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融資実行前の公正証書で差押えできるか―諾成的消費貸借と追加証書(AI作成)

第1 契約の成立と執行証書の効力を分ける

融資の前に契約を公正証書にしておけば,後日返済が滞ったときに,その証書だけで直ちに差押えができるとは限らない。書面による消費貸借契約が成立することと,その公正証書が返還請求の強制執行に使えることは,分けて確認する必要がある。

一部だけを先に貸し付け,残額は工事の進捗等に応じて交付する契約では,契約書の貸付予定総額と,公正証書作成時に実際に交付された額を混同しないことが重要である。

本記事は貸金返還請求についての公正証書を扱い,未交付額の取扱いと,実行後の証書整備を整理する。

第2 書面による消費貸借は交付前にも成立する

民法587条の2第1項は,書面でする消費貸借について,一方が金銭等の引渡しを約し,相手方が受け取った物と同種・同品質・同数量の物の返還を約することで効力を生ずると定めている。同条4項は,契約内容を記録した電磁的記録についても書面による場合と同様に扱う。

現行法上,「まだ金銭を渡していないから,書面で合意しても消費貸借契約は一切成立しない」と説明するのは正確ではない。他方,契約が成立することから,未交付の金額について直ちに貸金返還の強制執行ができるという結論が当然に導かれるわけでもない。

民事執行法22条5号は,一定額の金銭の支払等を目的とする請求について作成された公正証書で,債務者が直ちに強制執行に服する旨を陳述したものを債務名義としている。契約の成立要件と,この執行証書の要件とは,検討の対象が異なる。

第3 分割貸付に関する行政先例

法務省民事局の『公証人法関係 解説・先例集(三訂版)先例編』(平成18年3月)には,昭和32年6月6日民事甲1067号通達に係る分割貸付の照会・回答が収録されている。

照会の事案は,船舶建造資金の貸付総額1000万円のうち,最初の250万円を契約時に交付し,残りの750万円を起工・進水・竣工の各時点に分けて交付するというものであった。将来の交付予定額についても,当初の公正証書により執行できるかが問題になっている。

収録された回答は,既に金銭の授受がある部分は執行証書となり得るが,未授受の部分については,公正証書作成当時に返還請求権が現存しないとして,両者を分けた。また,後の貸付について,執行認諾を伴う追加の公正証書を作成する取扱いを示している。

ただし,この回答は昭和32年のものである。そこで用いられた消費貸借の成立に関する説明を,民法587条の2のある現行法へそのまま移してはならない。現在の契約成立と執行実務は,それぞれ現在の資料で確かめる必要がある。

第4 現在の公証実務の案内

日本公証人連合会の「金銭消費貸借」Q2は,諾成的消費貸借の公正証書について,貸金返還請求権の執行力は認められないとの実務上の見解を示し,金銭を受け取った後に公正証書を作成するよう案内している。

これは公証実務の団体が示す案内として参照すべき資料である。同案内にある裁判所の見解についての説明を,特定の最高裁判決の判示と同じものとして紹介することはしない。

実務上は,融資前の公正証書だけで実行後の返還請求まで処理できると見込まず,貸付の時期と証書の作成時期を公証役場へ伝え,金銭交付後にどの証書を整えるかをあらかじめ相談することが適切である。

第5 分割実行では交付済み額と予定額を管理する

分割貸付では,貸付予定総額,各回の予定日・予定額,各回の実際の交付日・交付額,既存の証書が扱う範囲を別々に整理するとよい。予定が変更されたときは,実際の入出金と証書の対象を照合する。

例えば,総額1000万円の契約で初回250万円だけを交付した段階と,追加の250万円を交付した段階とでは,交付済み額が異なる。これは整理のための例であり,総額の記載や執行認諾文言があるだけで,未交付額も同様に執行できることを意味しない。

振込記録や受領書は,交付の事実・日付・金額を確かめるために保管する。他方,それらを持参すれば,当初の証書の未交付部分が当然に執行証書へ変わると考えてはならない。追加証書の要否と記載内容は,実行済みの貸付と当初の証書を公証人に示して確認する。

第6 公証役場への相談前に用意する資料

相談時には,契約案又は既存の公正証書,貸付日程表,交付済み額の資料,返済条件をまとめる。貸主・借主,元本,返済期日,分割返済の各回,利息・遅延損害金及び保証の有無が,資料間で一致しているかも確かめる。

まだ交付していない金額を,既に受領した金額として記載する案は避ける。予定日と実行日を区別し,実行の変更・中止があったときに,どの記載を見直すかを確認しておく。

代理人による手続を予定する場合も,借入れの合意,公正証書の作成及び強制執行認諾について,誰のどの権限を確認する必要があるかを公証役場へ相談する。契約書・委任状・受領資料を一体で点検することが,後の食い違いを防ぐために役立つ。

第7 電子公正証書でも請求の範囲を先に確認する

電子公正証書を利用する場合にも,作成媒体と,どの請求について執行できるかという問題を分けて考える。正本に相当する書面等,執行文及び送達に関する手続を整える前提として,対象の返還請求が執行証書でカバーされているかを確認する。

裁判所の債権執行の案内は,公証人が作成した電子の債務名義について,記録事項記載書面,執行文及び送達証明に関する提出方法を示している。具体的な申立資料は,電子公正証書を債務名義として強制執行する方法を参照されたい。

和解金等の債務名義化については,裁判外の和解契約書・合意書の作り方も参考になる。ただし,貸付の交付時期が問題となる場面を,既存債務の支払合意と同一に扱わない。

第8 出典

法令は,民法587条の2及び民事執行法22条5号による。

民法(e-Gov法令検索)

民事執行法(e-Gov法令検索)

行政先例は,法務省民事局『公証人法関係 解説・先例集(三訂版)先例編』(平成18年3月)638~645頁所収の昭和32年6月6日民事甲1067号通達に係る照会・回答による。旧法の説明と現在の説明は本文で区別した。

日本公証人連合会「金銭消費貸借」Q2

裁判所「債権執行の申立てをされる方へ」