第1 AIで高齢者の仕事を切り出すという事業案
厚生労働省は,令和9年度概算要求の資料で「高齢者活躍の場創出推進事業(仮称)」を示している。
AIを使って求人情報を収集・分析し,高齢者が担いやすい仕事を切り出すためのマニュアルを作成するとともに,企業への提案等を試行し,効果を検証するという事業案である。
本記事は,令和8年11月3日を基準に,第58回労働政策審議会の参考資料1にある事業案を読む。
資料に記載された要求額は6.9億円であるが,概算要求に記載されたことと,予算が成立して事業が始まったことは区別する必要がある。
第2 ジョブ・カービングとは何をすることか
本記事では,ジョブ・カービングを,既存の業務を個々の作業に分け,その一部を組み合わせて,担い手に合う仕事を設計することとして説明する。
例えば,従来は一人の担当者がまとめて行っていた事務について,入力,書類の準備,連絡,確認といった作業に分け,担当範囲と必要な支援を検討するイメージである。
これは仕組みを理解するための説明であり,AIが個人の適性や採用の可否を自動的に決める制度と説明するものではない。
厚生労働省の事業案は,求人データの分析と仕事の切り出しに着目している。
年齢だけで担当業務を一律に決めるのではなく,実際の作業,時間,身体的負担,必要な経験等を具体化して考えることが実務上の検討課題となる。
第3 厚生労働省の資料に書かれた取組
1 求人データの収集・分析とマニュアル作成
資料は,AIを活用した求人データの収集・分析,専門家による検討及びジョブ・カービングのマニュアル作成を事業内容として掲げている。
求人票に記載された仕事を,切り出し可能な作業として検討するための仕組みを整えるという構想である。
2 企業等への提案と試行・検証
マニュアルを作って終わるのではなく,企業等への提案や試行を行い,検証する流れが示されている。
したがって,資料の存在だけから,就職件数の増加,生産性の向上又は介護離職の減少が実証されたとはいえない。
3 教育支援に関する作業の例
資料は,教育支援に関するデータ入力,保護者向け配付物の作成補助,電話・窓口対応,学校徴収金の管理補助等を,仕事の切り出しを考える例として挙げている。
この列挙は,これらの仕事について全国一律の求人,採用枠又は処遇が決まったことを意味しない。
第4 企業と働く人が確認したいこと
以下は,事業案を具体的な仕事の検討につなげるための,本記事の確認事項である。
厚生労働省が事業参加の要件として定めたチェックリストではない。
①仕事の範囲:担当する作業と担当しない作業,確認者,判断に迷った場合の連絡先を明確にする。
②働く時間と負担:勤務日数,始業・終業時刻,休憩,移動,立ち仕事や重量物の取扱いを確認する。
③処遇と契約:仕事を切り出した後の賃金,手当,契約期間及び更新の説明が,実際の担当業務と対応しているかを確かめる。
④情報の取扱い:求人データの分析と,個々の応募者・従業員に関する情報の利用を分け,何の情報を誰がどの目的で使うのかを確認する。
⑤試行の評価:作業量だけでなく,支援に要する時間,担当者の負担,仕事の継続可能性も記録する方法を検討する。
仕事の切り出しという政策上の構想だけで,個別の契約変更や賃金減額の可否が決まるわけではない。
既に働いている人の契約を変更する場面は,政策の説明と分けて検討する必要がある。
第5 定年後再雇用の問題と併せて読む
高齢者の就業機会を増やす政策と,企業が既存の労働者に対して負う義務は,区別して確認する必要がある。
定年,継続雇用及び就業確保措置の全体像は,高年齢者雇用安定法の60歳・65歳・70歳ルールと制度の沿革(AIリライト)で整理している。
定年後の再雇用契約の更新時に,会社が勤務日数や賃金の変更を提案した場合の検討は,定年後再雇用の更新時に勤務日数・賃金を引き下げられるか(AI作成)を参照されたい。
本記事の事業案を,個別紛争の結論を示す裁判例として用いることはできない。
第6 出典・参考資料
厚生労働省第58回労働政策審議会(令和8年9月29日)の参考資料1「令和9年度厚生労働省予算概算要求の主要事項」。
参考資料1のPDFのPDF実頁78頁下段,印刷頁119頁に「高齢者活躍の場創出推進事業(仮称)」が掲載されている。
要求額,事業名,AIによる求人データ分析及び試行・検証は上記資料による。
第2の説明例及び第4の確認事項は,本記事が理解・検討のために整理したものである。