死亡直前に生命保険金受取人が変更されている場合,変更後の受取人が保険金を受け取ったという結果だけで有効性を判断することはできない。契約者による変更の意思表示,保険者への通知,被保険者の同意,意思能力及び署名・手続の真正を分け,変更請求書,受付記録,通話録音,本人確認資料,担当者記録及び診療録を時間順に照合する必要がある。
第1 この記事の対象と結論
本記事は,保険契約者が生前に生命保険金受取人を変更したとされる場面を扱う。遺言による受取人変更は別の要件があるため,第8で区別する。
主な検討順序は,次のとおりである。
- 契約日,保険種類,契約者,被保険者,変更前後の受取人及び約款を確定する。
- 誰が,いつ,どの方法で変更の意思表示をしたかを確定する。
- 保険者へ通知が到達した日時と,死亡等の保険事故の日時を比較する。
- 被保険者の同意が必要な契約では,その有無と時期を確認する。
- 変更時の意思能力と,署名・押印・オンライン操作を本人が行ったかを別々に検討する。
保険会社所定の書式や本人確認手続を経ていることは有効性を支える重要な事情になり得るが,それだけで意思能力又は本人性に関する反対証拠が排除されるわけではない。他方,死亡直前という時期だけで直ちに無効になるものでもない。
第2 受取人変更の法律上の要件
1 生命保険契約
保険法43条1項は,保険契約者は保険事故が発生するまでは保険金受取人を変更できると定める。同条2項によれば,受取人変更は保険者に対する意思表示によってする。ただし,契約上の権利関係は契約日,保険種類,約款及び特約によって確認する必要がある。
2 保険者への通知と到達時期
保険法43条3項は,受取人変更の意思表示が保険者に到達した場合,その通知を発した時に遡って効力を生ずるとする。ただし,その到達前に保険者が変更前の受取人へ保険給付をしたときは,その給付の効力を妨げない。
したがって,変更請求書の日付だけでなく,投函又は送信の日時,保険会社の受付日時,審査完了日,変更通知の発送日及び被保険者の死亡日時を分けて確認する。電話で問い合わせただけなのか,変更の意思表示として受け付けられたのかも記録から判断する。
3 被保険者の同意
保険法45条は,他人を被保険者とする死亡保険契約において保険金受取人を変更する場合,原則として被保険者の同意を要求する。契約者と被保険者が同一人か,別人かを先に確認し,同意書,電話確認又はオンライン記録の有無を調べる。
4 古い契約と約款
保険法は平成22年4月1日に施行された。施行前に締結された契約については,経過措置,旧商法及び約款が問題となることがある。現在の保険法の条文だけで処理せず,契約締結時と変更時の約款を取り寄せる。
第3 意思能力と署名の真正は別の争点である
民法3条の2は,法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは,その法律行為は無効とすると定める。受取人変更でも,変更の意味と結果を理解して判断できたかが問題となる。
意思能力の有無と,変更請求書等を本人が作成又は承認したかは別の争点である。本人に判断能力があっても第三者が無断で署名した可能性はあり,反対に,身体が不自由で代筆を用いたことだけで本人の意思が否定されるわけでもない。次の事項を分けて整理する。
- 変更の内容を本人が理解し,自ら決めたか
- 書面の署名・押印,電話又はオンライン操作を誰が行ったか
- 代筆又は補助があった場合,本人の指示及び確認がどのように行われたか
- 保険会社又は代理店の担当者が本人と直接接触したか
大分地方裁判所平成23年10月27日判決は,受取人変更時の意思能力が争われた事案で,医学的状態だけでなく,手続の経過や変更行為の内容等を検討して無効の主張を排斥した。下級審の一事例であり,診断名又は認知機能検査の点数だけで一律に結論が決まることを意味しない。
第4 保険会社から収集する資料
保険会社又は代理店に対し,保存されている範囲で次の資料と記録を特定して請求する。
- 変更前後の保険証券,契約内容通知及び約款
- 受取人変更請求書の原本又は写しと添付された本人確認資料
- 受付番号,受付日時,受付経路,審査完了日時及び変更登録日時
- 電話録音,通話履歴,ウェブ手続の操作・認証記録及び送信時刻
- 担当者,代理店又は募集人の面談記録,訪問記録,業務日誌及び内部照会
- 契約者又は被保険者へ送付した確認書面,変更完了通知及び返送記録
- 被保険者の同意を確認した資料
各社の公開手続は同一ではない。SBI生命は,所定の名義変更請求書,保険証券及び契約者・被保険者の本人確認書類等を案内している。第一生命は,契約者本人の手続で,かつ契約者と被保険者が同一人である場合等にインターネット手続を案内し,それ以外は書面等の手続としている。これらは各社の現在の手続例であり,他社又は過去の契約にそのまま適用されるものではない。
保存期間経過や社内基準を理由に任意開示が得られない場合は,請求内容を絞った書面照会,弁護士会照会,訴訟上の調査嘱託又は文書提出命令等を検討する。ただし,いずれも当然に採用又は開示される制度ではないため,先に資料の名称,作成部署,作成時期及び立証趣旨を具体化する。
第5 医療・介護記録と関係者の供述
意思能力を検討するときは,変更日の前後に近い診療録,看護記録,介護記録,処方内容,検査結果及び面談記録を収集する。重要なのは,病名の有無だけでなく,変更時点の意識状態,見当識,理解力,せん妄,鎮痛薬・鎮静薬の影響及び意思疎通の具体的状況である。
医師,訪問看護師,介護職,保険会社担当者,家族その他の関係者については,誰が何を直接見聞きしたかを区別する。「認知症だった」「しっかりしていた」という評価だけでなく,本人にどのような説明がされ,何と答え,どの資料を見て,誰が署名・押印又は端末操作をしたかを確認する。
記憶が薄れる前に,面談日時,場所,同席者,発言及び文書の受渡しを各人から別々に聴取し,誘導的な共同メモにまとめないことが望ましい。
第6 変更前後の経過を一つの時系列にする
受取人変更だけを切り離さず,次の事実を分単位又は日単位で一つの時系列にする。
- 病状の変化,入退院,告知,投薬及び医師の説明
- 家族関係,面会,連絡及び介護担当者の変化
- 保険会社又は代理店への問い合わせ,書類送付,面談,受付及び登録
- 遺言,預金移動,証券取引,贈与その他の財産処分
- 変更完了通知を本人が受領し,内容を確認した形跡
- 死亡日時と保険金請求・支払の経過
変更が従前の意向と一貫していたか,突発的だったかは一事情になる。しかし,親族との親疎,介護への貢献又は変更後の受取人の立会いだけから,直ちに有効又は無効と断定しない。
第7 争う側・有効性を主張する側の進め方
変更を争う側は,保険会社への支払差止めの申入れだけで権利が保全されると考えず,保険金が未払か既払か,誰に対してどの請求を行うか,仮処分等が必要かを早期に検討する。保険会社が既に変更後の受取人へ支払った場合,保険会社に対する請求と受取人に対する返還請求では要件が異なる可能性がある。
有効性を主張する側も,保険会社が支払った事実だけに依存せず,請求書,確認記録,医療記録及び本人の従前の意向を保存する。いずれの側も,原本を加工せず,データの取得日,取得先及びハッシュ値等を記録し,写しと原本の対応を明確にする。
訴訟では,変更の意思表示,通知の到達,被保険者の同意,意思能力,署名の真正及び支払後の法律関係のうち何が争点かを明示し,それぞれに対応する証拠を提出する。医学的評価と筆跡・デジタル記録の評価を一つの印象論にまとめないことが重要である。
第8 遺言による変更及び特別受益との区別
保険法44条は,遺言による保険金受取人の変更を認める一方,遺言が効力を生じた後,保険契約者の相続人がその旨を保険者に通知しなければ,保険者に対抗できないと定める。詳しくは遺言による生命保険金受取人の変更の記事で整理している。
また,変更が有効で変更後の受取人が保険金を取得したとしても,その保険金を特別受益に準じて持戻しの対象とするかは別の問題である。持戻しの検討では,保険金額,遺産総額,同居・介護等の関係及び相続人間の不公平が到底是認できないほど著しいかを検討する。詳しくは死亡保険金と特別受益の記事を参照されたい。
第9 出典・参考資料
- 保険法43条ないし45条,72条ないし74条
https://laws.e-gov.go.jp/law/420AC0000000056 - 民法3条の2
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089 - 大分地方裁判所平成23年10月27日判決・平成22年(ワ)第368号(裁判所ウェブサイト掲載判例)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/217/082217_hanrei.pdf - SBI生命「保険金・給付金の受取人の変更」
https://www.sbilife.co.jp/customer/tetsuzuki/receiptor.html - 第一生命「保険金などの受取人の変更」
https://www.dai-ichi-life.co.jp/contractor/change/uketori/index.html - 近畿大学法学「保険金受取人変更の意思表示」
https://kindai.repo.nii.ac.jp/record/20059/files/AN10144398-20190331-0041.pdf