第1 後見開始だけを理由とする解除条項は原則として無効
消費者が後見開始,保佐開始又は補助開始の審判を受けたことだけを理由として,事業者に契約を解除する権利を与える条項は,消費者契約法8条の3により無効になる。
成年後見制度を利用したために,住まいや日常生活のサービスを失う事態を防ぐための規定である。
ただし,消費者が事業者に物品や役務などを提供する契約は,この条文の対象から除かれる。
また,後見等の開始と別に解除の根拠となる事情がある場合まで,解除が一律に禁止されるわけではない。
無効になるのは該当する契約条項であり,この規定によって契約全体が当然に無効になるという意味でもない。
本記事は令和8年10月18日に確認した現行の8条の3を説明する。
同年に成立した成年後見制度の改正については,第6で区別して述べる。
第2 適用を判断する4つの確認事項
1 消費者と事業者の間の契約か
相手方が事業者であり,本人が消費者として締結した契約であることを確認する。
個人名義でも事業のために締結した契約は,当然には消費者契約に当たらない。
労働契約は消費者契約法の適用対象から除かれるので,勤務先との雇用の問題を8条の3だけで判断することはできない。
例えば,住居を借りる本人が消費者で,賃貸人が事業者に当たる賃貸借では,後見開始だけで賃貸人に解除権を与える条項が問題になる。
消費者庁の逐条解説も,建物の賃貸借契約を無効な条項の例として挙げている。
2 審判を受けたことだけを解除理由にしているか
対象となるのは,後見開始,保佐開始又は補助開始の審判を受けたことのみを理由とする解除条項である。
約款に審判を受けた場合の届出義務があるというだけでは,直ちに解除権を与える条項と同じには扱えない。
届出の求めと,その後に契約を終了させる根拠を分けて確認する必要がある。
審判の事実以外に解除理由が示されている場合には,その理由が事実として存在するか,契約や法令上の解除要件を満たすかを別に検討する。
事業者が別の理由を通知書に付け加えただけで,解除が有効になるわけではない。
3 消費者が物品・権利・役務などを提供する契約か
消費者が事業者に対して契約の目的となる物品,権利又は役務などを提供する契約は,8条の3の対象から除かれる。
消費者がお金を払う契約か,受け取る契約かという形式だけで決めず,契約の目的と本人の給付内容を読む。
消費者庁は,消費者が調査に回答し,事業者から謝礼を受け取るモニター契約を例に挙げている。
一方,インターネット接続サービスの利用に際して,個人情報を事業者が利用することに同意したというだけで,直ちにこの例外に当たるわけではないと説明している。
4 契約を締結したのはいつか
8条の3を新設した平成30年法律第54号は,令和元年6月15日に施行された。
同法附則2条4項により,施行前に締結された消費者契約の条項には,新設された8条の3は適用されない。
解除通知を受けた日だけでなく,契約の締結日を確認することが重要である。
施行前から続く契約の更新や条項変更がある場合には,更新の実質や合意の内容を確認する必要がある。
更新日だけを見て一律に新法が適用されると判断することは避けるべきである。
8条の3が適用されない場合にも,第10条などによる検討が残る。
第3 取引の適合性確認や他の解除理由との違い
消費者庁の逐条解説は,個別の状況を確認し,合理的な理由がある場合に解除できる条項まで,一律に8条の3で無効にする趣旨ではないと説明している。
例として,投機性の高い取引で,確認した事情に基づき取引に適合しないと判断される場合を挙げる。
ただし,その判断や解除条項が他の法令も含めて適法かどうかは,別に検討する必要がある。
| 場面 | 確認する点 |
|---|---|
| 後見等の開始だけで事業者が解除できる条項 | 消費者契約と適用時期の要件を満たし,給付内容による除外がなければ,8条の3による無効が問題になる。 |
| 事業者が本人や後見人に状況を確認する場合 | 確認を求めることと,確認後に契約を終了させる根拠を分ける。 |
| 支払の遅滞など別の事情もある場合 | 実際の事情と,契約・法令上の解除要件を確認する。後見開始だけを理由とする条項の有効性とは別問題である。 |
| 消費者が調査回答などの役務を提供する契約 | 8条の3の除外に当たるかを確認した上で,第10条などの検討を行う。 |
例えば,家賃の支払に問題がないのに後見開始だけを理由とする条項で退去を求められた場合と,家賃滞納等も解除理由とされている場合とでは,検討する事情が異なる。
上の表は判断の順序を整理したもので,個別の契約について解除の有効・無効を確定するものではない。
第4 8条の3の対象外でも,第10条の検討が残る
8条の3から除かれる契約であることは,その解除条項が常に有効であることを意味しない。
消費者契約法10条は,任意規定等と比べて消費者の権利を制限し,又は義務を加重する条項であって,信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものを無効とする。
単に不利益があるというだけでなく,これらの要件に即して検討する必要がある。
消費者庁は,消費者が簡単なアンケートに回答するだけの契約などについて,後見等の開始を理由とする解除条項が10条により無効となる可能性にも言及している。
役務を提供するための能力と,後見等の開始という事情との関係を具体的に確かめることが大切である。
第5 解除通知を受けたときに確認する資料
まず,契約書,契約時の約款,更新・変更に関する書面及び解除通知を保存する。
ウェブ上の約款は後で更新されることがあるため,自分の契約に適用された版と,現在掲載されている版を区別する。
次に,契約締結日,後見等の審判の日,通知を受けた日及び事業者が終了日としている日を時系列にする。
解除の根拠とされた条項の番号,通知に記載された理由,事業者が確認したという個別事情を書面で確認する。
本人が受けるサービスの内容と,事業者に提供する給付の内容も整理する。
代理して対応する場合には,後見人等の権限の範囲を確認し,必要な資料を提示する。
これらは,条文の要件に沿って事実を整理するための実務上の確認事項である。
退去や生活上必要なサービスの停止を求められている場合には,通知書だけで結論を決めず,関係資料をそろえて早めに弁護士等へ相談することが望ましい。
第6 令和8年の成年後見制度改正との関係
令和8年6月24日に,成年後見制度を見直す法律第45号と関係法律を整備する法律第46号が公布された。
法務省は,成年後見制度の見直しに係る改正の施行について,公布から2年6月以内の政令で定める日と説明している。
公布されたことだけで,現在の契約への適用条文や経過措置を将来制度へ置き換えることはできない。
本記事の後見・保佐・補助という用語は,現在適用される制度を前提とする。
制度移行後の契約については,その時点の条文,施行日及び経過措置を確認する必要がある。
制度改正の全体像は,次の記事を参照してほしい。
令和8年成年後見制度改正と関係法律61本の整備:https://yamanaka-bengoshi.jp/2026/07/30/r8-seinenkouken-kaisei/
第7 関連記事
成年後見関係事件の統計資料:https://yamanaka-bengoshi.jp/2019/02/21/seinenkoken-gaikyo/
本人による後見等開始の申立て:https://yamanaka-bengoshi.jp/2026/09/19/honnin-moushitate-kouken-kaishi/
大阪家裁後見センターだよりのテーマ別索引:https://yamanaka-bengoshi.jp/2019/08/06/osaka-center-dayori/
第8 出典と確認範囲
消費者契約法2条,8条の3,10条及び適用除外・附則:https://laws.e-gov.go.jp/law/412AC0000000061
消費者庁「逐条解説(令和5年9月)」第8条の3,PDF実頁1・3・4頁(冊子150・152・153頁):https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/annotations/assets/consumer_system_cms203_230915_15.pdf
消費者庁「消費者契約法の一部を改正する法律(平成30年法律第54号)」及び掲載の法律・一問一答:https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/amendment/2018/
法務省「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について:https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00410.html
本記事は,法令と行政機関の公表解説に基づく制度の説明である。
第3の比較表と第5の確認事項には,これらの要件を実務に当てはめるための整理を含む。