第1 返事をしなければ断ったことになるとは限らない
注文書を受け取ったまま返事をしていない場合に,契約が成立しているかは,申込みの内容,従前の取引,基本契約及び担当者の行動を確認して判断する必要がある。
特に,商人が平常取引をする者から営業の部類に属する契約の申込みを受けた場合には,商法509条による承諾のみなしが問題となる。
同条は,注文書という表題の書類が届いたすべての場合に適用される規定ではない。
他方,「注文請書を返していない」「社内決裁が終わっていない」という事情だけで,契約が成立していないと処理することもできない。
以下では,企業の営業・調達・法務担当者に向け,令和8年10月24日を基準に,判断の順序と受注管理の注意点を整理する。
第2 商法509条が定める諾否の通知
1 条文の条件を順番に確認する
商法509条1項は,商人が平常取引をする者からその営業の部類に属する契約の申込みを受けたときは,遅滞なく諾否の通知を発しなければならないと定める。
同条2項は,その通知を発することを怠ったときは,申込みを承諾したものとみなすと定める。
確認するのは,①申込みを受けた者が商人か,②相手方が平常取引をする者か,③申込みがその営業の部類に属するか,④具体的な契約の申込みを受けたか,⑤遅滞なく諾否の通知を発したか,である。
相手方が一方的に「返答がなければ承諾とみなす」と記載したことだけを,同条の要件を満たす根拠にしてはならない。
2 見積依頼・需要予測と申込みを区別する
見積りを求めるメール,来期の購入予定を知らせる需要予測,仕様を相談する資料が,直ちに契約の申込みになるとは限らない。
商品・業務,数量,価格,納期その他の条件と,その条件で契約を成立させようとする意思が,文書とやり取りから読み取れるかを確認する。
反対に,書類の表題が「相談」や「内示」であっても,実際には確定した注文として扱ってきた経緯がある場合には,名称だけで処理できない。
基本契約,過去の注文書と請書,受注システムの記録及び納品・請求の運用を一緒に見る必要がある。
3 「遅滞なく」を一律の日数に置き換えない
同条は,何営業日以内という固定の日数を定めていない。
取引の種類や連絡手段を考慮せず,「3日以内なら必ず間に合う」などと判断することはできない。
休暇中の個人メールや,退職した担当者のアドレスに注文が滞留する運用を避け,担当不在でも確認と返答が進む窓口を設けることが重要である。
第3 受領確認と承諾,社内承認を分ける
1 自動返信の意味を確認する
「メールを受信しました」「受付番号を発行しました」という自動返信と,「ご注文を承りました」という受注承諾は,文言と運用によって意味が異なる。
自動返信の名称ではなく,表示内容,基本契約及びその後の行動を確認する。
受領確認だけを送って保留する場合にも,それで商法509条の問題が必ず解消したとは扱わない。
承諾できない注文については,対象の注文番号・日付・内容を特定し,承諾していないことを明確に連絡した上で,変更条件を協議するなどの対応が必要になる。
実際の諾否と異なる定型文を漫然と送らない。
2 社内決裁待ちを相手方との条件に反映する
社内の承認手続と,対外的な契約成立の条件は区別する。
決裁が未了という内部事情だけで,対外的な成立が当然に阻止されるわけではない。
受注承諾を成立条件にしたい場合には,基本契約等で,成立に必要な承諾行為,通知者,通知方法及び申込みを承諾しない場合の連絡を明確にし,実際の受注システムと整合させる。
注文書を受領した後に一方的に条件を表示するだけで,従前の取扱いを変更できるとは考えない。
3 通知の発信と契約成立時期を混同しない
民法97条1項は,意思表示が相手方に到達した時から効力を生ずるとする。
他方,商法509条1項は諾否の通知を「発する」義務を定めている。
条文ごとの問題を分けて確認する必要がある。
旧民法の隔地者間の承諾に関する発信主義を,現在の契約にそのまま当てはめてはならない。
また,意思実現による成立を定める民法527条など,通知によらない成立が問題となる場合もある。
相手方とのやり取りに加え,製造着手,発送その他の行動も保存する。
第4 返答漏れが分かったときに集める記録
まず,注文の原文と添付ファイル,受信日時,受信先,基本契約,従前の同種注文,承諾・拒絶・条件変更の連絡及び着手・出荷記録を集める。
後から注文書を書き換えたり,実際と異なる日付の請書を作ったりして経過を整理してはならない。
その上で,確定注文か,適用条項は何か,商法509条の各要件に当たるか,その後にどのような合意又は行動があったかを分ける。
納期に対応できない場合には,成立の有無だけを争い続けず,供給可能な範囲と変更条件を早期に協議する必要もある。
再発防止としては,①注文窓口の集約,②未回答注文の一覧化,③担当不在時の代替者,④承諾権限の明確化,⑤自動返信の文言確認,⑥通知と添付版の保存を組み合わせる。
受信した事実と,受注を決めた事実を別々に記録できることが望ましい。
第5 関連する契約成立の問題
書面を取り交わすまで成立を留保する合意の有無は,口頭の合意と契約書-書類を取り交わすまで契約成立を留保できるかで整理している。
審査前に集める資料や締結前の確認は,契約書審査の進め方とチェックポイントも参照されたい。
第6 出典・参考資料
– e-Gov法令検索・商法509条。諾否通知義務と承諾のみなしの根拠である。
– e-Gov法令検索・民法97条,522条及び527条。意思表示の到達,契約成立及び意思実現を確認した。
– 塩野誠・宮下和昌『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック』(東洋経済新報社,2015年初版)72頁~73頁。受注時の見落としという着眼点を参照した。改正前の承諾の発信主義の説明は現在の条文と区別した。実務上の確認手順は本記事で構成したものである。