第1 結論―定額型の医療保険は原則として別枠である
1 自賠責・任意保険の損害賠償と併せて受け取れる
交通事故でけがをした場合でも,加入している民間医療保険の入院給付金,手術給付金等が定額給付型であり,約款所定の支払事由を満たすときは,原則として請求できる。
これは,加害者側の自賠責保険又は任意保険を通じて支払われる損害賠償とは別の請求である。
したがって,加害者から治療費,休業損害,慰謝料等の損害賠償を受けられることだけを理由として,定額型の入院給付金や手術給付金を請求できなくなるものではない。
本記事は令和8年10月21日時点の法令及び公表資料に基づき,交通事故の被害者本人が受け取る民間医療保険の給付金を対象とする。
死亡後の未請求給付金の帰属は,被保険者の死亡後に支払われる入院給付金・手術給付金は誰のものかで説明している。
2 法律上禁止された「二重取り」ではない
損害賠償と民間医療保険の給付金を双方受け取ることを,法律上禁止された「二重取り」と考える必要はない。
両者は,請求の相手方,法律上の根拠及び支払目的が異なるからである。
もっとも,「医療保険」という商品名だけで別枠と断定することはできない。
約款上,一定額を支払う定額給付型であるか,実際に生じた費用を補償する実損填補型であるかを確認する必要がある。
第2 医療保険の給付金が別枠になる理由
1 損害賠償と医療保険では請求の根拠が異なる
交通事故の損害賠償は,加害者の不法行為責任等に基づき,事故によって被害者に生じた損害を賠償するものである。
自賠責保険及び加害者側の任意保険は,この損害賠償責任を前提として保険金を支払う。
これに対し,民間医療保険の入院給付金や手術給付金は,被保険者が保険料を支払い,約款所定の入院又は手術を受けたことに基づいて請求する契約上の給付である。
加害者が損害賠償責任を負うかどうかとは別の法律関係である。
損害賠償一般における公的給付・民間保険金の控除関係は,損益相殺とは―労災保険給付・年金・保険金の控除と計算順序で説明している。
2 最高裁昭和55年5月1日判決
最高裁昭和55年5月1日第一小法廷判決(昭和54年(オ)第344号,裁判集民事129号591頁)は,生命保険契約の特約に基づく傷害給付金及び入院給付金について,既に払い込んだ保険料の対価として支払われるものであると判断した。
その上で,第三者が不法行為又は債務不履行による損害賠償義務を負う場合でも,これらの給付金を損害賠償額から控除することはできないとした。
同判決は,給付を行った保険会社が加害者に対する損害賠償請求権を取得するものではなく,被害者も給付を受けた額の限度で損害賠償請求権を失うものではないと判示している。
最高裁昭和39年9月25日第二小法廷判決(昭和39年(オ)第328号,民集18巻7号1528頁)は死亡生命保険金について,最高裁平成7年1月30日第二小法廷判決(平成3年(オ)第1038号,民集49巻1号211頁)は定額の搭乗者傷害死亡保険金について,それぞれ損害賠償額からの控除を否定している。
後者の保険の詳細は,搭乗者傷害保険の補償内容,人身傷害保険との違い及び請求時の確認事項で説明している。
3 定額給付型と実損填補型の違い
保険法2条9号は,人の傷害又は疾病に基づいて一定の保険給付を行う契約を「傷害疾病定額保険契約」と定めている。
典型例は,入院1日につき一定額を支払う入院給付金又は所定の手術について一定額を支払う手術給付金である。
他方,同条7号の傷害疾病損害保険契約は,傷害又は疾病によって生じる損害を填補する実損填補型の契約である。
実損填補型では,同法25条の請求権代位や重複填補の調整が問題となるため,定額給付型と同じ結論になるとは限らない。
第3 交通事故であっても必ず給付されるわけではない
1 約款所定の支払事由を満たす必要がある
交通事故による負傷であっても,医療保険から自動的に給付されるものではない。
入院又は手術が約款上の対象に該当するか,医学的に必要な治療であるか,責任開始後の事故であるかなどを確認する必要がある。
主な確認事項は,①対象となる入院,手術又は通院の定義,②支払日数及び回数の上限,③免責事由,④事故原因に関する特約,⑤診断書の要否,⑥既往症との関係である。
生命保険協会の裁定事例にも,交通事故後の入院であっても,約款が定める医学上必要な入院に当たらないとして入院給付金が支払われなかった例がある。
交通事故であったことと,個別の入院が約款の支払事由を満たすことは分けて判断しなければならない。
2 実損填補型の商品は取扱いが異なる
治療費の実額又は自己負担額を上限として支払う保険については,加害者側から受けた治療費との調整が行われることがある。
名称ではなく,保険証券,契約概要及び事故時点の約款を確認すべきである。
また,示談後に医療保険を請求する場合も,示談書の清算条項,医療保険の約款及び請求期限を確認する必要がある。
清算条項が通常は加害者との損害賠償関係を対象とするからといって,個別の文言を確認せずに医療保険請求への影響がないと断定すべきではない。
3 公的健康保険との違い
健康保険,国民健康保険,高額療養費等の公的制度は,民間医療保険とは異なる。
第三者行為による傷病届や保険者の代位など,法令上の調整が行われるため,定額型の民間医療保険と同じ意味で「別枠」と説明することはできない。
交通事故で健康保険を利用する手続は,交通事故でも健康保険は使える―第三者行為による傷病届と利用時の注意点で説明している。
第4 医療保険を請求するときの確認事項
1 加入している保険を漏れなく確認する
交通事故後は,自分で加入した医療保険だけでなく,①傷害保険,②生命保険の災害・入院特約,③勤務先の団体保険,④共済,⑤クレジットカード等に付帯した保険,⑥家族契約の特約も確認するとよい。
自賠責保険や加害者側の任意保険との示談が進行中であっても,自分の医療保険会社への照会を待つ必要はない。
2 必要資料と請求時期を確認する
保険会社には,交通事故による入院又は手術であることを伝え,請求書,診断書,入退院証明書,手術証明書等の必要資料を確認する。
診療明細書や領収書の写しで請求できる商品もあるため,診断書を取得する前に確認するとよい。
事故証明書,診断書,診療明細書,領収書,退院日及び手術日の記録並びに保険会社から届いた支払明細は保存しておくべきである。
3 保険給付請求権の消滅時効
保険法95条1項により,保険給付請求権は,権利を行使することができる時から3年間行使しないときは,時効によって消滅する。
起算点が常に交通事故の日になるわけではなく,給付事由及び約款に基づいて判断される。
示談の終了を待っている間に請求期限を徒過しないよう,早めに医療保険会社へ連絡すべきである。
第5 税金及び医療費控除の取扱い
1 給付金及び損害賠償金は原則として非課税である
被保険者本人が傷害又は疾病に基づいて受け取る通常の入院給付金及び手術給付金は,一般に所得税の課税対象とならない。
交通事故による治療費,慰謝料及び休業損害等の損害賠償金も,原則として所得税の課税対象とならない。
ただし,死亡給付金,満期給付金,法人が受け取る給付金又は保険料負担者と受取人が異なる場合などは,別途検討が必要である。
2 医療費控除では補てんされた金額を差し引く
給付金が所得税非課税であることと,医療費控除の計算は別問題である。
入院給付金等は,その給付目的となった入院等の医療費から差し引く必要がある。
入院給付金がその入院の医療費を上回った場合,その超過額を別の病気やけがの医療費から差し引く必要はない。
加害者側から治療費として受け取った損害賠償金についても,対応する医療費から差し引く必要がある。
第6 まとめ
定額型の民間医療保険の入院給付金・手術給付金は,約款所定の支払事由を満たせば,自賠責保険や加害者側の任意保険を通じて支払われる損害賠償とは原則として別枠で受け取れる。
ただし,実損填補型の商品,公的健康保険,人身傷害保険等は調整方法が異なるため,保険証券及び約款の確認が必要である。
保険給付請求権には消滅時効があるため,示談の終了を待たず,加入している医療保険会社へ早めに連絡すべきである。
第7 出典
1 法令
① 保険法2条6号,7号,9号,25条,95条1項(e-Gov法令検索)。
2 裁判例
① 最高裁昭和39年9月25日第二小法廷判決(昭和39年(オ)第328号,民集18巻7号1528頁)。
② 最高裁昭和55年5月1日第一小法廷判決(昭和54年(オ)第344号,裁判集民事129号591頁)。
③ 最高裁平成7年1月30日第二小法廷判決(平成3年(オ)第1038号,民集49巻1号211頁)。
3 国税庁資料
① 国税庁「入院費用を支払ったとき(医療費控除)」。
② 国税庁「交通事故の損害賠償金等」。
③ 東京国税局「疾病を原因として支払を受ける保険金等の非課税」。
4 その他の公表資料
① 生命保険協会裁定事例24-150。