◯個別事件の判旨については,裁判所公式本文を確認したもの,判例秘書本文を確認したもの及び年度記事だけで把握したものを区別します。年度記事だけの記述を具体的事件へ適用する場合は,対象判決本文,現行法及び後続判例の追加確認が必要です。
第1 本記事の対象と結論
1 平成23年度の件数
平成23年度の年度記事は,破棄判決71件,破棄決定8件を取り上げています。破棄判決71件は,換算後の終局事件3210件に対して2.3%とされています。
2.3%を上告の成功率と読むことはできません。この数値は年次処理の概況であり,上告と上告受理申立ての並行申立ての換算,判決書数と事件数の違い,不受理・棄却事件の扱い,破棄自判と破棄差戻しの別を踏まえた個別案件の勝訴確率を示すものではありません。
2 結論―破棄理由を判断工程の欠落として捉える
平成23年度の破棄例は,消費者契約,建築瑕疵,行政処分,労働者性,倒産,過払金,租税,選挙その他の広い分野に及びます。しかし,実務上の共通点は,個別分野の結論暗記ではなく,原審が次のどの工程を誤ったかを特定することにあります。
- 手続入口―処分性,原告適格,訴えの利益,当事者,不服申立ての種類及び理由提示
- 請求・抗弁―主位的請求,予備的請求,抗弁及び再抗弁の全件対応
- 証拠評価―証拠から間接事実,主要事実及び法的評価へ至る推論
- 実体法・特別法―適用条文,判断枠組み,限定句,施行日及び経過措置
- 差戻し後―最高裁が確定した命題と,なお審理を要する事実・損害・抗弁
第2 資料の読み方と確認範囲
1 年度記事は有力な二次資料である
「最高裁民事破棄判決等の実情」は,その年の破棄判決・破棄決定を横断的に把握し,原判決の誤りを比較するための優れた資料です。他方,判決そのものではありません。事件の発見,破棄理由の分類及び調査の優先順位付けには用いることができますが,具体的な規範を引用し,依頼案件へ適用するときは,判決本文を確認する必要があります。
2 判決ごとの確認状態を分ける
本記事では,確認状態を次のように区別します。
| 表示 | 意味 |
|---|---|
| 裁判所公式本文確認済み | 裁判所ウェブサイトの判決・決定全文を確認した。 |
| 裁判所公式後続引用確認済み | 後続の裁判所公表裁判例が当該判決を引用していることを確認した。 |
| 裁判所公式事件情報確認済み | 裁判所の事件一覧等で事件情報を確認したが,公式本文までは直接確認していない。 |
| 判例秘書本文確認済み | 商用判例データベース「判例秘書」の判決本文を確認した。 |
| 年度記事確認済み(二次資料) | 判例時報の年度記事で確認した。個別事件への適用には判決本文の追加確認を要する。 |
第3 平成23年度の代表的な破棄判決
1 更新料条項―合意の明確性と負担の程度を分ける
最高裁平成23年7月15日第二小法廷判決(平成22年(受)第243号)は,更新料条項が任意規定に比べて消費者の義務を加重することを前提にしながら,賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され,賃借人と賃貸人との間に明確な合意が成立している場合には,更新料の額,契約期間その他の事情に照らして高額に過ぎるなどの特段の事情がない限り,消費者契約法10条後段に該当しないとしました。
実務では,「更新料条項は有効である」と一般化せず,①支払義務について明確な合意が成立したか,②成立した条項が消費者に課す負担は不当に大きくないか,を二段階で検討します。契約書,重要事項説明書,申込画面,説明資料,改定履歴,更新期間及び金額の計算を分けて確認します。
確認状態:判例秘書本文確認済み。裁判所公式事件情報確認済み。裁判所公式本文は今回直接未確認。
2 建物の基本的安全性―将来の危険経路まで立証する
最高裁平成23年7月21日第一小法廷判決(平成21年(受)第1019号)は,「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵」を,現実の事故又は危険が既に発生している場合に限定しませんでした。瑕疵の性質に照らし,放置すればいずれ居住者等の生命,身体又は財産に対する危険が現実化する場合を含みます。他方,美観又は居住環境の快適さを損なうにとどまる不具合とは区別されます。
建築訴訟では,単に不具合を列挙するのではなく,瑕疵→進行機序→危険の現実化→必要な修補→費用という因果の鎖を示す必要があります。写真,設計図,施工記録,調査報告書,鑑定意見及び修補見積りを,この鎖の各段階へ対応させます。また,所有者が建物を売却した後も,売却時に修補費相当額の補填を受けたなどの特段の事情がない限り,既に取得した損害賠償請求権を当然に失うわけではありません。
確認状態:判例秘書本文確認済み。裁判所公式の検索結果で本文掲載を確認したが,確認時に本文URLの再取得ができなかったため,裁判所公式本文の直接確認は未完了。
3 不利益処分の理由提示―処分基準の適用関係を示す
最高裁平成23年6月7日第三小法廷判決(平成21年(行ヒ)第91号・民集65巻4号2081頁)は,不利益処分の理由提示の程度について,根拠法令の内容,処分基準の存否・内容・公表の有無,処分の性質・内容及び原因事実の内容を総合考慮するとしました。
原因事実と根拠条文が書かれていても,公表された複雑な処分基準があり,複数の処分から一つを選択する事案では,どの基準項目をどの事実へ適用し,なぜその処分を選んだかを示さなければならない場合があります。処分時の理由書自体を,①原因事実,②根拠法条,③処分基準の版と公表状況,④該当項目,⑤加減点又は併合方法,⑥処分選択の理由,の順に監査します。訴訟段階の事後説明と,処分時の理由提示を混同しないことが重要です。
確認状態:判例秘書本文確認済み。裁判所公式本文確認済み。裁判所公式後続引用確認済み。
4 労組法上の労働者性―契約名より実際の運用を見る
最高裁平成23年4月12日第三小法廷判決には,INAXメンテナンス事件(平成21年(行ヒ)第473号)と新国立劇場事件(平成21年(行ヒ)第226号・第227号)があります。両判決は,「業務委託」「出演契約」等の契約名や,仕事を断る自由が形式上存在することだけで,労働組合法上の労働者性を否定しませんでした。
確認すべき事情は,①事業組織への組入れ,②契約内容の一方的決定,③報酬の労務対価性,④仕事を断る自由の実態,⑤指揮監督,⑥時間・場所の拘束です。契約条項だけでなく,実際の辞退例,拒否後の取扱い,発注・シフト,マニュアル,報告様式,評価,手当,専属性及び第三者への再委託例を収集します。労組法上の労働者性と,労働基準法・労働契約法上の労働者性は,法律の目的と判断枠組みを区別して検討します。
確認状態:両事件とも判例秘書本文確認済み,裁判所公式本文確認済み。
5 民事再生と弁済代位―原債権と求償権を分ける
最高裁平成23年11月24日第一小法廷判決(平成22年(受)第1587号)は,弁済代位者の求償権が再生債権であっても,代位取得した原債権が共益債権である場合には,その原債権を再生手続外で行使できるとしました。
倒産事件では,保証人その他の代位弁済者が有する求償権と,弁済によって代位取得した原債権とを同じものとして処理してはいけません。債権発生原因,発生時期,原債権の手続上の区分,代位弁済日,求償権の区分,担保・優先性及び再生計画の効力を,権利ごとに分けて整理します。
確認状態:判例秘書本文確認済み。裁判所公式本文は今回未確認。
6 過払金―取引のライフサイクルを先に作る
平成23年度の年度記事には,基本契約の同一性,取引の空白,借換え・切替え,債権譲渡,和解,消滅時効及び悪意の受益者をめぐる多数の事件が含まれます。この分野では,先に結論を決めるのではなく,契約番号,契約日,借入日,完済日,空白期間,カード・利用枠,証書の差替え,債権者の変更,精算合意及び取引履歴の欠落を時系列化することが出発点です。
確認状態:この項目は年度記事確認済み(二次資料)。本記事作成時には,年度記事に掲載された過払金関係の個別判決全部について判例秘書本文を追加照合していない。
第4 原判決を監査する5段階
| 段階 | 確認事項 | 記録上の資料 |
|---|---|---|
| 1 手続入口 | 訴訟要件,当事者,処分性,原告適格,訴えの利益,不服申立ての種類 | 訴状,答弁書,処分書,期日調書,原判決 |
| 2 請求・抗弁 | 主位・予備,全部・一部,抗弁・再抗弁に判断漏れがないか | 請求の趣旨・原因,準備書面,争点整理表 |
| 3 証拠評価 | 証拠から間接事実,主要事実,法的評価へ飛躍がないか | 書証,証人尋問,鑑定,原判決の認定理由 |
| 4 法規範 | 条文,判例法理,限定句,特別法,施行日及び経過措置を取り違えていないか | 法令沿革,判決全文,判例集,公的資料 |
| 5 差戻し後 | 確定した法律判断と,残る事実・因果関係・損害・抗弁を分けたか | 最高裁判決主文・理由,差戻審の争点案 |
上告又は上告受理申立てでは,「原判決の結論が不当である」と述べるだけでは足りません。原判決が採用した判断命題,これに反する法令・判例・経験則等,記録上の根拠及び違反が結論へ与えた影響を順に示します。事実認定を争うときも,単なる心証への不満ではなく,どの推論がどの経験則・論理則又は採証法則に反するかを具体化します。
第5 依頼者説明と差戻審の準備
破棄差戻しは,必ずしも依頼者の最終的な勝訴を意味しません。最高裁が法解釈又は審理方法を是正しても,差戻審には,事実認定,因果関係,損害額,個別の抗弁,不当労働行為該当性その他の争点が残ることがあります。
依頼者への説明では,次の二列を作ります。
| 最高裁で確定した事項 | 差戻審で未確定の事項 |
|---|---|
| 採用すべき法規範,原判決の法令違反,破棄された範囲 | 追加の事実認定,因果関係,損害額,特段の事情,残る抗弁 |
| 差戻審を拘束する判断 | 追加提出すべき証拠,証人・鑑定の要否,和解を含む解決可能性 |
第6 実務で使う確認表
平成23年度の代表判決から,受任時又は原判決受領時に次を確認できます。
- 契約条項:条項の存在だけでなく,明確な合意の成否と負担の程度を分けたか。
- 建築瑕疵:現在の不具合から将来の危険が現実化する経路を,専門資料で示したか。
- 行政処分:原因事実,根拠法条及び公表処分基準の適用関係を,処分時の理由書から再現できるか。
- 労働者性:契約名や形式的な諾否の自由ではなく,契約の運用実態を証拠化したか。
- 倒産・代位:原債権と求償権を別の権利として分類したか。
- 過払金:基本契約,空白期間,切替え,譲渡,和解及び時効を一つの時系列にしたか。
- 差戻し:破棄という途中経過と,請求が最終的に認容されることを混同していないか。
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第8 出典及び確認範囲
- 市川多美子・古田孝夫「最高裁民事破棄判決等の実情(上)(下)―平成23年度―」判例時報2161号・2162号(二次資料)。全38頁を画像で通読した。
- 最高裁平成23年6月7日第三小法廷判決(平成21年(行ヒ)第91号・民集65巻4号2081頁)。裁判所公式本文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/379/081379_hanrei.pdf
- 最高裁平成23年4月12日第三小法廷判決(新国立劇場事件・平成21年(行ヒ)第226号・第227号)。裁判所公式本文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/241/081241_hanrei.pdf
- 最高裁平成23年4月12日第三小法廷判決(INAXメンテナンス事件・平成21年(行ヒ)第473号)。裁判所公式本文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/243/081243_hanrei.pdf
- 更新料,建物の基本的安全性及び民事再生・弁済代位の各判決を含む代表6判決は,判例秘書で判決本文を確認した。判例秘書は商用データベースであり,裁判所公式公開とは区別している。
- 71件全部を判例秘書又は裁判所公式本文で個別照合したものではない。過払金その他,年度記事だけで整理した個別事件へ本記事の記述を適用するときは,対象判決本文,現行法及び後続判例を確認する必要がある。