金は,相続税法3条1項2号の退職手当金等に当たるため,生命保険金の枠ではなく退職手当金等の枠の対象となる。
非課税限度額の計算に用いる相続人の数は,相続の放棄があった場合には,その放棄がなかったものとした場合における相続人の数による(相続税法15条2項)。したがって,放棄者がいても枠の総額自体は減少しない。
3 相続人以外の受取人及び相続放棄者の課税
退職手当金等の非課税枠は「相続人の取得した」退職手当金等に限って適用される(相続税法12条1項7号)。
相続税法3条1項の柱書は,みなし相続財産を取得した者が相続人以外の者であるときは,これを遺贈により取得したものとみなすとし,同項の「相続人」からは相続を放棄した者を除いている。そのため,相続を放棄した受取人や,そもそも相続人でない受取人(例えば,先順位の相続人がいる場合の兄弟姉妹や,内縁の配偶者)は,死亡一時金を受給できても,非課税枠の適用を受けられない。
さらに,相続又は遺贈により財産を取得した者が,被相続人の一親等の血族及び配偶者以外の者であるときは,相続税額に2割を加算する(相続税法18条)。
iDeCoの受取人として指定され,又は法定順位により受給し得る者のうち,兄弟姉妹,内縁の配偶者,代襲相続人でない孫などは,この2割加算の対象となり得る。受取人指定の助言に当たっては,非課税枠の適用の有無と併せて,この加算の有無も確認する必要がある。
第4 実務上の検討事項
1 依頼者からの聴取事項
iDeCo残高が関係する相続案件では,民法上の帰属と税法上の課税区分の双方を判断するため,次の事項を確認する必要がある。
- ① 受取人指定の有無,指定されている者,及び指定の時期(運営管理機関への確認を含む。)
- ② 受取人と被相続人との続柄,及び死亡当時の生計維持関係の有無(法定順位の判断に影響する。)
- ③ 被相続人の死亡日,並びに裁定請求の有無及びその予定時期(3年及び5年の起算点となる。)
- ④ 個人別管理資産の額及び運用商品の内容
- ⑤ 他に死亡退職金・生命保険金があるか(非課税枠の合算・区分に影響する。)
- ⑥ 受取人又は他の相続人が相続放棄を検討しているか
2 主張及び立証上の留意点
遺産分割や遺留分の場面では,死亡一時金が受取人固有の権利であることを前提に,これを相続財産・遺産分割の対象から除外して処理することが出発点となる。
他方,相続税の申告においては,同じ死亡一時金がみなし相続財産(3年以内確定の場合)として課税価格に算入される。民法上は相続財産でないが税法上は課税対象という区別を,依頼者に明確に説明する必要がある。
立証の対象としては,受取人指定の有無及び内容(運営管理機関の記録),法定順位を左右する生計維持関係(住民票,扶養の事実,送金の記録等),並びに課税区分を左右する各日付(死亡日,裁定請求日,支給額の確定日)が中心となる。
とりわけ3年及び5年の期間は課税区分と相続財産性を分ける基準であるため,これらの日付は客観資料により確定しておくことが望ましい。
3 想定される相手方の主張
受取人以外の相続人からは,高額の死亡一時金が特定の相続人に偏って支給されたことを捉えて,特別受益に準じた持戻し(民法903条の類推)を求める主張が想定される。
この主張に対しては,前記平成16年決定が示した考慮要素(死亡一時金の額,遺産総額に対する比率,受取人と他の相続人及び被相続人との関係,各相続人の生活実態等)に即して,著しい不公平と評価すべき特段の事情の有無を具体的に検討することになる。持戻しを主張する側にも,これを否定する側にも,これらの事情を裏づける資料の提出が求められる。
また,受取人指定の効力を争う主張も想定される。指定できる相手は確定拠出年金法41条1項ただし書の列挙する親族に限られるため,例えば離婚により配偶者でなくなった元配偶者を指定したまま死亡した場合には,その者は同項の受給資格者に当たらず,旧指定は効力を持たないと考えられる。指定の有効性は,同項の要件に即して確認する必要がある。
4 結論を左右し得る不確実な要素
本記事で整理した帰結のうち,条文及び確認済みの裁判例から直接導ける部分(受取人固有の権利という性質,課税の3区分,非課税枠の別枠性)は,比較的安定している。
他方で,次の点は事案ごとの確認を要する。
- ① 特別受益に準じた持戻しの類推の可否は,iDeCo死亡一時金について確立した判例準則がなく,事案の具体的事情による。
- ② 支給額の算定の基準時(現金化の時点等)は,運営管理機関の規約及び手続により定まる部分があり,個別に確認する必要がある。
- ③ 死亡後3年・5年の境界付近で支給額が確定する事案では,課税区分の判定について,額の確定時期を示す資料に基づき,必要に応じて課税庁又は税務の専門家に確認することが望ましい。
個別事案への適用に当たっては,運営管理機関の規約,国税庁の公表資料及び最新の法令改正の有無を,その時点で確認することが必要である。
出典
1 法令(e-Gov法令検索)
- 確定拠出年金法40条・41条・73条(死亡一時金の支給,遺族の範囲及び順位,個人型年金への準用) https://laws.e-gov.go.jp/law/413AC0000000088
- 相続税法3条(みなし相続財産),12条(非課税財産),15条(法定相続人の数),18条(相続税額の加算) https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000073
- 相続税法施行令1条の3(退職手当金等に含まれる給付の範囲。第7号に確定拠出年金の一時金) https://laws.e-gov.go.jp/law/325CO0000000071
- 所得税法22条(課税標準),34条(一時所得) https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000033
- 民法903条(特別受益),915条(承認又は放棄の期間),939条(相続放棄の効力),1043条(遺留分を算定するための財産の価額) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
2 通達・行政資料(国税庁)
- 相続税法基本通達3-30(「被相続人の死亡後3年以内に支給が確定したもの」の意義) https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/sozoku2/01/03.htm
- 所得税基本通達9-17・34-2(相続税の課税価格に算入される死亡者の退職手当等の所得税非課税,遺族が受ける退職手当等の一時所得該当) https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/04/08.htm
- 国税庁タックスアンサーNo.4117(相続税の課税対象になる死亡退職金。3年以内確定の場合のみなし相続財産該当,非課税限度額500万円×法定相続人数) https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4117.htm
- 国税庁タックスアンサーNo.4108(相続税がかからない財産。生命保険金と死亡退職金の非課税枠が別項目) https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4108.htm
3 裁判例(裁判所ウェブサイト掲載)
- 最高裁判所昭和55年11月27日第一小法廷判決・民集34巻6号815頁(昭和54(オ)1298。死亡退職金の受給権は相続財産に属さず遺族固有の権利) https://www.courts.go.jp/hanrei/53352/detail2/index.html
- 最高裁判所昭和58年10月14日第二小法廷判決・集民140号115頁(昭和58(オ)114。死亡退職金の受給権は遺族固有の権利であり当該職員の遺贈の対象とならない) https://www.courts.go.jp/hanrei/74572/detail2/index.html
- 最高裁判所平成16年10月29日第二小法廷決定・民集58巻7号1979頁(平成16(許)11。死亡保険金請求権は民法903条1項の遺贈・贈与に当たらないが,特段の事情がある場合は同条の類推適用により持戻しの対象) https://www.courts.go.jp/hanrei/52421/detail2/index.html