第1 対象と最初に確認すること
本記事は,海外の取引先から売掛金等を回収できない日本の法人について,法務担当者・経理担当者が弁護士及び税理士と検討する際の確認事項を整理するものである。外国法の具体的な時効期間や,個別債権の損金算入可否を一律に示すものではない。法令等の確認日は令和8年10月10日である。
最初に,①どの国の法により,いつまでに,どこへ請求するか,②相手の資産や担保から回収できるか,③日本の法人税・消費税でどの時期にどう処理するかを分ける。決算処理の検討中にも請求期限は進むため,期限の確認と保全を先行させ,回収調査と税務検討を並行して進める。
第2 契約の準拠法と請求期限
1 三つの条項を別々に読む
契約書では,主契約に適用する法の条項,紛争を裁判と仲裁のどちらで解決するかを定める条項,及び仲裁合意自体の準拠法を確認する。「日本法を適用する」と書いてあることから,日本の裁判所に訴えられると結論付けてはならない。
日本の裁判所で契約の準拠法を判断する場合,法の適用に関する通則法7条は当事者の選択を出発点とする。選択がない場合には,同法8条により最も密接な関係のある地の法を検討し,特徴的な給付をする当事者の常居所地法等についての推定も確認する。外国の裁判所で同じ判断方法が採用されるとは限らない。
契約書だけでなく,発注書,承諾メール,約款の版,変更合意,請求書,納品・検収記録も揃える。契約が成立した日,支払期日,分割払い,期限延長の合意,最後の支払い及び債務の承認を時系列にする。
2 物品売買ではCISGも確認する
国際的な物品売買では,国際物品売買契約に関する国際連合条約(CISG)の適用も確認する。異なる締約国に営業所を置く当事者間の売買などが対象となり,条約には適用除外や当事者による排除の規定がある(1条~6条)。主契約の準拠法を日本法としただけで,当然に条約を排除したと扱わない。
売買に適用されるルールを確かめることと,債権の消滅時効を判断することは区別する。国際売買だからといって,すべての争点をCISGだけで解決できるわけではない。
3 日本の時効ルールをそのまま当てはめない
契約上の債権の消滅時効は,その債権に適用される法を踏まえて検討する。日本民法の期間,催告,承認,訴え提起の効果を,外国法が適用される債権にそのまま当てはめない。期間の起算点,時効と権利失効の区別,援用の要否,請求の通知方法,どの手続が期限を保全するかを確認する。
外国の弁護士には,「時効は何年か」だけでなく,資料に基づく最も早い期限と,その期限までに完了すべき手続を確認する。日本で内容証明郵便を発送したことや,日本で訴えを提起したことが,外国法上の期限保全にも有効であるとは限らない。
第3 日本で訴えられるかと,回収できるか
日本の裁判所の国際裁判管轄は,民事訴訟法3条の2以下により検討する。契約上の義務の履行地,日本の営業所の業務との関係,日本での事業と請求との関係,管轄合意等を確認する。相手が日本に営業所を持つという事実だけで,海外の本店との取引について管轄が認められるとは限らない。
管轄が認められることと,判決に基づいて回収できることも別である。相手の資産所在地,担保・保証,先順位の権利,倒産手続の有無,外国で日本の判決を承認・執行できるか,及び費用・期間を調べる。日本での管轄判断については,同法3条の9の特別の事情による訴えの却下も検討対象となる。
回収方針を決める前に,登記・信用情報,資産調査,担保評価,現地専門家の見積りを集める。費用が高いという理由だけで法的請求を断念した場合と,債権全額を回収できないことが客観的に明らかな場合は,同じではない。
第4 仲裁合意と外国での期限保全
1 仲裁条項と請求相手を確認する
仲裁条項がある場合は,仲裁地,仲裁機関,規則,言語,対象となる紛争,仲裁合意の当事者,及びその準拠法を確認する。主契約の準拠法と仲裁合意の準拠法は,同じ結論になる場合でも別の検討事項である。
最高裁平成9年9月4日判決は,旧法例の下で仲裁合意の準拠法を検討し,会社との契約にある仲裁条項について,代表者に対する詐欺の不法行為請求にも及ぶと判断した事例である。この事例から,代表者を被告として不法行為請求をすれば必ず仲裁を避けられるとはいえない。一方,すべての仲裁条項が代表者への請求に当然に及ぶと一般化することもできない。
現行仲裁法14条1項は,仲裁合意の対象となる民事紛争について,適時の被告の申立てがあれば,合意の無効等の例外を除き訴えを却下する仕組みを定める。先に裁判を起こせば回収が進むとは限らない。
2 外国仲裁地に日本の仲裁法29条を直接適用しない
仲裁法29条は,仲裁手続の開始と,手続における請求の時効に関する効力を定める。しかし,同条の属する章は,仲裁法3条1項により,原則として仲裁地が日本国内にある場合に適用される。外国仲裁地の場合にも適用される同条2項の例外に,29条は含まれていない。
したがって,外国を仲裁地とする仲裁については,日本法を主契約の準拠法にしたことだけを根拠として29条を直接適用せず,債権の準拠法,仲裁地法及び仲裁規則に照らして期限保全の方法と効果を確認する。申立て,費用納付,相手への通知等のどの行為が必要かを確認し,受付・送達等の証拠を残す。
第5 法人税の貸倒損失は別に判定する
1 三つの類型と必要な事実
国税庁の法人税基本通達9-6-1~9-6-3は,貸倒損失を検討する際の重要な基準である。次の表は確認の入口であり,各類型の要件を省略して適用する趣旨ではない。
| 類型 | 主な確認事項 |
|---|---|
| 法律上の貸倒れ | 更生・再生等による切捨てや,債務者の債務超過が相当期間続いて弁済を受けられない場合の書面による債務免除等について,通達9-6-1の各要件を確認する。任意の債権放棄がすべて該当するわけではない。 |
| 事実上の貸倒れ | 債務者の資産・支払能力等から全額を回収できないことが明らかかを確認する。担保物があればその処分等も問題となる。通達9-6-2は,明らかとなった事業年度と損金経理を要件としている。 |
| 形式上の貸倒れ | 継続取引の売掛債権等について,取引停止・最後の弁済期・最後の弁済のうち最も遅い時から1年以上経過する場合等の要件を確認する。担保のある場合や貸付金等への適用制限,備忘価額及び損金経理にも注意する。 |
2 期間経過や仲裁条項だけで貸倒れとしない
「支払期日から長期間経過した」「裁判所では請求できず仲裁が必要」「回収費用が高い」という事実だけで,直ちに貸倒損失になるわけではない。法的に債権がどうなったか,資産・保証等からの回収可能性,該当する税務上の類型及び計上年度を別々に確認する。
日本民法が適用される場合でも,単なる期間経過と時効の援用を区別する必要がある(民法145条)。外国法が適用される場合は,その法による効果を確認する。外国の倒産・債務整理についても,現地での法的効果や日本での承認の要否と,日本の税務上の扱いを分けて検討する。
最高裁平成16年12月24日判決(興銀事件)は,全額の回収不能について,債務者の資産・支払能力だけでなく,回収の労力と債権額の比較,債権者間の関係,経済環境等を社会通念に従って総合判断する考え方を示した。回収費用の見積りだけで,全額回収不能と結論付けるものではない。
法人税法22条等及び通達の要件に即して,税理士と計上年度・損金経理・寄附金該当性等を確認する。会計上の引当てや償却をしたことだけでは,税務上の損金算入が決まるわけではない。
第6 輸出取引の消費税と専門家への資料共有
1 輸出免税取引は貸倒れ控除の対象外
消費税法39条1項の貸倒れ控除は,国内の課税資産の譲渡等を前提とし,同法7条1項による輸出免税取引等を対象から除外している。輸出免税で処理した売上代金が回収不能となっても,それだけで消費税の貸倒れ控除を受けることはできない。
一方,取引相手が外国企業であることだけで,すべての取引が輸出免税又は国外取引になるわけではない。元の取引の内外判定,課税・非課税・免税の区分,売上計上と申告の資料を確かめ,法人税の貸倒損失とは別に判定する。
2 期限と回収見通しを経理にも共有する
弁護士には,契約・仲裁条項,請求期限,法的手続,資産・担保及び執行可能性を確認する。税理士には,その調査結果を基に,貸倒れの類型,損金算入時期,必要な経理,消費税への影響及び保存資料を確認する。これは検討を進めるための分担例であり,個別の専門家の業務範囲を一律に定めるものではない。
共有資料には,契約と変更合意,納品・検収資料,請求及び入金一覧,督促・回答記録,期限に関する現地専門家の意見,資産・担保調査,手続記録,費用見積り及び回収方針を決めた経緯を含める。判断した日と根拠資料を結び付け,決算日までに確認できた事実と,その後に判明した事実を区別して残す。
第7 関連記事
①法人の貸倒損失の計上基準―法人税・消費税(AI作成)
②時効の完成猶予と更新の違い―旧法の中断・停止との対応関係と事由の一覧(AI作成)
③令和6年度司法試験国際関係法(私法系)第1問の模範解答と評価項目(AI作成)
③は論点の学習用であり,本記事の現行実務の根拠は,次の法令・通達・判決等である。
第8 根拠資料
①法の適用に関する通則法7条・8条,民事訴訟法3条の2・3条の3・3条の7・3条の9,仲裁法3条・13条・14条・29条,民法145条,法人税法2条・22条及び消費税法39条(法令。令和8年10月10日時点)。
②国税庁法人税基本通達・第6節「貸倒損失」及びタックスアンサーNo.5320「貸倒損失として処理できる場合」(法令解釈通達・行政解説)。
③最高裁平成9年9月4日判決(民集51巻8号3657頁)及び最高裁平成16年12月24日判決(民集58巻9号2637頁。回収不能の判断について)。
④外務省国際物品売買契約に関する国際連合条約(条約本文1条~6条)。