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外国企業に雇われて日本で働く人の労働紛争―管轄条項の効力(民訴法3条の7第6項),準拠法と日本の強行規定(通則法12条),国外払い給与の確定申告(AI作成)

第1 この記事の対象と結論の要約

1 対象とする場面

本記事は,外国の会社に雇われて日本で働いている人(外国の本社から日本へ赴任している人,日本に住んで外国の会社の業務を遠隔で行っている人等)と,その雇主との間で,賃金,解雇,労働災害,安全配慮義務等をめぐる紛争が起きた場合に,①どこの国の裁判所に訴えることができるか,②どの国の法律が適用されるか,③給与や損害賠償金の税務をどう扱うか,を整理するものである。
雇用契約書には,「一切の紛争は本国の裁判所で解決する」という管轄条項や,「準拠法は本国法とする」という準拠法条項が置かれていることが多いが,日本の民事訴訟法と法の適用に関する通則法は,労働者を守るための特則を置いている。
本記事は令和8年10月10日現在の法令によっている。

2 結論の要約

①労働者から雇主への訴えは,労務の提供の地が日本国内にあれば,日本の裁判所に提起することができる(民事訴訟法3条の4第2項)。
②雇用契約の締結時に定めた「本国の裁判所でだけ裁判をする」という条項は,将来の個別労働関係民事紛争を対象とする合意であり,労働契約の終了時の合意であるか,労働者自身がその合意に基づいて合意された国で訴えるか,雇主から訴えられた労働者がその合意を援用する場合でない限り,効力を有しない(同法3条の7第6項)。
③準拠法条項で外国法が選ばれていても,労働者が,その労働契約に最も密接な関係がある地の法(日本で継続して働いていれば,通常は日本法と推定される。)の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を雇主に表示すれば,その強行規定も適用される(法の適用に関する通則法12条1項・2項)。
もっとも,表示をしなければ適用されないので,訴状等で適用を求める規定を特定して主張することが重要である。
④日本の居住者が,源泉徴収義務のない者から給与の支払を受けている場合は,確定申告が必要になる(国税庁タックスアンサーNo.1900)。
心身に加えられた損害についての損害賠償金は,どの国の法律に基づいて支払われるかにかかわらず,所得税の非課税規定の対象になり得る(所得税法9条1項18号,同法施行令30条1号)。

第2 どこの国の裁判所に訴えることができるか

1 労務の提供の地による管轄

民事訴訟法3条の4第2項は,「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争」(個別労働関係民事紛争)に関する労働者からの事業主に対する訴えは,「労務の提供の地(その地が定まっていない場合にあっては、労働者を雇い入れた事業所の所在地)」が日本国内にあるときは,日本の裁判所に提起することができると定めている。
外国の会社が日本に事務所や営業所を持っていなくても,この規定によって日本の裁判所に訴えることができる。
管轄の有無は,訴えの提起の時を標準として判断される(同法3条の12)。

労働者が日本で継続して働いていれば,短期間の海外出張があっても,労務の提供の地は日本にあると考えるのが自然である。
また,日本に住んで,外国にあるシステムや外国の顧客の業務を遠隔で行っている場合も,条文に明示の定めはないが,労務を現実に提供しているのは労働者が働いている日本であると考えられる。
逆に,外国で働いている人が日本の顧客のために遠隔で仕事をしているだけなら,労務の提供の地が日本にあるとはいいにくい。

なお,雇主から労働者に対する訴えには,契約上の債務の履行地等による管轄の規定(同法3条の3)が適用されない(同法3条の4第3項)。
雇主が労働者を訴えるときは,原則として,労働者の住所地の国の裁判所によることになる(同法3条の2第1項)。

2 外国の裁判所だけを指定する管轄条項の効力

民事訴訟法3条の7は,当事者が合意によりいずれの国の裁判所に訴えを提起できるかを定めることを認めているが,同条6項は,「将来において生ずる個別労働関係民事紛争を対象とする」合意は,次のいずれかの場合に限って効力を有するとしている。
①労働契約の終了の時にされた合意であって,その時における労務の提供の地がある国の裁判所に訴えを提起することができる旨を定めたもの(その国の裁判所にのみ訴えを提起できる旨の合意は,原則として,他の国の裁判所にも訴えを提起することを妨げない旨の合意とみなされる。)
②労働者が当該合意に基づき合意された国の裁判所に訴えを提起したとき,又は事業主が日本若しくは外国の裁判所に訴えを提起した場合において,労働者が当該合意を援用したとき

したがって,雇用契約の締結時に置かれた「一切の紛争は本国の裁判所で解決し,他の国の裁判所では裁判をしない」という条項は,労働者が日本の裁判所に訴えた場合には,雇主がこれを援用しても効力がなく,日本の管轄は否定されない。
令和7年司法試験の国際関係法(私法系)第1問は,まさにこの場面を出題しており,出題の趣旨は,労働契約の終了時の合意でなく,労働者が合意された国の裁判所に訴えを提起したものでもないから,同項1号・2号のいずれの要件も満たさず,合意の効力は認められないとしている。

なお,同条は平成23年法律第36号による改正で設けられた規定であり,同法の附則2条2項により,その施行前にされた合意には適用されない。
古い雇用契約の管轄条項が問題になるときは,合意の時期も確かめる必要がある。

3 特別の事情による却下

日本の裁判所に管轄が認められる場合でも,事案の性質,応訴による被告の負担の程度,証拠の所在地その他の事情を考慮して,日本で審理することが当事者間の衡平を害し,又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があれば,訴えが却下されることがある(民事訴訟法3条の9)。
雇主側がこれを主張するときは,効力のない管轄条項があることだけでなく,証拠の所在や応訴の負担を具体的に示す必要がある。
他方,雇主が自ら労働者を日本に赴任させていた事情や,勤務の実態・治療の記録等の証拠が日本にある事情は,特別の事情を否定する方向に働く。

第3 どの国の法律が適用されるか

1 準拠法条項があっても日本の強行規定が適用される場合

労働契約の成立及び効力は,原則として,当事者が選択した地の法による(法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)7条)。
しかし,通則法12条1項は,選択された法が「当該労働契約に最も密接な関係がある地の法以外の法」である場合でも,労働者が最密接関係地法中の「特定の強行規定を適用すべき旨の意思を使用者に対し表示したとき」は,その強行規定の定める事項について,その強行規定「をも」適用すると定めている。
そして,最密接関係地法は,「当該労働契約において労務を提供すべき地の法」と推定される(同条2項)。

準拠法の合意がない場合も,労務を提供すべき地の法が最密接関係地法と推定され(同条3項),通常はその法が準拠法となる(同法8条1項)。

2 労務を提供すべき地の判断

入社後しばらく本国で働き,その後に日本へ転勤して長く日本で働いている場合のように,労務の提供の地が途中で変わったときや,事故・紛争が短期出張中に起きたときは,どの時点・どの地を基準にするかが問題になる。
令和7年司法試験の採点実感は,このような場合の労務提供地をどう解するかを検討して当てはめた答案は多くなかったと指摘し,同条2項が推定規定であるのに推定が覆らないことに触れない答案が相当見られたとも述べている。
実務でも,労働者の国籍,雇主の本店所在地,給与の振込口座の所在地等を理由に雇主が推定を争うことが考えられるので,継続して働いている地,期間,業務の内容及び出張の頻度・期間を具体的に主張すべきである。

3 どの規定が「特定の強行規定」に当たるか

どの規定が強行規定に当たるかは,規定ごとに判断することになる。
例えば,労働契約法5条は,「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定めており,令和7年司法試験の出題の趣旨は,同条を日本法の「特定の強行規定」として,通則法12条1項による適用を認めている。
厚生労働省の通達(平成24年8月10日基発0810第2号「労働契約法の施行について」)は,同条について,労働契約に特段の根拠規定がなくとも,労働契約上の付随的義務として当然に使用者は安全配慮義務を負うことを規定したものであると説明している。

4 意思表示をしないと適用されない

通則法12条1項の強行規定は,労働者が使用者に対して適用の意思を表示して初めて適用される。
条文は表示の時期を限定していないが,訴状や交渉の書面で,適用を求める規定(例えば「労働契約法5条」)を特定して主張しておくことが重要である。
外国法を準拠法とする契約書だけを見て,日本の労働法は使えないと判断しない。

5 不法行為として請求する場合

雇主以外の者(取引先の従業員等)による交通事故で,その使用者の使用者責任を問う場合は,労働契約の問題ではなく不法行為の問題となり,原則として「加害行為の結果が発生した地の法」による(通則法17条)。
令和7年司法試験の出題の趣旨は,ここでいう「結果」は法益侵害の直接の結果であって派生的な損害を含まないとするのが通説であるとし,外国で負傷した被害者が日本で治療を受けても,日本が結果発生地になるわけではないとの理解を前提にしている。
当事者が同じ地に常居所を有していた等の事情から明らかにより密接な関係がある地があれば,その地の法による(通則法20条)。
外国法が適用される場合でも,日本法上も不法でなければ請求できず,損害賠償も日本法が認めるものに限られる(通則法22条)。
交通事故の準拠法の詳細は,関連記事②で扱っている。

第4 税務の注意点

1 国外払いの給与と確定申告

所得税法上の居住者は,「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて一年以上居所を有する個人」である(所得税法2条1項3号)。
日本で継続して働いている人は,国籍にかかわらず,通常は居住者に当たる。
居住者は原則として全ての所得について課税されるが,日本の国籍を有しておらず,過去10年以内に国内に住所又は居所を有していた期間の合計が5年以下の人(非永住者)は,国外源泉所得については国内で支払われ又は国外から送金されたものに限って課税される(同法2条1項4号,7条1項1号・2号)。
もっとも,国内において行う勤務に基因する給与は国内源泉所得とされている(同法161条1項12号イ)ので,日本での勤務に対する給与は,外国の会社から外国の口座に支払われても,非永住者を含めて日本で課税の対象となる。

給与の源泉徴収義務を負うのは,「居住者に対し国内において」給与等の「支払をする者」である(所得税法183条1項)。
給与所得者の多くは年末調整で納税が完了し,確定申告を要しないが,その特例(同法121条1項)は,給与等の全部について源泉徴収をされた又はされるべき場合を前提にしている。
国税庁タックスアンサーNo.1900は,確定申告が必要な給与所得者の一つとして,「源泉徴収義務のない者から給与等の支払を受けている人」を挙げている。
外国の会社から外国の口座に給与が振り込まれ,日本で源泉徴収されていない場合は,この類型に当たらないかを確かめ,当たるときは本人が確定申告をする必要がある。
雇主が日本に事務所等を有し,日本で給与を支払っているか等によって源泉徴収義務の有無が変わり得るので,支払の実態を確認する。

2 損害賠償金・保険金は非課税になり得る

所得税法9条1項18号と同法施行令30条1号は,「心身に加えられた損害につき支払を受ける慰謝料その他の損害賠償金(その損害に基因して勤務又は業務に従事することができなかつたことによる給与又は収益の補償として受けるものを含む。)」等を非課税としている。
条文は損害賠償の根拠となる法律がどこの国の法律かで区別していないので,安全配慮義務違反や使用者責任に基づいて外国の会社から支払を受ける損害賠償金も,その性質が心身の損害についてのものであれば,この規定の対象になり得る。
もっとも,必要経費に算入される金額を補塡する部分は除かれる(同法施行令30条柱書)ので,事業所得者が受ける賠償金等は内訳を確認する。
交通事故の賠償金の税務は,関連記事③で扱っている。

第5 相談を受けたときの確認事項

①雇用契約書の管轄条項・準拠法条項の文言(専属的か,どの国の裁判所・法か)と,合意をした時期(契約締結時か,終了時か。平成23年法律第36号による改正の施行前の合意か)
②入社後の勤務地の変遷(転勤の時期,日本での勤務期間,遠隔での業務の内容,出張の頻度と期間)
③雇主の日本国内の事務所・営業所・財産の有無と,給与の支払地・支払方法
④適用を求める日本法の規定と,その規定を適用すべき旨を雇主に表示したか(いつ,どの書面で)
⑤事故や労働災害が外国で起きた場合は,結果発生地,当事者の常居所,契約関係の有無
⑥証拠(勤務記録,業務指示,診療記録)の所在と,翻訳・証人尋問の負担
⑦給与の源泉徴収の有無と確定申告の状況,損害賠償金の内訳(慰謝料・休業補償・物損)

第6 関連記事

①令和7年度司法試験国際関係法(私法系)第1問の模範解答と評価項目―出題の趣旨・採点実感から抽出した30項目と5段階の重み付け
②外国人が交通事故の当事者になったときの損害賠償-在留資格別の休業損害・逸失利益・慰謝料,準拠法及び自賠責
③交通事故の慰謝料に税金はかかるか-確定申告・医療費控除・死亡時の取扱い
④安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効―10年・20年とじん肺の起算点
⑤過重労働・過労自殺と使用者の安全配慮義務―電通事件・東芝事件と予見可能性・過失相殺
⑥船荷証券の国際裁判管轄条項―運送人の選択権・選択時期・専属性
⑦出向命令の有効性―個別同意,就業規則・出向規程,労働契約法14条,途中交替及び命令拒否後の解雇

第7 出典

1 法令

①民事訴訟法(e-Gov法令検索)3条の2,3条の3,3条の4,3条の7,3条の9,3条の12,平成23年法律第36号附則2条
②法の適用に関する通則法(e-Gov法令検索)7条,8条,12条,17条,20条,22条
③労働契約法(e-Gov法令検索)5条
④所得税法(e-Gov法令検索)2条1項3号・4号,7条1項,9条1項18号,121条1項,161条1項12号,183条1項
⑤所得税法施行令(e-Gov法令検索)30条

2 行政資料

①厚生労働省「労働契約法の施行について」(平成24年8月10日基発0810第2号)
②国税庁タックスアンサーNo.1900「給与所得者で確定申告が必要な人」

3 司法試験の公式資料

①令和7年司法試験論文式試験問題(選択科目)
②令和7年司法試験論文式試験出題の趣旨
③令和7年司法試験の採点実感(選択科目)