左折する四輪車と自転車との事故では,「自転車対自動車」というだけで過失割合を決めることはできない。自転車が車道左端を直進していたのか,歩道から横断歩道へ進入したのか,自転車横断帯を通行したのか,四輪車が自転車を追い越してから左折したのか,先行していたのか,双方がどの信号に従う場面であったかにより,参照すべき事故類型が変わる。
本記事は,別冊判例タイムズ39号『民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準〔全訂6版〕』の類型を選ぶ手順と,映像・道路形状・信号サイクル等の証拠を整理する。調査基準日は令和8年9月27日である。
第1 結論
1 最初に通行位置を確定する
第一に,自転車の進路を,①車道左側端の直進,②歩道通行からの横断,③横断歩道上の横断,④自転車横断帯上の横断,⑤交差点外の横断に分ける。
第二に,四輪車との位置関係を,①自転車と同一方向,②対向方向,③先行左折,④追越左折に分ける。第三に,自転車用又は歩行者・自転車専用信号の有無と,進入開始時の灯色を確定する。
2 基本割合は出発点にすぎない
過失相殺率の認定基準は,多数の事故を公平かつ効率的に処理するための重要な実務指針であるが,法令上の固定値ではない。事故類型を選んだ後,速度,合図,安全確認,著しい前方不注視,夜間,児童・高齢者,幹線道路その他の修正要素を具体的証拠に基づき検討する。
本記事では,有料実務書の数値を転載せず,参照すべき類型番号と事実認定の順序を示す。具体的な割合は,事故時に適用される法令と別冊判例タイムズ39号の該当図を確認して算定する。
第2 令和8年の実務資料
1 別冊判例タイムズ39号・全訂6版
判例タイムズ社の公式目次によれば,別冊判例タイムズ39号は令和8年3月30日に発売された全訂6版であり,第5章に「自転車と四輪車・単車との事故」を置く。
同一方向の直進自転車と左折四輪車等はⅤ-55(先行左折)及びⅤ-56(追越左折),対向方向の直進自転車と左折四輪車等はⅤ-57に整理されている。歩行者用信号規制対象自転車と青信号で右左折する四輪車等との事故は,自転車が青信号で横断を開始したⅤ-71と,赤信号で横断を開始したⅤ-72に分かれる。
2 2010年講演録の位置付け
赤い本講演録編2010は,横断自転車と左折四輪車の複数の進路を図示し,当時の赤い本・別冊判例タイムズに直接の掲載がなかった類型について講師の試案を示した。
その数値は2010年当時の講師見解であり,現在の確立した基準ではない。令和8年の全訂6版は,歩行者用信号機等に規制される横断自転車と右左折車との類型を新たに明示しているため,現在の事故では全訂6版を起点にする。
第3 事故類型を選ぶ順序
1 車道直進自転車と左折車
自転車が車道左側端を四輪車と同一方向に直進していた場合,四輪車が自転車より先行して左折を開始したのか,自転車を追い越した後に左折して進路を塞いだのかを分ける。
| 事故態様 | 全訂6版の類型 | 主な争点 |
|---|---|---|
| 同一方向・先行左折車 | Ⅴ-55 | 左折合図,左寄せ,巻込み確認,自転車の追抜き |
| 同一方向・追越左折車 | Ⅴ-56 | 追越し時の認識,左折開始時期,側方間隔 |
| 対向方向の直進自転車 | Ⅴ-57 | 自転車の通行位置,信号,四輪車の横断者確認 |
先行か追越しかは,衝突部位だけでなく,事故前数秒の位置関係で決める。ドラレコ,防犯カメラ,車体の擦過方向,停止位置及び当事者の速度から再構成する。
2 横断歩道・自転車横断帯を横断する自転車
横断歩道又はこれに隣接する自転車横断帯を横断していた場合,歩行者用信号機が自転車にも意味を表示するかを確認する。道路交通法施行令2条は,歩行者・自転車専用の表示がある信号機の灯火が自転車に対して有する意味を定める。
自転車が歩行者用信号等の青で横断を開始した事故はⅤ-71,赤で横断を開始した事故はⅤ-72が参照対象となる。ただし,青点滅中に進入したのか,青で進入後に赤へ変わったのか,停止位置を越えた時点はいつかを映像又は信号サイクルで確定する。
3 横断歩道外・交差点外の横断
横断歩道の外側を通行したというだけで,直ちにどの類型にも当てはまるわけではない。交差点内の進行か,交差点から離れた道路横断か,自転車が車道直進から進路変更したのかを確認する。
交差点以外における横断自転車はⅤ-84,道路外出入車との事故はⅤ-73以下,四輪車の進路変更に伴う事故はⅤ-79が候補となる。最も似た図を選ぶだけでなく,その図が前提とする優先関係と信号規制を照合する。
第4 現行道路交通法上の確認事項
1 自転車は原則として軽車両である
道路交通法上,自転車は原則として軽車両であり,車道通行,左側通行及び交差点の通行方法に関する規制を受ける。他方,普通自転車には自転車道,路側帯及び一定の場合の歩道通行等の特則がある。
事故現場で「自転車は歩道を走るもの」と思い込まず,自転車道,普通自転車専用通行帯,歩道の普通自転車通行指定部分,路側帯及び車道外側線を図面に落とす。
2 左折四輪車の義務
四輪車は左折するとき,あらかじめできる限り道路の左側端に寄り,かつ,交差点の側端に沿って徐行しなければならない(道路交通法34条1項)。さらに,合図,進路変更時の安全確認及び安全運転義務が問題となる。
左寄せを開始した時点,自転車を認識できた時点,左折合図を出した時点及び実際の左折開始時点を分ける。大型車では内輪差と左後方の死角が大きいが,死角の存在は安全確認義務を消す理由にはならない。
3 自転車側の義務
自転車側では,信号遵守,車道左側通行,歩道通行時の徐行・歩行者優先,交差点での通行方法,夜間の灯火及び安全運転義務を確認する。右側通行,赤信号進入,急な進路変更又は高速度は修正要素となり得る。
ただし,道路交通法違反の有無と民事上の過失割合は同一ではない。違反が事故発生の危険をどの程度高め,衝突回避可能性にどう影響したかを検討する。
第5 信号の立証
1 どの信号が誰を規制したか
交差点全景の写真に,車両用信号,歩行者用信号,自転車用・歩行者自転車専用の補助標示,停止線,横断歩道及び自転車横断帯を記入する。撮影時点で標示が変更されていないかも確認する。
信号の色について,当事者の記憶だけに依存しない。交通管制資料,信号現示表・サイクル表,公共・民間カメラ,対向車ドラレコ,目撃者及び車両の停止・発進状況を組み合わせる。
2 進入時点を特定する
信号違反の有無は,衝突時の色ではなく,原則として停止位置又は横断開始地点へ進入した時点との関係で判断する。映像のフレーム時刻が実時刻とずれている場合,信号サイクルとの同期を検証する。
第6 巻込み事故の証拠
1 映像と車両痕跡
①前後・側方ドラレコの原本データ。
②店舗,住宅,バス,タクシー及び交差点カメラ。
③四輪車の左前・左側・左後部と自転車の接触痕。
④タイヤ痕,転倒・停止位置,破片及び血痕。
⑤ウインカー,ブレーキ,操舵及び速度の記録。
映像は上書きされるため,受任直後に保存要請を行う。切り抜き動画だけでなく,事故前後を含む原本,メタデータ及び再生ソフトを確保する。
2 道路と見通し
①車道・歩道・路側帯の幅員。
②自転車通行空間と交差点隅切り。
③電柱,植栽,駐停車車両その他の遮蔽物。
④大型車のミラー,カメラ及び死角。
⑤昼夜,天候,街路灯及び路面状況。
3 供述の固定
当事者には,「気付かなかった」といった結論だけでなく,どの地点で何を見たか,いつ合図を出したか,どのミラーを確認したか,自転車はどこから現れたかを事故現場図に記入してもらう。
実況見分調書の指示説明と,ドラレコ・車両痕跡が矛盾するときは,作成時期,質問方法及び指示地点の根拠を確認する。
第7 過失割合の主張書面の作り方
1 類型・基本割合・修正要素を三段階にする
第一に,通行位置,方向,先行・追越し及び信号から該当類型を選ぶ。第二に,全訂6版の基本割合を明示する。第三に,双方の修正要素を,証拠番号と結び付けて加減する。
結論の割合から逆算して事実を選ばず,「どの図か」「基本割合はいくつか」「どの修正要素が何の証拠で認められるか」を分けて記載する。
2 基準外事案では類似点と相違点を書く
完全に一致する類型がないときは,候補となる複数の図について,優先関係,危険の予見可能性,回避可能性及び交通弱者保護の観点の共通点・相違点を示す。2010年講演録の試案を参照する場合も,現在の全訂6版に対応類型があるかを先に確認する。
第8 出典と調査範囲
1 法令・現行実務資料
①道路交通法。
②道路交通法施行令。
③別冊判例タイムズ39号・全訂6版の公式目次(令和8年3月30日発売,第5章Ⅴ-55~Ⅴ-57,Ⅴ-66~Ⅴ-72等)。
2 講演録と判例検索
日弁連交通事故相談センター東京支部編『民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準』講演録編2010の実PDF30頁から37頁までを参照した。同講演録の過失割合は当時の講師による試案を含み,令和8年の基準値としては用いていない。
判例秘書では令和8年9月27日,「左折 AND 自転車 AND 過失相殺」で民事判例を検索し861件,「左折 AND 自転車 AND 横断歩道 AND 歩行者用信号」で114件が表示された。検索語が判決全文の別の箇所に現れる事件も含むため,いずれも該当事故類型の裁判例全件数ではない。本記事は全件分析ではなく,類型選択と証拠収集の実務整理である。