第1 韓国の養育費を検討する順序
韓国の養育費については,①韓国法上の養育費請求権,②具体的な金額,③支払義務を定めた合意又は裁判書,④未払い時の韓国内の回収手段,⑤日本と韓国をまたぐ場合の管轄・準拠法・承認・執行を分けて検討する必要がある。
当事者の一方が韓国人であるという事実だけでは,どの国の裁判所で,どの国の法律により,どの国の財産から回収できるかは決まらない。
本記事は,令和8年10月16日現在の韓国法令,韓国大法院・ソウル家庭法院及び韓国政府の公開資料を基礎に,韓国国内の養育費制度を中心として整理する。
韓国語の「양육비」は養育費,「가정법원」は家庭法院,「양육비이행관리원」は養育費履行管理院を意味する。
| 確認する事項 | 主な判断材料 | 本記事の担当箇所 |
|---|---|---|
| 養育費を定める根拠 | 父母の協議,韓国民法837条,家庭法院の裁判 | 第2 |
| 毎月の金額 | 父母双方の所得,子の年齢・人数,個別事情 | 第3 |
| 過去分・終期 | 既存合意・裁判書,子の成年到達,大法院決定 | 第4 |
| 未払い時の回収 | 直接支払命令,財産明示・照会,差押え等 | 第5 |
| 行政上・刑事上の制裁 | 先行する家庭法院の命令,未払額・回数,正当理由 | 第6 |
| 先払制度 | 執行権原,直前の支払状況,申請時点の制度要件 | 第7 |
| 日韓間の請求・回収 | 国際裁判管轄,準拠法,判断の種類,財産所在地 | 第8 |
第2 養育費を決める法的根拠
1 父母の協議と家庭法院の裁判
韓国民法837条は,協議離婚をする父母が,養育者,養育費用の負担及び面接交渉の方法を含む子の養育事項を協議で定めることを予定している。
協議が子の福祉に反する場合,協議が成立しない場合又は協議できない場合には,家庭法院が子の意思・年齢,父母の財産状況その他の事情を考慮して定める。
家庭法院は,子の福祉のために必要と認めるときは,父母,子,検事の請求又は職権により,いったん定めた養育事項を変更できる。
したがって,養育費は離婚時の一回限りの固定事項ではなく,父母の所得,子の教育・医療上の必要その他の事情が大きく変わった場合には,増額又は減額の可否が問題となる。
2 養育費の額と回収方法は別問題である
養育費の額を合意しただけでは,直ちに給与又は預金を差し押さえられるとは限らない。
韓国で直接支払命令その他の強制的な手段を用いるためには,その手続が求める執行権原又は先行命令があるかを確認する必要がある。
反対に,執行可能な裁判書があっても,義務者の勤務先,預貯金,不動産その他の財産が不明であれば,財産明示・財産照会等を先に検討することになる。
「毎月いくらか」と「どの文書で決まっているか」と「どこから回収するか」を分けることが実務上重要である。
第3 2021年養育費算定基準表の見方
1 現在確認できる公表基準
ソウル家庭法院は,令和3年12月22日に2021年養育費算定基準表及び解説書を公表し,令和4年3月1日から施行した。
同法院は令和8年7月にも同じ基準表と解説書を案内しており,本記事の調査日現在,これより新しい公表基準表は確認できなかった。
この基準表は,全国の家庭法院実務で重要な基準として用いられるが,法律が定める全国一律の固定額ではない。
具体的事件では,子の福祉,父母の収入・財産,子の人数・年齢及び個別費用を考慮し,基準表と異なる額が定められることがある。
2 計算の基本順序
基準表による計算の基本は,父母双方の月収を合算し,子の年齢に対応する標準養育費を確認した上で,父母の所得割合等により分担額を求めるという順序である。
概念的には,「標準養育費×非養育親の所得÷父母の所得合計」が出発点となる。
もっとも,所得は給与だけを意味しない。
事業所得,賃料,利子その他の継続的収入,稼働能力をどのように認定するかが争点になり得るため,源泉徴収資料,納税資料,給与明細,事業帳簿及び口座資料等をそろえる必要がある。
3 加算・減算を検討する事情
基準表は,標準的な養育費を示す出発点であり,具体的事情による加算又は減算を予定している。
高額の治療費,特殊又は高額な教育費,子の居住地域,父母の財産状況,子の人数その他の事情が問題となり得る。
したがって,「韓国の養育費の平均はいくらか」という質問に,国籍だけから一つの金額を答えることはできない。
少なくとも,父母双方の収入,子の人数と各年齢,現在の監護状況,特別費用及び既存の合意・裁判書を確認する必要がある。
第4 何歳まで支払うか,過去分を請求できるか
1 何歳まで支払うか
韓国民法4条によれば,韓国法上の成年年齢は満19歳であり,養育費履行確保及び支援に関する法律は,原則として未成年の子を実際に養育する者と非養育親との関係を対象としている。
もっとも,個別の合意又は裁判書が大学進学等を踏まえた別の終期を定めている場合もあるため,「韓国では必ず19歳で終了する」とだけ判断してはならない。
まず,合意書,養育費負担調書,調停調書,審判又は判決が定める始期・終期と支払条件を確認する。
その上で,合意又は命令の変更が必要か,成年後の扶養問題として別途検討すべきかを分ける。
2 過去の養育費
韓国大法院は,令和6年7月18日2018ス724全員合議体決定において,当事者の協議又は家庭法院の審判により具体的な請求権として確定していない過去の養育費について,子が未成年で養育義務が継続する間は消滅時効が進行せず,子が成年に達して養育義務が終了した時から進行すると判断した。
同決定は,具体的請求権として成立するまで時効が進行しないとしていた従前の判例を変更したものである。
この判断は,未確定の過去分についての時効の起算点を示したものであり,既に合意又は裁判で各回の支払額・支払期が確定している債権を一律に同じ扱いとするものではない。
個別事件では,請求対象が未確定の過去養育費か,既に確定した定期金債権かを区別し,適用される時効期間,中断・更新事由及び経過年数を確認する必要がある。
第5 未払い時の韓国内の回収手段
1 養育費履行管理院の支援
韓国の養育費履行管理院に関する日本語の政府案内は,合意又は裁判で確定した養育費が支払われない場合の支援として,財産明示・財産照会,養育費直接支払命令,担保提供命令,履行命令,差押命令,取立・転付命令及び監置命令等を挙げている。
どの手続を選べるかは,手元の文書,未払回数,義務者の収入形態及び財産の所在によって異なる。
管理院の支援は,養育費債権の存在や韓国での執行可能性を自動的に認める制度ではない。
申請時には,父母・子の関係,合意又は裁判書,送達・確定の資料,支払履歴及び義務者に関する情報の提出が問題となる。
2 2回以上の不払いと直接支払命令
韓国家事訴訟法63条の2は,定期的に養育費を支払う義務者が正当な理由なく2回以上支払わなかった場合,定期金養育費債権の執行権原を有する債権者の申立てにより,家庭法院が所得税源泉徴収義務者に対し,義務者の給与から養育費を控除して債権者へ直接支払うよう命じる制度を定めている。
これは,単に「2か月遅れれば自動的に勤務先から払われる」という制度ではない。
定期金養育費についての執行権原,家庭法院への申立て,給与を定期的に支払う源泉徴収義務者等が必要である。
自営業者,勤務先不明又は韓国外の勤務先の場合には,同じ経路が使えるとは限らない。
3 財産明示・財産照会と差押え
義務者の財産が分からない場合には,財産明示又は財産照会を検討する。
勤務先,金融機関,不動産その他の財産が判明すれば,執行権原の内容と韓国民事執行法上の要件を確認して差押え,取立て又は転付等へ進む。
既に支払期が到来した未払分と,将来の定期金を同時に扱えるかは,選択する命令と債権の表示によって異なる。
未払月,約定額,実際の入金額,充当関係及び遅延損害金の根拠を月ごとの表にしておくと,請求範囲を特定しやすい。
第6 運転免許停止・出国禁止・名簿公開・刑事罰
1 行政上の制裁は自動的には発動しない
韓国の養育費履行法は,重大な不履行に対して,運転免許の効力停止の要請,出国禁止の要請及び名簿公開の制度を設けている。
しかし,未払いが一度あれば直ちに制裁されるものではなく,家庭法院の一時金支払命令又は履行命令,政令所定の不履行類型,養育費履行審議委員会の審議・議決その他の要件を順に満たす必要がある。
令和8年10月16日現在の制度では,一時金支払命令を受けて30日以内に履行しない者,履行命令に基づく未払額が3000万ウォン以上の者,又は履行命令後3期以上履行しない者等が政令上の対象となり得る。
運転免許については,免許を直接の生計維持に用い,停止により生計維持が困難になると認められる場合の除外もある。
2 刑事罰にも先行要件がある
養育費履行法27条は,家庭法院の監置命令決定を受けたにもかかわらず,正当な理由なくその決定日から1年以内に養育費債務を履行しなかった場合について刑事罰を定めている。
この犯罪は,条文上,被害者の明示した意思に反して公訴を提起できない類型である。
したがって,単なる一回の振込遅れと刑事事件を直結させることはできない。
対象となる監置命令,決定日,その後の履行状況,正当理由の有無及び被害者の意思を確認する必要がある。
第7 養育費先払制度
1 国が先に支払い,義務者から回収する制度
韓国の養育費先払制度は,令和7年7月1日に開始された。
要件を満たす一人親家庭の未成年の子について,国が子1人当たり月20万ウォンを原則として18歳まで先に支払い,その後,養育費債務者から国税強制徴収の例により回収する制度である。
先払額は,執行権原に記載された毎月の養育費額を超えることができない。
申請には,養育費負担調書・調停調書・判決等の執行権原,直前3か月の不払い状況を示す口座資料及び履行確保のための手続を行ったこと等の資料が必要となる。
2 令和8年10月29日に予定される所得要件の変更
令和8年10月16日現在,韓国政府の制度案内は,基準中位所得150%以下という所得要件を掲げている。
他方で,韓国政府は,令和8年10月29日から所得要件を廃止すると発表している。
そのため,令和8年10月29日以後に申請又は本記事を利用する場合は,養育費履行管理院の最新申請画面と施行法令を再確認する必要がある。
また,日本居住者が当然に申請できるとは限らず,申請者・子の居住要件,韓国の執行権原及び韓国内での回収支援の可否を個別に確認すべきである。
第8 日本と韓国をまたぐ養育費請求
1 五つの法律問題を分ける
日本と韓国をまたぐ事件では,少なくとも,①どの国の裁判所が審理できるか,②どの国の法を養育費に適用するか,③誰が誰を相手に請求するか,④既存の合意・裁判書を相手国で承認できるか,⑤相手国の財産へ強制執行できるかを分ける。
この全体像は,国際養育費の請求と回収―準拠法・日本の裁判管轄・外国裁判の承認と強制執行で説明している。
日本の家庭裁判所が韓国法上の養育費を審理する場面と,日本法で成立した債務名義を韓国で執行する場面は別である。
また,韓国の裁判書があっても,それだけで日本の給与又は預金を直接差し押さえられるわけではない。
2 2007年ハーグ養育費条約を当然の経路としない
国際的な養育費回収については,2007年ハーグ養育費条約がある。
しかし,ハーグ国際私法会議の締約当事者一覧には,令和8年9月16日更新時点で日本も大韓民国も掲載されていない。
したがって,日韓間の事件で,同条約の中央当局を通じた申請が当然に利用できると案内してはならない。
実際の回収では,判断国と執行国の国内法,既存文書の種類,送達・確定,翻訳・認証及び財産所在地を確認する必要がある。
3 最初にそろえる資料
日韓間の事件では,離婚届・戸籍・家族関係登録,子の出生及び親子関係を示す書類,父母・子の住所履歴,国籍及び在留資格,養育費の合意書・調書・審判・判決,送達・確定資料,月ごとの支払履歴,父母の収入資料並びに義務者の財産情報を整理する。
韓国で用いる日本の裁判書又は日本で用いる韓国の裁判書については,全文,確定・送達の証明,執行力に関する文書及び適切な翻訳が必要になることがある。
第9 よくある質問
1 韓国の養育費はいくらか
全国一律の月額ではない。
2021年養育費算定基準表を出発点に,父母の合算所得,子の年齢と人数,所得割合及び特別事情から決める。
2 韓国の養育費は何歳までか
韓国法上の成年年齢である満19歳が基本的な区切りになるが,合意又は裁判書の終期,大学費用等の扱い及び変更の可否を確認する必要がある。
3 過去の養育費も請求できるか
過去分も問題になり得る。
ただし,未確定の過去養育費か,既に合意又は裁判で確定した定期金かにより,時効の起算点と検討方法が異なる。
4 2回払わないと勤務先から直接支払われるか
自動的には支払われない。
正当な理由のない2回以上の不払いに加え,定期金養育費の執行権原を有する債権者が家庭法院へ申し立て,給与を支払う源泉徴収義務者に直接支払命令が出ることが必要である。
5 不払いならすぐ出国禁止又は名簿公開になるか
ならない。
先行する一時金支払命令又は履行命令,政令所定の未払額・回数等,委員会の審議・議決その他の手続要件がある。
6 養育費を払わないと直ちに刑事罰になるか
ならない。
監置命令の決定後1年以内の不履行,正当理由の不存在その他の条文要件を確認する必要がある。
7 韓国の養育費先払制度はいくらか
原則として子1人当たり月20万ウォンを18歳まで支給するが,執行権原上の月額を超えない。
令和8年10月29日に所得要件の廃止が予定されているため,申請時の最新要件を確認する必要がある。
8 日本の調停調書をそのまま韓国で執行できるか
「そのまま」執行できると決めつけることはできない。
文書の法的性質,裁判所の国際管轄,送達,確定・執行力,公序,翻訳・認証及び韓国法上必要となる承認・執行手続を確認する必要がある。
第10 相談前に整理する資料
①父母と子の氏名,生年月日,国籍,現在及び過去の住所・常居所。
②婚姻・離婚,親子関係,監護者を示す戸籍,家族関係登録その他の公的書類。
③養育費を定めた合意書,養育費負担調書,調停調書,審判,判決及び送達・確定に関する書類。
④父母双方の給与,事業,賃料,利子その他の所得資料。
⑤子の人数・年齢,学校,医療・教育費その他の特別費用。
⑥月ごとの約定額,入金額,不足額及び連絡経過。
⑦義務者の勤務先,銀行口座,不動産その他の財産情報。
⑧希望する結果が,今後の額の決定,過去分の確定,韓国内の回収,日本国内の回収又は既存判断の相手国での執行のいずれか。
第11 関連記事
①国際養育費の請求と回収―準拠法・日本の裁判管轄・外国裁判の承認と強制執行
②養育費算定表の見方,計算方法及び法定養育費との違い
③養育費を払わない場合の回収方法
④国際離婚の手続選択と日本の国際裁判管轄・準拠法
第12 出典と調査範囲
1 韓国の法令・裁判所資料
①韓国民法837条(国家法令情報センター)。
②家事訴訟法63条の2(国家法令情報センター)。
③養育費履行確保及び支援に関する法律(国家法令情報センター)。
④ソウル家庭法院「2021年養育費算定基準表公表及び解説書発刊」。
⑤韓国大法院2018ス724全員合議体決定の報道資料。
2 韓国政府及び国際機関の資料
①韓国政府・外国人向け生活法令情報「親権及び養育権」日本語版。
②韓国政府「養育費先払制度」。
③韓国政府「養育費先払制度の所得基準廃止」令和8年9月21日。
④ハーグ国際私法会議・2007年ハーグ養育費条約の締約当事者一覧。
令和8年10月16日現在の公開資料を確認した。
韓国法令は韓国語正文を基礎とし,日本語表現は理解のための要約であるから,個別事件では原文,施行日及び最新改正を再確認する必要がある。
日本の裁判書を韓国で承認・執行するための具体的な韓国法上の要件,申立書式,必要な認証・翻訳及び韓国側裁判例は,本記事で必要十分な一次資料を確保できなかったため断定していない。