第1 この記事の対象と結論
1 対象
本記事は,医薬品の使用後に転倒,出血,傾眠,せん妄,判断力低下,異常行動,臓器障害その他の有害事象が生じた事案について,副作用と個別の健康被害との因果関係をどのように検討し,どの資料を集めるかを整理するものである。
対象となる場面は,医療過誤,製造物責任,医薬品副作用被害救済制度に限られない。遺言能力,労務提供能力,交通事故,高齢者虐待の認定,介護施設における身体拘束,刑事責任能力等でも,服薬と具体的な機能との関係が問題になることがある。
2 結論
添付文書に当該症状が副作用として記載されていること,その薬が処方されていたこと,又は承認用量の上限が使用されていたことだけでは,その人に生じた症状が当該薬によるものと直ちに証明されるわけではない。
反対に,添付文書に発現頻度が低いと記載されていること,承認用量の範囲内であること,又は血中濃度が測定されていないことだけで因果関係を否定することもできない。必要なのは,①薬剤,剤形,用量,投与経路及び投与時刻,②吸収・分布・代謝・排泄,③年齢,体重,肝機能,腎機能等の患者側の条件,④併用薬,食品,飲酒等との相互作用,⑤症状,検査値及び画像所見の推移,⑥競合する原因,並びに⑦中止・減量・再投与後の変化を,一つの時系列で評価することである。
さらに,医学的因果関係,製造物の欠陥,医療従事者の過失及び救済制度の支給要件は別の問題である。一つのルートで用いられた判断を,別のルートへそのまま移してはならない。
第2 最初に分けるべき三つの問題
1 薬が使用されたか
最初の問題は,対象者が,対象期間に,当該医薬品を実際に使用したかである。処方箋又はレセプトは処方・請求の事実を示すが,実際の服用時刻,飲み忘れ,自己中断,頓用薬の使用回数,施設職員による投与,残薬又は重複処方まで当然に示すものではない。
薬剤名だけでなく,先発品・後発品,規格,剤形,1回量,1日量,投与経路,開始日,増量日,減量日,中止日,頓用の条件及び最終服用時刻を特定する。注射薬,貼付剤,徐放剤,粉砕投与又は経管投与では,剤形及び投与方法も重要である。
2 その薬が症状を生じさせたか
薬の使用と症状の発生が時間的に前後していても,それだけで原因と結果とはいえない。原疾患の自然経過,他の薬,感染,脱水,電解質異常,外傷,睡眠不足,飲酒又は環境変化等も同じ症状を生じさせ得る。
そこで,既知の薬理作用又は副作用と整合するか,発現までの時間が整合するか,投与量又は曝露量の増加と症状が対応するか,中止・減量後に改善したか,より合理的な代替原因があるかを検討する。
3 誰がどの義務又は制度上の要件を満たすか
個別の因果関係が認められても,直ちに損害賠償責任が成立するわけではない。製造物責任では欠陥,医療過誤では当時の医療水準に照らした注意義務違反及びその違反と結果との因果関係,副作用被害救済制度では適正使用,健康被害の程度及び対象除外事由等が別に問題となる。
また,遺言能力や就労能力の事件では,薬が一般に眠気等を生じ得るというだけでなく,問題となる時点及び課題において,対象者の注意,記憶,判断,遂行機能,運動機能等にどのような影響が現れていたかが必要である。
第3 薬理学からみた因果関係の検討順序
1 薬剤を特定する
同じ有効成分でも,剤形,規格,投与経路及び放出特性が異なれば,血中濃度の立ち上がり方や持続時間が異なり得る。商品名のみで検討せず,有効成分と製剤を確認する。
複数の医療機関又は診療科から処方されているときは,お薬手帳だけでなく,各医療機関の処方歴及び各薬局の調剤録を突き合わせる。一般用医薬品,健康食品及び家族から譲り受けた薬の有無も確認する。
2 用量だけでなく曝露量を考える
同じ投与量でも,体内に取り込まれ,作用部位へ到達する量は一律ではない。承認用量の上限であることは重要な情報であるが,それだけで「過量」又は「副作用の原因」とはいえない。反対に,承認用量内であっても,高齢,低体重,肝・腎機能低下,低アルブミン血症,薬物相互作用等により曝露量が増えることがある。
実務では「何mgか」に加え,体重当たりの量,投与間隔,蓄積,半減期,定常状態への到達時期,活性代謝物及び最終服用から症状発現までの時間を見る。
3 薬物動態と患者側の条件を確認する
薬物動態は,吸収,分布,代謝及び排泄の過程である。因果関係の検討では,少なくとも次の事項を確認する。
- 年齢,体重,脱水,栄養状態及び血清アルブミン
- 肝機能,腎機能及びその経時変化
- 消化管機能,食事との関係及び投与経路
- 代謝酵素又は輸送体に関係する併用薬
- 投与間隔,半減期,蓄積及び活性代謝物
- 必要に応じた血中濃度測定その他の治療薬物モニタリング
特に高齢者では,暦年齢だけで結論を出さず,臓器機能,多剤併用,転倒歴,認知機能及び日常生活上の変化を具体的に確認する。
4 薬力学と具体的機能を結び付ける
薬力学は,薬が生体にどのような作用を及ぼすかという側面である。添付文書の「傾眠」「めまい」「出血傾向」「錯乱」等の語を引用するだけでなく,事件で問題となる具体的機能へ翻訳する。
例えば,鎮静作用が問題であれば,覚醒度,反応時間,歩行,夜間覚醒,転倒,呼び掛けへの反応及び複雑な判断の変化を確認する。抗血栓薬が問題であれば,外傷が生じた機序と,外傷後の出血の程度又は拡大とを分ける。抗凝固薬又は抗血小板薬は,出血の発生・増悪に関与し得るが,転倒その他の外傷原因そのものとは別の因果段階である。
5 併用薬・相互作用・代替原因を検討する
一剤だけを切り出すと,誤った結論になりやすい。薬物相互作用には,血中濃度を変える薬物動態学的相互作用と,同じ作用又は副作用を増強する薬力学的相互作用がある。向精神薬,睡眠薬,鎮痛薬,抗ヒスタミン薬,降圧薬,糖尿病治療薬等の併用により,傾眠,低血圧,低血糖又は転倒リスクが重なり得る。
代替原因として,原疾患,感染,発熱,低酸素,脱水,低ナトリウム血症,低血糖,頭部外傷,疼痛,睡眠障害,飲酒又は環境変化等を確認する。因果関係を主張する側も反論する側も,自説に不利な原因候補を先に表へ置く方が,証拠評価が明確になる。
6 中止・減量後の変化を慎重に評価する
投与を中止又は減量した後に症状が改善したことは,因果関係を支持することがある。しかし,原疾患の自然変動,同時に行われた補液・感染治療・環境調整その他の介入もあり得るため,改善だけで確定はできない。
再投与後に同じ症状が再現したことは重要な資料となり得るが,危険な再投与を因果関係確認のために行うことは相当でない。既に臨床上必要な再投与が行われた場合の記録を評価するという位置付けである。
第4 証拠収集と時系列表
1 受任直後に確保する資料
主な資料は次のとおりである。
- 診療録,看護記録,救急搬送記録,検査結果,画像データ及び退院時要約
- 処方箋,処方歴,調剤録,薬剤情報提供書,お薬手帳,服薬カレンダー及び残薬
- 施設の投薬記録,介護記録,転倒報告,事故報告及びバイタル記録
- 服薬開始・増量・中止前後の家族,職員及び同僚の具体的観察
- 問題となる時点の添付文書,インタビューフォーム,緊急安全性情報及び安全性速報
- 必要に応じ,血中濃度,肝・腎機能,電解質,血算,凝固検査等
家族又は関係者の供述は,「薬を飲んでおかしくなった」という評価語より,何時に服用し,何時から,どのような行動が,どの程度の時間続き,従前とどう異なったかという観察事実に分解する。
2 添付文書は当時版と現在版を分ける
添付文書は改訂される。投与当時の予見可能性,説明義務又は警告表示を論じるときは,当時版を確保し,現在版とは別に保存する。現在版だけを用いて過去の注意義務を論じると,後に得られた知見を過去へ持ち込むことになる。
現在の添付文書はPMDAの医療用医薬品情報検索で確認できるが,過去版の入手経路及び版番号も記録する。引用するときは販売名,製造販売業者,改訂年月又は版番号及び参照日を記載する。
3 症状名を具体的機能へ翻訳する
「認知機能低下」「ふらつき」「異常行動」等の抽象語だけでは,法律上の争点との接続が弱い。遺言能力であれば財産,相続人,処分内容及び結果を理解し比較できたか,就労能力であれば対象業務の手順,注意配分,危険予測及び緊急時対応ができたか,転倒事故であれば歩行,起立,血圧,覚醒度,視機能及び環境要因がどうであったかを示す。
4 時系列表の作り方
時系列表には,少なくとも次の列を置く。
- 日時
- 薬剤・用量・投与経路・服用確認
- 肝機能・腎機能・検査値・画像所見
- 症状及び具体的機能
- 併用薬・感染・外傷その他の代替原因
- 治療又は中止・減量後の変化
- 証拠の所在及び信用性
記録がないことを,直ちに症状がなかったことと同一視しない。反対に,後日作成された要約や意見書を,作成時に近接した診療・看護・介護記録より常に優先させない。
第5 法的ルートごとに要件を分ける
1 製造物責任
製造物責任法2条2項は,製造物の特性,通常予見される使用形態,製造業者等が引き渡した時期その他の事情を考慮して,当該製造物が通常有すべき安全性を欠くことを「欠陥」としている。
医薬品について副作用が生じたという一事だけで欠陥が成立するわけではない。設計上の問題,製造上の問題,指示・警告上の問題を分け,引渡し時点の科学的知見,副作用の内容・程度・頻度,薬の効能,通常想定される処方者の知識及び添付文書の記載方法等を検討する。
2 医療過誤
医療過誤では,投与の適応,用法・用量,禁忌・慎重投与,必要な検査,患者側の危険因子,併用薬,説明,中止判断及び異常発現後の対応を,当時の医療水準に照らして検討する。
添付文書からの逸脱は重要な事情となり得るが,添付文書の文言と注意義務の内容が常に一対一で一致するとは限らない。専門領域のガイドライン,安全性情報,患者の緊急性及び代替治療の有無も確認する。
3 医薬品副作用被害救済制度
PMDAは,医薬品を適正に使用したにもかかわらず発生した副作用による疾病,障害又は死亡のうち,一定の重さの健康被害を給付対象としている。「適正な使用」は添付文書の効能・効果,用法・用量及び使用上の注意に従うことが基本であるが,個別事例では現在の医学・薬学の科学水準に照らし総合的に判断されると説明されている。
ただし,製造販売業者等の損害賠償責任が明らかな場合,対象除外医薬品による場合,健康被害が所定の程度に達しない場合,請求期限を経過した場合又は使用目的・方法が適正と認められない場合等は対象外となる。損害賠償訴訟と同じ要件ではないため,責任追及と救済請求は別々に設計する。
4 意思能力・労務提供能力・虐待認定等
これらの事件では,薬害訴訟の因果関係をそのまま当てはめるのではなく,当該時点の具体的機能を立証する。処方薬の承認された効能・効果から診断名又は重症度を直ちに推認してはならない。適応外使用,対症療法,レセプト病名又は複数目的の処方があり得るからである。
精神障害者保健福祉手帳又は障害年金の等級から,服用薬,副作用又は個別の労務提供能力を推認することもできない。実際の薬剤,服用状況,症状及び対象職務を確認する。
第6 裁判例から得られる注意点
1 イレッサ最高裁判決
最高裁判所平成25年4月12日判決(平成24年(受)第293号)は,イレッサの添付文書における間質性肺炎の記載が不適切であり製造物責任法上の欠陥があるかが争われた事件である。
同判決は,医薬品は副作用を避け難い特性を有し,副作用の存在だけで直ちに欠陥とはいえないとした。その上で,添付文書の記載の適否は,副作用の内容・程度・発現頻度,医薬品の効能・効果から通常想定される処方者等の知識・能力,記載の形式・体裁等を総合考慮し,予見可能な危険性が十分に明らかにされていたかという観点から判断すべきであるとした。
この判決が示すのは,健康被害の発生,個別因果関係及び警告表示の欠陥を分ける必要があることである。また,添付文書の評価時点は製造物の引渡し時点であり,後日の知見を無条件に遡及させるものではない。
2 タミフル救済給付事件
大阪高等裁判所平成28年2月5日判決(平成27年(行コ)第27号)は,タミフル服用後の異常行動及び転落死について,副作用救済給付の不支給決定が争われた事件である。
同判決は,疫学研究について,選択バイアス,情報不足,評価尺度及び解析方法等を具体的に検討した。また,高用量を投与した動物実験の結果が,直ちにヒトの臨床用量における因果関係を裏付けるものではないとした。添付文書に副作用が記載されているかという一点ではなく,研究の対象,方法,投与量及び限界まで読む必要があることを示す例である。
もっとも,これは当該事件の証拠関係及び救済制度上の判断である。他の薬,他の症状又は民事損害賠償事件へ結論をそのまま移すことはできない。
第7 よくある誤り
- 添付文書に記載があることだけで,個別因果関係が証明されたとする。
- 承認用量の上限であることだけで,過量投与又は不適切投与とする。
- 処方薬の効能・効果から,実際の診断名又は重症度を断定する。
- 抗凝固薬・抗血小板薬が出血を増悪させ得ることと,転倒・打撲の原因とを混同する。
- 向精神薬という臨床上の総称と,麻薬及び向精神薬取締法上の向精神薬を同一視する。
- 副作用の一般論から,遺言能力,労務提供能力又は運転能力の欠如へ直結させる。
- 現在版の添付文書だけで,過去の予見可能性又は注意義務を評価する。
- 一つの制度又は裁判例の因果関係判断を,別の法的ルートへそのまま移す。
第8 実務チェックリスト
- 対象薬,剤形,規格,投与経路,1回量,1日量及び頓用回数を特定したか。
- 開始,増量,減量,中止及び最終服用の日時を特定したか。
- 処方の事実と実際の服用を分けたか。
- 年齢,体重,肝機能,腎機能,栄養状態及び脱水を確認したか。
- 併用薬,一般用医薬品,健康食品,飲酒及び相互作用を確認したか。
- 症状を具体的な行動・機能・検査値へ分解したか。
- 原疾患,感染,外傷,代謝異常その他の代替原因を検討したか。
- 中止・減量その他の介入と改善時期を確認したか。
- 当時版と現在版の添付文書を区別したか。
- 医学的因果関係,過失,欠陥及び救済制度の要件を分けたか。
- 一次資料,関係者の供述,専門家の意見及び推論を区別したか。
関連記事として,レビー小体型認知症患者の公正証書遺言の無効主張方法,遺言能力の判断・立証実務及び運行管理者の労務提供能力等が争われた大阪高裁令和7年3月25日判決も参照されたい。
第9 一次資料と確認状況
本記事は,令和8年9月27日現在,次の資料を確認して作成した。
- 製造物責任法(e-Gov法令検索)
- 医療用医薬品の添付文書等情報検索(PMDA)
- 医薬品副作用被害救済制度の給付対象(PMDA)
- 最高裁判所平成25年4月12日判決(裁判所ウェブサイト掲載PDF)
- 大阪高等裁判所平成28年2月5日判決(裁判所ウェブサイト掲載PDF)
- 鈴木秀典ほか編『標準薬理学(第8版)』(医学書院,2021年)
上記裁判例は裁判所ウェブサイト掲載本文を確認した。判例秘書について,本記事のための追加検索は実施していない。そのため,裁判所ウェブサイトに掲載されていない同種裁判例の網羅性は確認していない。個別事件では,投与当時の添付文書,診療記録及び必要に応じた判例データベース検索を追加する必要がある。