第1 この記事が扱う競争法経歴
1 独占禁止法実務から最高裁判所判事まで
渡邉惠理子最高裁判所判事の独占禁止法・競争法に関する経歴は,①弁護士1年目の企業結合案件,②比較独占禁止法・競争法を中心とする米国留学,③平成7年から平成10年までの公正取引委員会勤務,④企業結合,業務提携,私的独占及び国際カルテル等の弁護士実務,⑤競争政策関係の公職,教育,著作及び国際会議への参加という流れで整理できる。
本記事は,令和8年8月28日現在の公開資料に基づき,この競争法経歴に対象を絞って説明するものである。
一般的な経歴,最高裁判所判事への任命,国民審査及び関与裁判は,上記の経歴記事が担当している。
本記事では,独占禁止法の制度一般,個別事件の判例評釈及び渡邉判事の司法判断全般は扱わない。
2 確認できる事実と公表資料の限界
最高裁判所の人物ページから確認できるのは,公正取引委員会その他の所属,役職及び就任時期を中心とする略歴である。
最高裁判所が掲載した就任記者会見の概要からは,渡邉判事が自ら説明した取扱分野,案件への関わり方及び競争法上の問題を検討する際の考え方を確認できる。
これに対し,令和元年7月号のAttorney's MAGAZINE Onlineの記事は,本人取材を含む編集記事であり,公正取引委員会における担当部署や弁護士実務の具体像を詳しく伝えている。
同記事によって本人がそのように説明したことは確認できるが,公正取引委員会の発令記録,法律事務所の事件記録又は第三者が作成した事件統計と同じ性質の資料ではない。
第2 独占禁止法実務に入った経緯
1 弁護士1年目の企業結合案件
最高裁判所が公表した就任記者会見の概要によれば,渡邉判事が独占禁止法実務に入った契機は,弁護士1年目にパートナー弁護士から独占禁止法案件の担当を打診されたことであり,最初の案件は企業結合案件であった。
その後も独占禁止法案件を担当し,企業結合のほか,会社業務に関する相談,業務提携,私的独占及び国際カルテルの大型案件へ取扱分野が広がったと説明している。
令和元年の取材記事には,当時の東北大学に経済法の講座がなく,当初は独占禁止法の抽象的な規定に戸惑ったものの,案件を重ねるうちに同分野へ関心を深めたという本人の説明が掲載されている。
もっとも,最初の企業結合案件の当事者,対象市場及び手続の結果は公表されていない。
2 比較独占禁止法・競争法の留学及び米国法律事務所勤務
最高裁判所の英語版人物ページによれば,渡邉判事は平成5年から平成6年まで,University of Washington School of LawのLL.M.において比較独占禁止法・競争法プログラムを専攻した。
同ページは,平成6年から平成7年まで,米国シカゴのKirkland & Ellis LLPに勤務したことも記載している。
令和元年の取材記事で,渡邉判事は,留学中は必修科目以外について独占禁止法に関係する授業を履修し,日米欧の法域を学んだ旨を述べている。
就任記者会見では,米国と日本では「競争」に関する価値観や文化に違いがあり,その違いが独占禁止法上の制度,法解釈及び当局の判断にも影響するのではないかと学生として感じた旨を説明している。
この説明は留学時の本人の認識を述べたものであり,日米の競争法を一般的に二分する確立した評価として扱うことはできない。
第3 公正取引委員会での勤務
1 勤務期間及び弁護士登録との関係
最高裁判所の英語版人物ページは,渡邉判事が平成7年から平成10年まで公正取引委員会に勤務したと記載している。
日本語版の公式略歴は,平成7年に弁護士登録を取り消して公正取引委員会事務総局に勤務し,平成10年に第一東京弁護士会で弁護士名簿へ再登録したと記載している。
令和元年の取材記事で,渡邉判事は,公正取引委員会への入局時には任期付採用制度がなく,法律事務所を退職して弁護士会も退会した旨を述べている。
同記事の記載は,公式略歴における弁護士登録取消しと再登録の時系列に整合する。
2 取材記事が伝える担当部署及び業務
令和元年の取材記事によれば,渡邉判事は経済取引局総務課に配属され,課長補佐として他省庁との法令協議及び行政調整に従事したとされる。
同記事は,組織改編後には経済取引局調整課の総括補佐として,独占禁止法適用除外制度の見直し及び規制緩和に取り組んだとも記載している。
これらは本人取材を含む二次資料の記述であり,公正取引委員会の発令記録又は人事記録によって担当部署及び役職を確認したものではない。
したがって,本記事では公正取引委員会の公式発表としてではなく,取材記事の記載として位置付ける。
3 公取委勤務から推測できない事項
公開資料だけから,渡邉判事が公正取引委員会在職中に特定の違反事件の審査又は処分を担当したと断定することはできない。
取材記事が説明する中心的な業務は,省庁間の法令協議及び行政調整並びに適用除外制度の見直し及び規制緩和である。
公正取引委員会勤務と,法律事務所へ復帰した後の弁護士としての違反被疑事件調査対応とは,資料上別の経歴である。
公取委での勤務経験だけを理由として,非公表の審査事件又は行政処分への関与を推測することはできない。
第4 弁護士としての独占禁止法・競争法実務
1 法律事務所への復帰と取扱分野
最高裁判所の英語版人物ページによれば,渡邉判事は平成10年に長島・大野・常松法律事務所へ復帰し,平成12年から令和3年までパートナーを務めた。
就任記者会見では,企業結合,会社業務に関する相談,業務提携,私的独占及び国際カルテルを取扱分野として挙げている。
令和元年の取材記事は,当時の仕事の99%が企業結合,違反被疑事件調査対応等の独占禁止法案件で占められていたと記載している。
この99%という数値は取材時点における記事上の説明であり,弁護士在職期間全体の事件統計又は第三者が検証した比率ではない。
2 国際カルテル案件
就任記者会見で,渡邉判事は,印象に残る仕事として国際カルテル事件を挙げ,競争法だけでなく,刑事法及び損害賠償請求に関する民事法も関係するため,複数の法分野の専門家と共同して対応したと説明している。
また,企業と個人の利害が対立し得ることから,企業を代理する場合より少数ではあるものの,個人を代理したこともあったと述べている。
企業を代理する場合にも,海外で訴追される個人のリスクを軽減し,訴追される人数及び刑を抑えるために当局と交渉することが重要な職務であったと説明している。
これらは守秘義務に配慮して一般化された本人の説明であり,具体的な企業名,個人名,法域,事件番号,交渉結果及び渡邉判事個人の寄与度は公表されていない。
3 企業結合及び国際案件における仕事の方法
令和元年の取材記事では,国際カルテル又は企業結合案件で依頼者の「コントロールタワー」となって全体を統括する場合と,分析して意見書を作成する場合とでは仕事の方法が異なると述べている。
同記事は,製品,サービス,ビジネスモデル及び顧客動向を一から把握し,市場の区切り方によって実態を見失わないよう検討していたという本人の説明も掲載している。
就任記者会見では,当事者が最高裁まで主張する案件もあれば,訴訟にせず迅速かつ平和裏の終了を求める案件もあり,訴訟か非訟的解決かを単純な二者択一として扱っていなかった旨を説明している。
これは案件ごとに目的,影響及び解決方法を検討したという一般的な説明であり,特定案件についてどの手段を選んだかを示すものではない。
4 私的独占等について示した検討姿勢
就任記者会見で,渡邉判事は,私的独占のように正当なビジネスと違法行為との区別が容易でない案件では,市場シェアの大小だけから強者と弱者を決めるのではなく,行為の目的,競争上のメリット及びデメリットを予断なく検証する必要がある旨を述べている。
また,そのためには異なる立場の人から話を聞き,考え方や経験を共有することも重要であると説明している。
この発言は,特定事件について違法性判断の結論又は確定した判断基準を示したものではない。
弁護士としての実務経験を踏まえた一般的な検討姿勢を述べたものである。
第5 競争政策,教育,著作及び国際的活動
1 競争政策関係の公職
最高裁判所の公式略歴には,平成15年の経済産業省競争政策研究会(企業結合)委員,平成17年及び平成21年の産業構造審議会臨時委員,平成20年の経済産業省競争法の国際的な執行に関する研究会委員並びに平成22年の中小企業庁下請法等の社内整備体制に関する委員会委員が記載されている。
これらの経歴から,企業結合,国際執行及び下請取引を含む競争政策関係の検討へ継続して参加したことを確認できる。
もっとも,本記事では各会議の全議事録を網羅的に確認していない。
そのため,個々の政策論点について渡邉判事がどのような意見を述べたかまでは特定しない。
2 法科大学院教授及び司法試験考査委員
最高裁判所の英語版人物ページによれば,渡邉判事は平成16年から平成19年まで慶應義塾大学法科大学院教授として独占禁止法及び企業法を担当した。
日本語版の公式略歴は,令和元年に司法試験考査委員(経済法)へ就任したことを記載している。
これらの公表経歴は,弁護士案件に加えて,法科大学院教育及び司法試験を通じて経済法分野へ関与したことを示している。
ただし,授業内容及び司法試験の考査内容は,本記事の確認対象に含めていない。
3 著作及び国際会議
Washington Universityの機関リポジトリは,渡邉判事が平成14年に,複数事業者による技術標準の共同設定と日本の独占禁止法を扱う英語論文を公表したことを示している。
同リポジトリで確認できる要旨は,標準設定が消費者利益を促進し,競争促進効果を持ち得るとの認識を前提に,共同の技術標準設定を検討するとしている。
Competition Litigation 2018の著者略歴には,ABA International Cartel Workshop等への登壇歴と,Merger Control Worldwide,Anti-Cartel Enforcement Worldwide及びDoing Business in Japan – Competition Law等の競争法関係著作が記載されている。
Cambridge University Pressの書誌ページでも,Merger Control Worldwideの日本章の共同執筆者としてEriko Watanabeの氏名を確認できる。
これらの資料から確認できるのは,執筆又は登壇の存在及び公表された題名までである。
本記事では,機関リポジトリで公開された要旨を除き,書籍の有料本文又は各会議の逐語録まで確認していない。
第6 最高裁判所判事としての発言とその射程
1 新しい独占禁止法問題について重視すると述べた事項
就任記者会見で,渡邉判事は,デジタルプラットフォーマーを含む新しい問題について,独占禁止法の条文は曖昧な書き方であり,最高裁判例も必ずしも多くないとした上で,基本原則に立ち返り,なぜ違法なのか,どのような場合に違法なのかを具体的に検討することが重要ではないかと述べている。
また,海外の見解又は解釈を法制の異なる日本で採用することが適切かを検討し,事実,行為の目的,競争上のメリット及びデメリットから議論を尽くす必要があると説明している。
この発言は,新しい問題について外国法又は既存判例を機械的に当てはめるのではなく,個々の事実と競争への影響を検討するという考え方を示したものである。
もっとも,将来の具体的事件について適用する法理又は結論をあらかじめ表明したものではない。
2 個別の司法判断を予測する根拠にはならないこと
以上の公表資料は,渡邉判事が競争法実務,行政,教育及び比較法の経験を有することを示している。
他方,これらの経験だけから,最高裁判所に係属する特定事件の結論,法廷意見,個別意見又は将来の司法判断を予測することはできない。
個々の裁判については,事件記録及び裁判書に基づき,法廷意見と個別意見を区別して確認することになる。
競争法経歴と個々の司法判断との関係は,両者を結び付ける公表資料がある場合に限って検討対象となる。
第7 出典・参考資料
1 最高裁判所の公表資料
①最高裁判所「渡邉惠理子」(日本語版略歴,令和8年8月28日確認)
②Supreme Court of Japan「WATANABE Eriko」(英語版略歴,令和8年8月28日確認)
③最高裁判所「渡邉惠理子最高裁判事就任記者会見の概要」(令和3年7月16日)
2 本人取材を含む記事
①Attorney's MAGAZINE Online「弁護士 渡邉 惠理子【弁護士の肖像】」(令和元年7月号Vol.69,令和8年8月28日本文確認)
3 学術文献,著者略歴及び出版社書誌
①Eriko Watanabe and Koki Yanagisawa, "Japan," The International Comparative Legal Guide to: Competition Litigation 2018, 183頁(PDF11頁)の著者略歴
②Eriko Watanabe, "Regulation on Setting Technology Standards Under the Antimonpoly Law of Japan," 1 Washington University Global Studies Law Review 263 (2002)(機関リポジトリの書誌及び要旨を確認し,論文本文は未確認)
③Cambridge University Press「Japan – Merger Control Worldwide」(書誌,著者,抄録及びDOIを確認し,有料本文は未確認)