メインコンテンツへスキップ
       

弁護士のためのカルテの読み方―SOAP・時系列・追記訂正・退院時要約の証拠評価(AI作成)

カルテ(診療録)は,医療事件の時系列を組み立てる中心資料であるが,記載をそのまま事実認定表へ転記するだけでは足りない。

誰が得た情報か,患者の申告か医療者の観察か,診療当時の評価か後日の要約か,計画された処置か実施済みの処置かを分け,他の記録と照合する必要がある。

この記事は,弁護士が診療録,看護記録,指示記録,投薬記録,検査結果,画像,紹介状及び退院時要約を読む際の実務的な型を整理するものである。個別の診断又は治療の医学的妥当性は,診療時点の医学的知見と専門家の意見を別に確認する必要がある。

第1 この記事の対象と資料の位置付け

この記事の出発点とした佐藤健太『「型」が身につくカルテの書き方』(医学書院,2015年)は,研修医等が診療情報を整理して記載するための臨床実務書である。SOAP,時系列及び診療計画の整理には有用であるが,法令,裁判例又は法的な証拠評価基準そのものではない。

そこで,本記事では,書籍から得られる記録読解の型を,医師法,医師法施行規則,厚生労働省の指針及び裁判所ウェブサイト掲載判決で照合した。下級審判決は具体的事案に即した判断であり,診療録一般について例外のない証拠法則を示したものとして扱わない。

第2 診療録の記載義務と証拠評価は別の問題である

医師法24条1項は,医師が診察をしたときは,遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならないと定める。

医師法施行規則23条は,診療を受けた者の住所・氏名・性別・年齢,病名及び主要症状,治療方法,診療年月日を記載事項とする。医師法24条2項による保存期間は5年であり,病院又は診療所に勤務する医師の診療録はその管理者が,それ以外の診療録は医師が保存する。

もっとも,記載義務があることと,個々の記載内容が常に真実であることは別の問題である。また,記載がないことから,直ちに症状又は診療行為が存在しなかったと断定できるわけでもない。

法的評価では,①診療録が真正に作成されたか,②問題となる記載が当時記録か後日の追記か,③記載者と情報源は誰か,④他の記録と整合するか,⑤通常記録されるはずの事項が欠けている理由を説明できるかを,立証対象ごとに検討する。

第3 SOAPは情報源・所見・評価・計画を分ける道具である

SOAPは,診療情報をS(Subjective),O(Objective),A(Assessment),P(Plan)に分ける記載方法である。ただし,すべての医療機関又は診療場面でSOAP形式が採用されるわけではなく,SOAPでないことだけから記録が不適切であるとはいえない。

  • ① Sは,患者又は家族の訴え・申告である。誰の発言か,いつの状態について述べたかを確認する。
  • ② Oは,診察所見,測定値,検査値,画像所見等である。観察者,測定機器,検体採取時刻及び結果確定時刻を確認する。
  • ③ Aは,医療者の評価,鑑別診断又は病態判断である。確定診断と疑い,除外できない状態及び後日判明した診断を区別する。
  • ④ Pは,検査,投薬,処置,説明,観察又は紹介等の計画である。P欄の記載だけで実施済みと扱わず,指示記録,実施記録,結果及び反応を追う。

同じ一文にS,O,A及びPが混在することもある。弁護士の診療経過表では,文を必要な範囲で分解し,「記録上の事実」と「そこから導く評価」を別の欄に置くと,後知恵による混同を避けやすい。

第4 時系列は出来事・認識・入力・追記を分ける

電子カルテの画面に表示される一つの日時が,常に診療行為の時刻を意味するとは限らない。少なくとも次の時刻を区別する。

  • ① 症状,検査,処置又は説明が実際に生じた時刻
  • ② 医療者がその情報を認識した時刻
  • ③ 記録を入力又は確定した時刻
  • ④ 訂正又は追記をした時刻

例えば,検体採取時刻,検査機器の測定時刻,結果がシステムへ反映された時刻,担当医が結果を閲覧した時刻及び説明した時刻は一致しないことがある。急変事案では,これらを一つの「検査時刻」にまとめない。

弁護士が評価すべき注意義務は,当時認識できた情報を基礎とする。後に確定した病理診断又は画像所見を,診療時点で既に認識されていた情報として時系列へ戻さない。

第5 計画・指示・実施・反応・再評価をつなぐ

医療記録を読むときは,一つの処置について次の連鎖を確認する。

  1. 計画したか。
  2. 誰がいつ指示したか。
  3. 誰がいつ実施したか。
  4. 患者にどのような反応又は結果が生じたか。
  5. その結果を誰がいつ再評価し,次の計画を立てたか。

医師記録の「投与する」,指示簿の薬剤指示,看護記録の実施,薬剤部又は注射実施記録,バイタル変化は,それぞれ異なる段階の証拠である。中止,保留,拒否,実施不能又は他院での実施もあるため,計画又は指示だけから実施を認定しない。

逆に,実施記録が一つの画面に見当たらなくても,他職種記録,機器ログ,検査値,画像,請求情報又は当事者の供述で実施が裏付けられる場合がある。

第6 当時記録と退院時要約等を区別して照合する

当日の経過記録は診療時点の認識に近い反面,緊急場面では簡潔又は断片的なことがある。退院時要約,紹介状,診断書及び院内調査報告書は経過を俯瞰できる反面,後に判明した情報や作成目的に沿った要約が含まれる。

したがって,退院時要約を原記録の代用にせず,次の点を照合する。

  • ① 原記録にない診断又は出来事が追加されていないか。
  • ② 原記録の不確実な評価が確定診断として要約されていないか。
  • ③ 急変前後の時刻,処置又は説明が省略されていないか。
  • ④ 誰の認識又は発言かという情報源が失われていないか。
  • ⑤ 転院先の所見又は後日判明した病態が,転院前から明らかであったかのように記載されていないか。

食い違いがあれば,直ちに一方を虚偽と決めず,作成時点,作成者,参照した資料,目的及び他の客観資料との整合性を確認する。

第7 追記・訂正・複製記載・ログの確認

厚生労働省「診療情報の提供等に関する指針」は,診療記録の訂正について,訂正した者,内容及び日時等が分かるように行うことを求めている。追記又は訂正があること自体と,内容が不正に改変されたことは同じではない。

確認すべき事項は,元の記載が残るか,追記者・追記日時・理由が分かるか,追記内容が当時存在した他の記録と整合するか,訴訟又は事故調査を意識した後の記載かである。

前回記載の複製又はテンプレート利用が疑われる場合は,連続する日付で同じ誤記,数値又は表現が反復していないか,患者の状態変化が反映されているかを確認する。複製記載の存在だけで全記録を排斥せず,問題となる記載部分ごとに評価する。

厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第7.0版」は,利用者のログイン時刻,アクセス時間及び操作した医療情報を特定できるアクセスログ等の記録,ログの不当な削除・改ざん・追加を防ぐ対策並びに時刻同期等を示している。

ただし,アクセスログと診療記載の版履歴は同じものではない。具体的な電子カルテで,入力履歴,変更前後の本文,確定・承認時刻,代理入力及び閲覧履歴のどこまで保存・出力できるかは,製品,設定,保存期間及び権限によって異なる。必要なログの名称と取得可能期間を医療機関又は事業者へ具体的に確認する。

第8 記載がないことと実施されなかったことは同じではない

診療録の不記載を評価するときは,まず,その事項が通常どの記録に,誰によって,いつ記載される運用であったかを確認する。医師記録にないだけで,看護記録,指示簿,検査システム又は他院記録には存在することがある。

裁判例診療録の評価に関する事案上の着眼点
東京地裁令和4年7月19日判決
平成24年(ワ)第36030号
診療録を診療経過の重要な証拠とし,不記載の症状等を認めるには,不記載についての医学的に合理的な説明と他の記録との整合性を検討した。薬害C型肝炎給付金に関する具体的事案の判断である。
東京地裁令和2年6月4日判決
平成28年(行ウ)第254号ほか
診療録を有力な証拠としつつ,複数医師が担当する場合などには関与した医師が記載しないこともあり得るとして,診療録以外の資料による認定を許容した。
東京地裁平成20年10月9日判決
平成18年(ワ)第12530号
看護記録,使用機器の機能,携帯電話の着信時刻等を照合し,診療録の訂正等を改ざんとは認めなかった。空白又は訂正を周辺資料と切り離して評価しない例である。
東京地裁平成15年11月28日判決
平成14年(ワ)第11664号
日付,筆記状態,訂正の有無,記載文体,手術中に記録できたか,搬送時に持参されたか等を具体的に検討し,診療録及び麻酔記録の信用性を否定した。

これらは相反する一般原則ではない。記載又は不記載だけで結論を出さず,記録の通常運用,作成可能性,周辺資料及び説明の合理性を事案ごとに検討している点が共通する。

第9 弁護士が作る診療経過表と確認表

診療経過表には,少なくとも次の欄を設けるとよい。

欄記載内容
時刻出来事,認識,入力及び追記の時刻を分ける。
作成者・情報源患者,家族,医師,看護師,検査機器,他院等を示す。
S・O・A・P申告,客観所見,評価及び計画を分ける。
実施経過指示,実施,中止,反応及び再評価をつなぐ。
資料・頁原資料名,頁,画像番号又はファイル名を付ける。
照合結果一致,矛盾,空白,追記及び未確認を区別する。
法的・医学的評価記録上の事実と分け,根拠資料及び検証状況を付す。

実務上は,①全資料の種類・期間・頁数を棚卸しし,②重要時点を粗く並べ,③急変又は争点に関係する時間帯を分単位で再構成し,④矛盾・空白・追記を一覧化し,⑤協力医への質問を「当時入手できた情報」と「後に判明した情報」に分ける。

医療記録の取得方法と回収確認は,医療記録の文書送付嘱託,医療過誤事件全体の争点整理は,医療過誤事件の調査・立証・判例・消滅時効を参照されたい。

第10 出典・調査範囲・限界

判例秘書では,令和8年9月27日,民事,同義語展開OFFで,「診療録 AND 信用性」1525件,「診療録 AND 改ざん」149件,「診療録 AND 追記」1059件,「診療録 AND 監査ログ」0件を確認した。これは検索上のヒット件数であり,全件の本文を読んだこと又は該当裁判例がその範囲に尽きることを意味しない。裁判所ウェブサイトも全裁判例を収録していない。

電子カルテの版履歴,入力確定,代理入力及びログ出力の仕様は製品ごとに異なり,本記事では個別製品の仕様書又は実機を確認していない。具体的事件では,対象システムの名称・版,運用規程,ログ種別,保存期間及び出力方法を別に調査する必要がある。