第1 賠償金が支払われる前の生活保護
生活保護を受けている人が交通事故の被害に遭った場合、賠償金の支払待ちと、支払後の保護費の調整を分けて考える必要がある。
特に、受給者への費用返還を定めた生活保護法63条と、医療・介護扶助について自治体が第三者への請求権を取得する76条の2は、相手方も対象も異なる。
示談前に、福祉事務所と、保険会社又は代理人の間で、対象費目や既払金を照合しておくことが大切である。
交通事故について損害賠償請求権があることと、生活費や治療費に直ちに使える金銭があることは同じではない。
生活保護法4条3項は急迫した事情がある場合の必要な保護を妨げないとし、7条ただし書も急迫時の申請によらない保護を定めている。
損害賠償を受けられる可能性だけで一律に保護を否定するのではなく、資力の状況や生活上の必要を具体的に判断することになる。
厚生労働省の平成26年4月18日付け第三者求償通知も、第三者の行為により保護が必要になった場合に、急迫時等の必要な保護を行った上で求償する仕組みを示している。
保護の必要性の判断と、後に誰にいくら請求するかという問題は分ける必要がある。
第2 63条返還と76条の2の求償
| 項目 | 63条の費用返還 | 76条の2の第三者求償 |
|---|---|---|
| 主な相手方 | 保護を受けた人 | 損害賠償義務を負う第三者 |
| 基本となる事情 | 資力があるにもかかわらず、急迫の場合等に保護を受けたこと | 第三者の行為による医療・介護扶助で、本人が第三者への損害賠償請求権を持つこと |
| 対象 | 法定の範囲で実施機関が定める返還額 | 給付費を限度として自治体が取得した損害賠償請求権 |
| 対象費目の注意 | 医療扶助以外の保護費も問題になり得る | 医療・介護扶助に対応する損害を区別する |
63条は、保護を受けた本人から、受けた保護金品に相当する金額の範囲内で、実施機関が定める額を返還させる規定である。
76条の2は、第三者への損害賠償請求権を自治体が法律上取得する規定である。
この違いを踏まえず、本人が受け取った金銭と自治体の求償額を同じ表で重複して計上しないよう、支払先、対象期間及び費目を照合する必要がある。
平成21年版生活保護問答集の問10-1は、63条による調整について、医療扶助と併せて行われた生活扶助も取り上げている。
現在の処理を考える際は、これに現行法76条の2と平成26年の通知・手引を併せる必要がある。
第3 慰謝料と資力の発生時期
1 慰謝料まで自治体に移るわけではない
平成26年の第三者求償の手引は、76条の2によって自治体が取得するのは、給付した医療・介護扶助に対応する損害についての請求権であると説明している。
慰謝料などを含むすべての請求権が、まとめて自治体に移るという説明ではない。
ただし、本人に請求権が残ることと、受け取った賠償金を生活保護上どのように取り扱うかは別の問題である。
慰謝料という名称だけで全額を自由に使えると判断せず、収入認定又は63条返還、必要経費や自立更生のための控除が問題となるかを確認する必要がある。
2 入金日だけを見て返還期間を決めない
平成21年版問答集の問13-6は、資力が発生した時点と、金銭を現実に受け取った時点とを区別している。
損害賠償請求権が、単なる可能性にとどまらず客観的に確実性を有するに至った時期が問題となる。
入金前の保護費は常に返還対象外であるとも、交通事故なら例外なく事故の日から全部返還するともいえない。
事故の内容、賠償義務の有無、請求権の実現可能性、実際の支払の経過を整理して検討する。
第4 示談前に確認すること
生活保護法61条は収入、支出その他生計の状況等の変動について届出を求めている。
平成26年の通知・手引も事故の把握や損害賠償金の確認を求め、福祉事務所に相談せず請求権を放棄することを避けるよう説明している。
支払が終わってから調整するのではなく、示談案ができた段階で相談することが望ましい。
実務上は、次の資料を並べると、調整すべき対象を確認しやすい。
①事故日、事故の状況及び当事者が分かる資料
②示談書案と、治療費、休業損害、慰謝料等の費目別の内訳
③保険会社等から誰に何の費用として支払済みかを示す明細
④医療・介護扶助その他の保護費の支給期間と金額
⑤自治体が第三者に求償している対象費目と額
⑥福祉事務所に提出した届出、説明を受けた内容、返還額の算定資料
この資料整理は、法律が一律に定めた提出書類の一覧ではなく、二重計上や費目の混同を防ぐための確認方法である。
福祉事務所への相談だけで、賠償額や示談の民事上の効力まで確定するわけでもない。
第5 返還額と不正受給を混同しない
63条による返還が問題になることと、不正受給であることは同じではない。
78条は、不実の申請その他不正な手段により保護を受けた場合の徴収を定めている。
賠償金を受け取ったという事実や届出の遅れだけから、直ちに不正受給であると決め付けるべきではない。
返還額についても、必要経費や自立更生のための費用をどこまで考慮するかは、適用される通知と具体的事情を踏まえた検討を要する。
弁護士費用が必ず全額控除される、慰謝料は必ず全額残せるといった一律の見通しを前提にせず、使途を決める前に相談し、算定根拠を確認することが大切である。
保護の仕組みや成年後見人による対応の全体は、成年後見人と生活保護で扱っている。
第6 出典・関連記事
①生活保護法(4条、7条、61条、63条、76条の2、78条)
②生活保護制度における第三者行為求償事務について(平成26年4月18日)
③生活保護制度における第三者行為求償事務の手引について(平成26年4月18日)
④生活保護問答集について(平成21年版。問10-1、問13-5、問13-6)
平成26年の手引には、その後に改正された民法の時効等に関する説明も含まれる。
本記事は、その記載を現在の時効期間や示談の効力の説明として転用するものではなく、第三者求償と費用返還を区別するために参照している。