第1 会社都合と合意すれば給付の扱いも決まるか
退職をめぐる紛争の和解で,「会社都合退職とする」と定めることがある。
しかし,当事者間の合意だけで,雇用保険の離職理由や給付の扱いまで確定するわけではない。
離職理由の判定は,ハローワークが,当事者の主張と確認できる資料に基づいて行う。
和解では,退職日や解決金のほか,実際の退職経緯,会社が提出する書類,労働者への書類交付,照会への協力を具体化することが重要である。
本記事は,令和8年10月24日までに確認できた厚生労働省・ハローワークの公表資料を基に整理する。
第2 会社の書類とハローワークの判断を区別する
1 離職証明書と離職票
会社が離職に伴う雇用保険の手続で提出する離職証明書と,失業給付の手続に用いる離職票を区別する。
厚生労働省の雇用保険事務手続きの手引きは,離職理由について事業主と離職者の主張が異なる場合,ハローワークが事実関係を調査した上で判定すると説明している。
会社が書類を作成したことと,行政上の判定が終わったことは同じではない。
離職理由に異議がある場合には,経緯を示す資料とともに,ハローワークへ自分の主張を伝えることになる。
2 合意書は資料となるが判断を拘束するものではない
厚生労働省の雇用保険に関するQ&AのQ21も,事業主と離職者双方の主張や,それを確認できる資料によって,ハローワークが離職理由を判定するとしている。
退職合意書や和解調書は,退職に至る経緯を示す資料として提出することが考えられる。
ただし,「会社都合」と書かれた合意書があることだけで,特定受給資格者等への該当性や給付制限の有無を確約できるわけではない。
会社に,ハローワークの判断そのものを約束させる条項と,会社自身が行う書類作成・提出・説明を約束させる条項を混同しないようにする。
第3 「会社都合」と「自己都合」の二つだけでは整理できない
1 退職勧奨や解雇にも具体的な基準がある
ハローワークの特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲には,解雇や退職勧奨のほか,賃金不払,労働条件の相違,嫌がらせ,一定の有期契約の更新に関する事情など,複数の類型が示されている。
解雇については,本人の重大な責任によるものが除かれる。
退職勧奨の類型にも,事業所に恒常的に設けられた早期退職優遇制度への応募を除くなどの条件がある。
「会社から提案された退職」という一言だけで,一律に判定できるものではない。
2 本人の退職申出でも事情を確認する
本人が退職届を出した場合でも,その背景にある事情を確認する必要がある。
厚生労働省Q&AのQ23は,上司や同僚からの著しい嫌がらせなどによる離職について,具体的事情を確認して判断する旨を説明する。
一方,職場で不快な出来事があったことだけで,直ちに公表基準へ該当するともいえない。
いつ,誰から,どのような行為を受け,どのような相談や対応があり,それが退職にどうつながったかを,記録とともに説明することが大切である。
第4 和解条項で具体化する事項
1 経緯と書類の内容を対応させる
退職に至る実際の経緯を確認し,会社が提出する離職証明書の記載と,合意書や和解調書の記載が食い違わないようにする。
紛争を終わらせるための呼称と,行政へ申告する事実を分け,事実と異なる記載を約束しない。
争いが残る事実については,無理に一つの説明へ統一したことにせず,双方の主張と確認できる資料を整理する。
会社に責任を認めさせる条項を置くかどうかと,退職経緯を正確に記載することも別の問題である。
2 作成・提出・交付・訂正への協力を分ける
和解では,対象となる書類,会社が行う作成・提出の期限,労働者へ交付する書類と方法,記載内容の確認方法を具体化する。
行政の処理による交付を,会社が直接作成できる書類のように約束しないことも必要である。
さらに,ハローワークから照会があった場合に資料を提出し,事実を説明することや,記載の誤りが判明した場合に訂正手続へ協力することを検討する。
給付の結果を約束するよりも,各当事者が実際に行える行為を明らかにする方が,履行の確認をしやすい。
3 離職票以外の退職書類も別に確認する
退職時には,退職証明書,源泉徴収票なども問題となる。
離職票と同じ書類ではなく,交付義務や期限の根拠も異なるため,和解で単に「退職書類一式」とまとめず,必要な書類を特定する。
会社側の受領確認,退職日,最終給与,引継ぎ及び書類の整理は,退職代行から通知が届いた会社の対応も参照されたい。
第5 給付の見込みや不服申立ては別に確認する
離職理由のほか,雇用保険の加入期間,働く意思・能力や求職活動など,給付には別の要件もある。
「会社都合だから必ず失業給付を受けられる」という説明は適切でない。
具体的な受給資格や給付の見込みは,必要な資料を持参してハローワークへ確認する。
離職理由や給付制限等の判断に不服があるときは,厚生労働省Q&AのQ46に示された審査請求の制度がある。
何についての判断に不服があるかにより,期間の起算点の扱いに注意を要する。
和解交渉が続いていることを理由に手続を放置せず,通知内容と不服申立ての期限を確認する。
第6 根拠資料
一次資料は,厚生労働省雇用保険に関するQ&AのQ21・Q23・Q46,雇用保険事務手続きの手引きの離職関係説明及びハローワークの特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲である。
論点の発見には,園部厚『〔三訂版〕和解手続・条項 論点整理ノート』(新日本法規,令和6年)137頁を参考にした。
離職理由の判定主体と基準は,上記の行政資料で確認した。
書類や照会協力を具体化するという説明は,それらの資料を踏まえた条項設計上の整理である。