第1 この記事の対象と結論
本記事は,特別縁故者に対する相続財産分与の申立てがされた場合に,相続財産清算人がどのような資料を集め,どのように意見を組み立てるかを整理するものである。令和8年10月6日時点の法令,裁判所資料及び裁判例を確認して作成した。
清算人は,申立人が特別縁故者に当たるか,分与が相当か,分与するとして対象財産と額をどう定めるかを分けて検討する必要がある。介護や費用負担の主張だけで結論を出すのではなく,被相続人自身の収入・資産,施設や第三者が提供した介護,申立人による預金払戻しの金額・時期・使途及び返還状況を客観資料で突き合わせるべきである。
対象財産が共有持分であり,分与がなければ民法255条により他の共有者へ帰属する見込みであっても,登記手続の便宜だけを理由に分与相当とするのは妥当でない。民法958条の2の判断と,分与がされない場合の民法255条による帰属処理は別の問題である。
第2 特別縁故者への分与の法的枠組み
1 特別縁故者に当たるか
家庭裁判所は,相続人として権利を主張する者がないとき,相当と認める場合に,被相続人と生計を同じくしていた者,被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求により,清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる(民法958条の2第1項)。
同居や親族関係があるだけで当然に特別縁故者となるわけではない。生活関係,療養看護の期間・頻度・内容,被相続人との精神的・経済的結び付き及び死後の対応等を具体的に確認する必要がある。
2 分与することが相当か
特別縁故者に当たることと,残余財産を分与することが相当であることは同じではない。縁故の内容,被相続人の意思,申立人が受けた生前贈与その他の利益,被相続人に対する債務又は清算すべき金銭関係,残余財産の内容等を総合して判断される。
清算人は,申立人に有利な事情と不利な事情を同じ基準で調査し,家庭裁判所が裁量判断をするための材料を過不足なく示す立場にある。
3 分与する財産と額
分与が相当であっても,残余財産の全部を分与するとは限らない。寄与の期間・程度,負担した実費,被相続人から既に受けた利益,申立人の不適切な財産管理によって生じた損害その他の事情を踏まえ,対象財産と額を検討する。
相続財産に申立人に対する返還請求権又は損害賠償請求権がある場合には,その回収可能性と評価も残余財産の範囲に関係する。
第3 清算人の意見書で分けて検討する事項
家庭裁判所は,特別縁故者に対する相続財産分与の審判をする場合,清算人の意見を聴かなければならない(家事事件手続法205条)。実務上は,少なくとも次の事項を分けて記載すると判断過程が明確になる。
① 申立人と被相続人の関係及び特別縁故者該当性
② 申立てで主張された療養看護,生活費・医療費等の負担その他の縁故の具体的内容
③ 各主張を裏付ける資料と,資料がない又は反対資料がある事項
④ 被相続人の収入,資産,生活費及び介護費の実際の負担者
⑤ 申立人が管理又は払い戻した預貯金の全取引と使途
⑥ 相続財産の現況,債務及び未回収の請求権
⑦ 分与の相当性並びに相当とする場合の対象財産・額
⑧ 不利な事情を含む結論の理由
意見書は,当事者の主張を要約するだけでは足りない。主張,客観資料,資料から認定できる事実,評価及び結論を区別して記載することが重要である。
第4 介護・費用負担と預金払戻しの証拠評価
1 介護と費用負担
大阪家庭裁判所の手引きは,特別な縁故を示す資料として,手紙,日記,写真,陳述書及び各種費用の領収書等を挙げ,申立書のどの回答をどの資料が裏付けるかを明らかにするよう求めている。
清算人は,これらに加え,介護認定資料,介護施設の記録,病院の診療録,入退院記録,請求書・領収書,金融機関の取引履歴,年金・給与その他の収入記録,公共料金の支払記録等を照合する。申立人が費用を立て替えたのか,被相続人の口座から支払われたのか,被相続人に十分な収入・資産があったのかを区別する必要がある。
2 判断能力低下後の預金払戻し
認知症,入院又は施設入所後に申立人が預金を払い戻している場合,払戻しが直ちに不正となるわけではない。しかし,申立人が介護等を理由に分与を求める以上,清算人は,払戻日,金額,受領者,具体的使途,領収書等の裏付け,残金の保管状況及び相続財産への返還状況を確認すべきである。
説明のない払戻しがある場合は,申立人に書面照会をし,回答と資料を得た上で,被相続人のための支出,申立人への正当な弁済又は贈与,保管金,不当利得又は不法行為に基づく返還対象等に分類する。刑事上の評価を先取りせず,民事上の返還請求権の有無と分与相当性への影響を分けて検討することが望ましい。
3 時系列表と収支表
実務上は,①被相続人の健康状態・判断能力,②同居・入院・施設入所,③収入と定期支出,④申立人の介護行為,⑤申立人が主張する立替払い,⑥預金払戻しを同じ時系列に並べると矛盾が見えやすい。
預金については,対象期間の入出金を一覧化し,被相続人のための支出として裏付けがある額,説明はあるが裏付けが不十分な額,使途不明額及び返還済額を区分する。現金で保管したとの説明があるときは,保管場所,残高,入出金及び返還時期も確認する。
第5 裁判例から分かること
高松高裁平成28年4月13日決定(判例秘書L07120582。裁判所ウェブサイト未掲載)は,申立人に療養看護等の寄与があった事案でも,被相続人の判断能力低下後に払い戻された約1040万円のうち説明の得られた支出が約360万円にとどまり,約674万円を現金で所持し,返還にも長期間を要したこと等を重くみて,分与を認めなかった。相続財産管理人も分与を相当でない旨の意見を述べていた。
他方,高松高裁平成26年9月5日決定(判例秘書L06920623)及び名古屋高裁金沢支部平成28年11月28日決定(判例秘書L07120756)は,施設が長期間にわたり通常の業務又は契約上のサービスを超える世話や療養看護をした事情を評価した。いずれも裁判所ウェブサイト未掲載であり,判例秘書の決定全文で確認した。
これらは事例判断であるが,形式的な身分関係ではなく,具体的な寄与の内容と,財産管理を含む申立人の行動全体が評価対象になることを示している。
第6 共有持分と民法255条との関係
最高裁平成元年11月24日第二小法廷判決は,共有者の一人が死亡し,相続人の不存在が確定し,相続債権者・受遺者への清算が終了したときは,その共有持分がまず特別縁故者への財産分与の対象となり,分与がされないときに民法255条により他の共有者へ帰属するとした。
したがって,申立人が他の共有者でもある場合,分与の可否によって最終的な持分帰属者が同じになることはあり得る。しかし,民法958条の2は特別縁故と分与の相当性を判断する制度であり,民法255条は分与されなかった共有持分の最終帰属を定める制度である。後者の登記が煩雑であることは,前者の要件を満たすことの根拠にはならない。
清算人は,分与の相当性について証拠に基づく意見を述べた上で,分与をしない場合に民法255条の登記が必要となることを,手続上の帰結として別に説明すべきである。民法255条による帰属と登記・相続税は「相続人がいない共有持分は誰に帰属するか」で整理している。
第7 清算人の実務チェックリスト
① 申立書,付票及び提出資料説明書の各主張を証拠番号と対応させる。
② 被相続人の金融機関取引履歴,年金・収入記録,介護記録及び診療録を必要な期間について確保する。
③ 申立人が主張する立替費用を,被相続人負担分及び第三者負担分と区別する。
④ 判断能力低下後の払戻しを抽出し,書面で使途と裏付けを求める。
⑤ 使途不明金について,相続財産の返還請求権の成否と回収方針を検討する。
⑥ 特別縁故者該当性,分与相当性及び分与の範囲・額を別項目で評価する。
⑦ 有利・不利双方の事情と,資料上の限界を意見書に明記する。
⑧ 共有持分については,分与の結論と民法255条の帰属処理を混同しない。
第8 出典
1 法令及び裁判所資料
① e-Gov法令検索・民法(255条,951条~959条)
② e-Gov法令検索・家事事件手続法(204条~206条)
③ 大阪家庭裁判所「特別縁故者に対する相続財産分与の申立ての手引き」(令和8年1月5日版)
2 裁判例
① 最高裁平成元年11月24日第二小法廷判決・昭和63年(行ツ)第40号・民集43巻10号1220頁
② 高松高裁平成28年4月13日決定・判例秘書L07120582(裁判所ウェブサイト未掲載)
③ 高松高裁平成26年9月5日決定・判例秘書L06920623(裁判所ウェブサイト未掲載)
④ 名古屋高裁金沢支部平成28年11月28日決定・判例秘書L07120756(裁判所ウェブサイト未掲載)
3 参考文献
① 家庭裁判所の財産管理実務研究会編『家庭裁判所の財産管理実務(改訂版)』(ぎょうせい,令和7年)137頁以下。清算人の意見書及び分与手続の実務を確認するための二次資料として参照した。