メインコンテンツへスキップ
       

相続財産に関する費用(民法885条)――固定資産税・地代・火災保険料・登記費用は誰が負担するか(AI作成)

第1 この記事の対象と結論

相続開始後には,固定資産税,地代,電気・水道料金,火災保険料,相続登記の登録免許税,司法書士報酬,不動産の査定費用及び売却費用などが発生することがある。
これらについては,請求書又は納税通知書の名宛人だけで判断せず,①被相続人が死亡前に負担していた債務,②相続財産を保存・管理・清算するために死亡後に生じた費用,③相続人の固有財産に関する債務に分ける必要がある。

民法885条本文は,相続財産に関する費用を相続財産の中から支弁すると定めている。
したがって,相続財産の保存又は換価に必要な費用であれば,相続人等がいったん立て替えた場合でも,相続財産から支払うこと又は償還を受けることを検討できる。
ただし,同条ただし書は,相続人の過失によって生じた費用を除いており,費用該当性が直ちに他の債権に対する優先順位まで決めるわけでもない。

税金も一括して扱うべきではない。
相続による不動産の取得には原則として不動産取得税が課されず,相続登記には原則として固定資産税評価額の1000分の4の登録免許税がかかり,固定資産税は毎年1月1日の所有関係を基準に課される。
名義変更,取得及び保有という異なる場面の税を分けることが,限定承認,相続財産清算及び破産法238条の事案で資金不足を防ぐ出発点となる。

本記事は,令和8年10月13日時点で確認できた法令,公的資料,判例秘書及び弁護士ドットコムLIBRARYの文献に基づき,相続財産に関する費用の分類と実務上の確認事項を整理するものである。
個別の納税義務者,清算上の優先順位及び登記申請人は,具体的な相続関係,課税年度,処分方法及び裁判所・法務局・課税庁の取扱いを確認して判断する必要がある。

第2 民法885条の基本構造

1 相続財産に関する費用は相続財産から支払う

民法885条本文は,「相続財産に関する費用は,その財産の中から支弁する」と定めている。
相続財産の価値を維持し,債権者への弁済又は受遺者への交付に備え,適正に換価するための費用を,相続人の固有財産に最終的に負担させないことが基本となる。

相続人が現実に支払う場面では,①誰に対する債務か,②相続財産から直接支払うのか,いったん固有財産から立て替えるのか,③立替額をいつ償還するのか,④他の債権との関係でいつ支払えるのかを記録する必要がある。
「相続財産に関する費用であること」と「直ちに全額を支払ってよいこと」は同じではない。

2 相続人の過失による費用は除かれる

民法885条ただし書は,相続人の過失によって生じた費用を相続財産からの支弁対象から除いている。
例えば,必要な届出又は納付を理由なく遅らせたために生じた延滞金,管理を放置したために拡大した修繕費その他相続人側の管理上の落ち度による増加分は,通常の保存・管理費用と分けて検討すべきである。

3 葬式費用・祭祀財産の費用は別に整理する

葬式費用の負担者について民法に直接の定めはなく,民法885条の相続財産に関する費用に当たるかについても考え方が分かれている。
また,系譜,祭具及び墳墓の所有権は,民法897条により,相続財産とは別に祖先の祭祀を主宰すべき者が承継する。
そのため,葬式費用,墓地・墓石及び祭祀財産に関する費用は,当然に相続財産管理費用と同じ処理になるものではなく,相続税の債務控除とも別に整理する必要がある。

第3 まず三つの層に分ける

区分典型例原則的な支払原資確認事項
被相続人の死亡前の債務死亡前の固定資産税,未払地代,未払公共料金,借入金相続債務として相続財産納期限だけでなく原因と課税期間を確認する
死亡後の相続財産管理費用死亡後の固定資産税,地代,最低限の電気・水道,火災保険料,保存登記・換価費用民法885条により相続財産必要性,相当額,過失の有無及び支払順位を確認する
相続人の固有債務相続人自身に課される相続税・所得税,固有財産の修繕費,私的利用分相続人の固有財産相続財産との混同を避ける

請求時期又は納期限が死亡後であっても,債務の原因が死亡前に生じていれば,相続債務に当たることがある。
反対に,納税通知書が相続人個人宛てであっても,相続財産である不動産を死亡後に保存・管理するための費用として,相続財産から支弁できる場合がある。

相続税は,相続又は遺贈により財産を取得した相続人又は受遺者自身に課される税であり,相続財産を保存・管理するための費用とは異なる。
したがって,相続税額は原則として民法885条の相続財産に関する費用として遺産から支弁するものではなく,限定承認の場合も,相続人の納税資金と相続財産の管理・換価費用を分けて資金計画を作る必要がある。

大阪高裁昭和41年7月1日決定は,相続開始後の固定資産税,地代,電気・水道料金,火災保険料等を,民法885条にいう相続財産の管理費用に含まれるものとして扱った。
ただし,同決定は破産法238条又は限定承認そのものを扱った裁判例ではなく,個別の税債権との優先関係を一律に決める根拠ではない。

第4 不動産に関する三つの税を分ける

1 相続による不動産取得税は原則として非課税である

不動産取得税は,不動産の取得に対して都道府県が課する税であるが,相続による取得は原則として非課税である。
したがって,「相続登記をすると不動産取得税が相続人に課される」という一般化は正確ではない。

もっとも,遺贈,死因贈与,遺産分割のやり直しその他の取得原因によっては課税関係が異なり得る。
登記原因及び取得者の相続人該当性を確認し,都道府県税事務所へ具体的な資料を示して照会すべきである。

2 相続登記には登録免許税がかかる

国税庁タックスアンサーNo.7191によれば,相続による土地の所有権移転登記の登録免許税は,原則として固定資産税評価額の1000分の4である。
一定の土地については,令和9年3月31日までの免税措置が設けられているため,土地の価額,相続関係及び登記経路を確認する必要がある。

限定承認の登記実務を扱う文献は,相続登記の登録免許税を相続財産の負担とすることができると説明している。
他方,司法書士報酬については明確な規定がなく,相続財産の保存又は換価のための必要性及び金額の相当性に応じて検討する余地があるとされる。
戸籍等の取得費を含め,誰の名で申請し,誰が立て替え,売却代金からいつ償還するかを,登記申請前に決めておく必要がある。

3 固定資産税は毎年の保有に着目する

固定資産税は,登記手続そのものに対する税ではなく,毎年1月1日の所有関係を基準とする保有税である。
登記簿上の所有者が賦課期日前に死亡している場合には,地方税法343条2項により,賦課期日において土地又は家屋を現に所有している者が納税義務者となる。

固定資産税の課税は,原則として相続登記をしたことによって初めて発生するものではない。
死亡前に課された未納分,死亡後の賦課期日に係る分,売買契約における日割精算を分け,相続財産から支払う金額と相続人又は買主との内部精算を区別する必要がある。

第5 費目別の考え方

1 地代,管理費及び公共料金

借地上の建物又は賃貸物件を相続財産として維持するための地代,マンション管理費,最低限の電気・水道料金等は,保存・管理に必要な範囲で相続財産に関する費用となり得る。
空室を私的に利用した部分,過大な設備更新又は相続人の都合による契約継続分は,必要な管理費用と分けるべきである。

2 火災保険料及び修繕費

売却又は引渡しまでの間に建物を火災等から保全するための保険料は,相続財産の保存費用となり得る。
修繕費は,雨漏りの拡大防止など価値の維持に必要なものと,価値を高める改良又は相続人の利用目的の工事を分け,写真,見積書,発注理由及び裁判所への相談記録を残す必要がある。

3 調査,鑑定,測量及び売却費用

財産目録の作成,適正価格の把握又は換価のために必要な登記事項証明書,評価証明書,査定,鑑定,境界確定,測量,仲介手数料等も,相続財産に関する費用となり得る。
もっとも,譲渡所得計算上の取得費又は譲渡費用に当たるかは別の租税法上の問題であり,民法885条の分類だけで所得税額は決まらない。

第6 手続別の注意点

1 通常の相続

共同相続人がいる場合には,保存行為と管理行為の区別,相続分に応じた内部負担及び遺産分割前後の支払を整理する。
立替えをした相続人は,領収書だけでなく,費用の対象期間,必要性及び相続財産から償還した日を相続人間の清算表へ記載することが望ましい。

2 限定承認

限定承認は,相続によって得た財産の限度で被相続人の債務及び遺贈を弁済する制度である。
限定承認者が相続財産の管理・換価に必要な費用をいったん支払った場合に,相続人の固有債務と決めつけず,民法885条の費用として相続財産から支弁又は償還できるかを検討する必要がある。

現預金が少なく不動産を先に換価しなければ費用を支払えない場合には,登録免許税,司法書士報酬,固定資産税,保険料,売却費用及び予備費を一覧にし,売却代金の決済時に確保する方法を家庭裁判所,司法書士及び税理士と協議する。
決済用の資金表には,売却代金総額,担保権者・租税債権者への支払額,契約印紙,仲介手数料,登記費用,固定資産税等,測量費,残置物撤去・解体費,立替金の償還額,予備費及び最終的な残額を記載する。
弁済順位を誤った場合の責任が問題となり得るため,費用該当性だけで支払時期を決めない。

3 相続財産清算人

相続人のあることが明らかでない場合,相続財産は民法951条により法人となり,相続財産清算人が保存・清算を行う。
相続財産清算人の申立費用,公告費用,管理費用及び換価費用は,財産の中から支払うことが予定されるが,予納金,報酬,租税債権及び担保権との関係は個別に確認する必要がある。

選任申立ての収入印紙・郵便料・官報公告料,裁判所が定める予納金及び清算人報酬は,本記事が扱う民法885条の個々の管理費用と区別して把握する必要がある。
その金額,いったん支払う者及び返還の可能性は,相続財産清算人の費用・予納金・報酬を参照されたい。
相続財産清算人の申立てから国庫帰属までの全体像は,相続財産清算人とは―選任から手続終了までで説明している。

4 破産法238条及び242条

破産手続開始前に破産者について相続が開始し,開始後に破産者が相続放棄をした場合,破産法238条により,破産財団に対して限定承認の効力を有することがある。
これは破産財団に対する相対的な効果であり,破産財団又は破産管財人が当然に民法951条の相続財産法人又は相続財産清算人となるものではない。

破産管財人が相続不動産を換価する場合にも,固定資産税,登録免許税及び登記費用の費目別整理は必要である。
ただし,破産法238条の事案に完全に一致する公刊登記先例は今回確認できていないため,登記経路,申請人及び添付情報は,破産裁判所の許可内容を踏まえて管轄法務局へ書面で事前照会すべきである。

第7 名宛人,支払原資及び順位を分ける

納税通知書又は請求書の名宛人は,課税又は契約上の債務者を確認する重要な資料であるが,費用を最終的にどの財産から支払えるかを単独で決めるものではない。
少なくとも,次の欄を一つの費用台帳に設けるとよい。

①費目,対象物及び対象期間
②債務が発生した時点と根拠条文・契約
③名宛人又は納税義務者
④民法885条の費用に当たる理由
⑤支払期限,延滞リスク及び差押えの有無
⑥立替人,支払口座及び領収書
⑦相続財産からの支払又は償還予定日
⑧担保権者,租税債権者及び一般債権者との順位確認
⑨裁判所,法務局又は課税庁への照会記録

国税又は地方税の滞納処分では,民事上の清算手続とは異なる優先関係が問題となる。
大阪高裁昭和41年7月1日決定による民法885条の費用分類だけを根拠として,租税債権又は担保権に当然に優先すると判断してはならない。

第8 実務チェックリスト

①死亡前の債務,死亡後の相続財産管理費用及び相続人固有の債務を分けた
②不動産取得税,登録免許税及び固定資産税を別々に試算した
③固定資産税は課税年度,賦課期日及び現所有者を確認した
④地代,公共料金及び保険料は対象期間と必要性を記録した
⑤登記費用,評価費用及び売却費用の見積書を取得した
⑥立替人,支払口座及び相続財産からの償還方法を決めた
⑦費用該当性と支払順位を混同していない
⑧延滞金その他相続人の過失による増加分を分けた
⑨限定承認又は清算手続では,裁判所への相談・許可の要否を確認した
⑩破産法238条の事案では,登記経路を管轄法務局へ書面で照会した

第9 出典及び資料の位置付け

1 法令及び公的資料

① e-Gov法令検索「民法」(885条,897条,915条,922条,926条,951条)
② e-Gov法令検索「破産法」(78条,238条,242条)
③ e-Gov法令検索「地方税法」(73条の7,343条)
④ 国税庁タックスアンサーNo.7191「登録免許税の税額表」
⑤ 国税庁「相続による土地の所有権の移転登記等に係る登録免許税の免税措置について」
⑥ 東京都主税局「不動産取得税」
⑦ 東京都主税局「相続があったとき」

2 裁判例及び判例データベース

大阪高裁昭和41年7月1日決定・昭和41年(ラ)第4号(判例秘書L02120295,裁判所HP未掲載)は,相続開始後の固定資産税,地代,電気・水道料金,火災保険料等を民法885条の相続財産管理費用として扱った裁判例である。
裁判所HPで確認できないことは裁判例の不存在を意味しないため,本記事では判例秘書で全文を確認した範囲を明示した。

名古屋高裁金沢支部平成20年6月16日判決・平成19年(行コ)第17号(判例秘書L06320330,裁判所HP未掲載)は,破産財団が破産者と別個の法人又は権利能力なき財団ではないことを示す。
同判決は破産法人の消費税を扱うものであり,相続財産費用の優先順位又は破産法238条の登記経路を直接判断したものではない。

3 文献及び確認できていない事項

相続実務研究会編『Q&A限定承認・相続放棄の実務と書式』民事法研究会,2018年,172頁~174頁,206頁~207頁,288頁及び295頁~297頁は,限定承認における管理・換価費用,登記及び清算実務の確認に用いた。
弁護士ドットコムLIBRARYで本文を確認した二次資料であり,法令又は裁判例そのものではない。

雨宮則夫・吉利浩美編著『相続の限定承認―法務・税務・登記―』新日本法規,2020年,206頁~207頁及び222頁は,登録免許税等の登記費用と相続税の負担関係を扱う。
同書222頁が引用する大阪高裁昭和58年6月20日判決は判決原文を今回確認していないため,本記事では同判決を一次資料として用いていない。

『弁護士が見落としがちな相続事案の税務と登記―他士業の視点にみるポイント―』新日本法規,2023年,215頁は,換価後の売却費用,管理費用及び保有費用の精算条項例を示す。
通常の換価分割を扱う二次資料であり,限定承認,相続財産清算人又は破産法238条の手続へそのまま適用できるものではない。

判例秘書では上記2件を全文確認したが,「破産法238条 所有権移転登記」に完全に一致する公刊登記先例又は裁判例は確認できなかった。
弁護士ドットコムLIBRARYの横断検索が0件であったことも,資料の不存在を証明するものではない。
したがって,破産法238条固有の登記経路,民法885条の費用と租税・担保権の具体的優先関係及び相続財産法人による売却後の所得税・法人税の申告主体は,個別案件で追加調査を要する。