第1 事務局任せの運営をどう点検するか
一般財団法人で不正な支出が疑われたときは,証拠を保全し,現在の支出と権限を点検するとともに,誰が法人を代表し,どの機関が対応を決めるかを確認する必要がある。
事務局長を交代させること,理事を解任すること,損害賠償を請求すること及び管理体制を改めることは,根拠と手続が異なる。
本記事は,一般財団法人の理事・監事,事務局及びその法律相談を担当する者に向けて,2026年10月10日を基準に,初動,利益相反取引,監督責任及び資金管理を整理する。
公益認定を受けた法人には,公益認定法等による規律も別に確認する必要がある。大学,学校法人,株式会社等の関連法人であっても,その法制を一般財団法人にそのまま当てはめることはできない。
1 理事会・評議員会・監事を区別する
一般法人法170条は,一般財団法人に評議員,評議員会,理事,理事会及び監事を置くことを要求する。
同法197条が準用する90条によれば,理事会は業務執行を決定し,理事の職務執行を監督し,代表理事を選定・解職する。
理事又は監事の解任は,同法176条の事由に基づく評議員会決議による。代表理事としての地位を外すことと,理事そのものの解任は別である。
最初に登記事項証明書,定款,役員の選任・就任承諾の資料,職務分掌,決裁規程,理事会・評議員会の議事録及び銀行への届出をそろえる。
大学の役職に連動する慣行や「名義だけ」という説明だけで,正式な役員就任又は法的義務の有無を決めない。
2 関連法人でも契約・資金・責任の主体を分ける
大学や研究室と共同で事業を行っていても,契約当事者,資金の所有者,雇用主,発注者及び支払者が同じとは限らない。
事業ごとに,誰の事業を誰がどの立場で実施し,誰が支払・監査・損失負担をするかを一覧化する。
会計上の「関連公益法人等」という区分だけから,公益認定,大学との法人同一性又は大学の当然の損害賠償責任を推論することはできない。
第2 発覚直後に行う証拠保全と権限の整理
1 失われる資料を先に確保する
自動削除されるメール・チャット,端末の交換予定,会計データ,契約書,稟議,請求書,検収記録,銀行明細及び送金の承認履歴を確認する。
保存担当者,対象期間,取得方法,取得日時及び保管場所を記録し,原本又は元データと調査用の複製を区別する。
本人の説明,反証,通常の取引条件及び不正を否定する資料も保全する必要がある。
調査対象者が証拠の取得先,調査範囲及び報告先を単独で決める体制は避ける。
誰が資料を取得でき,誰が調査を指揮し,理事会・監事の誰に報告するかを決定する。対象者の私物や私用アカウントまで無制限に調べてよいわけではなく,取得権限と必要な協力・同意を個別に確認する。
2 システム権限と法人の代表権を分ける
銀行振込,承認システム又は会計ソフトの利用権限を制限することと,法人法上の代表理事の解職は別の手続である。
必要な支出を止めずに不適切な支出を防ぐため,対象取引,停止権限,代替担当者及び解除条件を定める。
代表者を変更する場合は,適切な決議,後任の選定,変更登記及び金融機関・取引先への通知も確認する。
不正に関与していない理事や監事が不足する場合,重要な支出が継続する場合,又は資産処分のおそれがある場合には,外部専門家へ早期に相談し,独立した調査体制や保全手続を検討する。
疑いがあるというだけで,すべての案件に同じ調査委員会又は支払停止を必要とするわけではない。
第3 利益相反取引は承認と取引実態の両方を見る
1 承認機関は理事会である
一般法人法197条が準用・読替えする84条1項は,理事の競業取引,自己又は第三者のために法人と行う取引,法人と理事の利益が相反する所定の取引について,重要な事実を開示して理事会の承認を受けることを要求する。
一般社団法人の条文にある「社員総会」を,読替えをせず一般財団法人の承認機関として説明してはならない。
兼職,出資,代表者への就任,実質的な支配,親族関係等を申告事項として把握し,取引ごとに法定の利益相反取引に当たるかを判断する。
関連法人との取引や役員の兼職があることだけで,すべてが84条の取引となるわけではない。法定の承認対象と,法人が規程でより広く審査する対象を区別する必要がある。
同法197条が準用する95条2項により,決議について特別の利害関係を有する理事は議決に加われない。
同条の議決参加制限と,説明のための出席・審議からの退席をどのように運用するかは分けて確認し,参加者,重要事実,検討内容及び結論を議事録に残す。
取引をした理事には,同法197条が準用する92条2項による遅滞のない重要事実の事後報告も必要になる。
2 理事会が承認しても検収は省略しない
承認の記録があることと,法人が実際に必要な役務を適正な条件で受けたことは別である。
委託先の役員・人員・設備,業務内容,価格の比較根拠,契約書,成果物,作業報告,検収者及び支払記録を対応させる。
契約書や請求書がそろっていても,実働がない,成果物を確認できない又は不要な発注である場合には,追加調査が必要になる。
一般法人法198条が準用する111条3項は,所定の利益相反取引によって法人に損害が生じた場合に,取引をした理事,取引を決定した理事及び承認決議に賛成した理事の任務懈怠を推定する。
承認を得たことだけで責任がなくなるとはいえず,推定の適用と反証も取引ごとに検討する必要がある。
第4 理事・監事の責任を個別に検討する
1 構造改革の必要性と個人の責任は別である
一般法人法172条1項は,法人と評議員・理事・監事等との関係を委任に関する規定に従わせる。民法644条の善管注意義務が判断の出発点となる。
理事には,一般法人法197条が準用・読替えする83条による忠実義務もある。
同法198条が準用する111条1項により,理事・監事等が任務を怠ったときは,それによって法人に生じた損害を賠償する責任を負う。
事務局長への信頼,兼職者の多忙又は決算書の承認だけで,監督義務を果たしたと結論付けることはできない。
他方,不正が長期間続いたことや役員の肩書だけで,全員の責任を一律に認定することもできない。
各人の在任期間,職務,入手した情報,警告兆候,照会・是正の可能性,実際の対応,損害及び因果関係を時系列で整理する必要がある。
2 監事は事務局の説明を受けるだけの立場ではない
一般法人法197条が準用する99条は,監事による理事の職務執行の監査と,理事・使用人への事業報告の要求,業務・財産の調査を定める。
同じく100条は,所定の不正や法令・定款違反等を認めた場合の理事会への報告を要求する。
契約書,会計帳簿,伝票,原銀行明細等へ必要なときにアクセスできるよう,保管場所,閲覧権限及び取得経路を具体化することが重要である。
法人が理事又は元理事に訴えを提起する場合等には,同法197条が準用・読替えする104条1項により,その訴えについて監事が法人を代表する。
通常の代表理事の権限,裁判外の交渉及び刑事告訴を一括して同条で処理せず,手続ごとに代表・代理の権限と利益相反を確認する。
第5 損害額と刑事対応を切り分ける
法人の支払総額,役職員が得た利益額及び法人の損害額は,別の数字として整理する。
実体のない役務への支払,割高な取引,不要な発注又は経費の私的利用では,必要な比較資料と損害の説明が異なる。
実際に受けた物・サービスの価値,既に回収した額及び他の関係者からの返還を確認し,二重の回収を避ける。
役員の解任,報酬返上,損害賠償,警察への相談,告訴,起訴及び有罪判決は,別の判断・段階である。
公表資料に犯罪の疑いが記載されていても,犯罪成立又は有罪が確定したことにはならない。
刑事相談・告訴と並行して,民事の請求根拠,財産保全,時効及び訴訟代表を検討する必要がある。
第6 少人数でも実行できる資金管理
1 一人で支出を完結させない
次の表は,法人の規模とリスクに応じて調整する運用上の提案であり,全法人に同じ担当人数を要求する法令の説明ではない。
| 工程 | 確認する権限と記録 |
|---|---|
| 契約・発注 | 契約主体,目的,金額,利害関係,承認者及び承認条件 |
| 検収 | 成果物・役務の実態,確認者,受領日,不備及び修正内容 |
| 支払承認 | 契約・請求・検収の対応,承認者及び例外処理の理由 |
| 銀行振込 | 振込データの作成者と承認者,口座変更の確認及び実行履歴 |
| 会計・照合 | 計上内容と原銀行明細の一致,独立した確認者及び差異への対応 |
人員が少なく完全な分離が難しい場合は,別の理事・監事又は適切な外部担当者による二重確認,原銀行明細の独立取得,異常支出の定期レビューなどの代替策を設ける。
担当者が自分で作成した一覧だけを別の者が眺める方法では,確認経路の独立性が足りない場合がある。
2 規程の制定,運用及び効果を別々に確認する
再発防止策には,担当者,開始日,承認権限,例外の期限,上申先及び効果を確認する時期を付ける。
重要な未提出資料や説明できない支出差異については,通常の支払を続ける条件を明確にし,監事・理事会へ報告する。
代表理事や事務局長が問題に関係する場合にも利用できる,独立した相談・通報経路を検討する。
規程が制定されたこと,一部が実施されたこと,全件で運用されたこと及び不正防止の効果が確認されたことは異なる。
規程,承認ログ,検収記録,照合結果,例外への対応及び理事会への報告を組にして確認する必要がある。
第7 総合研究奨励会の公表資料から読み取れること
東京大学の2026年9月11日公表資料は,総合研究奨励会を大学とは別法人とした上で,大学・研究室・財団の事業主体や教職員の立場が不明確な場面,大学の役職に応じた理事等への事実上自動的な就任,常勤の業務執行理事・事務局長への権限集中を構造上の問題としている。
また,個々の理事に義務を果たすよう求めるだけでは実質的な解決に至りにくいと評価しているが,これは裁判所による個人の免責判断ではない。
財団自身の同日公表資料は,利益相反取引の事前申告・理事会承認・事後報告,委託先の実態確認と検収,支出工程の権限分離,監事の資料アクセス及び外部通報窓口などを再発防止策として挙げる。
同資料は対策案の策定と一部実施を説明するものであり,全対策の稼働又は効果が確認されたと読むことはできない。
これらは大学と財団が公表した説明であり,監査の原資料や対象者の反論を含む裁判上の認定に代わるものではない。
個別の役員責任には,当時の法令・定款・規程,在任期間,具体的な情報と対応及び損害との因果関係を別に確認する必要がある。
第8 関連記事と出典
1 関連する実務記事
役員不正が発覚したときの処遇と責任追及は株式会社の取締役を中心とする記事であり,機関や手続の違いに注意して参照されたい。
キックバックが疑われたときの会社の対応では,取引と金銭の流れ,損害額,民事回収及び刑事対応の確認方法を扱う。
企業不祥事の「分岐点」と内部統制では,例外運用の記録と独立した確認を整理している。
2 法令と公表資料
①一般社団法人及び一般財団法人に関する法律:170条,172条,176条,197条及び198条。準用・読替えを含む83条・84条,90条・92条・95条,99条・100条・104条及び111条が関係する。
②民法:644条。過去の行為については,行為時の法令と経過措置を確認する。
③東京大学「一般財団法人総合研究奨励会の在り方の見直しに関するご報告」(2026年9月11日):全4頁。別添のガバナンス上の問題点を含む。
④一般財団法人総合研究奨励会の公表資料(2026年9月11日「不正行為発覚後の対応状況等について」):全4頁。2頁~3頁の再発防止策と,対策案・一部実施の区別。
法令に基づく義務,大学・財団が公表した評価及び本記事の運用上の提案は区別している。特定の役員についての責任認定や,本件の犯罪成立を裁判例で裏付ける記事ではない。