メインコンテンツへスキップ
       

清算条項で別件の請求も消えるか―大阪地裁令和8年6月11日判決と和解の対象範囲(AI作成)

第1 清算条項は訴訟の請求だけを終わらせるとは限らない

和解書の末尾に「本和解条項に定めるほか何らの債権債務がない」と記載するときは,訴訟で争っていた請求以外に残したい権利がないかを確認する必要がある。
大阪地裁令和8年6月11日判決は,別の訴訟で成立した裁判上の和解の清算条項を理由として,和解前の行為に基づく損害賠償請求を棄却した。

ただし,この判決から,あらゆる清算条項が未知の損害や将来の請求まで一律に消滅させるとはいえない。
問題となった条項の文言,従前の紛争,和解当時に認識していた事実を併せて読む必要がある。
本記事は,令和8年10月24日までに確認できた裁判所公表判決を基に,和解の対象範囲を検討する。

第2 大阪地裁判決の事案と結論

1 先行する訴訟と和解

配信事業者である会社と相手方との間では,商品に関する事件と名誉毀損に関する事件が先行していた。
令和7年10月30日に成立した裁判上の和解では,会社及びその代表者による解決金15万円の連帯支払などが定められ,接触禁止や謝罪に関する条項とともに清算条項が置かれた。

判決が引用した清算条項には,「本件に関し」といった対象を限定する文言がなかった。
会社はその後,相手方が配信を録画・保存し,訴訟資料として使用した行為や,会社関係者へのダイレクトメッセージの送信などを理由に,384万円の損害賠償を請求した。
問題とされた行為は先行和解より前に行われ,会社は和解当時,録画やメッセージの存在を認識していた。

2 裁判所が重視したこと

裁判所は,清算条項の文言と先行和解に至る経緯を検討し,当事者間に和解成立時に存在した債権債務を清算する趣旨であると判断した。
清算の対象を先行訴訟の訴訟物だけに限定すべき特段の事情も認めなかった。

その結果,会社の主張する損害賠償請求権が仮に成立していたとしても,清算条項により消滅したとして請求を棄却した。
録画やメッセージの送信がそれぞれ不法行為となるかを最終的に判断した上での棄却ではない。
原判決は,大阪地裁令和8年6月11日判決・令和8年(ワ)第1987号の5~6頁である。

3 この判決だけでは分からないこと

この判決は,訴訟用の録画が常に適法であると判断したものではない。
また,和解後に新たに発生する不法行為,和解の当事者でない者の権利,和解時に予測できなかった後遺障害などが,どのような条項でも当然に清算されるとしたものでもない。

裁判所の公表資料からは,この判決の確定や上訴の結果までは確認できない。
第一審判決の具体的な条項解釈として読むことが適切である。

第3 「本件に関し」を付ければ十分か

1 対象を示す言葉自体も具体化する

清算の範囲を限定したいときは,「本件」の内容を特定する必要がある。
事件番号だけで示すのか,特定の日の事故なのか,特定の契約に基づく一定期間の取引なのかによって,残る請求の範囲が変わり得る。
「本件に関し」という言葉を加えれば,それだけで常に希望どおりの限定ができるわけではない。

例えば,代金請求訴訟だけを解決し,別の貸付金請求は残したい場合には,解決対象の契約と債務を示すとともに,別の貸付金を清算対象から除外することを明記する方法が考えられる。
これは条項設計の例であり,大阪地裁判決が特定の文案を承認したという意味ではない。

2 既知の別件請求は留保を協議する

和解の時点で別件の権利侵害を認識している場合に,後で請求すればよいと考えたまま広い清算条項へ同意することは危険である。
別件の事実,請求主体,相手方,請求の根拠を整理し,その請求を残すのか,解決金に含めて終わらせるのかを協議する。

留保する場合には,権利を行使できるかどうかをその場で確定することと,清算対象から除外することを区別する。
除外したからといって,別件請求の成立や金額まで相手方が認めたことにはならない。
対象外とする権利を特定した上で,責任の有無を認める趣旨かどうかも明らかにする。

第4 将来損害と別件請求は分けて検討する

今回の大阪地裁判決では,和解前の行為と,会社が和解当時に認識していた事実が問題となった。
交通事故の示談後に予測しなかった損害が判明する場面とは,検討すべき事情が異なる。

したがって,既知の別件請求を留保する条項と,症状の変化などに備える将来損害の留保条項を混同しないことが大切である。
清算条項と同時に,「その余の請求を放棄する」といった請求放棄条項も確認する。
片方に留保を書いても,他方の条項との関係が不明確なら争いが残る。

和解条項全体の組み立ては,民事訴訟の和解案・和解条項案の作り方を,裁判所を通さず合意する場合の確認点は,裁判外の和解契約書・合意書の作り方を参照されたい。

第5 和解前に確認する事項

①当事者と請求主体を一致させる。
会社と代表者,使用者と従業員などを同一視せず,誰の誰に対する権利を終わらせるのかを確認する。

②訴訟に出ていない請求も確認する。
関連する取引,投稿,録画,連絡,反対債権などを洗い出し,既知の事実を担当者間で共有する。

③清算対象と留保対象を対応させる。
対象の契約・行為・期間を具体化し,残す権利について相手方の責任まで認めるのかを区別する。

④金銭条項,請求放棄,清算,接触禁止などの整合を確認する。
一つの条項だけを切り取らず,和解によって何を終わらせ,何を残すのかを全文で点検する。

第6 根拠資料

一次資料は,大阪地裁令和8年6月11日判決全6頁及び民法第695条・第696条である。
大阪地裁判決は,清算条項の具体的解釈を示した資料として用いた。

論点整理の参考資料は,園部厚『〔三訂版〕和解手続・条項 論点整理ノート』(新日本法規,令和6年)である。
同書刊行後の令和8年判決については,裁判所公表の原判決から確認した。
上記の留保方法や確認事項は,判決の文案の転載ではなく,判決の射程を踏まえた実務上の整理である。