第1 本記事の対象と結論
1 短くする対象はプロンプトの文字数だけではない
生成AIの利用量を抑えるために,依頼文を短くするだけでは足りない。
一つの長い会話に調査,起案,査読及び外部操作を詰め込むと,後の工程でも,すでに役目を終えた資料,試行錯誤及びツールの結果を繰り返し入力することがある。
他方,依頼文を短くしすぎて要件,例外又は出典が落ちれば,再質問と手直しが増え,仕事全体の利用量はかえって増える。
本記事は,法律調査,書面の起案及び査読を段階に分け,次の工程に必要な情報だけを引き継ぐ方法を整理する。
APIの従量課金と,定額サービスの利用上限は分けて考える必要がある。定額サービスでは,トークン数がそのまま請求額になるとは限らないが,利用上限,処理時間又は追加利用に影響することがある。
基準日は令和8年10月26日であり,製品の仕様及び料金は変更されるため,利用中のサービスの公式資料も確認する必要がある。
2 結論の要旨
結論は次の5点である。
①仕事を,調査と進路決定,起案,独立した査読及び外部操作に分ける。
②各段階で,入力,作る成果物,次へ渡す記録及び停止条件を決める。
③次の工程には,目的,対象の版と基準日,確認済みの資料,未確認事項,許された次の操作及び完了条件を渡し,会話全文を無条件に渡さない。
④共通して使う指示と,案件ごとに変わる事実・資料を分ける。
⑤節約効果は,入力だけでなく,キャッシュされた入力,出力,推論,再試行,ツール結果及び人の手直しを含む,完了した仕事1件の総量で測る。
第2 トークン消費が増える範囲
1 入力・出力・推論・ツール結果を分ける
OpenAIの開発者向け資料は,費用の見積りでは,全ての呼出しを対象に,入力,キャッシュされた入力,出力,推論,サブエージェント,再試行,ツール及び第三者サービスを確認するよう説明している。
入力には,利用者がその回に書いた依頼文だけでなく,システムの指示,ツールの定義,会話履歴,添付資料及び前のツール結果が含まれ得る。
したがって,「今回の質問は短い」という事実だけでは,入力全体が少ないとはいえない。
エージェントが同じ失敗を繰り返した場合,個々の呼出しが安くても総量は増える。
重いモデルを使った回数,サブエージェントの呼出し,検索・閲覧した資料の量及び長い結果を会話へ戻した回数を分けて記録する必要がある。
2 キャッシュされた入力も利用量である
プロンプトキャッシュは,繰り返される入力の処理を効率化する仕組みであり,前の回答をそのまま再生する仕組みではない。
同じ長い指示を毎回送っても,安定した先頭部分がキャッシュされれば単価又は待ち時間を抑えられる場合がある。逆に,日時,案件名又は毎回変わる資料を先頭へ置くと,共通部分が同じでもキャッシュが利用されにくくなることがある。
キャッシュされた入力の割合が高いことと,仕事全体の費用が下がったことも同じではない。
会話を圧縮した結果,通常の入力は減っても,キャッシュが作り直されることがあるため,圧縮前後の総量を比べる必要がある。
第3 長い依頼を4段階に分ける
1 調査と進路決定
最初の段階では,争点,適用時点,必要な一次資料,検索範囲及び判断を変える条件を決める。
成果物は,確認した資料の一覧,資料ごとの該当箇所,資料から直接確認できる事実,そこからの推論,反対材料及び未確認事項である。
まだ文章を整える必要がなければ,長い完成稿を同時に作らせない。
2 起案
起案の段階には,採用した構成,根拠資料の該当箇所,確定した事実及び残すべき留保を渡す。
探索の途中で除外した資料,重複した検索結果及び採用しなかった試案は,起案に必要な理由がなければ渡さない。
起案担当には,追加の調査が必要になった場合に,推測で埋めず,調査段階へ戻す条件も伝える。
3 独立した査読
査読には,完成稿,根拠資料,適用時点及び点検基準を渡す。
起案時の説得過程や自己評価を大量に渡すと,査読が起案者の見立てに引っ張られることがある。
査読では,引用の一致,根拠のない断定,反対材料,前提事実の取り違え,日付・金額・事件番号及び依頼範囲外の追加を独立して確認させる。
4 外部操作
送信,提出,公開,削除又は上書きは,調査・起案とは別の段階にする。
この段階には,確定した成果物,対象,宛先,実行してよい操作,承認の範囲及び実行後に読み戻す場所を渡す。
「案を作った」「内容を確認した」という記録だけを,送信又は公開の許可にしない。
5 各段階の停止条件を決める
各段階は,続行条件だけでなく停止条件を持たせる。
一次資料を取得できない,対象の版が不明である,事実が衝突する,依頼の範囲を超える,又は外部操作の承認がない場合には,推測で先へ進まず,確認が必要な点を返す。
停止条件があれば,失敗した同じ検索や操作を繰り返す利用量も抑えやすい。
第4 次の工程へ渡す最小限の引継ぎ
1 残す項目
短い引継ぎでも,少なくとも次の事項を残す。
①現在の目的と,今回扱わない事項
②対象となる事件,文書又はサービス,その版,更新日時及び適用時点
③確認した一次資料,URL又は保存場所,該当頁・条項及び確認日
④確定した事実,そこからの推論,反対材料及び未確認事項
⑤次に許される工程と,許されていない外部操作
⑥完成条件,停止条件及び人へ返す条件
⑦実行済み,一部実行,未実行又は成否不明という操作の状態
権限,未確認事項及び不利な資料は,短縮の対象にしない。
「確認済み」「承認済み」「保存済み」とだけ書かず,何を,いつ,どの資料又は外部結果で確認したかを残す。
2 会話全文をそのまま渡さない
会話全文には,採用しなかった仮説,訂正前の数字,失敗した操作,重複する資料及び現在の工程に不要な説明が含まれる。
これらを毎回渡す代わりに,確認済みの成果物を保存し,次の工程ではその保存場所と必要な部分を指定する。
資料を必要になった時点で読み込む方法は,文脈を高い信号密度に保つための一つの方法である。
ただし,要約は原資料でも承認記録でもない。
重要な条文,判示,数字又は操作結果は,要約だけに頼らず,次の工程で原資料又は外部システムの保存値に戻れるようにする。
第5 共通の指示と案件ごとの情報を分ける
1 変わりにくい指示を前に置く
何度も使う調査方法,出典の区分,成果物の形式,禁止事項及び停止条件は,共通の指示としてまとめる。
案件名,事実,期限,今回の資料及び最新の質問は,案件ごとの変動部分として後に置く。
OpenAI及びAnthropicのプロンプトキャッシュの資料も,変わりにくい先頭部分と変わる後続部分を分ける考え方を示している。
共通の指示を増やしすぎれば,関係のない案件でも毎回読み込むことになる。
用途の異なる手順は分け,その仕事で必要なものだけを選ぶ。表現が違うだけの重複指示は統合し,例外がある指示は例外の範囲を残す。
2 キャッシュと圧縮の効果を実測する
キャッシュを利用する場合は,キャッシュの作成に使われた入力と,読み出された入力を分けて確認する。
安定した共通部分を少し長くした方が,毎回変わる短い依頼より総費用が低い場合もあるため,文字数だけで優劣を決めない。
長い会話を圧縮又は要約した場合は,圧縮前後で,通常の入力,キャッシュされた入力,出力,再試行及び完成までの呼出し回数を比べる。
圧縮によって重要な条件が落ち,手直しが増えた場合は,入力が減っても仕事全体の節約にはなっていない。
第6 削ってはならない情報
次の情報は,トークン節約を理由に落としてはならない。
①依頼の目的,対象及び禁止事項
②適用時点,資料の版,改正前後及び経過措置
③要件の例外,反対材料及び不利な事情
④資料を確認できなかった事実と,推測で補った箇所
⑤外部送信,公開,上書き,削除及び権限変更の承認範囲
⑥保存・送信等が実行済みか,成否不明かを示す外部状態
⑦人が最終判断すべき事項と停止条件
秘密情報又は個人情報も,必要がなければ繰り返し入力しない。
匿名化又は合成データで足りる試験は,実在の依頼者情報を使わずに行う。必要な資料を使う場合も,利用するサービスの保存,学習,再委託及び国外処理の条件を確認する。
第7 法律調査・起案・査読の例
架空の契約紛争について準備書面を作る場合,最初の調査段階では,契約条項,時系列,争点,適用法令,関係裁判例及び反対材料を整理する。
次の起案段階には,採用した法的構成,確認済みの裁判例全文の該当箇所,確定した時系列及び残る留保だけを渡す。
査読段階には,完成稿と一次資料を渡し,引用の一致,射程,反対事実及び事件番号を独立して点検させる。
提出又は送信は,対象書面,版,宛先,期限及び人の承認が確定した後の別工程にする。
この分割は,必ず利用量を減らすという保証ではない。
段階を細かくしすぎて同じ資料を何度も読み直せば,呼出し回数が増える。変更点の少ない短い仕事では,一つの会話の方が効率的なこともある。
仕事の危険性,資料の量及び後から独立して確認する必要性に応じて,分ける単位を決める。
第8 節約効果の測り方
1 1回ではなく完了した仕事全体で測る
測定の単位は,1回の質問ではなく,「裁判例調査を完了した」「準備書面の査読を完了した」という成果物1件にする。
各段階について,通常の入力,キャッシュされた入力,キャッシュ作成分,出力,推論,ツール結果,サブエージェント及び再試行を記録する。API以外のサービスでは,管理画面で確認できる利用量,追加利用及び処理時間を代わりの指標にする。
2 品質と再試行も記録する
利用量とともに,根拠の誤り,引用の不一致,見落とし,人の修正時間及びやり直し回数を記録する。
入力が少なくても,誤りの修正で再実行が増えれば,完成までの費用と時間は増える。
同じ種類の仕事を,分割前後で数件ずつ比べ,品質が同等以上であることを確かめてから標準手順にすることを提案する。
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第10 出典・参考資料
①OpenAI「Observability and usage」(入力,キャッシュされた入力,出力,推論,サブエージェント,再試行及びツールを含む費用の確認。令和8年10月26日確認)
②OpenAI「Prompt caching」(安定した先頭部分,キャッシュの利用量及び保持時間。令和8年10月26日確認)
③Anthropic「Prompt caching」(キャッシュの境界,作成分及び読出し分。令和8年10月26日確認)
④Anthropic「Effective context engineering for AI agents」(必要時の資料読込み,会話の圧縮,構造化した記録及びサブエージェント。令和7年9月29日公表,令和8年10月26日確認)