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第1 尺骨肘頭骨折の後遺障害を検討する視点
1 肘頭は関節面と伸展機構の双方に関係する
尺骨肘頭は尺骨の近位端にあり,肘関節の関節面の一部を形成するとともに,上腕三頭筋の付着部として肘を伸ばす機構を担っている。肘を直接打ち付ける外力のほか,屈曲した肘に上腕三頭筋の牽引力が加わることでも骨折し,関節内骨折となることが多い。このため,骨癒合だけでなく,関節面の不整,伸展機構,関節拘縮,内固定材料及び尺骨神経を分けて評価する必要がある。
2 本記事が扱う範囲
本記事は,交通事故による尺骨肘頭骨折について,肘関節の屈曲・伸展,前腕の回内・回外,尺骨骨端部の癒合不全・欠損,疼痛及び尺骨神経障害が,後遺障害等級とどのように対応するかを扱う。生成AIを調査及び原稿整理の補助に用い,法令,行政基準,医学文献及び書籍の該当頁を照合して作成している。一般的な可動域の計算方法,代償動作及び裁判例は,肘関節の可動域制限と後遺障害12級6号で詳しく扱っているため,本記事では肘頭骨折に固有の分岐を中心とする。
第2 診断,治療及び可動域制限が残る原因
1 画像は骨折の形と時間的経過を確認するために用いる
診断の基本は肘関節の正面・側面単純X線写真である。関節面の段差,骨片の配置又は粉砕の程度を立体的に把握する必要がある場合はCTが有用であり,術前画像,術直後画像,骨癒合過程及び症状固定前後の画像を同じ時系列に置く必要がある。読影報告書だけでなく,撮影日,撮影方向及び全シリーズを含むDICOMを確保すれば,関節面の状態,変形,異所性骨化及び内固定材料の位置を再検討できる。
もっとも,画像は骨・関節の形態を示す資料であり,疼痛の強さ,可動域又は労働能力喪失率を画像だけで確定するものではない。画像所見,理学所見,可動域測定及び生活・就労上の支障を別々に確認した上で,それらが医学的に整合するかを評価することになる。
2 治療方法だけから後遺障害等級を推定しない
転位がなく安定した骨折では,固定後に運動を開始する保存治療が選択されることがある。他方,転位した関節内骨折では,関節面を整復し,上腕三頭筋の伸展機構を回復させ,早期運動ができる安定性を得るため,テンションバンドワイヤリング又はプレート固定等の手術が選択されることが多い。骨折型,骨質,軟部組織損傷,肘関節の安定性及び患者の活動性によって治療選択が変わるため,手術を受けたこと又はプレートが残っていること自体は,後遺障害等級を直接決める事実ではない。
令和7年公表の系統的レビュー及びメタ解析では,テンションバンドワイヤリングとプレート固定の機能成績及び可動域はおおむね同等である一方,プレート固定では合併症,内固定材料の抜去及び再手術が少ない傾向が報告されている。もっとも,骨折型ごとの異質性が大きく,この結果だけで個別の骨折に適した術式を決めることはできない。
高齢者の閉鎖性・単独・安定型の転位骨折を対象とした令和7年公表の無作為化比較試験では,手術群と保存治療群の12か月後の上肢機能評価に有意差がなく,肘の自動伸展は手術群が良好であったと報告されている。この結果は,対象が75歳以上の安定骨折に限られるため,若年者,高活動者,開放骨折,不安定骨折又は骨折脱臼へそのまま当てはめることはできないが,治療法又は画像上の骨癒合だけから機能を推定できないことを示している。
3 残存する障害の原因を層別化する
尺骨肘頭骨折後の可動域制限には,①関節面の段差,骨片,骨棘又は外傷後関節症等の関節内要因,②関節包線維化,筋腱短縮又は異所性骨化等の関節外要因,③変形治癒,癒合不全又は内固定材料の衝突等の骨・固定材料要因,④上腕三頭筋又はその付着部の伸展機構要因,⑤尺骨神経障害,⑥疼痛による防御性の制限,⑦測定姿勢,検者差又は肩による代償等の測定要因がある。本記事では,骨折から残存障害までの因果関係を検討するとき,これらを一つにまとめず,どの所見がどの運動又は症状を説明するのかを確認する。
プレート固定182例を対象とした多施設研究では,解析対象163例の全例が癒合した一方,39パーセントに10度以上の伸展不足があり,内固定材料の抜去率は15パーセントであった。骨癒合,伸展不足及び内固定材料による支障は別の指標であり,骨が癒合したとの記載だけで可動域制限を否定することはできない。
第3 肘頭骨折後に検討する後遺障害等級
1 障害の内容ごとに認定経路を分ける
自賠責保険の後遺障害等級は,自動車損害賠償保障法施行令別表第二による。国土交通省の自賠責保険金等支払基準は,等級認定を原則として労災保険の障害等級認定基準に準じて行うとしている。尺骨肘頭骨折では,次の認定経路を混同しないことが出発点となる。
| 残存障害 | 主な基準 | 検討する等級 |
|---|---|---|
| 肘関節の屈曲・伸展制限 | 患側の運動可能領域を原則として健側と比較する | 第8級6号,第10級10号,第12級6号 |
| 前腕の回内・回外制限 | 回内・回外の合計を原則として健側と比較する | 第10級又は第12級に準ずる障害 |
| 尺骨骨端部の癒合不全又は大部分の欠損 | 長管骨の変形障害として評価する | 第12級8号 |
| 疼痛又は尺骨神経症状 | 症状を説明する医学的所見の有無と程度を評価する | 第12級13号又は第14級9号 |
2 肘関節の屈曲・伸展制限
肘関節の可動域は,屈曲角度と伸展角度を合計した運動可能領域により評価する。伸展がマイナス55度,屈曲が115度であれば,運動可能領域は115度から55度を差し引いた60度である。原則として他動値を健側の他動値と比較し,患側が健側の4分の3以下なら第12級6号,2分の1以下なら第10級10号を検討する。完全強直若しくはこれに近い状態,完全弛緩性麻痺若しくはこれに近い状態,又は一定の人工関節・人工骨頭置換は第8級6号の検討対象となる。
厚生労働省の関節機能障害の評価方法及び関節可動域の測定要領は,測定を原則として他動運動によるものとし,5度単位で記録する。末梢神経損傷による弛緩性麻痺又は我慢できない程度の疼痛等のため他動値が適切でない場合は,原因を医学的に確認した上で能動値を参考にする。肘関節には参考運動が定められていないため,屈曲・伸展が基準をわずかに上回る場合に別運動で補う余地はない。
3 前腕の回内・回外制限
前腕の回内・回外は,肘関節の屈曲・伸展とは別に測定する。回内・回外の合計が健側の4分の1以下なら第10級,2分の1以下なら第12級に準ずる障害となる。測定時に肩を内外旋させると見かけ上の回旋角度が大きくなるため,関節可動域表示ならびに測定法に従い,肘を90度に曲げ,上腕を体幹に付けた姿勢で肩の代償を除く必要がある。
肘関節部の骨折により,肘の屈曲・伸展制限と前腕の回内・回外制限がともに残ることは一般に想定される。この場合は両者を併合して等級を繰り上げず,原則としていずれか上位の等級を認定するため,二つの測定結果を後遺障害診断書へ記載してもらった上で,どちらが上位となるかを比較する。
4 尺骨骨端部の癒合不全又は欠損
肘頭は尺骨の骨端部に当たる。厚生労働省の上肢の障害等級認定基準は,尺骨の骨端部に癒合不全を残すもの,又は骨端部のほとんどを欠損したものを「長管骨に変形を残すもの」として第12級8号の対象としている。反対に,骨折部が良方向に短縮なく癒合し,単に骨が肥厚しただけの場合は,長管骨の変形として扱わない。
上位の偽関節等級は,上腕骨又は橈骨・尺骨の骨幹部若しくは骨幹端部における癒合不全と,硬性補装具の必要性を基準としている。このため,尺骨肘頭の癒合不全という傷病名だけで第7級9号又は第8級8号になるわけではない。肘頭が骨端部であることを踏まえ,癒合不全の部位,異常可動,骨片の欠損及び補装具の必要性を区別する必要がある。
5 疼痛及び尺骨神経障害
骨折部又は肘周辺の疼痛については,医学的に証明できる頑固な神経症状であれば第12級13号,医学的に説明できる神経症状であれば第14級9号が問題となる。画像上の骨折痕だけで疼痛の程度が決まるものではなく,症状の部位と推移,圧痛,運動痛,画像所見及び治療経過を対応させる必要がある。
尺骨神経障害が疑われる場合は,小指及び環指尺側の感覚,骨間筋の萎縮,Froment徴候,肘部管のTinel徴候,握力及び巧緻運動を確認し,必要に応じて神経伝導検査・筋電図を検討する。神経損傷を理由として能動可動域が小さいと主張する場合は,神経の支配領域と筋力低下の対応が特に重要となる。
6 複数の障害が残る場合の重複評価
一つの骨折から機能障害,変形障害及び疼痛が派生した場合でも,すべてを当然に併合するものではない。厚生労働省の認定基準は,骨折部の癒合不全又は変形と同部位の疼痛のように通常派生する関係にある障害について,上位の等級で評価する例を示している。肘頭骨折でも,各障害が同じ機能喪失を別の表現で述べているのか,異なる部位・原因・機能を持つ独立した障害なのかを明らかにしてから,併合又は上位一方による評価を検討する。
第4 症状固定と内固定材料の扱い
1 治療中の小さい可動域を固定後の障害としない
骨癒合前,術後早期又は固定解除直後の可動域は,治療の進行により改善する可能性がある。症状固定の判断では,骨癒合の進行,可動域の推移,リハビリテーションによる改善曲線,疼痛の変化及び今後予定される治療を確認する必要がある。等級の境界に近い事案では,一回の測定値だけでなく,同じ方法による複数時点の測定を並べることで,測定誤差と実際の改善又は悪化を区別できる。
2 抜釘前に認定するかを確認する
厚生労働省の認定基準は,骨折部の金属釘等が機能障害の原因となる場合,その除去を待って等級認定を行うとしている。他方,固定材料が機能障害の原因ではない場合は,創面の治癒をもって認定できる。したがって,プレートが残っているという事実だけで申請時期を決めず,材料が皮下で当たるのか,終末伸展を機械的に妨げるのか,抜去予定があるのか,抜去に医学的な危険があるのかを主治医の記録で確認する必要がある。
抜釘をしない場合は,その理由を具体化する。骨質,骨癒合,感染リスク,神経との位置関係,全身状態又は患者の合理的な選択等を記録しておけば,単に治療を残したまま症状固定にしたとの反論に対応しやすい。
3 高齢者の機能的偽関節を一律に評価しない
高齢・低活動者の転位肘頭骨折では,画像上の癒合を得なくても,疼痛が少なく実用的な運動範囲を保つ例が報告されている。これは画像上の癒合不全が常に重い機能障害を意味しないことを示す一方,若年者又は高活動者に同じ結果を一般化するものではない。自賠責の評価でも,画像上の癒合不全という変形障害と,実測された関節機能及び具体的な支障を別々に確認する必要がある。
第5 被害者側で優先して収集する資料
1 最初に集める負担の小さい資料
被害者側では,まず,①診断書,②事故直後から症状固定までの診療録,③リハビリテーション記録,④画像読影報告書,⑤手術記録及び退院時要約,⑥後遺障害診断書,⑦自賠責の認定理由を集める。これらは通常,治療を受けた医療機関又は保険会社に存在する資料であり,患者本人による診療情報開示又は保険会社への照会から着手できる。ただし,保存状況,開示手続,費用及び提供範囲は保有者ごとに異なる。
資料を取得したら,事故日,初診日,画像撮影日,手術日,固定解除日,リハビリテーション開始日,骨癒合の評価日,各可動域測定日,抜釘の予定又は実施日及び症状固定日を時系列にする。治療中の測定値と症状固定時の測定値を混ぜず,画像及び診療録と同じ日付で対応させる。
2 可動域測定記録を点検する
後遺障害診断書では,患側と健側について,肘の屈曲・伸展及び前腕の回内・回外の他動値と能動値が記載されているかを確認する。併せて,測定者,測定日,角度計の使用,肢位,疼痛の有無,終末感及び肩の代償を確認する。能動値だけが小さい場合は,末梢神経,筋腱又は疼痛のどの原因によるのかを示す所見が必要となる。
数値が等級の境界付近にある場合,又は医療機関ごとの差が大きい場合は,まず同じ標準的方法による再測定を主治医へ相談する。自宅で撮影した写真又は自己測定値は生活上の支障を示す補助資料にはなり得るが,医師による標準測定を置き換えない。
3 画像及び手術記録から原因を確認する
DICOMは,事故直後,術前,術直後,骨癒合過程及び症状固定前後のものを比較する。確認対象は,関節面の段差,粉砕,整復位,骨癒合,変形,異所性骨化,骨棘,関節裂隙,内固定材料の突出又は破損である。手術記録では,骨折型,関節面の整復,上腕三頭筋,尺骨神経の処置,使用材料及び術後の運動制限を確認する。
画像から直接分かる形態と,可動域制限の原因についての医学的判断は区別する。例えば,プレートが存在することは画像から分かっても,それが終末伸展を妨げているかは,材料の位置,理学所見,疼痛部位及び抜釘前後の変化を併せなければ判断できない。
4 非該当又は想定より低い等級への対応
異議申立てでは,申立書の表現を増やす前に,認定理由が否定した事実を特定する。可動域が基準を超えたのか,測定方法が問題なのか,骨折と制限の因果関係が否定されたのか,改善可能性が残るとされたのか,神経症状の客観的所見が不足したのかによって,追加すべき資料は異なる。
低負担の再測定,既存DICOMの再読影,手術記録及び神経学的検査を確認しても争点が残り,専門医の説明によって結論が変わる具体的可能性がある場合に,専門医意見又は追加検査を検討する。一般的な医学意見を付けるだけで認定理由に対応できない場合,又は新資料が等級の境界を動かさない場合は,高額な鑑定等へ進まないという停止判断も必要である。
第6 想定される反論と評価の分かれ目
保険会社側からは,後の測定で可動域が改善している,患側が健側の4分の3又は2分の1を超えている,他動値では基準を満たさない,画像に制限を説明する器質的変化がない,固定材料を除去すれば改善する,廃用性の制限で回復余地がある,という反論が想定される。被害者側では,症状固定時期と測定日を対応させ,同一方法による測定推移と画像・手術所見を示す必要がある。
疼痛又は尺骨神経障害については,症状の領域が解剖学的に一致しない,神経伝導検査等に異常がない,事故直後の記録に症状がない,という反論が想定される。これに対しては,初診時からの症状推移,感覚領域,筋力・筋萎縮,誘発所見及び検査時期を確認し,医学的に説明できる範囲を超えて主張しないことが必要である。
長管骨変形については,単なる骨性肥厚である,良方向に短縮なく癒合している,癒合不全の部位が骨幹部等ではなく骨端部である,という点が等級を分ける。画像の名称だけでなく,骨端部・骨幹端部・骨幹部のどこに障害があり,異常可動又は欠損があるかを具体化する必要がある。
第7 等級認定と民事上の損害評価
1 等級と労働能力喪失率は同じ判断ではない
自賠責の後遺障害等級は民事上の損害算定の重要な出発点となるが,労働能力喪失率及び喪失期間を自動的に決めるものではない。裁判では,利き腕,職務内容,屈曲側と伸展側のどちらを失ったか,前腕回旋,疼痛,代償動作,配置転換,収入推移及び将来の改善可能性等が個別に検討される。
2 具体的な仕事と動作を対応させる
被害者側では,「肘が曲がりにくい」と抽象的に述べるのではなく,①顔や頭部へ手を近づける深い屈曲,②身体から離れた位置へ手を届かせる伸展,③ドライバー,鍵又は工具を回す前腕回旋,④重量物の保持,⑤机上作業を反復する時間,⑥肩又は体幹による代償とその持続可能性を,実際の職務と対応させる。日常生活動作が工夫によって可能になっても,正常な運動に戻ったことを当然には意味せず,余分な動作,速度低下,休憩又は他者の援助が残るかを確認する。
第8 相談及び追加調査の分岐
1 早期に相談する意味がある場合
画像上の関節内骨折又は癒合不全があり,症状固定が近いのに可動域の左右差が測定されていない場合,抜釘前後のどちらで症状固定とするか説明がない場合,能動値と他動値の差が大きいのに原因が記載されていない場合,又は尺骨神経症状があるのに神経学的所見が残っていない場合は,申請前に資料と測定方法を点検する実益がある。
2 高負担の追加手段へ進む条件
専門医意見,追加画像又は電気生理学的検査は,既存資料を確認した後にも,医学的原因,測定値の信頼性又は神経障害の有無という結論を左右する争点が残る場合に検討する。何が判明すれば等級又は損害評価が変わるかを特定できないまま,検査又は意見書の数を増やすべきではない。
3 追加申立てを見送る基準
標準的方法による複数回の他動可動域が一貫して数値基準を超え,骨端部癒合不全,神経学的異常又は疼痛を裏付ける医学的所見もなく,新資料によって認定理由を動かす具体的見込みがない場合は,等級異議よりも治療終了後の生活支障及び既認定等級に基づく損害立証へ作業を集中する選択がある。本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり,個別事案では画像,診療経過及び認定理由を確認して判断する必要がある。
出典・参考資料
1 法令・行政資料・学会基準
国土交通省「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」
厚生労働省「せき柱及びその他の体幹骨,上肢並びに下肢の障害に関する障害等級認定基準について」(平成16年6月4日基発第0604003号)
厚生労働省・同通達別添「関節の機能障害の評価方法及び関節可動域の測定要領」
日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会「関節可動域表示ならびに測定法改訂について(2022年4月改訂)」
2 書籍
加藤義治「2-7 肘頭骨折」『医師と損保のためのわかりやすい交通事故外傷ガイドQ&A整形外科編』保険毎日新聞社,2024年,50頁~53頁(PDF実頁54頁~57頁)。
榎木貴之・小杉晴洋『自賠責・紛争処理事例と判例から読み解く後遺障害等級認定の判断――傾向を踏まえた交通事故事件処理』新日本法規,2026年,396頁~400頁及び435頁~437頁(PDF実頁416頁~420頁及び455頁~457頁)。