第1 結論
1 200%は健康保険の単価の2倍を指すことがある
交通事故の治療費でいう「200%」は,健康保険の診療報酬の1点10円を100%とみて,その2倍に当たる1点20円で計算した自由診療の請求を指すことがある。
例えば,西埼玉中央病院は,令和8年9月1日受診分から,交通事故(自費)の診療費を「200%(1点20円)」とする改定を公表している。
この倍率は,法律で決まったものではない。
健康保険の療養の給付に要する費用の額は,厚生労働大臣が定めるところにより算定される(健康保険法76条2項)のに対し,健康保険を使わない自由診療では,医療機関が自ら単価を定めて請求している。
2 200%で請求されたことと,全額が賠償されることは別である
労災保険の診療単価は原則1点12円であり,自賠責保険の診療費の基準も,労災保険の算定基準に準拠するものとして合意されている。
「労災保険が1点20円だから交通事故も200%になる」という説明は,厚生労働省の資料と合わない。
また,東京地裁平成元年3月14日判決は,診療報酬の合意がない自由診療について,健康保険の診療報酬体系を基準として相当な額を決めるべきであるとし,交通事故のむち打症の診療報酬を,薬剤料は1点10円,その他は1点10円50銭で算定した。
医療機関が1点20円で請求したことは,その全額が加害者側への請求で当然に認められることを意味しない。
本記事は,令和8年10月25日までに確認した公表資料に基づいて,200%の意味,各制度の単価,被害者が不利益を受けやすい場面及び健康保険への切替えを説明する。
第2 200%の意味と単価の比較
1 健康保険の1点10円
保険診療の治療費は,診療行為ごとの点数を合計し,点数に単価を掛けて計算する。
大阪府の「領収証の見かた 医科編」は,領収証の「点」は診療報酬点数のことで,1点の単価は10円であると説明している。
健康保険を使うと,医療機関の窓口では,この金額のうち年齢等に応じた割合(70歳未満は3割等)の一部負担金を支払う(被保険者本人の場合は健康保険法74条1項)。
残りは,健康保険の保険者から医療機関に支払われる(同法76条1項)。
2 自由診療では医療機関が単価を決める
交通事故の治療で健康保険を使わない場合,治療費は自由診療として計算されることがある。
自由診療では,点数の計算に健康保険の点数表を使う医療機関であっても,1点当たりの単価は医療機関が定める。
公表されている例として,独立行政法人国立病院機構まつもと医療センターは,令和7年10月実施分から「交通事故における自費診療費(1点単価)」を15円から20円に改定した。
西埼玉中央病院は,令和8年9月1日受診分から,交通事故(自賠責)を150%(1点15円)から200%(1点20円)に,交通事故(自費)を100%(1点10円)から200%(1点20円)に改めている。
同病院の告知は,この割合を「診療費負担割合」と呼んでいる。
領収書や請求書の「200%」も,このように健康保険の単価に対する割合を示している場合がある。
3 単価の比較
| 区分 | 1点の単価 | 根拠 |
|---|---|---|
| 健康保険 | 10円 | 大阪府の案内(算定は健康保険法76条2項による厚生労働大臣の定め) |
| 労災保険 | 12円(国・公共法人等は11円50銭) | 厚生労働省の労災診療費算定マニュアル |
| 自賠責保険の診療費算定基準 | 労災保険の算定基準に準拠 | 日本医師会と損保業界の合意 |
| 自由診療 | 医療機関が定める(公表例では15円・20円) | 各医療機関の料金 |
例えば,点数の合計が1万点の治療であれば,1点10円では10万円,1点20円では20万円になる。
同じ診療内容でも,どの単価で計算するかによって,治療費は2倍になる。
第3 なぜ2倍になるのか
1 自由診療には公定価格がない
健康保険の診療報酬は,厚生労働大臣の定めによって算定される。
これに対し,交通事故の治療で健康保険を使わないときは,医療機関と患者との間の診療契約に基づく自由診療となり,健康保険の単価は直接には適用されない。
このため,医療機関は,交通事故の自由診療について,1点10円を超える単価を設定することがある。
東京地裁平成元年3月14日判決の事件でも,病院側は,交通事故医療には特殊性があるとして,一点単価を25円以下とする限り相当な範囲内にあると主張していた。
同判決は,当時の調査として,自由診療の診療報酬を国公立病院の79パーセントが1点10円,私立病院の67パーセントが1点20円で算定していたことを認定している。
2 自賠責保険の診療費算定基準は労災保険に準拠する
金融庁の自動車損害賠償責任保険審議会の資料によれば,平成元年,日本医師会と損保業界の間で,自賠責保険の診療費の基準案は労災保険診療費算定基準に準拠するとの基本的な合意がされた。
同資料は,平成24年1月の時点で,この基準案が46都道府県で実施され,山梨県とは協議が続いていると説明している。
日本医師会は,令和8年4月24日付けの通知で,自賠責診療報酬基準の取扱いについて,同年6月1日の診療から改定後の労災診療費算定基準に準じた算定方法により請求することになると連絡している。
この基準は法令で定めた価格ではなく,日本医師会(各都道府県では地区医師会)と損保業界の間の合意に基づく基準である。
したがって,個々の医療機関が実際にどの単価で請求するかは,その医療機関の料金と保険会社との取扱いを確認する必要がある。
3 労災保険の単価は1点12円である
厚生労働省の労災診療費算定マニュアルは,令和8年6月1日以降の診療について,労災診療費の診療単価を12円とし,国,公共法人及び医療保健業を行う公益法人等に係るものについては11円50銭としている。
健康保険の1点10円より高いが,20円ではない。
第4 よくある誤解
1 「労災保険は1点20円」という説明
交通事故の治療費が200%になる理由として,インターネット上の解説や検索サイトの自動要約で,労災保険の算定基準が1点20円であるかのように説明されることがある。
しかし,上記のとおり,厚生労働省が定める労災保険の診療単価は1点12円又は11円50銭である。
2 「最高裁判例が200%を認めた」という説明
200%の根拠として「最高裁判所の判例」を挙げる解説もあるが,その判例の裁判年月日や事件番号は示されていない。
裁判例を根拠にするときは,裁判所名,裁判年月日及び事件番号で原文を確かめる必要がある。
むしろ,後記の東京地裁平成元年3月14日判決は,合意のない自由診療の診療報酬を,健康保険の診療報酬体系を基準として算定している。
3 「単価が高いほど手厚い治療を受けられる」という説明
単価は,同じ点数の診療行為を何円で計算するかという問題である。
東京地裁平成元年3月14日判決は,保険診療でも治療しうる傷害の診療報酬が,自由診療の形をとることだけで高額化するのは合理性を欠くと述べている。
単価の違いだけから,治療の内容や質が違うと判断することはできない。
第5 加害者側に全額を請求できるか
1 東京地裁平成元年3月14日判決の事案
東京地裁平成元年3月14日判決(昭和57年(ワ)第15528号,判例秘書の判例番号 L04430067)は,損害保険会社2社が,交通事故の被害者2名に代わって病院に支払った治療費について,相当額を超える部分の返還を病院に求めた事件である。
被害者らは,頭部外傷,むち打症等で入院していた。
2 判決が示した算定方法
同判決は,自由診療であっても,医師が一方的に診療報酬額を決められるわけではなく,診療報酬額は社会通念に従った合理的なものである必要があるとした。
その上で,「自由診療における診療報酬についての合意を欠く場合の診療報酬額についても、健康保険法の診療報酬体系を基準とし、かつ、ほかにこれを修正すべき合理的な事情が認められる場合には、当該事情を考慮し、右基準にそれらに即応した修正を加えて、相当な診療報酬額を決定するのが相当というべきである。」と判示した。
修正の内容としては,自由診療には社会保険診療の税法上の特別措置が適用されないことを考慮し,労災保険の算定基準にならって,薬剤料以外の部分について1点当たり50銭を加算した。
結論として,薬剤料は1点10円,その他の部分は1点10円50銭で算定するのが相当であるとし,病院に対し,196万円余りと194万円余りの返還を命じた。
3 判決を読むときの注意
この判決は,診療報酬の合意がない場合について判断した下級審の1事例である。
また,加算の理由は,当時の税制と当時の労災保険の単価を前提にしている。
現在の交通事故の自由診療が,常に1点10円50銭までしか認められないという意味ではない。
他方,自賠責保険の支払基準も,診察料や投薬料,手術料,処置料等を「必要かつ妥当な実費」としている。
医療機関が定めた単価で請求されたことだけで,その金額全部が損害として認められるとは限らず,診療の必要性・相当性とともに,金額の相当性も問題になりうる。
第6 被害者が不利益を受けやすい場面
1 被害者にも過失がある場合
被害者に過失があったときは,裁判所はこれを考慮して損害賠償の額を定めることができる(民法722条2項)。
治療費も損害の総額に含まれるため,治療費が大きいほど,過失割合に応じて差し引かれる額も大きくなる。
仮に,被害者の過失を2割とし,同じ診療の治療費が1点10円で100万円,1点20円で200万円になる場合,治療費のうち被害者の過失分に当たる額は,前者では20万円,後者では40万円になる。
賠償額は損害の総額から過失分を差し引いて算定されるため,加害者側の保険会社が医療機関に治療費を全額支払っていれば,その分だけ,慰謝料や休業損害等として受け取れる額が少なくなる。
健康保険を使った場合には,保険者が加害者に求償する部分(健康保険法57条)もあるため,被害者の実際の負担額はこの単純な計算とは異なる。
それでも,同じ診療について治療費として計上される額は,1点10円で計算すれば1点20円の場合の半分になる。
被害者の過失が大きい事故で,自賠責保険・訴訟のどちらから請求するかの比較は,被害者の過失が大きい交通事故の請求順序-自賠責の重大な過失による減額,被害者請求及び訴訟の比較と計算例(AI作成)で説明している。
2 治療費が自賠責保険の120万円の枠を圧迫する場合
自賠責保険の傷害による損害の支払限度額は,被害者1人につき120万円である(自動車損害賠償保障法施行令2条1項3号イ)。
国土交通省は,傷害による損害として,治療関係費,文書料,休業損害及び慰謝料が支払われると説明している。
治療費が1点20円で計算されると,同じ診療でも120万円の枠を早く使うことになり,休業損害や慰謝料に充てられる額が少なくなる。
120万円を超える損害は,加害者が加入する任意保険又は加害者本人に請求することになるため,加害者が任意保険に加入していない場合には,回収が難しくなることがある。
3 保険会社の一括対応がない場合
健康保険を使わない自由診療では,保険者が療養の給付に関する費用を医療機関に支払う仕組み(健康保険法76条1項)が働かない。
このため,加害者側の任意保険会社が医療機関に直接支払う一括対応をしない場合や,一括対応を打ち切った後に自由診療のまま通院を続ける場合には,治療費の全額の支払を被害者が求められることになる。
健康保険の一部負担金と比べると,負担は大きい。
治療費の支払を打ち切られたときの確認事項は,交通事故で治療費を打ち切られたら?慰謝料への影響と確認すべきこと(AI作成)で説明している。
第7 領収書の「200%」表示の読み方
領収書や請求書に「200%」「自賠」「自費」等の表示があるときは,次の点を分けて確認する。
① 点数の合計
② 1点当たりの単価又は割合(10円=100%,20円=200%等)
③ 窓口で実際に支払った額と,保険会社が医療機関に直接支払った額
④ 健康保険を使った診療か,自由診療か
点数の合計に20円を掛けた額が請求額と一致しても,それで分かるのは計算方法だけである。
その金額が加害者側に請求できる相当な額か,健康保険を使えたかどうかは,別に確認する必要がある。
表示の意味が分からないときは,医療機関の窓口で単価と区分を確かめるのがよい。
第8 健康保険に切り替えるとき
1 交通事故でも健康保険は使える
協会けんぽは,交通事故等の第三者の行為による負傷について,業務上や通勤災害によるものでなければ,健康保険を使って治療を受けることができると案内している。
この場合,加害者が支払うべき治療費を健康保険が立て替えて支払い,保険者が後で加害者側に請求する(健康保険法57条)。
業務中又は通勤途中の事故であれば,健康保険ではなく労災保険の対象となるかを確認する。
2 届出と示談前の注意
健康保険を使うときは,加入している保険者に「第三者行為による傷病届」を提出する。
協会けんぽは,加害者と示談する場合には事前に報告すること,白紙委任状を渡さないこと,金品を受け取った場合は報告することにも同意を求めている。
届出の書類,加害者の誓約書が得られない場合の扱い及び示談前の注意は,交通事故でも健康保険は使える―第三者行為による傷病届と利用時の注意点(AIリライト)で説明している。
3 医療機関への伝え方
健康保険を使いたいときは,医療機関の窓口で,交通事故の治療に健康保険を使いたいことを明確に伝える。
既に自由診療で通院している場合に,途中から健康保険へ切り替えられるか,切替え前の診療をどう扱うかは,医療機関と保険者に確認する。
第9 よくある質問
1 交通事故の治療費はなぜ200%なのか
健康保険を使わない自由診療では,医療機関が1点当たりの単価を自ら定めており,健康保険の1点10円の2倍に当たる1点20円とする医療機関があるからである。
法律で2倍と決まっているわけではなく,労災保険の単価(1点12円)とも異なる。
2 交通事故で治療費が10割負担になるのはどんな場合か
健康保険を使わない自由診療で,加害者側の保険会社が医療機関に直接支払わない場合である。
保険会社が一括対応をしない場合,一括対応を打ち切った後に自由診療のまま通院を続ける場合等に起こりうる。
窓口で支払った治療費は,領収書を保管し,加害者側又は自賠責保険への請求を検討する。
3 むちうちの治療費が120万円を超えたらどうなるか
自賠責保険が傷害について支払う限度額は,治療関係費,文書料,休業損害及び慰謝料を合わせて120万円である。
これを超える分は,加害者が加入する任意保険又は加害者本人に請求する。
治療費が1点20円で計算されていると,120万円の枠のうち治療費が占める割合が大きくなる。
4 治療費を払えない,又は払ってもらえない場合はどうすればよいか
健康保険を使って窓口の負担を一部負担金にとどめることを検討する。
被害者は,加害者側の保険会社が対応しない場合でも,自賠責保険に対して保険金額の限度で損害賠償額の支払を直接請求できる(自動車損害賠償保障法16条1項)。
また,損害賠償額の支払のための仮渡金を請求する制度もある(同法17条1項)。
5 治療費を偽って請求するとどうなるか
受けていない治療の費用を請求したり,領収書を偽ったりして保険金や賠償金を受け取ると,詐欺罪(刑法246条)に当たりうる。
治療費の単価が高いことと,偽りの請求とは別の問題であり,実際に受けた治療の記録と領収書を正確に保管することが大切である。
第10 出典
1 法令
① 健康保険法57条・74条・76条(e-Gov法令検索)
② 自動車損害賠償保障法16条・17条(e-Gov法令検索)
③ 自動車損害賠償保障法施行令2条(e-Gov法令検索)
④ 民法722条(e-Gov法令検索)
⑤ 刑法246条(e-Gov法令検索)
2 裁判例
東京地裁平成元年3月14日判決(昭和57年(ワ)第15528号,判例秘書の判例番号 L04430067)
3 公表資料
① 厚生労働省「「労災診療費算定マニュアル」新旧対照表」(令和8年6月1日以降の診療の取扱い)https://www.mhlw.go.jp/content/001690776.pdf
② 金融庁「自賠責診療報酬基準案の実施状況」(第130回自動車損害賠償責任保険審議会資料,平成24年1月31日)https://www.fsa.go.jp/singi/singi_zidousya/siryou/20120131/06.pdf
③ 日本医師会「令和8年度労災診療費算定基準の一部改定に伴う自賠責保険診療費算定基準(自賠責診療報酬基準)の取扱いについて」(令和8年4月24日日医発第224号(保険)。福岡県医師会の令和8年5月1日付け通知の別添)https://www.fukuoka.med.or.jp/var/rev0/0062/4994/R8-fki410.pdf
④ 国土交通省「限度額と補償内容」https://www.mlit.go.jp/jidosha/jibaiseki/about/payment/index.html
⑤ 自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)https://www.mlit.go.jp/notice/noticedata/sgml/2001/63aa2969/63aa2969.html
⑥ 大阪府「領収証の見かた 医科編」https://www.pref.osaka.lg.jp/o100080/kokuho/iryouseido/ryoushuu-ika.html
⑦ 全国健康保険協会「第三者行為による傷病届」https://www.kyoukaikenpo.or.jp/benefit/accident/index.html
⑧ 独立行政法人国立病院機構まつもと医療センター「診断書等料金改定のお知らせ」(令和7年9月1日)https://matsumoto.hosp.go.jp/media/2025/09/info20250904-1.pdf
⑨ 西埼玉中央病院「自動車損害賠償責任保険等における診療費負担割合の改定について」(令和8年8月4日)https://nishisaitamachuo.hosp.go.jp/files/000259664.pdf